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2005年07月31日

●Little Birds −戦火の家族たちー

家族4人でいってきました。家族を連れて行って、ほんまによかったですわ。
 
もう 涙がとまりませんでした。 ほんまに一体、どうしてくれましょうという(?)映画でした。
 
上映後、講演される予定だった綿井監督がイラクから帰れず、電話で現在の状況を伝えてくださいました。監督のブログにもありますが、バクダットだけでなくサマーワもかなり危険な状況になっているそうです。
 
代役としてこの映画や「A」「A2」のプロデュースをされた安岡卓治さんが講演をされました。
マスメディアには受け入れられなくても、その人が伝えたいものがあれば、それを少しでも多くの人に見てもらえるように努力したいとおっしゃっていました。
ここにも尊い方が、いらっしゃいますなと、思いました。

2005年07月30日

●小林よしのり

よしりんが反米右翼へと正常進化してるとは聞いていたが さっぱり読む気がしなかった
 
本屋でぱらぱらめくってたら イラク派兵反対とか辺野古基地建設反対とかいってるんで おもしろそうだなと けっこう高かったが 初めて彼の本を購入した 実際よんでみて ああ確かにこういう人になってるんだなと 実感した
 
よしりんの漫画を久しぶりに読んだ
やはり 到底 分からんなという点はあるが 実に おもしろかった

新ゴーマニズム宣言SPECIAL沖縄論

2005年07月28日

●高橋哲哉「靖国問題」

靖国問題を<感情の問題>、<歴史認識の問題>、<宗教の問題>、<文化の問題>、<国立追悼施設の問題>に整理し、それぞれを論理的に考察している。
 
<感情の問題>戦争による非業の死を「名誉の戦死」と意味づけし、次の戦争のための兵士調達を容易にする感情操作装置が靖国である。
<歴史認識の問題>靖国はA級戦犯という認識を否定するが、日本の国際社会復帰が、戦犯判決を受諾したサンフランシスコ講和条約から始まっていることは無視できない。
<文化の問題>敵側の死者をまったく祀らない靖国は、「怨親平等」、死者を敵味方なく弔う日本の伝統に外れている。
 
以上の点については納得。
 
<宗教の問題>「靖国神社は超宗教である。」
この言葉が、戦前の諸宗教を呑みこみ、戦後も、靖国は宗教ではなくすべての日本人が尊重すべき「道」であるといった主張がおこなわれる根拠とされている。
あらゆる宗教、宗派を超えて、分かり合える道があるという考え方に、魔力のようなものを感じる。水平者宣言の起草者、西光万吉が取り込まれていったのも、このあたりなのかもしれないな。
ただ、現行の靖国神社がそれだとは、まったく思えない。
 
<国立追悼施設の問題>
筆者は、政教分離を明確にし、国立追悼施設はないほうがよいという提案をしている。
これは現状においては極論だと思うのだ。なにかうまい手はないものだろうか。。
 
ある弁護士さんの感想 この方の読書量はスゴイ! ファンです
靖国問題

2005年07月27日

●エネミー・ライン

エネルギーの有り余ったヤンキーが、偵察機でコソボの立ち入り禁止地域に踏み込み、セルビア兵による虐殺現場を発見。休戦協定にこだわるNATO軍を無視して、ジーン・ハックマン扮する司令官が、自らヘリで彼を救出に向かう。。。
 
アメリカ万歳映画というか戯画というか。
 
2001年製作。コソボ紛争を描いています。介入の転換点となったラチャック村の虐殺がモチーフのフィクションですが、現実では虐殺と見せかけるための偽装工作があったことが明らかになっています。
 
 

エネミー・ライン〈特別編〉

2005年07月25日

●半落ち(ネタバレ)

映画をみたら、これも自殺幇助、嘱託殺人のお話なんで、びっくりしました。
話の流れが納得いかないところがあって、図書館で確認してみました。

アルツハイマーの妻を殺害した主人公に対して、裁判官が酌量の余地のない厳しい判決を下す場面があります。その判決を下す展開が、原作と映画でかなり違っていました。

映画は、「魂があるないによって命を裁くことが、人にできるはずがない」と判決の場で裁判官が叫ぶという、ドラマチックではあるけど、ちょっとありえない展開。
キリスト教では、神によって与えられた命の裁決を、人が行うことは罪とされるそうです。なので、映画の方はその文脈に沿っていますね。(同じく自殺幇助を描いた「ミリオンダラー・ベイビー」がアカデミー作品賞をとったというのは、アメリカ社会が変化している、その背景にあるキリスト教の内容が変化していることを示しているような気がしてなりません。)

