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2006年07月18日

●修験道に興味をもつ

Book 神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈

著者:安丸 良夫
販売元:岩波書店
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を読んで、修験道が廃仏毀釈でかなりの弾圧を受けたことを知った。そういえば山岳仏教とも言えるんだよな、修験道って。

今日の同朋の会で、「善鸞は最後、どうなったんですか? 親鸞と仲直りしたんですか?」という質問が出た。

でもまぁ、善鸞など親鸞の子孫の大部分は山伏の世界にいっちゃってるよね。

それで、ふと、ひさしぶりに↓などをめくってみた。

越後から関東へ向かうころ、親鸞は善光寺不断念仏で生活をしていたし、その影響とかで善鸞は「修験道的専修念仏」の行者であったというのが五来先生の説。

もしかして、修験道と真宗って、裏表みたいな、意外な関連があるんじゃなかろうか??

修験道について、いろいろ、ウミヤマブシさんに教えていただきたいなぁ。一種の山伏なんだろうから(?)

善光寺まいり
Book
善光寺まいり
著者 五来 重
販売元 平凡社
定価(税込)

¥ 2,650

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コメント

時間が取れれば、いつでも話に行きます。
わたり、太子信仰、りょうすなどりのお文。
すべて修験の管轄下にあったものだと思っています。
人は生まれてきた時から自力。
そのエネルギーとの葛藤が、真宗を育てた、とも思っています。

現在、有名な修験道研究者は、五来門下が多く、その方々は真宗と修験研究の硲で悩んで居られます。
 研究が出来るバイタリティ。人の死と向き合えるバイタリティ。向かう方向は違っているように見えますが、根本には同じものが流れているのではないか…。
 となれば、バイタリティの処理に困っている若者があるとすれば、彼らが、真宗に早く出会わないといけない…。

いろいろ、思い当たることがあります。
お会いできる時まで、修験道などについて予習しておきます。

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