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2005年11月17日

●教行信証を書いた動機

午前 安田報恩講が終わりました

午後から親鸞の教行信証を読み解く〈5〉化身土巻(後)似て非なる「仏教」―許すべからざる詐称を読む テキストの法語がいわゆる後序で、法難を取り上げるとなると これを読むしかないみたいな。

土御門天皇が「今上天皇」だったのは1198年から1210年。親鸞38歳までに後序の法難についての文章は作られていた可能性が高い。
1211年が赦免。明恵上人がザイジャリンを書いたのは1212年。
そして後鳥羽上皇に諱がつけられたのが1239年、そのとき親鸞は67歳。それ以降に「諱 尊成」が書き込まれたのは、確実。

親鸞聖人が教行信証を書いた動機は色々かんがえられるが、法難についての思いは生涯、非常に深かったのだろうなと、感じる。


 

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