« 2006年06月 | メイン | 2006年08月 »
2006年07月31日
2006年07月29日
●教区暁天講座 玉永寺委員会
2006年07月28日
●御文のスゴサ
昨夜は玉永寺同朋の会。
前回、出席者が4人ということで、こりゃどうしたもんかと頭を抱えていたのですが。
今回は12名ということでほっと一息。
テキストは正信偈
本願の名号は正定の業なり。 至心信楽の願を因とす。等覚を成り、大涅槃を証することは、 必至滅度の願成就なり。
たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。
第十八願と第十一願の説明が中心だったのですが、やはり経文にはなじみがないというか拒否反応があって。
それで、やっぱりこれですわ。
末代無智の、在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に、仏たすけたまえともうさん衆生をば、たとい罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくいましますべし。これすなわち第十八の念仏往生の誓願のこころなり。
蓮如さんはやっぱりすごいと思いました。
至心信楽欲生とか、摂め取って捨てない第十八願の精神を、ほんまに分かりやすく、自分の言葉にしてるんだもん。
蓮如さんのスゴサをまざまざと感じた夜でした。
まいりました。
2006年07月27日
●ラジオ体操と京都での会議
2006年07月25日
●最近のマンガ
「アグネス仮面」の連載が終わり、「GANZ」も休載。
「ブラックジャックによろしく」も休みがち。
「あずみ」「MAJOR」「格闘美神ウーロン」は、失礼ながらピークを過ぎてしまった気が。
もう、わくわくマンガを読む気力がなくなっちまったかなー。
って、3から5まで、読みました。
|
DEATH NOTE (3) 著者:大場 つぐみ,小畑 健 |
なんとも、頭を使うマンガですな。
2006年07月23日
●母の戦争体験
昨日の母の原稿を、もう一つのブログに載せました。
学校からは学童疎開について話をしてほしいというものでした。
ぜひ、読んでやってください。
2006年07月22日
●小学生100人
地元の上条小学校と、友好校の東京都品川区の大間窪小学校の生徒たち、およそ100人が玉永寺を訪れてくれました。 http://www1.cts.ne.jp/~omakubo/joujou1.htm
母が幼いころに見た疎開児童たちの様子や戦争の話をしました。
石原都政の愛国心教育の一環?なんてことも警戒したのですが、母の実体験は子どもたちの心に響いたのではないかなと思いました。身内びいきかもしれませんがネ。。。
代表して挨拶してくださった生徒さんが、「戦争は絶対にやってはいけないと思いました」と話してくださいました。
なんか、ほっとしました。
2006年07月21日
●会議のはしご
趣旨文について出た、主な意見。
- 個人主義への警鐘が、人の大切さを全体主義へと導く流れに同調するきらいもある
- 「異なる」という表現が多いが、いのちとは何かという問いかけも含めてほしい
- 呼びかけでいいのだろうか。法要に臨む態度表明にしたらどうだろか。
という感じでした。あとは、さらに正副組長会の意見を聞いて、共同で修正、修正で発表という運び。これで趣旨文はわたしの元を離れて、公のものへと変わっていきます。ある意味、楽になりました。
記念講演講師候補 1、高遠菜穂子 2、大江健三郎 3、中山千夏
連続公開講座 テーマは廃仏毀釈 富山藩の合寺令 講師は太田浩史さんと阿満利麿さんのコラボレーション
てな感じで進んでます。
夕食をはさんで、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議
9月5・6日に邑久光明園と長島愛生園を訪れることになりました。
そして来年のシンポジウムに向けて、映画「新・あつい壁」について話し合ったのですが、事前に大事な資料が送られていたことに気がつかなくて、私一人、話し合いに入れなく蚊帳の外。とてもさびしかったTT
前の会議で全精力を使い果たした感じ。テンションが変になっていて、困りました。
会議のはしごはやるもんじゃないです。
帰って、赤ワインとチーズ。ホッとしました。
2006年07月20日
●今日の試練とクルマのこと
今日は教区御遠忌教化部門会議。趣旨文についての意見を拝聴します。こちらでの意見をいただいて、すこし手を入れ、教務所へメールしました。なにか、プレッシャーがすごい。しんどいです。
