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2006年06月30日

●今日の日記

ご縁がある本願寺派寺院の坊守さんの葬儀におまいりして来た。

親戚寺院がみな七条袈裟をつけていらっしゃるのに驚いた。

おなじ真宗でも、やはりお西さんとはいろいろ違いがある。そのあたりが新鮮だった。

Vfsh0065車内でクーラーを使うのが、なにかイヤなので、けんちん汁さんのマネをして、ファンだけ購入した。 効果はまぁまぁだが、回すと光ったりして、おもちゃみたいでけっこう楽しい。クーラーシートも売っていたが、高いし、ソケットがもう一ついるので検討課題とした。

どうでもいいことだが、「医龍」で好演していた小池徹平くんが、ウェンツの相棒だと、今になって知った。いろいろ才能あるんだなー。「医龍」最終回、録画してあるけど、まだ見てない。

明日、早朝、京都へ向かう。どんな出会いになるか、楽しみだ。

しかし、七月第一週は日程、内容的にかなりしんどいことになるのは見えているが、

まぁ、あんまり考えないことにしよう。とりあえず、今夜、サッカーみる余裕はないな。。。

あと、メールの返事を出さなきゃいけないんだけど、帰ってからにさせてください。もうしわけないかくそうりだいじん。

●ワールドカップ予想

こりもせず。。。

今夜からベスト8が戦います。

まず、応援するのはポルトガルにします。

前の試合には、批判もあるでしょうが、

フィーゴたちのむきだしの情熱を応援したいと思います。

あ、やべ

ポルトガル対イングランド戦の日は、同朋会館にいるんだ。。。

優勝予想はめちゃ難しいですが、

ブラジルとしておきます。

これまで「まだ、実力は出していない」と言われてますが、

出せずに終わってしまうかもしんないという、

不安はありますけどね(汗

まぁ、ロナウジーニョがなんとかするでしょう!

2006年06月29日

●7月の日程

1~2日 同朋会館教導(京都)

4日 組教化委員会

5日 華の会 テキスト正信偈 善導章

6日 教区御遠忌教化部会 趣旨文作り

    十住毘婆沙論の会(野々市)

8日 玉永寺子ども会

12日 児童教化連盟総会

13日 あいあう会(公開?)

14日 人生講座 佐野明弘氏

18日 組同朋の会 テキスト「宗祖親鸞聖人」 善鸞義絶

20日 教区御遠忌教化推進部会 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議

26日 同朋会運動推進会議(京都)

27日 玉永寺同朋の会

29日 玉永寺委員会

30日 教区暁天講座 藤場芳子氏

●きのうの一日

懐かしい人のブログにコメントを着けたら、わざわざ電話をくださった。お話しできたのは10年ぶりではないか。

懐かしい。能登での悲喜こもごもな、いろんな思い出がよみがる。そして、たくさん、元気をいただいた。

午後から子ども講座。アフタフバーバンさんから屋外リクリエーションを学ぶ。いつもの北島さんではない方だった。来月の子ども会。ゲームをやる気力、体力がオレに残ってるだろうか?

夜。ハンセン病ふるさとネットワーク富山の反省会と打ち上げ。市民学会集会が、いちおう大盛況だったので、ほっとした雰囲気。あおさんと酒を酌み交わす。日頃の勉強の成果(?)を藤野先生に報告。本願寺派高岡仏教青年会が出された冊子について、お西の方々を賞賛。民医連の会長さんが、大学の先輩であることがわかって盛り上がる。

よかった。凹んでいたのが、懐かしい人からの電話のおかげで、元気が出た一日だった。

2006年06月28日

●梅雨空に、どよ~ん

きのうの同朋会。むーん、出席者2名。家族とあわせて5名。座談会にならんかった。さすがに凹んでます。

サッカーは後半、フランスの2点目からみた。ジダンが元気だった。

下のスイスGKの名前、よくわからん。

寝冷えしてかなり喉が痛かったが、すこし回復してきたかな。

ああ、ネット上で、思いがけない、思い出がいろいろある方を見かけて、ご挨拶した。

かなり重大な文章を書かなければならない。7月6日締め切り。かなりヤバイ気がする。

どうも全体的に、下降線、だったりする。

2006年06月27日

●スイスv.s.ウクライナ

昨日のポルトガルとオランダの試合があんなふうになったのは、若いクリスティアーノ・ロナウドを交代に追い込むような悪質なファウルがあったからなんですね。なんだか、フィーゴたちの気持ちが分かるなぁ。

さて、朝、TVをつけてみたら延長戦が始まってました。

私がスイスを優勝候補に推したのは、その鉄壁な守りに惚れたからなんですが、とうとうPK戦に。

シェフチェンコがはずした時点まで、キーパーの力量でスイスが勝ったなと思っていたのですが、どっこい!

