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2006年03月17日

●明日の準備

 「大悲に生きる」の章は関東へ行ってからの話なので、親鸞がそこでどんな話を人々に説いたか、布教をしたのかという内容が書いてあるのだという頭があったのだが、この「宗祖親鸞聖人」というテキストは違うな。関東に行っても、宗祖の求道は終わっていないということだ。

 「愚者になりて」というのは関東に行っても、親鸞は知識人であろうとすることからなかなか逃れられなかったという問題を出している。「正定聚に住す」というのは佐貫での浄土三部経千部読誦を取り上げているが、これはまた、三願転入という視点から見ると、私には受け止めやすくなる。つまり念仏(この場合は経文)を道具(徳本)として使おうとする考えが、関東に行っても、そしてその後も、なんどもなんども、親鸞を無意識から揺り動かしていたということだ。エロさんの掲示板にあったが、「それほど自我とは、したたかなものです」ということだなw

 という感じで、明日、お話しするわけだが、フェアトレードのチョコレートと、うまくコラボレートするだろうか??

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