夜は、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議です。
さて、愛車が動かなくなり、検討した結果、買い換えることにしました。
|
1/24 インプレッサ WRX スポーツワゴン #CD15 販売元:ハセガワ |
WRXじゃなくて、普通の生活四駆に乗ってました。能登教務所で働いていたときに購入してから、はや10年。いろんなことがあった。苦楽をともにしてきました。長い間、ありがとう。
|
トミカ トヨタ パッソ 初回特別カラー 082 販売元:トミー |
今度はこいつと付き合うことになります。1ℓの四駆にしました。スペックダウンですが、石油高騰の折ですから、この選択は悪くなかったと思ってます。↑の色にしました。♪ぱっそぷちぷちぷちとよたー♪ウチにやってくる日が楽しみです。
2006年07月18日
●修験道に興味をもつ
| 神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈 著者:安丸 良夫 |
を読んで、修験道が廃仏毀釈でかなりの弾圧を受けたことを知った。そういえば山岳仏教とも言えるんだよな、修験道って。
今日の同朋の会で、「善鸞は最後、どうなったんですか? 親鸞と仲直りしたんですか?」という質問が出た。
でもまぁ、善鸞など親鸞の子孫の大部分は山伏の世界にいっちゃってるよね。
それで、ふと、ひさしぶりに↓などをめくってみた。
越後から関東へ向かうころ、親鸞は善光寺不断念仏で生活をしていたし、その影響とかで善鸞は「修験道的専修念仏」の行者であったというのが五来先生の説。
もしかして、修験道と真宗って、裏表みたいな、意外な関連があるんじゃなかろうか??
修験道について、いろいろ、ウミヤマブシさんに教えていただきたいなぁ。一種の山伏なんだろうから(?)
| ||||||||||
2006年07月17日
●親鸞と善鸞
組同朋会が明日に迫りました。
課題を整理するためにノートをつくりました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
親鸞の生涯
29歳 六角堂参篭 法然の吉水教団へ。
30歳前後に善鸞誕生。善鸞は京都で成長。
35歳 越後に配流。
40歳すぎて関東へ。
60歳過ぎに帰京。善鸞と再会。
63歳、親鸞の孫、善鸞の長男、如信が誕生。
80歳前後に善鸞を関東におくる。
84歳、善鸞を義絶?
90歳死去
○「わがききたる法文こそまことにてはあれ、ひごろの念仏は皆いたづら事なり。」
親子であり、身近に生活していたからこそ、親鸞から「ほんとうの念仏」を手に入れていると、善鸞は説いた。
○善鸞が親鸞門弟および親鸞を幕府に訴えたという話については、異説あり。
2006年07月15日
●趣旨文草稿2
あいかわらず、薄い頭を抱えて悩んでおります。
ウミヤマブシさんとあおさんのアドバイスも取り入れました。
みすてないでください。
どんどんご意見いただけると、とてもウレシイです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
富山教区・富山別院 蓮如上人五百回御遠忌法要 並びに宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要
法要テーマ
差異(ちがい) つながり・・・そして いのち ~孤独の闇から響きあう世界へ~
1998年、蓮如上人本山五百回御遠忌を、私たちは「バラバラでいっしょ-差異(ちがい)をみとめる世界の発見-」のテーマのもとに勤修しました。異なるものを異なるものとして尊重していく教えを、親鸞聖人の「ともの同朋」、蓮如上人の「とも同行」という言葉を通して学びました。
しかし、2001年9月11日のアメリカへのテロとそれからの国際情勢は、その学びを吹き飛ばしてしまいました。異なる国、異なる民族、異なる宗教のあいだに繰り広げられた悲惨な戦争は、差異(ちがい)を認めあおうともしない社会の現実をあらわにしました。
家庭、職場、地域など、身近な人間関係においても、わたしたちは異なる性、異なる世代などのあいだに、次々と新たな心の壁を作り続けています。経済偏重の拝金主義と私生活重視のライフスタイルは、相手の立場を理解する意識と社会参画への意欲を、ますます希薄なものにしていきます。
異なるものがつながろうとするから、争いがおこり、傷つけあうのかもしれません。人は、元来、他者とは分かり合えないのかもしれません。でも、争うこと、傷つけあうことは悲しくはありませんか? 分かり合えないのはつらくはありませんか?
