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2004年09月18日

●選択本願

11組同朋の会 テキスト正信偈にて「選択本願弘悪世」を中心にお話しました

いままでこのテーマが非常に苦手でした
「本願は法蔵菩薩の選択である」と言うのがなにかうしろめたかったのです そうは言っても そのように読みたかったのは法然ではないのか 想像上の菩薩に責任を押し付けているようで
しかし 久しぶりにこのテーマについて話すことになったのですが ぜんぜん「法蔵菩薩が選択した」という話に違和感がなく 説明もしました
あらゆる人びとを救うために 一番 やさしい方法 念仏を 法蔵菩薩は選び 他の難しい方法を捨てた この話になにも悪魔的なことはない

「法蔵菩薩って何?」って言われても まぁそういう人がいたことにするでもいいし 私たちの本当の願いを擬人化したでもいいし とにかく とっかかりがいいように作られた話にしてもいいんじゃないんか

座談会は「ただ念仏でいいとは思えない」ということについて話し合いました

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