原作は、アルツハイマーの義理の父を介護する妻に、裁判官が主人公の犯罪をどう思うのか聞いてみるんです。妻は、以前、義父に病状がすすんだら殺して欲しいといわれたと打ち明け、主人公のことを、「やさしい人」であると言います。
それでも裁判官は、介護し続ける妻の方の「やさしさ」を支持することを決意する、という流れになっていました。

なにが彼をそこまで追い込んだのかを、同情的、共感的に描いてエンターテイメントにしています。心中物のように日本の文化には古くからあるパターンではあります。

日本アカデミー賞受賞作品。
こういう作品が日米で連続して賞を獲得するのは、偶然ですか?

2005年07月21日

●天使のくれた時間

12月に能登でクリスマスについてお話することにしているんです。どういうわけかw
この映画を見て、クリスマスってなんなのか、よく分かったような気がしました。
なにが自分の人生で、一番大切なのかを、もう一回、見つめなおす,そして一番大切な人といっしょに過ごす日のようですね。納得。

というわけで、この映画を見ると、いつでもクリスマス気分になれるような、素敵な映画でした。

2005年07月19日

●デビルマン

やはり、酷い、ヤバイ作品でした。
役者さんの台詞の問題はおいといても、永井豪先生の世界観を実写化してしまえば、こうならざるを得ないんだと思います。絶望的に暗い映画でした。
隣人が悪魔であるという恐怖感にとりつかれ、魔女狩りが始まる。それが国同士の戦争となり、人類は滅びていく。。。
なんだか、考えたくないけれども、このごろの世界情勢を鑑みますと、リアリティありすぎて、たまらんです。
 
さて、デビルマンの感想ブログをみていたら、ハリウッドで今度は「寄生獣」が実写化されるんで、同じようにコケないでほしいという論調が目白押しですw こっちも別の意味でエグイ作品になりそうですな。そういえば「ドラゴンボール」はどうなったんでしょう。
こうもにっぽんサブカルチャーがセンターに出てくるってのは、すこし不気味です。でも、表紙が気味悪いから処分しろと、かみさんに何度も言われても、「寄生獣」全巻守りつづけてきた努力が報われたような気もしてます。

●フライ,ダディ,フライ

私は映画の評判を知るのにヤフーでのユーザー採点を頼りにしていますが、この映画、けっこう評価高いし、窪塚が在日コリアンを演じた「GO」なんかも興味深くみたんで、みにいきたいなと思ってました。

たまたま塾帰りの実の娘wを誘って行ってきました。それがなんと、暴行された娘の復讐に父が立ち上がるという話で、父娘の設定が年齢的に私のリアルとカブルもんで(もう少し若いですけど・・・)、深く入ってしまいそうになるのをなんとか客観的になろうとつとめつつ、かつまた、となりの娘がどうみてるのか気になりながら、ちょっと集中できない感じで見終わりました。
 
で、帰りにトイレに入ったら、そこに写ってるオレの顔が、もう、情けないくらいたるんでるもんで、かなりガックリきました。堤真一に完璧に自己投影してましたよ、オレ orz
 
ちなみに、娘は「岡田くんがかっこよかった」と言ってました。ハイ、そうですね。。。
 
いろいろ気になる点もあったので、本も買ってしまいました。
こっちは、一気に読みました。この手の本を読んだのは久しぶりでしたが、実に面白かったです。
たしかにおっさんを主人公とした武闘派ファンタジーなんですが、在日コリアンとしての、作家のメッセージがちりばめられてるなと感じました。これはオススメ。

フライ、ダディ、フライ

2005年07月18日

●現代の戦争被害


現代の戦争被害―ソマリアからイラクへ

読み終わって、なんだかガックリしてしまった。

仮に常任理事国入りしたとして、こんな最悪な世界j情勢に、正面から踏み込む覚悟と展望が、我々にあるはずが、ない!

