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2005年06月12日

●憲法と平和を問いなおす


  憲法改正が声高に叫ばれているような雰囲気が醸しだされてる今日この頃だが、攻殻機動隊風にいえば内閣情報調査室あたりで情報操作が行われているような気がしてならない(笑)

  さて、戦争放棄憲法第九条ってのはなかなか尊いことを言ってるし、これまでよく日本国の平和を守ってきたよありがとうとは思うが、自衛隊を持ってしまったことが九条とは矛盾しているし、いまさら軍備を捨てよとはいえないし、こりゃあどうしたらいいもんかなということもあって、この本ならそのあたり答えてくれるかなと手にとったわけです。

  で、読んでみたら、期待通りにそのあたりがうまく整理されていて、憲法九条が存在することを「穏和な平和主義」を引き出すための手立てとして最大限利用するのがいいという感じでまとまっています。その意味ではこの本の立場は、かたくなな護憲でも改憲でもなく、いわゆる「中道」なんでしょう。

 「本書をここまで読み進めた方は、国家の主権や国境だけでなく、人権や個人の尊重という観念の意味まで相対化されてしまったことに戸惑いを覚えておられるかもしれない。こうした観念は、いろいろな問題を解決するに際して、自分で考えないですませるための「切り札」として使うには便利な道具である。自分で考えるということは、「・・・である以上は、当然・・・だ。」という論法で使われる、そうした「切り札」など実はないとあきらめをつけることである。 そして、自分で考えはじめた以上は、本書ももはや用はないはずである。願わくば、本書を踏み台としてさらに進まれんことを。」

  しかし、ぼくらは著者ほど頭がよくないので「ターミネーター」のエンディングみたいなことを言われても、やはり道に迷ってパート3までいって自滅してしまうような気がするw まぁ、国家も人権も実体のない観念であると見切った上で、軍備拡張を歯止めする方便として第九条を仮設するという長谷部恭男氏の論理に沿うのがベターだと思うよ。やっぱり。

  ついでに、一切空を背景としつつも、救いを実現する手立てとして本願念仏を設てる龍樹の実践論(十住毘婆沙論)を、そこに連想したりした。

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