異なることを歎(なげ)く心を見つめることが、差異(ちがい)を認める世界を発見するための原点になります。孤独の闇から立ち上がり、響きあう世界を見つけましょう。あらゆる人々が共にいのちを輝かせる「御同朋御同行」の世界を願い、話し合いましょう。
2006年07月14日
●暑かったね
意地で車のクーラー使わなかったけど、これ以上になったら耐えられんかもしれん。
大沢野まで月参りに行って、昼はまた、くるまやへ行った。
汗かいて、トイレに行って、鏡を見たら、黒髪のお茶の水博士がいた。うーん、説明しずらい。。。
市内、最大級のブックオフで↓二巻まで立ち読み。
|
DEATH NOTE (1) 著者:大場 つぐみ,小畑 健 |
先に映画を見たせいかもしれんが、もう一つ、オレの趣向に合わなかった。残念。
教務所、人生講座、佐野明弘氏 「深信自身」みたいな感じの話。
趣旨文のヒントをいただく。感謝。
明日から再び趣旨文に挑む、のだ。
今夜は、休む。。。
2006年07月13日
●善鸞事件
18日の組同朋の会、テキスト「宗祖親鸞聖人」の「善鸞義絶」になります。
準備ということで↓の該当部分を読みました。
| 親鸞と浄土真宗 著者:今井 雅晴 |
親鸞が京都へ行っているあいだに門弟たちの方は善光寺信仰などに土着化していたのであって、出向いた善鸞は親鸞に近かったというのが今井さんの説です。従来の考え方とは真逆。
このあたりはなんとも言えませんね。
が、「父からホンマモンの念仏を教えられた」という言い方を善鸞がしていたことが、問題なのだと考えています。
歎異抄第二章「法然上人にすかされまいらせて」や第六章「弟子一人ももたず」などを手がかりに、「たまわりたる信心」と、同朋精神を掘り下げたいと思っています。
ここのところがカナメです。善鸞を悪者にすれば話しやすいのですが、そうせずに話せるだろうか。
当日まで、けっこう、苦しみそうです。
2006年07月12日
●ラーメン一杯のしあわせ
昼、ひさしぶりに「くるまやラーメン」でネギ味噌を食べました。
めんまトッピングで。いつものように白ねぎにしてもらえばよかった。辛みネギはちょときつかった。
しかし、実に旨かった! これをすすりながら、店にあるコミックを適当に楽しみました。
ほんとうに幸せな瞬間でした。このささやかな幸せを守るために、ボクは戦争に反対しようと思いました、けっこうマジメに(笑
ああ、ブックオフで「デスノート」を立ち読みしようと思ったのですが、一冊もありませんでした。スゴイ人気なんですね。マンガ喫茶とかにいけば読めるのかな。いまだに怖くて入ったことがありません。
話は変わりますが、らくりんさんが念仏を他の人にすすめる例として「旨いラーメンは他の人にすすめたくなるでしょう」というのが、何かおかしいと感じた理由がはっきりしました。ラーメンというのは麺、スープ、具と、さまざまな要素から成り立っており、万人が共通して旨いと感じるものは、なかなかない食物ですよね。
宮城先生が使ったように、キャンディーの甘さのような、比較的単純な味覚ならば、念仏を他の人にすすめる喩えに当てはまるのだと気づきました。まぁ、どうでもいい話ですが。
TVドラマも新しいものがはじまる時期で。これまでは「医龍」がよかったですね。でも、ちょとまじめすぎたかナ。最終的に一番おもしろかったのは「ギャルサー」だったりしました。今期は「結婚できない男」ぐらいですか。二回目を見たら阿部寛がけっこう楽しませてくれました。でも、飽きるかも知れないな。
娘が「ダンドリ」を録画しているので見てみたら、まぁ熱血恋愛物語ですね。「自分の一番やりたいことをやれ」みたいなことをやっていて、ふと、このところ聞いている祖父江省念さんの節談を思い、あの人ぐらいに真宗の魅力を他の人に伝えることができたらなーと思いました。さすがに節談はできないけれど、自分なりのスタイルをもてたらいいなー、ホンマに。
2006年07月11日
●「世の中は地獄の上の花見かな」
一茶だよね。
昨日、こんな本を読んで
| 戦下のレシピ―太平洋戦争下の食を知る 著者:斎藤 美奈子 |
今日「突入せよ!「あさま山荘」事件」のレビューを書いたら、とつぜん、恐怖心にとりつかれてしまいました。
冷戦時代は、生まれたときからそういう政治状況だったからでしょうか、核が怖いとは思いませんでした。
チェルノブイリとかをみても、TVの向こう側の話だと思っていました。
東アジアでは中国、インド、パキスタンも核をもっているんですが、そういうこともあまり実感としていなかった。
なんつうか、この瞬間になにもかもが一瞬にして消えてしまうことになる可能性って、0じゃないんだよね。
ダイエットが、コレステロールがどうこう言ってる場合じゃないなぁ。
みなさんは、怖くないですか?
