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2006年03月26日

●明日のレジメ

帰命無量寿如来 南無不可思議光

 

    帰命 「namas 南無」の訳

3つの意味があるといわれています

 

帰投

自分以上のものに自己の全体を投げ出して、すがりまかせる 身命を仏に投げ出す。

還帰 生命の根本に帰る

帰順 仏の教えに信順する

 

    無量寿「Amitayus 阿弥陀」の訳

はかりなきいのち 寿命無量ともいう 慈悲をあらわす

 

    如来

「如」という仏の世界から私たちのために来たぞ、という意味

 

    不可思議光「Amitabha 阿弥陀」の訳

はかることのできない光 光明無量ともいう 智慧をあらわず

 

 

    「サンスクリットの原典、例えば無量寿経とか阿弥陀経などでは、阿弥陀さまの呼び名は光明無量か、寿命無量のいずれかでよばれています。『阿弥陀』というのは『無量の』という語を音であらわしたもので、阿弥陀如来の光明と寿命が省略され、無量の仏ということばで音写されたものです。」(早島鏡正「正信偈をよむ」)

    ですから、正信偈の最初の二句は、「南無阿弥陀仏」と書いているのと同じことになります。

    なぜ、親鸞聖人は正信偈の最初にこの言葉を置かれたのか、なぜ「南無阿弥陀仏」ではなくて「帰命無量寿如来 南無不可思議光」と書かれたのか、問題提起します。

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