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2006年09月29日

●10月の予定など

IMG_0650.JPG

昨日、上条小学校の6年生のみなさんがスケッチにおいでました。

9月も終わろうとしています。後半にきつい風邪を引いてしまい、治っていません。
10日1日から門徒・寺院報恩講が始まります。
ほとんど休みなく、びっちり組まれたスケジュールをながめて、溜息をついてます。
年末まで、なんとか無事に、乗り切りたいものです。


2日~3日 ハンセン病に関する懇談会交流部会打ち合わせ 京都

5日 美川の会?

11日~13日 育成員研修会 班担 京都

14日 玉永寺子ども会

18日 組同朋会

20日~21日 玉永寺報恩講

26日 安田理深『真仏土巻聴記』輪読会 野々市 常讃寺

27日 玉永寺同朋会

28日~29日 光徳寺報恩講法話

31日 同朋会運動推進会議 京都

2006年09月28日

●法蔵菩薩五劫思惟像

同朋会、終わりました。
ただ大事なフレーズを並べてるだけとは思えなかったのが、
正信偈を一つのストーリーのもとに読めたのはとてもよかった。
ただ、次回もこのようにできるのか不安だったりします。

ここで、もしかしたらとても貴重な画像をお見せしましょう。
VFSH0032.JPG
これは、ご門徒さんの脇掛にかけられている掛け軸です。なんなんだろうかと思っていたのですが、

 北陸石仏の会事務局を担当する尾田武雄さん(57)=砺波市太田=が、旧大山町を中 心とした県東部に阿弥陀(あみだ)如来が修行する「法蔵菩薩五劫思惟(ほうぞうぼさつ ごこうしい)像」が21体あることを確認した。全国的にみても県東部に集中し、大半が 明治後期から大正期に造られていた。尾田さんは「県東部に多い理由は分からない。幕末 から明治にかけて浄土真宗の教えが庶民にまで入り込み、像が造られたのではないか」 と推測している。

 「法蔵菩薩」は五劫(劫は無限といえるほどの長い時間の単位)もの長い間考え続け、
阿弥陀になると言われる。21体の内訳は、旧大山町9体、立山町4体、旧富山市2体
(うち1体が木造)、上市町1体、旧婦中町2体、旧山田村1体、旧大沢野町2体(木
造)。

 いずれも下腹部がへこみ、あばら骨が食い込むなどやせ細った姿だった。

 さらに、香川県に2体、福岡県に1体、鹿児島県に2体あることも判明。中でも、鹿児
島県では薩摩藩が真宗を禁教としたが「かくれ念仏」として伝えられてきた。ミュージア
ム知覧(鹿児島県知覧町)の「薩摩のかくれ念仏」に法蔵菩薩が掲載されており、尾田さ
んは「薩摩に密貿易品の昆布を運んだ越中の売薬業者が関係したのではないか」とみる。


http://www.kitanippon.co.jp/backno/200601/18backno.html#sports3

これは暁天講座でおいでくださった太田さんからお聞きしたことだけど、薩摩では阿弥陀仏のご本尊が禁止されたので、法蔵菩薩の像を、釈迦の苦行の姿と騙って本尊としたそうだ。

http://www.town.chiran.kagoshima.jp/cgi-bin/hpViewContents.cgi?pID=20041215120544

この掛け軸は、おそらくそうした歴史を背負ったものであると思う。南無阿弥陀仏。

2006年09月27日

●玉永寺同朋会レジメ

レジメを作り始めてから気がついたのですが、「尊号真像銘文」の正信偈の部分もここから始まっています。親鸞さんには、ここから一つの流れが始まるという考えがあったんじゃないでしょうか。

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本願の名号は正定の業なり。至心信楽の願(第十八願)を因とす。

「なむあみだぶつ」は第十八願に誓われた言葉です。念仏には阿弥陀仏からたまわりたる信心が込められています。

等覚を成り、大涅槃を証することは、必至滅度の願(第十一願)成就なり。

念仏するものが、必ず悟りを開き、救われることが決まっているのは、阿弥陀仏が第十一願でそのように誓ってくださっているからです。

如来、世に出興したまうゆえは、弥陀本願海を説かんとなり。
○ 如来 仏のこと この場合は特に、釈迦如来を指す
○ 出興 あらわれる
○ 弥陀 阿弥陀仏
○ 本願海 海のように深く広い本願
釈迦如来や諸々の仏たちがこの世にあらわれたのは、ただひとえに、海のように深く広い阿弥陀の本願を説くためでした。それによってあらゆる人びとを助け救おうと思われたからでした。

五濁悪時の群生海、如来如実の言を信ずべし。
○ 五濁 末世にあらわれる五つの濁り
劫濁(時代の濁り)、見濁(見方の濁り)、煩悩濁(煩悩が更に濁る)、衆生濁(人々の濁り)、命濁(命の濁り)
○ 群生海 多くの人が群がって生きる、海のように広い世界
○ 如実の言 真実の言葉
濁った世界、悪い時代に生き、悲しみの海におぼれているものよ。釈迦如来のまことの言葉をいただき、信じてほしいのです。

