« 富山に乗り遅れる? | メイン | 富山市街の未来 »

2006年03月30日

●得度研修会

教務所への道すがら、道路が雪で白く染まったのにも驚いたが、
受講者の中に、昨日、驚かしてくれた篠川(嫁)がいらして、また、驚かしてくれた。

「千と千尋の神隠し」を枕にして、名をうばわれること、取り返すこと、名前とはそれぞれが生きている世界そのものであるということ。得度とは法名をいただくということ。釈尊の家に生まれ、弟子となる。仏法の世界で生きる。二つの名前を持つってどういうこと? これまで生きてきた世界をないがしろにするのではない。「仏法をあるじとし、世間を客人とせよ」で締め。

ある意味、自分としては王道な話しの流れだったなー(意味不明) さむ

 

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://gyokueiji.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/252

コメント

学院一年、最後の歎異抄講義で
竹中先生が、仏弟子になることは
3つの名を持つとおっしゃっていたのを
思い出しました。
え?と驚いたら、それは
・俗名 ・法名 ・南無阿弥陀仏
でした。
おっしゃっていたことを詳しく思い出そうと
その時のノートを探したのですが
・・・・見つかりません(T_T)

なるほどー
今度話す機会があれば、三本柱でいきますワ。

言いっぱなしただけでスミマセン
こっちは、相変わらず気になって 記憶の糸をたぐったりノート探したり。
流れさんの 王道の話聞いてみたいな

いえ、小学生高学年の方が大半の研修会で、あれだけの論理展開はないだろと、次の日、猛反省しちょります。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)