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2006年08月07日

●暁天講座 骨子

1、自己紹介 祖母の話 戦争について

2、親鸞の生涯

念仏の救いとは、悩みがなくなることではない

さまざまな出会いを経て、悩みながら生きていくこと

○比叡山を降りる 赤山明神

○法難

○悪人との出会い 悪人正因

○善鸞事件 親と子

3、「しんさんさまはなつかしい」

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» 親鸞聖人26歳の頃に・・・ from 草仏教ブログ
非常に野球が上手な女子高生がいたとして、選手として甲子園を目指したいと どんなに懇願(こんがん)したとしても、部員として練習を共にするのは自由だが、 公式試合への選手としての出場に関しては、現在のところ、日本高校野球連盟は それを規約のなかで許可していない。 大相撲大阪場所の優勝者に大阪府知事杯を贈ることについて、現在、大阪府の 知事が女性であるため、土俵の上に女性が上がるということについての激しい 議論が、ここ数年大阪場所がある春頃に何度も起こり、やはり以前にも女性大臣 の時の論... [Read More]

コメント

昨日は、草仏教ブログにコメントを
ありがとうございました。

仏教に関連ある記事を書くのは、10に1つあるか
ないかぐらいなのですが、読んでいただける
ことは非常に嬉しいことです。

赤山明神の逸話は、おそらく本当にあったこと
ではないかと思います。なぜならば、質問に答え
られないカッコ悪い親鸞聖人の26歳の姿がそこに
あり、本当にあった話でなければ、語り継がれる
必然性がないと思うからです。

しかし、カッコ悪いながら、親鸞聖人の逸話の
なかでももっとも価値のあるものかもしれません。
ひと言も答えられなかった親鸞聖人が、その後の
歩みで応えていったからです。

BYマーヒー

同感です。
聖人の生涯はカッコ悪い話が多いです。
なにしろ「愚禿」って自分で言ってるくらいですから。
私なんぞも、安心して(?)聖人の道を歩もうと思えます。

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