よく一念喜愛の心を発すれば、煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。
○ 一念 ひと思い、一瞬間
○ 喜愛の心 信心
○ 煩悩 怒ったり、憎んだり、恨んだり、楽しんだり、喜んだりする感情に、自分の心が縛られていること。「煩は、みをわずらわす。悩は、こころをなやますという。
喜ばしいこの心をおこしたならば、必ず浄土に生まれることになります。煩悩を断ったり捨てることなく、無上の涅槃の悟りをうることになります。

凡聖、逆謗、ひとしく回入すれば、衆水、海に入りて一味なるがごとし。
○ 凡 凡夫、煩悩によって迷い苦しんでいる人々
○ 聖 聖者、智慧や徳がすぐれているとされる人々
○ 逆 五逆罪を犯した人々
五逆罪 父を殺す、母を殺す、聖者を殺す、教団を乱す、仏を傷つける
○ 謗 謗法する人々。仏法を謗る人々
○ 回入 まわしいれる 回心
○ 衆水 大小さまざまな河川の流れ
凡夫も聖者も罪人も極悪人も、みな信心をえて、広大な信心の海に入っていくのは、大小さまざまな川の水が海に入って一つのあじわいになるようなものです。

2006年09月26日

●正信偈と証巻 Ⅱ

なんだか、証巻から正信偈を読み解くという、ミョウな視点を持ってしまいまして。

ところが、「煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。」の確かな典拠である論註の部分に、「よく一念喜愛の心を発すれば」に当たると思われる言葉が見当たりません。なんでないの?

いろいろ考えてみたんですが、往相回向の結び、「清浄願心」がそれに当たるとしか思えないんです。

そう考えると「如来、世に出興したまうゆえは、弥陀本願海を説かんとなり。五濁悪時の群生海、如来如実の言を信ずべし。よく一念喜愛の心を発すれば、」という展開は、釈迦如来の教法が行者に届く、二河白道の展開と同じだと考えたくなりました。

これまでは「不断煩悩得涅槃」は「煩悩即涅槃」と同じで、相反する概念を「即」でつなげて行く中国仏教の特徴として説明してきましたが、以上のように考えてしまいますと、そうもいきませんね。

今回は、正信偈該当部分前後の文脈の流れを確かめるような形でレジメを作ってみるか、というところまで考えといて、とりあえず、今夜は、おやすみなさい。

追伸:明日の同朋会が終わるまで、他の事、考える余裕がないんだわ。つれなくてゴメンね。>まったりさん

●正信偈と証巻

今度は明晩の玉永寺同朋会の予習をしています。

「不断煩悩得涅槃」を読むのでを参考に証巻を学んでいるんですが、ふと、この前後の正信偈の文言が、証巻前半の往相回向の部分と重なると思いました。出てくる順番は違いますけどね。

本願の名号は正定の業なり。至心信楽の願を因とす。
等覚を成り、大涅槃を証することは、必至滅度の願成就なり。

 謹んで真実証を顕さば、すなわちこれ利他円満の妙位、無上涅槃の極果なり。すなわちこれ必至滅度の願より出でたり。また証大涅槃の願と名づくるなり。しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萠、往相回向の心行を獲れば、即の時に大乗正定聚の数に入るなり。正定聚に住するがゆえに、必ず滅度に至る。(280)

如来、世に出興したまうゆえは、弥陀本願海を説かんとなり。
五濁悪時の群生海、如来如実の言を信ずべし。

『安楽集』に云わく、しかるに二仏の神力、また斉等なるべし。ただ釈迦如来己が能を申べずして、故にかの長ぜるを顕したまうことは、一切衆生をして斉しく帰せざることなからしめんと欲してなり。このゆえに釈迦、処処に嘆帰せしめたまえり。須らくこの意を知るべしとなり。このゆえに曇鸞法師の正意、西に帰るがゆえに、『大経』に傍えて奉讃して曰わく、「安楽の声聞・菩薩衆・人天、智慧ことごとく洞達せり。身相荘厳殊異なし。ただ他方に順ずるがゆえに名を列ぬ。顔容端政にして比ぶべきなし。精微妙躯にして人天にあらず、虚無の身、無極の体なり。このゆえに平等力を頂礼したてまつる」(讃弥陀偈)と。已上
光明寺の『疏』(玄義分)に云わく、「弘願」と言うは、『大経』の説のごとし。一切善悪の凡夫、生を得るは、みな阿弥陀仏の大願業力に乗じて、増上縁とせざるはなしとなり。また仏の密意弘深なれば、教門をして暁りがたし。三賢十聖測りてキ うところにあらず。況や我信外の軽毛なり。あえて旨趣を知らんや。仰ぎて惟みれば、釈迦はこの方にして発遣し、弥陀はすなわちかの国より来迎す。彼に喚ばい此に遣わす。あに去かざるべけんや。ただねんごろに法に奉えて、畢命を期として、この穢身を捨てて、すなわちかの法性の常楽を証すべし、と。
(定善義)また云わく、西方寂静無為の楽には、畢竟逍遥して、有無を離れたり。大悲、心に薫じて法界に遊ぶ。分身して物を利すること、等しくして殊なることなし。あるいは神通を現じて法を説き、あるいは相好を現じて無余に入る。変現の荘厳意に随いて出ず。群生を見る者、罪みな除こる、と。また賛じて云わく、帰去来、魔境に停まるべからず。曠劫よりこのかた六道に流転して、尽くみな径たり。いたるところに余の楽なし、ただ愁歎の声を聞く。この生平を畢えて後、かの涅槃の城に入らん、と。已上
それ真宗の教行信証を案ずれば、如来の大悲回向の利益なり。かるがゆえに、もしは因もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまえるところにあらざることあることなし。因浄なるがゆえに、果また浄なり。知るべしとなり。(283)