2005年07月16日

●女王の教室


アナーキズム―名著でたどる日本思想入門

「権力の悪性はすなわち人間の悪性に由来すると達観し、悪による悪の抑圧より他に途はなしと思い定める」のを保守主義というそうだ。そして保守主義は、リアリズムの徹底という点において、アナーキズムと通じるという話が興味深かった。

天海教師の一匹狼で陰謀上手な言動などを見ていて、極右=極左、針が一回りして重なるという話が、具体的に分かったような気がした

●空を飛ぶ夢

 DVD化されるまで映画の方は見れそうにないので、本を先に読むことになった。ブログとかを読むと「ミリオンダラーベイビー」は安楽死について肯定する感想が多いのに「海を飛ぶ夢」は慎重派が多い。この違いはなんなのか、気になるので映画も見てみたいと思っている。
 
 さて、生命倫理などに関連する議論には、命の価値が序列化されてしまうという観点がある。特に臓器移植について顕著になるのが、移植を待つ患者の優先順位を、誰が、どういう基準で、どのように決めるのかという手続きの問題だ。関連して、臓器売買という経済の序列によって、手に入れられる人、入れられない人が分けられるのは、なんだかあからさまじゃないかということもある。
 
 それでも、命の序列化についての問題なら、初回の電車男にもでてきた「あんた、生きてる意味、ないんじゃない」なんてセリフにいかにノーと答えるかなんで、それなりに考えやすい。だが、「海を飛ぶ夢」のほうは、死にたいといってる人にどう答えるかということで、混乱する。著者は、尊厳死を阻むために、国、司法、宗教者が結託していると言う。この論理だと、権力がハンセン病患者・回復者隔離を推進した構図に、そのまんま重なってしまう。
 
流行の自己決定や自己責任という考え方に基づくならば、自殺権について他人は沈黙するしかない。しかし、それでいいんだろうか。さっぱり分からない。。。

2005年07月15日

●歴史学者 藤野豊

小田中直樹の本を読んで、あらためて藤野豊のスゴサを思う。
 
4年前、先生とは邑久光明園で初めて出会った。
以前に部落差別に関する著書を読んだことがあり、親しみのようなものを感じ、富山国際大学にこられたということで、さらにいくつかの本を読んでいた。そのなかの「西山ナカ」についての著述に興味を持っていた。
「西山ナカ」とは奈良にあったハンセン病患者救済施設、光明院の最後の患者である。先生はこの人の墓をたずねあて、その墓の前で泣いたという。
園内を歩きながら、初対面の先生になぜ泣いたのかを訊ねたが、どういう答えが返ってきたのか、これまた失礼なことに覚えていないのだが、以下の著書に触れてあった。

私は「西山ナカ」の本名も知らない。結婚し娘も持ち、資産にも恵まれていた彼女の人生は、ハンセン病により激変した。どのような経緯で西山光明院にきたのかもわからない。1961年に亡くなった時、何歳であったかも不明である。「西山ナカ」の名を記憶する人は、一体何人いるであろうか。このような人の存在をまったく無視して、「大日本帝国」の発展の歴史が叙述されてきた。また、そうした歴史観を否定し、「開放」とか「人権」などという言葉を自らの社会的地位の保全のために弄んできた歴史学者たちも「西山ナカ」のような存在にあえて目を向けようとはしなかった。私もかつてはそうであった。しかし、ハンセン病の歴史を知ることにより、私の歴史観は変わった。今、私は「西山ナカ」をも主人公にしうる日本近代史を叙述したいと考えている。(中略)


「いのち」の近代史―「民族浄化」の名のもとに迫害されたハンセン病患者

これからやりたいことは、もうひとつある。それは、様々な社会的少数者を軸にした新たな日本近現代史を描くことである。被差別部落住民・ハンセン病患者・精神障害者・娼婦・アイヌ民族・在日アジア系住民・・・。そうした様々な人々を特殊な存在としてではなく、普遍的な存在として歴史の中に描きたい。本文中で、私が西山ナカについて述べた思いをご記憶の方もおられるだろう。あのときの思いを実現したい。


歴史学はどうあるべきかなんて、専門的な議論は私にできるはずもない。しかし、藤野豊という歴史学者は、とにかく、「尊い歴史学者」なのだと、改めて、認識した。

2005年07月13日

●歴史学ってなんだ?

 従軍慰安婦論争について、関心はありましたが、ほとんど内容は知りませんでした。で、この本を読んだら、論争の背景にある今の歴史学の状況が取り上げられていました。構造主義の影響を歴史学も被っている、ということです。

  構造主義は以下のように説明されています。

 ・・・存在する「もの」、その「もの」に与えられる「意味」、そしてその「意味」を指し示す「言葉」、この三者のつながりは恣意的なものにすぎない・・・

 このような考え方によると、同じ史料を手にしても、解釈も、認識も、すべてが恣意的になってしまいます。だから、だれがやっても歴史学の成果は、たくさんあるなかの一つの「物語」でしかなく、したがって、正しい歴史認識という事柄も成り立たなくなるというのです。

