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2005年12月16日

●明日のレジメ作成中

1.「クリスマスツリーがやってきた」との出会い

○私とクリスマス       ○子どもたちとクリスマス      ○その後のクリスマス

2. クリスマスとは何か

○日本におけるクリスマスの受容
・キリスト教伝来以前からあった冬至という年中行事や、厄払いに似た清めの感覚や、旧来の年中行事を新しく再編する動きの一つ。
(クリスマス自体、キリスト教以外の民間信仰と大きな接点を持つ)
・親戚と交流する正月の前に核家族が家族愛を確認する。あるいは男女対等の愛の象徴、慈善といった愛のように、「愛」を象徴するイベント。
クリスマス休戦の「平和」や、サンタの貧困に対する贈与といった、よい人間になろうとい 改心を促す。

○サンタクロースについて
トルコの少年司教ニコラスの伝説が、ヨーロッパ各地で土着の要素と結びついてさまざまなバリ ーションを作り出すが、多くがプロテスタントにより廃絶させられる。
1822年、ニューヨークのクレメント・クラーク・ムーアが、多様に展開したニコラスを統合した「聖ニコラスの訪れ」という詩を作る。それが現在のサンタクロースであり、ヨーロッパに逆輸入される形で広まった。→商業主義との結びつき

○クリスマスツリーについて
・キリスト教以前から冬至に魔よけとして常緑樹を家の内外に飾る習慣があった。
・モミの木を古代ローマの農神祭にお守り、魔法の媒介、豊穣の祈願としてつかった。
生命力・希望・堅実さを表してゲルマン人の崇拝の対象になっていた。
(大経 第二十八願 道場樹)
・「人間を死へと導くリンゴに対して、生命を与えるパンー聖餐式のパン、罪の許しのために献げられたキリストの「からだ」−が対置されている。」 (「クリスマスの起源」O.クルマン)

3.神道と真宗

○罪福信の問題
不了仏智のしるしには  如来の諸智を疑惑して  罪福信じ善本を  たのめば辺地にとまるなり
仏智疑惑のつみにより  懈慢辺地にとまるなり  疑惑のつみのふかきゆえ  年歳劫数をふるととく
自力称名のひとはみな  如来の本願信ぜねば  うたがうつみのふかきゆえ  七宝の獄にぞいましむる
仏智不思議をうたがいて  善本徳本たのむひと  辺地懈慢にうまるれば  大慈大悲はえざりけり
罪福ふかく信じつつ  善本修習するひとは  疑心の善人なるゆえに  方便化土にとまるなり
(聖典p505 「正像末和讃」 仏智疑惑和讃)

○真宗における神道の受容
 平太郎の熊野詣 聖典p734    神社に念仏を称えた?

○国家神道の成立
・神仏分離令
慶応4年(1868年)3月13日から明治元年10月18日までに出された太政官布告、神祇官事務局達、太政官達など一連の通達の総称。明治以前修験道など神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教の境をはっきりさせた。

・廃仏毀釈
明治維新後に成立した新政府が発した太政官布告神仏分離令、1870年(明治3)の大教宣布など神道国教・祭礼一致の政策によって引き起こされた仏教施設の破壊など指す。

・合寺令
明治3年10月27日(1870年)に、富山藩が公布した。一宗一寺に合併され、藩内370余寺が6寺になり、合併所となった寺院には各寺院から本尊・僧侶と家族が集められた。
多くの寺院は破壊され、開墾して還俗した僧侶に払い下げられた。浄土真宗の合併所である常樂寺には、住職とその家族約1200人が240畳に詰め込まれた。

4、問題提起

○「バラバラでいっしょ −差異を認める世界の発見―」とは、どういうテーマだったのか?

○真宗門徒は報恩講をどのような気持ちでお迎えするのか。

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