(往相回向の最後の締めに、二尊教、そして二河白道が使われているのは、念仏者の往相が白い道・清浄願往生心を歩む行者そのものであるということを示しているのだと思う)

よく一念喜愛の心を発すれば、煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。

また『論』(論註)に曰わく、「荘厳清浄功徳成就」は、「偈」に「観彼世界相 勝過三界道」のゆえにと言えり。これいかんぞ不思議なるや。凡夫人の煩悩成就せるありて、またかの浄土に生まるることを得れば、三界の繋業畢竟じて牽かず。すなわちこれ煩悩を断ぜずして涅槃分を得、いずくんぞ思議すべきや。已上抄要(282)

凡聖、逆謗、ひとしく回入すれば、 衆水、海に入りて一味なるがごとし。

「荘厳眷属功徳成就」は、「偈」に「如来浄華衆 正覚華化生」のゆえにと言えり。これいかんぞ不思議なるや。おおよそこの雑生の世界には、もしは胎、もしは卵、もしは湿、もしは化、眷属若干なり、苦楽万品なり、雑業をもってのゆえに。かの安楽国土は、これ阿弥陀如来正覚浄華の化生するところにあらざることなし。同一に念仏して別の道なきがゆえに。遠く通ずるに、それ四海の内みな兄弟とするなり。眷属無量なり。いずくんぞ思議すべきや。
また言わく、往生を願う者、本はすなわち三三の品なれども、今は一二の殊なし。またシ ジョ食陵の反 の一味なるがごとし。いずくんぞ思議すべきや。(282)

という事は、対応する証巻の部分について話せば、そのまま「不断煩悩得涅槃」あたりについてのお話になるはずですが。。。

レジメ、どうしよう(汗

2006年09月25日

●華の会本番

そろそろと準備してたら、電話がかかってきて、責任も持たないくせに口を出す方の部下の方に、少々苦言を呈した。<意味不明

すこし頭に血が上ったら、あうち、昨日のノートと、寺にある二河白道の掛け軸を持参することを忘れてしまった。

コンビニでバナナを買い食い。昨日の「あるある大辞典Ⅱ」によれば、これで脳がパワーアップするという。

会場で話し始めたら、口が回る回る! これがバナナパワーなのか! これからお話しに行くときは毎回、バナナを持参しなければならないのか。。。

まず、行巻の往生礼讃問答へ遡り、「光明名号」による摂化が弥陀仏の最大の特徴なのだと話し、

引き続きテキストのすてきな二河白道譬喩の意訳を読んで、白道が「清浄願往生心」であり、「金剛の真心」「金剛心」の出典なのだと遡り、行者の発心はだれに言われたのでもなく、自らに起こった出来事であるということ。この道をいこうという本人の決意の重要性を話す。
そして、それは同時に、本願に促されたとしか言いようがない出来事でもある(行者正金剛心)。だからこそ、貪愛瞋恚の河に晒されて、消えそうな白い道でも、ダイヤモンドの如くあるのだと、語ってまいりました。

次回は忘れずに二河白道の掛け軸を持っていって、二尊教について話すことからはじめよう。バナナも食べること。

2006年09月24日

●明日の「華の会」予習

定散と逆悪を矜哀して、光明名号、因縁を顕す。

(往生礼讃)光明寺の和尚の云わく、また『文珠般若』に云うがごとし。「一行三昧を明かさんと欲う。ただ勧めて、ひとり空閑に処してもろもろの乱意を捨て、心を一仏に係けて、相貌を観ぜず、専ら名字を称すれば、すなわち念の中において、かの阿弥陀仏および一切仏等をみたてまつるを得」といえり。問うて曰わく、何がゆえぞ観を作さしめずして、直ちに専ら名字を称せしむるは、何の意かあるや。答えて曰わく、いまし衆生障重くして、境は細なり、心は麁なり、識アガり、神飛びて、観成就しがたきに由ってなり。ここをもって、大聖悲憐して、直ちに勧めて専ら名字を称せしむ。正しく称名、易きに由るがゆえに、相続してすなわち生ずと。問うて曰わく、すでに専ら一仏を称せしむるに、何がゆえぞ境、現ずることすなわち多き。これ、あに邪正あい交わり、一多雑現するにあらずや。答えて曰わく、仏と仏と斉しく証して、形、二の別なし。たとい一を念じて多を見ること、何の大道理にか乖かんや。また『観経』に云うがごとし。「勧めて座観・礼念等を行ぜしむ。みなすべからく面を西方に向かうは最勝なるべし。」樹の先より傾けるが倒るるに、必ず曲がれるに随うがごとし。かるがゆえに、必ず事の碍ありて西方に向かうに及ばずは、ただ西に向かう想を作すに、また得たり。問うて曰わく、一切諸仏、三身おなじく証し、悲智果円にして、また無二なるべし。方に随いて一仏を礼念し課称せんに、また生まるることを得べし。何がゆえぞ、ひとえに西方を嘆じて専ら礼念等を勧むる、何の義があるや。答えて曰わく、諸仏の所証は平等にしてこれ一なれども、もし願行をもって来し取るに、因縁なきにあらず。しかるに弥陀世尊、もと深重の誓願を発して、光明名号をもって十方を摂化したまう。ただ信心をして求念せむれば、上一形を尽くし、下十声・一声等に至るまで、仏願力をもって往生を得易し。このゆえに釈迦および諸仏、勧めて西方に向うるを別異と為ならくのみと。またこれ余仏を称念して、障を除き罪を滅することあたわざるにはあらざるなりと、知るべし。もしよく上のごとく念念相続して、畢命を期とする者は、十即十生、百即百生なり。何をもってのゆえに。外の雑縁なし、正念を得たるがゆえに、仏の本願と相応を得たるがゆえに、教に違せざるがゆえに、仏語に随順するがゆえなり、と。已上(聖典173)

