●趣旨文草稿・子ども会はがき
富山教区・富山別院 蓮如上人五百回御遠忌法要 並びに
宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要
御遠忌法要テーマ
差異(ちがい) つながり・・・そして いのち ~孤独の闇から響きあう世界へ~
1998年、蓮如上人の本山五百回御遠忌を、私たちは「バラバラでいっしょ-差異(ちがい)をみとめる世界の発見-」というテーマのもとに勤修しました。異なるものを異なるものとして尊重し、大切にしていく教えを、親鸞聖人の「ともの同朋」、蓮如上人の「とも同行」という言葉を通して学びました。
しかし、2001年9月11日のアメリカへのテロとそれからの国際情勢は、その学びを吹き飛ばしてしまいました。異なる国、異なる民族、異なる宗教のあいだに繰り広げられた悲惨な戦争は、差異(ちがい)を認あうことは人間にできるのだろうかという出発点に、私たちをもどしてしまいました。
家庭、職場、地域など、身近な人間関係においても、わたしたちはあいかわらず異なる性、異なる世代などのあいだに、次々とあらたな心の壁を作り出し続けています。そして、マスコミが報道する事件に怯え、自分を硬い殻で守ろうとすることに明け暮れています。
いま、もう一度、問い直したいのです。どうしたら、バラバラでいっしょになれるのでしょう? どうしたら、差異(ちがい)を認める世界を発見できるのでしょう?
2008年にお迎えする富山教区・富山別院法要テーマを、私たちは「差異」「つながり」「いのち」の3つのキーワードを並べることによって作成しました。それぞれの意見を出しあいましょう。孤独の闇から響きあう世界へと、あらゆる人々のいのちを輝かせる道を探し求め、話し合いましょう。
6日提出なんです。ご意見、おねがいします。参考にさせていただきます。
コメント
ー以下がくどいような気がします。その先の3つの語の並びで充分だと思いますが。
孤独の闇は、暗すぎて、出て行けそうにないなァ…
ところで、南御堂4月号の松田正典氏の書いておられるの3つの問題点、団塊世代に問いかけている、朝日新聞4月5日の寺島実郎氏の問題提起。
これらが、今問われている事ではないかと、感じています。
草案文の、問題は、早い時期に、イデオロギーの対立が無くなった時(東西ドイツの一本化、ソ連の崩壊)、直接、人種、男女その他の好きとか嫌いレベルの問題が吹き出してくるだろうと、喝破した学者がいました。それが吹き出している現状だと思います。その文を見つけることが出来ません。
最初の2文は、見てみてください。
Posted by: うみやまブシ | 2006年07月04日 17:26
コメント、ありがとうございます。
まず、テーマはもう決定してしまってるんです(涙
ご指摘の2文は教務所に行かないと読めない。草稿提出後になるな(涙涙
開放感のある「バラバラでいっしょ」が9・11の前で、内向的に感じる「いま、いのちがあなたを生きている」がその後であることを考えますと、御遠忌テーマも時代を映しているなぁと。
戦争は理性を吹っとばしますね。理性をとりもどす振り戻しがきてもいいと思うのですが、なかなか、そうはならない。
Posted by: 流星 | 2006年07月04日 19:30
自分だったら911で吹き飛ばしたとか、戻ったってしないな。課題が明らかになったみたいにするかな。
でもそうしたら以下の流れを変えなくちゃいけなくなっちゃいますよね。でもなんかそこったへんが引っ掛かります。何でか自分でもわかりませんが。
Posted by: あおさん | 2006年07月05日 01:36
「課題が明らかに」という表現もできそうですね。
参考にさせていただきます。
Posted by: 流星 | 2006年07月05日 05:53