「核の恐怖」ってこういうことなんだなと、今頃になって実感している、かなりのんきな私です。
●宣言修正
昨日は暑かった。
意地でクーラーつけずに運転してました。
家でも扇風機でがんばりました。
さて、「コレステロール値が安全圏に」と書きましたが、間違ってました。
昨年12月、226であったのが235となって、かえって上昇してました。
すごいショックです。
あらためて、運動を続け、食生活を見直すことにいたします。
人生、甘くない。
2006年07月10日
●ダイエット終了宣言
献血の成分検査が届きました。総コレステロール値が正常になりました。
体重はBMI22の62.5㌔、ウエスト82ということで、これで半年あまりにわたったダイエットを終了しようと思います。
食生活の見直しと、TV、DVDをみながらエアロバイクが定着しました。
「スロトレ」もやったのですが、このやりかたの筋トレは、効率的なんでしょうが、わたしの場合、しんどいので続きませんでした。
わざわざ宣言をするのは、どうもダイエット関連情報やTVに過敏になっているような気がするから。メタボリックなんとかにふりまわされたくないな、とも思いまして。
体重をグラフにつけるのは、続けます。
2006年07月08日
●子ども会
2006年07月07日
●スティッチとデスノート
●濃ーい、一日だった
目覚めたのは5時か。やはり、フランスが一枚上手だった。ポルトガルも散った。3位決定と決勝戦は録画してみることにしよう。もうワールドカップも終わりだ。
月参り。ご門徒さんからいつものオロナミンCをいただいたが、疲労感がおさまらないので、ウコンの力をぐびっとやって教務所へ。ウミヤマブシさんご紹介の「南御堂」4月号を手に入れる。なるほどなるほど。参考にさせていただきます。
11時の会議。組拡からの、なぜ解放運動協議会が靖国問題を学ぶのかという問いを受けての会議。再協議して、問いに応える事前研修を増設し、研修名称を「靖国問題への取り組み」から「非戦・平和への取り組み」として対応。これで通るのか?
休むまもなく、天ぷらうどんをすすりつつ、午後から富山教区・別院法要趣旨文など協議。一回でできるはずもなく、出た意見を受けて20日に再提出する運びに。まだまだ苦難の日々は続くなぁ。公開講演会の会場、講師なども徐々に具体的に。意中の人になるとうれしいんだがナ。
終了後、野々市へ向かう。自動車道を森本で降りて、新しいやまぎわ環状線?を走ってみる。なんだかスゴイ道で金沢大の麓を抜けて小松までいける。野々市バーミヤンでチャーハンと餃子を試して仮眠。
常讃寺にて十住毘婆沙論学習会。6人で盛況だった。易行品の教行信証引文部分。見慣れている部分だからか、今回は新しい発見はなかったが、雑談が楽しかった。
らくりんさんから祖父江省念さんの「口伝の親鸞」を借りて、帰り道、節談説教を楽しむ。語られる聖人のご苦労に、マジで涙がでるw このときばかりは、車が古くてアナクロなカセットデッキがついていることがうれしかったりした。
2006年07月05日
●終わった、のかな?
今朝は4時前に目が醒めて、北朝鮮のミサイルに震えながら、サッカー観戦。いい試合だった。堪能した。
趣旨文を教務所へメールで送る。どうなることやら。まぁ考えてもしかたないぜ!
小杉までつきまゐり。午後から13組若坊守の会 華の会 正信偈善導章 大権の聖人⇔実業の凡夫 観想念仏⇔称名念仏を軸にして、観経をたどりながら古今楷定を確認するというアカデミックなことをやった 反応はもうひとつだった 情報が多すぎて飽和状態という感じだった ダメだよオレ 反省。。。
疲れ果てて帰宅 ↓子ども会葉書の日付が違っているとの電話あり さらにガックリ。
まぁ、とにかく、これで仕事的にキツイ日程は、とりあえず終わったのかな? 明日の趣旨文会議と野々市学習会は、肉体的にヘビーだけどな!
とりあえず、だらだらしたいぜ! とにかく、オレのロナウドとフィーゴのために、早く寝るか!