良に知りぬ。徳号の慈父ましまさずは能生の因闕けなん。光明の悲母ましまさずは所生の縁乖きなん。能所の因縁、和合すべしといえども、信心の業識にあらずは光明土に到ることなし。真実信の業識、これすなわち内因とす。光明名の父母、これすなわち外縁とす。内外の因縁和合して、報土の真身を得証す。かるがゆえに宗師は、「光明名号をもって十方を摂化したまう。ただ信心をして求念せしむ」(礼讃)と言えり。また「念仏成仏これ真宗」(五会法事讃)と云えり。また「真宗遇いがたし」(散善義)と云えるをや、知るべし、と(聖典190)

本願の大智海に開入すれば、行者、正しく金剛心を受けしめ、

また一切往生人等に白さく、今更に行者のために、一つの譬喩を説きて信心を守護して、もって外邪異見の難を防がん。何者かこれや。譬えば、人ありて西に向かいて行かんと欲するに百千の里ならん、忽然として中路に二つの河あり。一つにはこれ火の河、南にあり。二つにはこれ水の河、北にあり。二河おのおの闊さ百歩、おのおの深くして底なし、南北辺なし、正しく水火の中間に、一つの白道あり、闊さ四五寸許なるべし。この道、東の岸より西の岸に至るに、また長さ百歩、その水の波浪交わり過ぎて道を湿す。その火焔また来りて道を焼く。水火あい交わりて常にして休息なけん。この人すでに空曠のケイなる処に至るに、さらに人物なし。多く群賊悪獣ありて、この人の単独なるを見て、競い来りてこの人を殺さんと欲す。死を怖れて直ちに走りて西に向かうに、忽然としてこの大河を見て、すなわち自ら念言すらく、「この河、南北辺畔を見ず、中間に一つの白道を見る、きわめてこれ狭少なり、二つの岸、あい去ること近しといえども、何に由ってか行くべき。今日定んで死せんこと疑わず。正しく到り回らんと欲すれば、群賊悪獣漸漸に来り逼む。正しく南北に避り走らんと欲すれば、悪獣毒虫競い来りて我に向かう。正しく西に向かいて道を尋ねて去かんと欲すれば、また恐らくはこの水火の二河に堕せんことを。」時に当たりて惶怖すること、また言うべからず。すなわち自ら思念すらく、「我今回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。一種として死を勉れざれば、我寧くこの道を尋ねて前に向こうて去かん。すでにこの道あり。必ず度すべし」と。この念を作す時、東の岸にたちまちに人の勧むる声を聞く。「仁者ただ決定してこの道を尋ねて行け、必ず死の難なけん。もし住まらばすなわち死せん」と。また西の岸の上に人ありて喚うて言わく、「汝一心に正念して直ちに来れ、我よく汝を護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ」と。このひとすでに此に遣わし彼に喚うを聞きて、すなわち自ら正しく身心に当たりて、決定して道を尋ねて直ちに進みて、疑怯退心を生ぜずして、あるいは行くこと一分二分するに、東の岸の群賊等喚うて言わく、「仁者回り来れ。この道嶮悪なり。過ぐることを得じ。必ず死せんこと疑わず。我等すべて悪心あってあい向うことなし」と。この人、喚う声を聞くといえどもまた回顧ず。一心に直ちに進みて道を念じて行けば、須臾にすなわち西の岸に到りて永く諸難を離る。善友あい見て慶楽すること已むことなからんがごとし。
これはこれ喩なり。次に喩を合せば、「東岸」というは、すなわちこの娑婆の火宅に喩うるなり。「西岸」というは、すなわち極楽宝国に喩うるなり。「群賊悪獣詐り親む」というは、すなわち衆生の六根・六識・六塵・五陰・四大に喩うるなり。「無人空ケイの沢」というは、すなわち常に悪友に随いて、真の善知識に値わざるに喩うるなり。「水火二河」というは、すなわち衆生の貪愛の水のごとし、瞋憎は火のごとしと喩うるなり。「中間の白道四五寸」というは、すなわち衆生の貪瞋煩悩の中に、よく清浄願往生の心を生ぜしむるに喩うるなり。いまし貪瞋強きによるがゆえに、すなわち水火のごとしと喩う。善心微なるがゆえに、白道のごとしと喩う。また「水波常に道を湿す」とは、すなわち愛心常に起こりてよく善心を染汚するに喩うるなり。また「火焔常に道を焼く」とは、すなわち瞋嫌の心よく功徳の法財を焼くに喩うるなり。「人、道の上を行いて直ちに西に向かう」というは、すなわちもろもろの行業を回して直ちに西方に向かうに喩うるなり。「東の岸に人の声勧め遣わすを聞きて、道を尋ねて直ちに西に進む」というは、すなわち釈迦すでに滅したまいて後の人、見たてまつらず、なお教法ありて尋ぬべきに喩う、すなわちこれを声のごとしと喩うるなり。「あるいは行くこと一分二分するに、群賊等喚び回す」というは、すなわち別解・別行・悪見の人等、妄に説くに見解をもって、迭いにあい惑乱し、および自ら罪を造りて退失すと喩うなり。「西の岸の上に人ありて喚う」というは、すなわち弥陀の願意に喩うるなり。「須臾に西の岸に到りて善友あい見て喜ぶ」というは、すなわち衆生久しく生死に沈みて、曠劫より輪廻し迷倒して、自ら纏うて解脱に由なし、仰いで釈迦発遣して指えて西方に向かえたまうことを蒙り、また弥陀の悲心招喚したまうに籍って、今二尊の意に信順して、水火二河を顧みず、念念に遺るることなく、かの願力の道に乗じて、捨命已後かの国に生まるることを得て、仏とあい見て慶喜すること何ぞ極まらんと喩うるなり。(聖典219)

