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2006年05月29日

●住職修習

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確認しましたら原稿締め切りが6月第1週までいいそうですし、かみさんが月参りにいってくれたおかげで、今晩の同朋会のプリントもとりあえず骨子ができたので、すこしラクになりました

住職修習 やっぱりいろいろありました。前泊の宿を父にまかせていたのですが、日にちを間違えているのが直前で発覚し、当日の夜中に電話をかけまくりも修学旅行シーズン、どこも空いていない。焦った。なんとか本願寺のまんまえの高田屋旅館で総代さんと泊まることができました。

初日、同朋会運動についての講義がありました。しかし、さっぱり面白くなくて班担とバトル。原点を知れということなんでしょうが、教団問題、部落差別問題、靖国問題を経てきたからこそ、同朋会運動発足当初の独善性というものがはっきりしてきたんだと思うんです。これまでの歴史を忘れて原点に返ってしまったら、そこには自分の庭さえ綺麗ならそれでいいという、教団維持のエゴが目立ってしょうがない。「歎異」やら「慙愧」やら、内向きの観念論、理想論というのはこれもほども面白くないものかと実感しました。

ちょうど、日程が土日と言うことで、兼職の方の参加が多く、32組。30代から40代の方が多く、班の中で私は最長老から二人目だったのが、けっこうショックでした。女性のかたが4名いらっしゃいました。

ご存知のとおり、27、28と玉永寺旅行会を両親が引率してきまして、新住職出仕参拝もそのスケジュールに入っていたのですが、日曜日でしたら参詣者が多くて前にいけず、私がどこにいるのかさっぱりわからんかったそうです

まー そんなところです。

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コメント

お疲れ様でした。
「住職」という肩書きはいかがですか?
「坊守」修習があったらいいのに、といつも思います。

お帰りなさい。
歎異や慙愧、私のときはそうだっけ?と
思い出そうにも すっかり忘れてしまったようですアチャ-
他寺の人や門徒さんとの関わりが 一番ココロに残ってますね。あと、ご門首の登場と。
とにかく、お疲れさまでした

お帰りなさい\(^o^)/

 私の時は、なんかこう班担の方が知り合いだったということもあって、靖国、門首制度について熱く語り合った覚えがあります。が、内容はほぼ忘れました^_^;

 と、やっぱり個性的な参加者が何人かいて、面白かったです。

 さて、どうぞ、いよいよ、おきばりやす\(^o^)/

あおさん、らんさん、諦清さん、maroさん、コメントありがとうございます。

「住職」と呼ばれると、なんだかバカにされてるような気がしたりします。

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