ウクライナ二人目、アルテム・ミレフスキが、あんなループ気味のシュートを決めたのには、度肝を抜かれました。今大会、唯一無失点のGKズベルブエラーが手玉にとられ、ショックが残ったんでしょうか、そのまま一球も止められず、スイスは敗退してしまいました。

おどろくべき度胸。上の世代が思いもつかないことをやっちまうんですよね。若さってのは。

ウクライナの監督はPKに出すために、アルテムを延長後半に投入? まさか、そこまでは計算してないか。。。

ということで、早々に、ボクの予想は外れてしまいました。

2006年06月26日

●ポルトガルv.s.オランダ

睡眠障害もたまにはいいもんで(?)、前半終了前、最初の退場者が出てから観戦することができた。

レッドカード4枚、イエローはいったい何枚でたんだ?

荒れた試合だったが、ポルトガルの粘り勝ちというか。

しかし、次のイングランド戦にデコが出られないのはヤバイですな。

2006年06月25日

●素人の優勝予想

ずばり、「スイス」!

われながら、チャレンジャーだ...

2006年06月24日

●玉永寺同朋の会レジメ

明後日の準備をしています。 「本願名号正定業」を第十七願の内容とする本が多くて、それが定説みたいになっているようですが、煩雑になるし、そうなのかなとも思いますので、今回は省略します。

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本願の名号は正定の業なり。至心信楽の願を因とす。

「なむあみだぶつ」は、だれもが確実に浄土へ生まれるおこないです。至心信楽の願(第十八願)が、その証拠です。

第十八願「設い我仏を得たらんに、十方の衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは正覚を取らじと。ただ五逆と誹謗正法とをば除く」

「わたしが仏になるとして、あらゆる人々が、まことの心で信じ喜び、私の国に生まれたいと思って、せいぜい十回は念仏してもらいたい。もし、わたしの国に生まれることができなければ、わたしは決してさとりを開くまい。ただし、五逆の罪を犯したり、正しい法をそしるものをのぞく。」

等覚を成り、大涅槃を証することは、必至滅度の願成就なり。

念仏者が仏に等しい悟りを完成させ、大いなる涅槃を得られるのは、必至滅度の願(第十一願)が完成しているからです。

第十一願「設い我仏を得たらんに、国の中の人天、成就に住し必ず滅度に至らずは、正覚を取らじ」

「わたしが仏になるとして、国の中の人々が、必ず悟りに至ることが定まって至ることがなければ、わたしは決して悟りを開くまい。」

○法蔵菩薩が誓った本願は四十八あり、どれにも「わたしが仏になるとして(設我得仏)」「~が実現しないならば、わたしは悟りを開かない(不取正覚)」の言葉が入っている。

●ワールドカップ観戦 その2

「諮問会議」に出てきました。なんだか、なんだかな会議でしたが、そんななか、ともに学生時代をすごした懐かしい友人たちと再会でき、終電まで酒を酌み交わしてきました。楽しかった。みんな、風貌は変わってますが(汗)、本質はぜんぜん変わってませんでした。おれもそうなんですが。

そんななか、初対面の方に議論を吹っかけてしまい、少々後味が悪かったりします。

ブラジル戦は後半あたりから見ました。もう、ぼこぼこにされてました。

ロナウジーニョがすごいと思いました。的確に状況を判断し、正確にパスをまわしてゲームを組み立て、確実にチャンスをつくる。あんな人のいるチームには勝てませんよ。途中で交代したけど、ホンマ、すごかった。ブラジルに勝てるチームがあるのかに興味があります。

