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2006年07月13日

●善鸞事件

18日の組同朋の会、テキスト「宗祖親鸞聖人」の「善鸞義絶」になります。

準備ということで↓の該当部分を読みました。

親鸞と浄土真宗 Book 親鸞と浄土真宗

著者:今井 雅晴
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親鸞が京都へ行っているあいだに門弟たちの方は善光寺信仰などに土着化していたのであって、出向いた善鸞は親鸞に近かったというのが今井さんの説です。従来の考え方とは真逆。

このあたりはなんとも言えませんね。

が、「父からホンマモンの念仏を教えられた」という言い方を善鸞がしていたことが、問題なのだと考えています。

歎異抄第二章「法然上人にすかされまいらせて」や第六章「弟子一人ももたず」などを手がかりに、「たまわりたる信心」と、同朋精神を掘り下げたいと思っています。

ここのところがカナメです。善鸞を悪者にすれば話しやすいのですが、そうせずに話せるだろうか。

当日まで、けっこう、苦しみそうです。

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コメント

私も善鸞が親鸞の代官としていたという状況が問題があったように感じています。
ところで親鸞さんは、善光寺信仰や鹿島神宮の問題にしてもどういう受け止めをなさっていたんですかね。容認していたって言うことあるんですかね。。私はあったんかな~っていう気持ちが強いのですが…。

「いま親鸞」なんて言葉がありますが、
「いま善鸞」のほうがたくさん、いそうだよね。
てゆーか、「私こそ」かな?

とかいいつつ、20代のころ、住職と大喧嘩し、
自坊をクビになったあたりで、友人たちに
「いまアジャセ」とかいわれましたっけ(^^;)

ウチは母に、「お前はアジャセか!」とか、言われましたワ。

「弟子一人ももたず」なんだから、他人の信仰を容認するもなにもないのではないかなぁ。自分の立場を明確にする以外にないというか。

今井さんは「義絶」はなかったとする。二人の親子関係というのはどういうものだったのかなぁ。

あとまぁ、現世利益和讃にあるように、諸仏、諸神を念仏者を守り称える眷属とし、弥陀の本願に目覚めてくれよと願っていたということはあるかもしれない。

「まず、よろずの仏・菩薩をかろしめまいらせ、よろずの神祇・冥道をあなずりすてたてまつるともうすこと、このこと、ゆめゆめなきことなり。」ご消息を読むと、聖人の姿勢がよく分かりますヨ。

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