2006年07月04日
●趣旨文草稿・子ども会はがき
富山教区・富山別院 蓮如上人五百回御遠忌法要 並びに
宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要
御遠忌法要テーマ
差異(ちがい) つながり・・・そして いのち ~孤独の闇から響きあう世界へ~
1998年、蓮如上人の本山五百回御遠忌を、私たちは「バラバラでいっしょ-差異(ちがい)をみとめる世界の発見-」というテーマのもとに勤修しました。異なるものを異なるものとして尊重し、大切にしていく教えを、親鸞聖人の「ともの同朋」、蓮如上人の「とも同行」という言葉を通して学びました。
しかし、2001年9月11日のアメリカへのテロとそれからの国際情勢は、その学びを吹き飛ばしてしまいました。異なる国、異なる民族、異なる宗教のあいだに繰り広げられた悲惨な戦争は、差異(ちがい)を認あうことは人間にできるのだろうかという出発点に、私たちをもどしてしまいました。
家庭、職場、地域など、身近な人間関係においても、わたしたちはあいかわらず異なる性、異なる世代などのあいだに、次々とあらたな心の壁を作り出し続けています。そして、マスコミが報道する事件に怯え、自分を硬い殻で守ろうとすることに明け暮れています。
いま、もう一度、問い直したいのです。どうしたら、バラバラでいっしょになれるのでしょう? どうしたら、差異(ちがい)を認める世界を発見できるのでしょう?
2008年にお迎えする富山教区・富山別院法要テーマを、私たちは「差異」「つながり」「いのち」の3つのキーワードを並べることによって作成しました。それぞれの意見を出しあいましょう。孤独の闇から響きあう世界へと、あらゆる人々のいのちを輝かせる道を探し求め、話し合いましょう。
6日提出なんです。ご意見、おねがいします。参考にさせていただきます。
2006年07月03日
●さて、ワールドカップです
ブラジルが負けたのには驚きましたが、ポルトガルが勝ったと聞いたときは、とてもうれしかったです。
帰ってポルトカル対イングランド戦の録画をみました。前半は互角でした。ところが後半、ルーニー退場でイングランド一人少なくなったのに、攻めが単純でかえって押されていた感じでしたね。その意味で、次回のフランスとの対戦は不安です。大勢はフランスが勝つと予想しています。
それでも、若いクリスティアーノ・ロナウドの活躍を、フィーゴをはじめ先輩たちが見守っているような雰囲気が好きなので、次回もポルトガルを応援します。オランダを破ったときのデコ、コスティーニャも帰ってきますから。
早く目が醒める睡眠障害を直そうとしてきたのですが、このおかげで早朝の試合が見れたりするのが、なんともいえませんなw
●かえってきました
今回は、大阪教区の「巽 僧伽の会」奉仕団とごいっしょさせていただきました。だんじり祭りで有名な生野区の、4(5?)つの寺院の若手僧侶たちの聞法会の取り組みでした。苦労されているようですが、がんばっていらっしゃいます。素敵な共同教化の取り組みを、とてもうらやましいと思いました。
阿弥陀堂でお朝事の法話をしました。もう、5回目ぐらいだろうか。初めて、自分をネタにしない話をしました。以下はメモ。
聖人のご生涯は、異なる者との出会いの一生でした。
叡山での修行時代、女性から女人禁制について尋ねられたとという話が伝えられています。「伝教ほむの智者 なんぞ一切衆生悉有仏性の経文をみたまわざるや」。結界を肯定するあなたは、本当に仏教徒と言えるのかという、痛烈な問いかけでした。そして、越後、関東で出合った「いなかの人々」から、悪人として排除されているわれらを救わずして、あなたの説くものは本当の仏教といえるのかという問いかけがあったことでしょう。親鸞聖人は仏教から阻害されていた人々と真向かいになり、つながりを持っていくなかで、すべてのいのちを輝かせる道として、本願念仏の教えを確認されていかれたのでしょう。
まぁ、こんな感じで、しっかりしていない部分もありましたが、それなりにいけました。よかった。安心しました。
ごじんさんが、がんばっていました。海坊主さんにも会えました。
軽い満足感を抱いて、帰りのサンダーバードで、けっこう贅沢な干ホタテとビールを味わいました。
今日は、教区御遠忌の草稿を作りました。明後日は華の会。子ども会の案内葉書も作らないとな。