いよいよ決勝トーナメント。韓国が進出できなかったのには驚いたな。世界のレベルは高いわ、ほんまに。

時間的に生では見られなくなりますが、体内時計がおかしくなってきていたので、これでいいのかもしれない。

ああ、富山松竹で上映がはじまってます。富山近隣在住の方にお知らせ。

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2006年06月22日

●スコッチのアテ

まー とつぜん、献血に行ったんですが、肘をすりむいてたら、血小板がなんたらで拒否されました。

午後から会議があったんですが、様子ながめてたら、他の人の企画がとおってしまいました。

あしたは、得体の知れない会議に京都まで行きます。

すごく不安で、なんだか眠れそうにないので、スコッチちびちびやってます。

まず、残ってた白山の豆腐味噌漬け。

続いて、ようかん系の和菓子。

そして、最後は暴君ハバネロとかつまんでます。

もう、なんでもありですね。ボクのスタンスみたいなものです。まぁ、どうにでもなれです。

2006年06月21日

●さらば、「如大地」編集会議

23日で上映が終わってしまうということで、「ホテル・ルワンダ」を見てきました。

レビューはもうひとつのブログに書きました。ほんとうに素晴らしい映画でした。ぜひ、ぜひ、多くの方に見ていただきたいと思います。

引き続き、最後の教区公報編集会議と、お別れ会に出席してきました。

3期、9年間、この会議に携わってきました。みなでわいわい記事をつくるのは、とても楽しかった。

最後に多磨全生園訪問の記事を、シノさんをはじめ、参加者のコメントを集める形式で作り上げることができてよかった。

最後にいい仕事ができました。満足。満足。

2006年06月20日

●同朋会葉書

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朝一番で作りました。

2006年06月19日

●ワールドカップ観戦

どちらかといえば、野球世代なんですが、サッカーもなかなかおもろい。戦争、内乱の傷跡の深い国もけっこう出ていて、それぞれ特色のある戦い方をしています。さらに、「擬似戦争」といいますか、オリンピックとはまた違った感じの、社会現象としてナショナリズムをそれなりにプチ以上に喚起してるのも興味深いところです。

しかし、素人目に見ても、日本は弱いっす。だって高原があんな後ろまで必死に守りにいくなんて。力不足。技術不足。強い国はパスもシュートも守りも神技。どうみてもあちらが強いですよ。

まー、奇蹟を信じるのもいいんですが、ブラジル相手に2点差以上で勝てというのは酷だよなー。日本の予選突破は絶望的。それでもサムライじゃぱんを信じろという雰囲気に、先の大戦末期、体制翼賛神国の勝利を信じろ!というのはこういうんだったのかなー、とかなんとかの方面も楽しんでたりします。

●ウコンの力 二本目

昨日、祠堂経が終わりました。天候に恵まれて、二日目も60人ほどの参詣がありました。終了後、お世話してくださったご門徒さん方と一献かたむけて、ワールドカップを見て寝ました。

起きて、後片付けをして、月参りに行きましたが、倦怠感がすごい。住職修習翌日以来の、二本目の「ウコンの力」を飲んで、なんとか動いています。

今日は午後から組同朋会、夜は教区御遠忌の会議。明日、玉永寺同朋会の葉書を出せたら、そこで一息つけるかな。後片付けがまだまだありますけど。。。

↓が富山松竹で24日まで上映中ということで、見に行けることを自分へのごほうびと考えて、がんばります。

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2006年06月17日

●祠堂経一日目

Img_0428梅雨入りしたのですが、天候に恵まれました。
どういう塩梅か、80人あまりの参詣。満堂御礼。
そのぶん、あしたは少ないのかもしれない。。。

今年はじめて聞法友だち、朝日町、藤條法彰さんに来ていただきました。
いやー、すごい好評でした。終わりのご挨拶のあと、拍手がまき起こりました。

2006年06月16日

●あいあう公開講座

戦後史とジェンダー Book 戦後史とジェンダー

著者:加納 実紀代
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今日は↑の本を書いた方の研修会に参加してきました。祠堂経の前日なんですけどね。

このところジェンダー関係の本を読み始めていまして、内容はだいたい理解できたつもりなんですが、やはりまだまだ学ばなければならんなと思いました。内容は、祠堂経がおわったら、まとめてみるつもりです。やらないかもしれないけれど。

質問をしたのですが、しどろもどろになってしまった。概念だけで学んできたから、どうしても問題の捉え方が一面的になっている。反省。それに対して加納さんは、整然とご自分の論を展開してくださいました。

●玉永寺 かわらばん 一枚目

Vtp0001祠堂経の際に配布するということで、作ってみました。

2006年06月15日

●祠堂経準備など

掃除と荘厳(かざりつけ)の毎日です。
ほとんど裸で雑巾がけして、いい汗かいてます。

先日、ぐっちんさんから電話とメールがきました。元気そうです。
また、大阪へいきたいです。けっこう、本気です。

19日の組同朋会の予習なんかもしてます。テキストは「宗祖親鸞聖人」。
「親鸞は弟子一人も持たず」なんですが、やっぱり河田光夫「歎異抄をよむ」(明石書店)がおもしろい。

