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2006年04月17日

●夢

今朝、夢をみた。10年前、能登教区の駐在教導をやっていた頃の夢。上司とうまくいかなくて、阻害されて耐えている夢だった。

昨日、現実と理想のハザマで悩んでる若者のことを書いた。他人事のように書いたが、心の奥底で、10年前の自分のこととダブらせていたようだ。いまも、そう変わっていない気がする。

「神の子たち」や「リトルバーズ」をみて、なにか自分もしなければと思う。ネットでいろいろ情報を集めてみるが、どうしたらいいのか手詰まりになる。それが、手紙や便箋などのフェアトレード商品を購入して使ってみると、焦りがほんの少しやわらぐ。それくらいの、小さな自分。

ハンセン病についても、組織の中で動いていくなかで、矛盾が見えたり、他人や自分の功利心が見えたり、心が萎えたり折れそうになったりもする。実際、ネットワーク設立の二年目、家族につぎつぎと苦難が訪れて、活動にはほとんど参加しなかったことを思い出した。気力が出なかった。あの頃は、オレは役職でこの問題に関わっているんじゃないか、心の奥底ではイヤなんじゃないかという意識にも悩まされていたな。

確かに、オレは菩薩なんかじゃないよ。凡夫そのもの。しかし、それでも、こうして復帰したのはなぜだったろうか。思い出せない。

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コメント

様子が変わってしまってよそのブログに行ったのかと思いました。
「自分に何ができるだろうか」
多分たいしたことはできないと思いますよ。
私にできることと言ったら、カンパとサイトを見てくれる人へのメッセージくらい。HPを立ち上げたのは、もしかして同じような考えを持っている人が、どこかにいるかもしれないと思ったから。
おかげでたくさんの人と出会えました。
そこからまた自分の歩みが始まったし、凝り固まってしまいそうな考えが、どんどん壊されていくし、それでいいとは思わないけど、一個人のできることは、小さいと思います。

私も出かけすぎると家人からクレームが来ていて、いっそ別れようかと思いました。でも、別れたら私は坊守ではなくなるのです。「制度」って。

こころおきらくでいきますわ

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