(散善義)光明寺の和尚の云わく、また回向発願して生まるる者は、必ず決定真実心の中に回向したまえる願を須いて、得生の想を作せ。この心深く信ぜること、金剛のごとくなるに由って、一切の異見・異学・別解・別行の人等のために動乱破壊せられず。ただこれ決定して一心に捉って、正直に進みて、かの人の語を聞くことを得ざれ。すなわち進退の心ありて怯弱を生じ、回顧すれば、道に落ちてすなわち往生の大益を失するなり、と。已上
真に知りぬ。二河の譬喩の中に、「白道四五寸」と言うは、「白道」とは、「白」の言は黒に対するなり。「白」は、すなわちこれ選択摂取の白業、往相回向の浄業なり。「黒」は、すなわちこれ無明煩悩の黒業、二乗・人天の雑善なり。「道」の言は、路に対せるなり。「道」は、すなわちこれ本願一実の直道、大般涅槃無上の大道なり。「路」は、すなわちこれ二乗・三乗・万善諸行の小路なり。「四五寸」と言うは、衆生の四大・五陰に喩うるなり。「能生清浄願心」と言うは、金剛の真心を獲得するなり。本願力回向の大信心海なるがゆえに、破壊すべからず。これを「金剛のごとし」と喩うるなり。(聖典234)

2006年09月23日

●「玉永寺通信29号」発行までの道のり

Web版は↓です。

http://www.gyokueiji.net/

http://www.gyokueiji.net/0609.pdf

取り掛かったのは18日あたりだったでしょうか。イヤ、もっと前だったかな。

これまでのブログの記録があるので、記事は比較的スムーズに作れました。

玉永寺報恩講の講師に、祠堂経のときの東條さんに続いて、法友の埴山さんをお願いできたのは、とてもうれしかったです。

今回のホームページの移転とドメイン獲得も、「通信」の発行に間に合わせたということがあります。

Web版にはありませんが、帰敬式を受けられた方のお名前を掲載しているので、本山に問い合わせたのですが、これが大変でした。こんどまとめて出すやら、部署がどうやら、コンピュータの具合がどうやらで、印刷寸前で4日ぐらい待たされ、やっと昨日の晩、ファックスで届けてくれました。これで記事は完成。

今回は両面印刷を前提に記事を作り、はじめてこの機能を使ってみました。紙送りもスムーズで、汚れも出ず、非常に綺麗にできていたので、喜んでいたのですが。

トナーを交換したら、4本の白線(印刷抜け)ができてしまい、苦しみました。

これまた、はじめてリサイクルトナーを使ったせい? 感光体ユニットがもう寿命? ほかに何か原因あり?

こういうときに、保守管理を業者に頼んでいないことを後悔しますね。出版印刷の仕事をされている野田さんに電話で相談し、トナーを入れなおして、クリーニングを繰り返しました。

もうだめかなーアマゾンで新品感光体ユニットを注文する寸前に、印刷してみたら、直りました!