親鸞は厳密な教義体系を打ち立てています。しかし、一方では、下層の民衆の意識に入っていって、たえずそうした民衆の意識の中で語りかける組織者、救済者でもあったと思います。理論は常に現実や情念の世界で打ち崩されるものです。そして崩れて、また再構成されなければならないものだと思います。一例をあげますと、親鸞の教義体系では、真実心は阿弥陀仏のものであり、凡夫には真実心はないとします。ところが、(略)「まことの心」すなわち、「真実心」と呼ぶしかないものを、親鸞は、文字を知らない民衆のなかに発見します。こうして教義体系と現実との格闘が始まります。おそらく、そこから、「信心の人は如来とひとしい」という新しい教義が生まれてきたと考えられます。
 親鸞は、自分が築いた思想を、常に厳密に民衆の中に下していくのではなく、たえず民衆の持っている意識や世俗的な信仰の中で展開していったと考えられます。(p215)

 まぁ、上の記事と関係ないけど、本堂の縁側を拭きながらパンタカ兄弟を妄想したね。
 風が吹き込む縁側は、こうして汗水たらしてきれいにしても、またすぐ、真っ黒になってしまう。ある意味、無為なんだけど、こう拭き続けることが人の営みなんだろうな。
 完璧に綺麗にしようなんて思わなくてもいい。でも、汚れ放題にしておくわけにもいかない。
 必要なだけ、やりたいときに、やるのだ。
 雨水を汲んで、雑巾を洗うバケツが、やたら気持ちよかった。

2006年06月13日

●共学研修会

講師 教学研究所 T氏。知らない仲ではないが、彼の考え方をはじめて知った。

生涯を学ぶことは親鸞聖人を正解としてしまうおそれがある。得道の人とみるべきであり、聖人は偉大な人ではない。

いま、親鸞がいたらどうするだろうと考えて行動するのはおかしい。そのように考えると、宗祖はわれわれの延長になってしまう。教えの言葉として聞こえた時、宗祖との出会いがある。人間親鸞は自分の価値観を出ない。法語そのものが宗祖である。
正しいとは、自分が間違っているときづくこと。それ以外にない。
学んだものを自分のものにしてしまう。退転。それが悪人。
自分が正しいということを出られない。

仏教は心の教えではない。仏教を聞いて、どういう生き方をするのかを教えてくれるのではない。人と生まれたことが問題なのだ。自分を綺麗にするのではなく、生まれたこと、人であることが問題なのだ。

人であるというのは迷っているということ。迷いを捨てるのは自力のあり方。
迷っていることを知るのが真宗の救い。迷っている事実。道場。迷っているものだから尊い。無条件に救われる。迷っているものを救うのが仏教。

テキスト「宗祖親鸞聖人」が教団問題のさなかに出版された政治的な意図をたどり、テキストにある宗祖の生涯とは離れたところで法語中心のサブテキストを作ったということを話された。

宗祖の生涯、つまり現実社会との関わりを切って法語を学ぶという考え方は、私には受け入れられない。座談会、懇親会でも、討論した。楽しかったが、考え方の違いがはっきりしたことだった。

2006年06月12日

●母とヨン様

母の日に、弟がポータブルDVDプレイヤーを母に贈った。
あと、「冬のソナタ」を一式。父にはチャングム一式。BSを焼いたやつ。
オレは花一輪。。。

「あっちの人も、機微に訴えるものつくるんだねぇ。」などと、今頃になって感心したりしている。
かあさん、遅いんだよ。
まぁ、オレは冬ソナもチャングムも、途中で飽きちゃったけどネ。

そういえば寺のHPに載せていた母の文章を、女たちの『9条の会』さんが掲載してくださった。
「母の一生(悲しみをこえて)」 

そういえばワールドカップがはじまっている(オイオイ)。
今夜は研修会後の懇親会があるのだが、日本戦なんだよな。
ヨーロッパが強いな。ああいうの見ると、アジア人も負けちゃいられないという気持ちになる。
韓国も素直に応援できたらいいんだが、どういう展開になるのやら予想もつかない。
WBCでもいろいろあったよな。李スンヨプ、巨人でがんばってるけど。