 この観点から「従軍慰安婦」(岩波新書)の吉見義和、新自由主義史観派の坂本多加夫、社会学者の上野千鶴子の3人は、以下のように位置付けられます。

・・・この三者の関係を整理すると、日本国民を加害者と考えるか否かについては吉見と上野が坂本と対立し、構造主義の所説を受け容れるか否かという点では上野と坂本が吉見と対決する、という構図になります。(略) 坂本にとっては、歴史学には「国民の物語」を紡ぎ出すという大切な仕事があり、この仕事をするかぎりでは社会の役に立ちます。上野は従軍慰安婦をはじめとする他者の声に謙虚に耳を傾けなければならないと主張しますが、それは、他者のアイデンティティを尊重する姿勢を身につけることに役立つからです。 どちらの立場にとっても、歴史を学ぶことは、とくに集団あるいは個人のアイデンティティにかかわる、とてもアクチュアルな営みです。・・・

 どうなんでしょう。客観的真実は存在しないのであって、事実をどのようにとらえたいということしかないならば、自分の利益になるように、都合のよいように物事はあるようにしたほうがヽ(゚д゚)ノ ええじゃないかと、考えたくなりますわね。

 でも、世の中、全部、ご都合主義じゃ、オレはやっぱりイヤだな。

  この後、この本はこうした状況の中で歴史学は何ができるのかについて展開されていますが、そのあたりには、私の関心は向かなかったので、これくらいにして、おきます。
歴史学ってなんだ?

2005年07月07日

●電車男

娘が映画をみにいった おもしろかったらしい
息子が本を買ったが まだ期末試験中ということで かみさんに取り上げられてる
ネットで読めるんで娘はそれも読んだが オレは活字で読みたい気がするので息子が読み終わったら貸してもらおうと思っている

で ウチの家族でさえ これだけ関わっているんだから それぐらいブームなんだということで TVの一回目を見てみた
 
電車男のリアルでの生活が すごく悲惨に描かれていた こういう描写が素直に受けいられる時代なんだなと 少しさびしくなった
これもダメ人間のサクセスストーリーなんだよな なんか時代だよな
 
伊藤美咲ってのは ボンドガールだし(?)お嬢様って感じはしないんだが 綺麗は綺麗なんで こう 元ちびノリダーとどう接近していくのか 楽しみだ

●スウィングガールズ

このまえに「スチームボーイ」みたんですが キャラの動きは「AKIRA」といっしょなんですが 世界に入っていけませんでした
 
さて「スウィングガールズ」は 最初は「こんなんありかよ」と毒づきながら見ていたのですが ラストでは不覚にも少し涙が出てしまいました
 
ど素人の俳優さんに楽器をもたせてジャズができるまで鍛え上げたということで リアルと虚構を重ねて うまいぐわいに感動ものまで仕上げた監督さん なかなかです
 
とにかく こういう ダメ人間の努力が報われるというファンタジーは そうありえん話だから オレみたいな同類にはうけるということです ほんまに ほっとした

スウィングガールズ スタンダード・エディション

2005年07月06日

●子ども会

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むふ

2005年07月02日

●オーバーワークなのか

うーん 体調がもうひとつもどらんです
 
このところ左膝が痛くて 支える筋肉をつけるのと あとダイエットのためにエアロバイクを1時間 DVDとか見ながら 元気があるときはこいでいまっする(恥) あとダンベルなんかもやってます
そのおかげで膝の痛みは引いてきているのですが ここ二日ほどは 気力がわかなくて だらだらプロレスラーのブログ読んでるだけです
 
スマックガールのDVDをライブドアでレンタルしました 女子の格闘技ってどうなのかと ワクワクしていたのですが メインの試合以外は、実に地味な マイナースポーツ的世界ですな
実際のところ 男子の試合も ただバラバラとみてたらこんなもんでしょう 選手の成長とか挫折とか タイトルといったテーマとかが受け入れられて はじめてもう少しエンターテイメントになりますわね
 
リアルってのはリアルでしかないんで そこに尾ひれやら虚飾やらなんやらがうまくついていけば ジョシカクの世界も これからブレイクしていくのかもしれません
 
イメージってすごい大事だね
 
そういえば林遊さんに紹介してもらった「法然教学の研究」ですが ちょっとほっといています
これ読むと 自分のなかで曖昧になっていた教学のつながりの部分が書いてあるので 穴だらけのジグソーパズルが こう ぱすぱすと埋められていく感じなんですが
 
なんかなー そういうことをやってどうなるんだろうかなーって 違う分野の新書 ばらばらにめくったりして まぁ そんふうに ダラーっとしてます ああ仕事にいかんと。。