念入りにクリーニングをしたのがよかったんだと思います。

と、いうことで、現在順調に印刷中。感無量。引き続き発送に取り掛かれると思います。世話方がいらっしゃる地域の方には、後ほど配布していただきます。どうぞ、よろしくお願いします。

2006年09月22日

●会議、会議、会議、

21日、京都にて同朋会運動推進会議

今回は、結構、静かにしていた。

懇親会があった。とてもとても微妙なノリだった。

父の年齢が、私と同じという宗務役員がいた。

「タイタニック」のヒロインのように、恋人の分まで人生を楽しんでほしいと思った<意味不明

22日、朝、京都を発ち、富山駅で下車。

教区御遠忌教化部門会

苦労して作ってきた趣旨文を、教区報恩講の講師が「使えない」と言ってきたとか。

「趣旨文」を「テーマの願い」に変更するなど善後策を検討。

そうこうしてる間に、あまりに自己の言い分を通そうとする人に、私、キレました!

引き続き、情宣部門会議

なんとか、最後まで座ってました。ふっと、眠気がしたりしました。


「今、あなたをストレスが襲ってる」。。。

2006年09月19日

●同朋会葉書・昨日の反省


あわただしく、落ち着くことができないのですが、昨日の「無碍の一道」について話した組同朋会について、いろいろ考えています。

諸行無常・諸法無我の仏教において、実体的な極楽浄土を説くことには、大きな役割があると私は思っています。

浄土教は実践を念頭に置いた仏教であるがゆえに、知性的論理に留まったり、知性の立場から感性を見下したりしてはならない。しかしながら、感性に流されて知性を失ってはならない。

だから、教説に智慧と慈悲が混在しているようにみえるのだと思います。まぁ、こんな二元論で考えていることにも問題はあることでしょうが。

その意味で、第七章「念仏者は無碍の一道なり」の一節だけを見てお話したのは、いろいろな問題を孕んでしまったのだと考えました。様々な宗教的権威などをひれ伏せさせるのが念仏だという話だけでよいのか。ならそれだけの念仏とはなんなのかということを、取り上げなければ。

歎異抄に、深い配慮の上に、続けて第八章が置かれている理由が、身に染みて分かりました。

「念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々」

第七章と第八章は、表と裏のようだなと。

テキスト「宗祖親鸞聖人」にはありませんが、来月は第八章に力いっぱい触れてからはじめたいと思いました。

2006年09月18日

●念仏者は無碍の一道なり

こういうのを「年寄りの冷や水」というのでしょうか?

ここのところのハードスケジュールで風邪を引いてしまい、しかしながら寝込むわけにも行かず、申し訳ない喉の状態で葬儀、法事、月参りをしております。

しかも、来月の報恩講に間に合わせるために「玉永寺通信」を一刻も早く作成し、発送しなければならないということで、朦朧としながら、もう、たいへんなことに、老体に鞭打ってます。つらい。。。

明後日の共学研修会も、葬儀が入って出席できません。

さて、そんなおおわらわのうちに今日は午後から組同朋会、テキスト「宗祖親鸞聖人」第八章 大悲に生きるの最終項、「無碍の一道」です。

歎異抄第七章ということで、事前に↓をなんどか読みました。

若い頃ならば、高らかに念仏者は何事にも動揺することなく、一途な道を歩むのだと論じたことでしょうが、それなりに苦くて悲しい経験、挫折を重ねてきたことをお話しすることになると思います。

2006年09月15日

●十住毘婆沙論 終了

昨日、午前は大沢野まで月参り

午後は教区御遠忌情宣部会 スケジュールがきつきつ

富山を発ち 第七餃子でホワイト食べて

野々市 常讃寺での十住毘婆沙読書会

易行品 教行信証引文まで読み終わりまして、これで終了。

4年半、龍樹の菩薩論のスゴサに触れることができました。

一人ではこういう本に真向かうことはできません。

読書会のメンバーたちに、僧伽に感謝です。

さて、来月からですが、とりあえず、安田理深「教行信証 真仏土巻聴記 Ⅰ」(文栄堂)にチャレンジすることになりました。

http://sun.ap.teacup.com/pastime/152.html

個人的には、らくりんさんから安田理深の楽しみ方を吸引することを狙っていますw

関心のあるかたはメールをください。

共に学びましょう!

