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2006年04月04日

●組同和研修会

昨日は組の同和研修会に出席しました。

講師は元教研の柴田さん。病気から復帰されましたが、少し後遺症があるようです。テキストは「仏の名のもとに」 

阿弥陀仏は智慧と慈悲の仏である。阿弥陀仏に帰命するということは、智慧と慈悲を大切にするという表明である。智慧は光であり無碍であり自由。慈悲はあらゆる衆生を救うという平等。阿弥陀仏に帰依するというのは自由と平等を大切にすることである。フランス革命も仏教もまことの世界を求め、自由と平等をそこに見出した。

先日私は同朋会で、阿弥陀とは光明無量であり寿命無量である、末法の極東に住む我々の側にいてくれる仏であるという話しをしたのですが、どうも薄っぺらな感じがしていました。柴田さんのお話を聞いて、観念で話していたなと反省しました。

時間がなくなって予告だけされたのですが、テキストp29を二種深信でお話しされるということでした。そこから推測すると、機の深信とは差別されているという事実であり、法の深信は被差別であるからこそ救いを求め、弥陀はそれを与えるという展開じゃないかと。次回が楽しみ。

富山の片田舎で、こんなワクワク冒険的な真宗が語られていますよ。

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