さて、どうなるのやら。

2006年06月10日

●子ども会の風景

スライドショー

  ↑ maroさんがやってる方法で公開してみます。

一年生が元気すぎて、最初ビビリましたが、じょじょに工作に夢中になってくれました。

 めちゃめちゃ たのしかった! 元気をもらいました

●6月後半からの日程

12日 共学研修会 竹橋太氏

13日 青少年研修会 救急救命講習

15日 組同朋大会 春秋賛氏

16日 あいあう会公開講座 「ポスト近代と家族」加納実紀代氏

17・18日 玉永寺祠堂経

19日 組同朋会 テキスト「宗祖親鸞聖人」 弟子一人も〜  教区御遠忌会議

20日 「如大地」編集会議

22日 教区解放運動協議会

23日 同朋会運動推進会議(京都)

27日 玉永寺同朋会 テキスト「正信偈」

28日 子ども講座研修会 アフタフバーバン  ハンセン病問題ふるさとネットワーク会議

2006年06月09日

●45歳

むかし、「17歳」って唄があったな。南沙織だっけ。。。

このところずっと喉が痛かったのだが、頭も重くなってきて、手足のしびれなども出てきたので、病院でCTを撮ってもらった。脳のほうは大丈夫で、お医者さんからは様子見ということになった。

教区御遠忌テーマで話してくださっている佐野さんの2回目の研修会に、趣旨文をつくる参考にするため、出席したかっのだが果たせなかった。

すこし肌寒くても、喉が痛くても、衣替えしてから薄着でいたことが思い当たる。風邪の症状じゃなかろうか。あと、疲れかな

若いころは食事も睡眠も体力もなんにも気にせずに生きてこれた。先輩やお年寄りが健康に気を遣っているのを笑っていたりしていたのに、「老いる」というのはこういうことなんだなと思い知らされている。

こうなったらしょうがねぇw 右下がりの人生を、おきらくにたのしんで生きていくのだ

2006年06月08日

●道綽のパラダイム変換

というか、七高僧というのはどなたもそうなのかもしれませんが。

道綽、聖道の証しがたきことを決して、    ただ浄土の通入すべきことを明かす。
万善の自力、勤修を貶す。    円満の徳号、専称を勧む。
三不三信の誨、慇懃にして、    像末法滅、同じく悲引す。
一生悪を造れども、弘誓に値いぬれば、    安養界に至りて妙果を証せしむと、いえり。

修行や知識やマジメさなど、人が「善」「聖道」としている事柄が、本当に人を仏道に導いているだろうかという視点を道綽は持ちました。政治によって僧籍を奪われた経験をもつからこそ、「善」「聖道」の内容は人々を支配するために作為されたとまで考えたのではないか。「一生悪を造」るとして仏道から一番遠いとされた人々を救う浄土の教え、のみを勧めた道綽は、曇鸞と善導にはさまれて不人気ですが、善悪の価値観を明確にパラダイム変換できた、もっと注目すべき人物じゃないかと思いました。

華の会、終わりました。富山教区でも、とくに活気のある若坊守の会です。ぜひともジェンダーの視点でお話をしてみたいと思いましたが力不足、まだまだ学びが足りません。がんばろう、でも疲れた

●食欲について

昨日NHK「きょうの健康」がダイエットの特集をやっていて、見逃したのでネットを探していたらhttp://ameblo.jp/takumama/day-20060607.htmlの記事を見つけました。とても勉強になりました。

ダイエットを始めたころから、食欲をどう抑えるか、空腹のつらさをどう消したらいいのかということを考えてきました。
ストレスがたまるとどうしても暴食したくなりますし。

でも、食欲を消してしまうということは、生きたいという意欲を削いでしまうことにもなるんですね。
おなかが空くから、生きているんだ。

「欲」は悪者なんかじゃない。

ずーーーっと、つきあっていくんだなぁ

2006年06月07日

●お道具みがき 三不三信誨慇懃

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写真は祠堂経の準備の様子です。奥にベックがいる。

華の会がとうとう明日になりました。「三不三信誨慇懃」について悩んできました。すこし、整理はできました。

信巻で、曇鸞の三不信が引かれて道綽の三不三信が引かれていないのはなぜかということとを考えていましたが、これは信巻が「一心」ということをテーマにするから論註でなくてはならないということですね。

あと、正信偈は信巻の前に置かれているから、「他力回向の信」という問題が立てられる前。行者に淳心・一心・相続心なんて起こせるだろうかという前に、「正信念仏偈」なんだから、信を勧めることが素直に書かれているのだと考えました。

その意味で論註が三不信という信心批判をしているところを、安楽集は三心が大事なのだと言い直したということで、勧信というところから「誨慇懃」と書いたのだと思いました。このあたりは宮城しずか先生正信念仏偈講義 第5巻 (5)のおっしゃっているところに行きつきました。