2006年09月13日

●玉光順正「差別と靖国」ノート

乱雑な講義ノートです。文責は流星にあります。

 靖国問題を取り上げるときによく言われる言葉。靖国へ行って、賛成派の人の声を聞こう。死刑廃止問題でも同様。死刑制度を賛成する、必要とする人の意見を聞こう。賛成もあれば、反対もある。相手の意見を聴きたい。一見、そうかなと思うが、じつはそこに問題がある。私たちはどこでそれを課題にするのか。両方の意見を聞いて、裁いていくことではないだろう。そこに自分はどういう立場に立つのか。親鸞の思想の中から考える。
 靖国問題がなぜ浄土真宗の課題なのか。部落問題がなぜ浄土真宗の課題なのか。政治問題、社会問題は信心の問題ではないと、教団の内部から外からも言われる。坊主が政治、社会に口を出すな。そういうものなのか?
 逆に、靖国問題、部落問題に関わらないと真宗ではないのか? そうではない。浄土真宗にきちっと、真向かいになれば、当然、部落靖国が見えてくる。見せてくれる。その課題が見えてくる。政治問題、社会問題を宗教的課題と捉える。
 賛成か反対かならば、賛成の凡夫が一人が増えるか、反対の凡夫が一人増えるだけ。それでは宗教的課題とならない。どこまでも分裂する。かみ合わない。賛成か反対ということではない。二元論ではない。どういう立場、どこに立つのか。常に浄土真宗と真向かいになる。そこから様々なことを学んでいく。教団の課題として。そして私自身はどう思うのか。
 真宗文化革命論。意識革命。真宗文化創造論。差別問題は、われわれの持つ文化の問題。文化が問題を作り上げた。真宗の文化はそれとは同じものではない。文化大革命。当時、文化大革命は評価されていた。今は失敗といわれている。しかし、そこに考えられていた理念。道理があった。この革命は人々の魂に触れる革命。私たちがやるべきことは永遠革命。永久革命。継続革命。不断革命。毛沢東は国家の理念を革命に見た。常に変わり続ける。国家はしっかりしたものだろうか。個人的に往生浄土の歩みは留まるものではなく、われわれが変わり続けること。解放され続けること。それが往生浄土。
 真宗同朋会運動。家の宗教から個の自覚へ。しかしながら、「個」ということを言ってこなかった。3,4年前、辺見庸への質問。「私たちは今なにをしなければならないのか?」答えは「個の自覚です。」。私たちが40年来使ってきた言葉だが私たちが言った「自覚」と迫力が違う。組織は解散しろ。宗教も解散しろ。バラバラにならなければならない。一人にならなければ。靖国問題に学ぶ。それはなぜやっているのか。仕事の上で研究するのか。坊主だからということで関わっているのか。一人でもやるのか。個の自覚。個というものがわたしの中にあるのか。世間体でやっているのか。それが個の自覚。
 親鸞の宗教は一人になることのできる教え。一人になることのできる宗教。徒党を組む宗教ではない。個の自覚。それがまったく言えてなかった。スローガンとしてあるけど誰も言わない。
 阿部謹也 世間とは何か。世間論。日本人の歴史意識。世間は排除差別するもの。人間関係の枠組み。「世間」「出世間」は仏教からの言葉。世間には外国の人は入らない。靖国は世間。アジア諸国はわれわれと関係ない。

「世間」の特徴。
贈与互酬。葬式。お中元。返すということが大事。お土産。
共通の時間意識。「先日は」「今後とも」お礼の後払いと先払い。
排他的差別。学会。教団。他の宗派との付き合いが少ない。対話はほとんどしていない。派閥、同窓会。部落差別。世間が違う。愛生園「社会からお客さんがこられた。」自分たちは社会外に追いやられている。外国人差別。隣の国からなにを言われても関係ない、靖国。
 世間をわれわれは気にして生きている。「自分は無実だが、世間を騒がして申し訳ない。」本当に無実なら徹底して戦うだろう。個ではなくて、世間の中でしか生きていない。連座制。親の顔が見たい。家全部が排除される。世間がそれを作っている。それを越えたのは、日本では親鸞だけである。親鸞の宗教だけである。
縦社会←非僧非俗
縦社会←横超
 浄土真宗の文化の基本。こうした言葉を基本にして真宗文化を創造するのが真宗同朋会運動。縦社会の世間を克服。交流する。歴史文化を学ぶ。中国、韓国、アジア諸国への蔑視は明治以来130年の歴史の中でできた。それまでは敬意を持っていた。脱亜入欧政策。アメリカに媚を売る。そういう意識を変革する。文化の危機。靖国はこの5年間で変わってきた。若い人が靖国を見に行く。行くことによって、自分はどこに立てるのか、国のためにとなる。
 国のためと言うものが、浄土とは言わない。あくまで日本。日本人。錯覚。国のため。われわれに国家を相対化する視点がないと保守化する。浄土の思想が待たれている。
 念仏者が世間とどうかかわるのか。どこまでも世間に迎合しない。自分の個人的な願いを越えたもの。本願、志願をもって生きる。個人的なものではなく、エゴイズムとナショナリズムを越える。志願の意味。時代、教団。こうしたことではなく、世間に迎合して、全体がそうなってきている。自分たちを守る姿勢。守れば小さくなる。
 第四願。形色不同。無有好醜。悉皆金色。生き生きとした色。好醜差別。差別は人間の意識、制度がする。そのことに価値を与えるところに差別が起こる。意識が差別を生み出す。それがない世。一人になることのできる宗教。親鸞は非僧非俗。一人である宣言。国家から排除された。排除した国家を拒否したのが非俗。一人になった宣言。非僧非俗。あらゆる人と、違いをそのままになお、水平にその人と出会うことのできる一人になる。それが真宗における帰依僧の意味。仲間の中に入ることではない。一人からはじまる教団。帰依僧。普通は枠に入る。そうではなくて、枠を取っ払う。一人になった人がつながっていく。違いを認める。バラバラで一緒。個の自覚。それぞれの人の自覚に頼る。そういう姿勢がそれぞれの人の自覚を促す。つながっている。

浄土真宗の1,2,3

一人になることのできる宗教
二種深信
機の深信。人間はどうしようもない。法の深信。どうしようもないことが恥ずかしい。
たいしたことのない、かげがいのない私を生きる。
三は三極構造⇔二元論 勝負 正邪 自由テロ 損得 生死 プラスかマイナス 賛成か反対。
念仏者は混沌。矛盾。対立。それをエネルギーとするのが念仏。念仏者は生きる力、問う力、耐える力。三極構造を生きる。

