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2005年12月18日

●「クリスマスにケーキを食べますか?」最終レジメと反省

クリスマスの背景を学び、和田爺「信の回復」で神道と靖国に対する真宗のスタンスを補間して、「クリスマスツリーがやってきた」のクリスマスツリーと神棚の拒み方の論理を追う、というような講義になりました。レジメは↓

かなり以前ですが、子ども会に積極的に来ていた近所の禅宗のお寺のお子さんが、急にこなくなったことを思い出しました。今も、宗派が違うからという理由で参加してくださらないお子さんもいらっしゃいます。

宗教の共存と連帯という問題を、改めて考えています。

それにしても凄い雪です。昨日は能登から命がけで帰ってきました。とんでもない暴風雪。めちゃめちゃ怖かった。二度といきたくないとは申しませんが、しばらく能登へは行きたくないです。

今日は組同朋会がある予定なのですが、やるんだろうか、できるんだろうか??

未校正WEB版 藤場 常照「クリスマスツリーがやってきた―靖国神社公式参拝違憲訴訟に対する真宗門徒からの一視点―」より抜粋

 

藤場家にクリスマスツリーがやってくる。著者は最初、それを認める。

 

子供のことだしクリスマスツリーの意味をわかって喜んでいるのではない(目的において、自覚的には宗教的行為ではない)、世間で皆がやっていることだし、子供のためにそれをしてやっても私自身の宗教的信念に何ら影響を与えるものではない(効果において宗教的意味はほとんどない)。

 

この子供たちの喜びは、子供たち自身の信教の自由として完全に保障されなくてはならないのだと確信したのである。信教の自由が絶対的権利として保障されなければならないのならば、それは子供であるという理由で、たとえ親からであっても侵害されてはならないのだ。「家の宗教から個の自覚の宗教へ」ということであるならば、私自身の宗教的信念によって拘束されるのは、いかなる意味においても私ひとりであって、たとえ妻や子供であっても、私の宗教的信念によって拘束を受けてはならないのだ。

 

いろいろな人と話しているうちに、考えが変わる。

 

そうだ、子供の欲求は親の価値判断によって制限され得るのだ。食べ物のような、人間の基本的絶対の要求であっても、子供は親によって制限あるいは、選択肢の変更をさせられる場合があるのだ」。その親の価値判断の基準の中には、当然親の宗教的信念も含まれるはずである。

 

○我家にはクリスマスツリーは必要ない。また私にとってはないほうが好ましい。

○であるならば、真宗門徒を名告る妻や私は、子供がクリスマスツリーを要求してもそれに応じる必要はない。少なくとも積極的に協力する(要求がないのに買い与える等の)必要はない。

○もし子供が、自分の小遣いで買うとか、自分でクリスマスツリーの絵を描くとか等のように、子供にとっては能動的であって、私にとっては受動的に受け入れなければならないような場合、私としては最低限のこととして、不快に感ずることを表明しなければならない。可能ならば話合うことによって、私の意見を納得してもらうことが好ましい。

○子供たちが納得しなくても、強権的に取上げることは好ましくない。その場合でも、私がそのことにこだわっていることは伝えて、子供たちにもなんらかのこだわりをもってほしい。

 

おつれあいを説得。

 

「・・・議論は膠着状態に陥るかと思った。その時彼女が「クリスマスといったらキリストの誕生を祝う、キリスト教では最も大事な儀式のひとつでしょう、いってみたら、私たちの報恩講に匹敵する儀式でしょう」。

「ちがうちがうそうじゃない」。やっと何が問題なのかわかった。「いくら大事な儀式たって、その儀式がキリスト教徒にとって大事なことと、それをクリスチャンでない日本人の僕たちがどのような形でやるかということは別の問題だ。だって僕らがいくら報恩講が大事だからといって、そのことは報恩講で登高座をするとか、衣の色が違うということを問題にしないことの理由にはならない。むしろ僕らが真宗の教えやその教団のことを真面目に考えようとしているからこそ、そういう形で報恩講という儀式をやるかを、本当に真剣に考えなきゃならないんだろう。

キリスト教徒の中にも、まじめに儀式のことを考えている人たちが当然いるはずで、そしたら、その人たちにとって、今の日本で一般的に行なわれているようなクリスマスの行事の形は許しがたいものに見えるんじゃないかなあ。だから僕たちはどういう形ででも、今の日本の一般状況としてのクリスマスのありかたを是認することは慎むべきなんだよ。だって、僕たちはキリスト教徒の人たちとは課題を共有できることを知っているんだから、無意識の行為であるからといって、そのもっとも良心的な部分のキリスト者たちの努力の方向に逆行するような行為は許されないよ。それは僕たち自身が儀式の問題に取り組もうとすることをも否定することになる。さっきA子は、神道、特に靖国はその存在自体を認めないから神棚はいやだけど、キリスト教のクリスマスはちがうと言ったけど、それは間違っていないと思う、だけど、だからといって今の日本でのクリスマスの在り方を肯定する理由にはならない。やっぱり象徴的には宗教的意味をもつ儀式を無自覚的に受容してしまうような体質が問題なんだよ。

 だからその意味では神棚もクリスマスツリーも同じといわなきゃならない。そこに混乱が起こったのは、神棚の場合、神道を積極的に推進しようとしている人たちにとっては、神棚が増えることは好ましいことで、無自覚的にそれを受入れることは、嫌いな神道のお先棒を担いでしまっていることになり、クリスマスツリーの場合、それが広まることを無自覚的に受容すれば、僕たちが連帯できる良心的なキリスト者を裏切ってしまうことに気がつかなかったからだよ。