あと、スプーえかきうた事件。注目です!
はいだしょうこさん! ボクはファンになりました

2006年06月06日

●子ども会葉書 MIXI仲間

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子ども会。今回はかみさんが工作指導をしてくれます。 感謝感謝。

今日は親戚寺院の祠堂経法話に行って来ました。やはり、寺院での祠堂経、報恩講でのお話は苦手です。どうも、反応が分からなくて、話が伝わっていないんじゃないかと焦ります。それでも、休憩時間に感想をおっしゃりにきてくださった方がいらして、すくわれた気分になります。それでもそれでも、このじっくり4席おはなしすると、話すことがなくなってしまい、予定より5分ほど早く終わってしまいました。余裕がないですね。

まぁ、とりあえず、いちばん苦手な仕事が終わって、ホッとしています。かなり消耗しました。

mixi仲間が20人になりました。夫妻の両方の方と、けっこうマイミクになっています。私の連れ合いはまったくネットをやらなくて、PCにも触りません。携帯だってやっと最近持ち始めたりしてます。だから、このごろでは当たり前になってきましたが、夫妻でブログを書いている形態が興味深く、これから観察させていただこうと思ってます。

2006年06月03日

●真実信はどこにある?

6日の祠堂経法話は、今作ったレジメのマイナーチェンジでいくとして

8日の華の会、テキストは正信偈で道綽の後半のつもり。
http://blog.livedoor.jp/anan1/archives/2006-05.html#20060511で、予習してたんだが、曇鸞が三不信として書いたこと道綽が三不三信と、ちょいと言い換えたことを、なんでわざわざ正信偈は道綽章でとりあげているのか、いまいちわからん。

そのわりに親鸞は、信巻で論註の三不信の部分は引文しているが、安楽集の三信の部分はどこにも引用していないし
このあと善導の三心釈が引かれて三一問答が続く。道綽の三信はそこで展開されていると考えるのは、、、、むりかなぁ。

それにしても「真宗」5月号に竹中智秀氏の講義が載っていて、こんなことが書いてある。

 そういう無諍念王であることを突き止められて親鸞聖人は、阿弥陀如来の誓願を信ずる真実信心の行者、念仏者こそが因位の弥陀、法蔵菩薩であることをも、これは、『教行信証』の「三一問答」というところのなかで、徹底して見極めておられるのです。聖人は私たちに信心の行者、念仏者こそ法蔵菩薩であることを言い続けておられるのです。
 だから阿弥陀如来によって助けられた信心の行者、念仏者は、阿弥陀如来の一切衆生を助けたいという、その終わりのない衆生済度の事業に積極的に参加することのできる大乗の菩薩でもあり、その大乗の菩薩はそのまま因位の弥陀、法蔵菩薩その人であるということです。

どうなんだろうなー。教行信証には、漢文を敬語をまじえて読めという指示があって、そこは阿弥陀仏・法蔵菩薩からの行者への働きかけ(他力廻向)を表現するものだと言われてきたから、法蔵菩薩と行者を別々として考えることが前提としてあった。

その線に乗った上で、三一問答の展開は、行者が法蔵菩薩の「事業」に共感し、参画していくことを示しているというのが、らくりんさんの読み方だ。竹中さんのように最初から念仏者=法蔵菩薩とは言っていない。結論は似てるけど。。。

どうなんかのぉ、このあたり

まぁ、ある意味、どうでもいい話だけどネ

2006年06月02日

●うりゃうりゃうりゃうりゃあああ

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ここ二日ほど、ここ、落ちてましたね。ライブドア、だいじょぶか?

タイトルは、まったく、意味ありません。しゃしんもね!

昨夜はお通夜のあと、レジメづくりに没頭して、今日のお話のプレッシャーで眠れず。

今朝はあたまの左表面がやたら痛いんですが、まず、駅前でお葬式。

午後は教務所で教区組門徒会役員研修会。完成レジメはもうひとつのブログに。

一気にお話したのですが、質疑応答、懇親会とも、講義についての反応がからっきしだったので腰砕けあんなに苦労したのに・・・ 役職者研修ってこんなもんか。座談会がないとおもしろくねぇ、やっぱり。

あと、録画した「医龍」をいま、見たんですが。もう、最高で涙でそうになりましたよ。
小池徹平、阿部サダヲが、すごい演技してました。
稲盛いずみがいい顔してる。常盤御前思い出した。久しぶりの奥菜恵もよかった。
坂口の役どころは、演技、必要ないですな