 神棚もクリスマスツリーも、通俗化されて広範に受容されている宗教的行為であるという点では同じであっても、それを僕らが無自覚に受入れてしまうことは、神棚の場合は神道を肯定・助長する効果をもち、クリスマスツリーの場合には、キリスト教の儀式を阻害してしまう効果をもつんだよ。もし報恩講が、クリスマスのお祭さわぎみたいにされてしまったら、やっぱいやな感じがするんじゃないかなあ。僕らが混乱してしまったのは、(真宗では)こうした問題を見抜くようなきちんとした儀式論が確立していなかったからなんだ。・・・」

 

1.「クリスマスツリーがやってきた」を読んで

 

○私とクリスマス      ○子どもたちとクリスマス     ○その後のクリスマス

2. クリスマスとは何か

 

○日本におけるクリスマスの受容

           キリスト教伝来以前からあった冬至という年中行事や、厄払いに似た清めの感覚や、旧来の年中行事を新しく再編する動きの一つ。

(クリスマス自体、キリスト教以外の民間信仰と大きな接点を持つ)

・親戚と交流する正月の前に核家族が家族愛を確認する。あるいは男女対等の愛の象徴、慈善といった愛のように、「愛」を象徴するイベント。

           クリスマス休戦の「平和」や、サンタの貧困に対する贈与といった、よい人間になろうという改心を促す。

 

○サンタクロースについて

トルコの少年司教ニコラスの伝説が、ヨーロッパ各地で土着の要素と結びついてさまざまなバリ ーションを作り出すが、多くがプロテスタントにより廃絶させられる。

1822年、ニューヨークのクレメント・クラーク・ムーアが、多様に展開したニコラスを統合した「聖ニコラスの訪れ」という詩を作る。それが現在のサンタクロースであり、ヨーロッパに逆輸入される形で広まった。→商業主義との結びつき

 

○クリスマスツリーについて

・キリスト教以前から冬至に魔よけとして常緑樹を家の内外に飾る習慣があった。

・モミの木を古代ローマの農神祭にお守り、魔法の媒介、豊穣の祈願として使った。

           生命力・希望・堅実さを表してゲルマン人の崇拝の対象になっていた。

(「大経」第二十八願 道場樹p20 p33 「教行信証」化身土巻p327

           「人間を死へと導くリンゴに対して、生命を与えるパンー聖餐式のパン、罪の許しのために献げられたキリストの「からだ」−が対置されている。」 

(「クリスマスの起源」O.クルマン)

 

3.神道と真宗

 

           祈祷仏教・霊信仰との決別

五濁増のしるしには  この世の道俗ことごとく  外儀は仏教のすがたにて  内心外道を帰敬せり

かなしきかなや道俗の  良時吉日えらばしめ  天神地祇をあがめつつ  卜占祭祀つとめとす(p509

 

           罪福信の問題

不了仏智のしるしには  如来の諸智を疑惑して  罪福信じ善本を  たのめば辺地にとまるなり

仏智疑惑のつみにより  懈慢辺地にとまるなり  疑惑のつみのふかきゆえ  年歳劫数をふるととく

自力称名のひとはみな  如来の本願信ぜねば  うたがうつみのふかきゆえ  七宝の獄にぞいましむる

罪福ふかく信じつつ  善本修習するひとは  疑心の善人なるゆえに  方便化土にとまるなり(p505

 

           真宗における神道の受容

天神地祇はことごとく  善鬼神となづけたり  これらの善神みなともに  念仏のひとをまもるなり

願力不思議の信心は  大菩提心なりければ  天地にみてる悪鬼神  みなことごとくおそるなり(p488)

覚如「御伝鈔」平太郎の熊野詣 聖典p734    神社に念仏を称えた?

 

○国家神道の成立過程

・神仏分離令

慶応4(1868)313日から明治元年1018日までに出された太政官布告、神祇官事務局達、太政官達など一連の通達の総称。明治以前修験道など神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教の境をはっきりさせた。

 

・廃仏毀釈

明治維新後に成立した新政府が発した太政官布告神仏分離令、1870年(明治3)の大教宣布など神道国教・祭礼一致の政策によって引き起こされた仏教施設の破壊など指す。

 

・合寺令

明治31027日(1870年)に富山藩が公布した。一宗一寺に合併され、藩内370余寺が6寺になり、合併所となった寺院には各寺院から本尊・僧侶と家族が集められた。

多くの寺院は破壊され、開墾して還俗した僧侶に払い下げられた。浄土真宗の合併所である常樂寺には、住職とその家族約1200人が240畳に詰め込まれた。

 

・神棚の設置

1871(明治4)年に「国民総氏子制度」がしかれ、日本「国民」を一人残らず国家神道の氏子にし、神棚の設置の強制や神社参拝の強制、また伊勢神宮のお札を受けることが義務づけられる。

 

4、問題提起

 

           「バラバラでいっしょ −差異を認める世界の発見―」とは、どういうテーマだったのか?

○真宗門徒は報恩講をどのような気持ちでお迎えするのか。

 

最近のこと、お友達たちが、クリスマスに何をプレゼントにもらうかで盛り上がり「ああーークリスマス楽しみ!!」とわいわい話をしてました。すると彼女一人がきょとんとしてます。

「え?Sちゃんクリスマス楽しみじゃないの?」どうも話が合いません。

Sちゃんにとっては、教会に行って静かにお祈りする日であって、わいわい騒ぐ楽しい日ではないんでしょ」

「うん、別に楽しくない」 「本当はそうやって過ごす日なんだよ」

他の子どもたちも、そしてSちゃんもとっても不思議そうだったのが印象的でした。

Mixi 大悲さんの日記より


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