2006年09月12日

●大阪への旅 その2

12日 リニューアルした大阪人権博物館へ


こんな特別展やってました。「破戒」の直筆原稿など、貴重な資料が展示してありました。
「カミングアウト」という視点からも、この小説は偉大な作品であると、あらためて思いました。

以下は興味深い常設展の数々。


HIV感染で亡くなった岩崎孝祥さんのメモリアルキルト。


大阪でのホームレス強制排除のときのムシロ旗。

性暴力についてのブースに「サバイバーアート」の作品が何点か置いてありました。DV・性暴力・虐待・差別をいきぬいた被害者の作品という概念です。命の大切さが繊細に表現されて、見ているものにもその思いが伝わるようで、とてもインパクトを受けました。

それこそ、メモリアルな展示物が多くなったような印象でした。また、ゆっくり見に行きたいです。

ここの特別展示はとてもおもしろいものをやっていますね。「島崎藤村」「つくられる日本国民」「血筋と家柄」「障害者でええやんか!」「学歴社会と職業観」「HIV・AIDSとともに生きて」。これまでの展示記録本をなど、かなり本を買ってしまいました。

帰りは鶴橋で焼肉を食べてきました。肉も旨かったけど、韓国どぶろく「マッコリ」を初めて呑んだらこれがイケタ! お土産にしました。

んで、高岡の方々とお別れして、自宅に帰って、鶴橋で買った豚足と格闘して、本日が終わろうとしております。

●大阪への旅 その1

10日の午後、富山を発ち、金沢のまったり、しろうさ夫妻宅で一泊。

11日京都へ。研修部で「育成員研修会事前打ち合わせ」。それなりに真剣な討議を。

京都駅→大阪環状線→阪和線と乗り継いで、杉本町駅から徒歩で大阪市立大学のキャンパスを抜けて浅香人権文化センター到着。

高岡教区主催の「「同和」問題交流研修会」に途中参加。

趣旨文より

大阪の浅香地区は、周辺住民と連帯して「まちが変わる」をスローガンに「にんげんの街」「水と緑の街」「住民自治の街」「教育と文化の街」の創造を目指し活動をしているところです。さらに今後の部落解放運動の目指すべき方向として、アイヌ民族や沖縄の人たち、そして海外のマイノリティーとの交流を行うなど、さまざまな形で試行されております。

大学と地下鉄車庫によって交通を閉ざされたときの浅香の様子。車庫跡地の開発が地域全体との交流と展開し、解放運動のひとつの形として注目されることになる。


かつて住居が密集していた河川敷。


地域の寺院、教円寺の親鸞聖人像。


車庫跡のレリーフ。銅像は金城実 作。


センター屋上から見た車庫跡。「浅香温泉」で汗を流してきました。風呂上りのおでん、生ビール最高。


センター内にあった識字学級のレリーフ。最近、なくなったとの事でした。

2006年09月10日

●これから再び、旅立ちます

本日 水橋→金沢

11日 金沢→京都→杉本→浅香文化人権センター

12日 浅香→リバティおおさか→砺波or高岡→水橋

いってきます。

2006年09月09日

●長島愛生園・邑久光明園訪問 二日目


 6日、光明園の納骨堂にお参りしました。


 真宗会館(?)です。ここを初めて訪れたのは4年ほど前かな?
 この場所で「ままかり」をいただきつつ、真宗門徒の方々と懇親会をしたのがとても懐かしかった。



 光明園の監房跡です。こちらは復元をしてあります。
 写真では分りませんが、他の建物とは離れた場所にあります。


 壁の落書きが、いくつも残されて保存されていました。


 勝訴記念の碑ですね。園内にはこのようなモニュメントがたくさん、新たに作られていました。


 最後に、園長の牧野正直さんから胎児標本問題への対応を中心に、かなり踏み込んだお話を聞きました。
 私は改めて「なぜ退治標本は作られたのか」と質問しました。医学的利用価値もない。医者たちには命を殺めているという倫理的自覚がなかった。ただ、後に使えるかもしれないとでも思って作ったとしか考えられない(趣意)というお答えでした。
 理由もなく、赤ん坊は標本にされたのか。。。
 頭が痺れてくるような気分になりました。

●長島愛生園・邑久光明園訪問 一日目

2006年9月5日、「ハンセン病ふるさとネットワーク富山」の有志20名あまりで、まず長島愛生園に向かいました。



かつては「事務本館」として園の運営を指揮していた建物が、宇佐美治さんが集めてこられた資料を展示する歴史館として生まれ変わっていました。長島事件で割れた「恵みの鐘」 の二代目、療養所での生活に使われたさまざまな道具、違憲訴訟のタスキなど興味深い資料が綺麗に陳列されていました。


特別に見せていただいたのですが、上の肖像画は正宗白鳥に近い人物が光田健輔氏を描いたものだそうです。後ろに胎児標本が描かれているのではないかという話があります。(小箱さんの提言を受けて、画像を削除いたしました)



愛生園の納骨堂です。お勤めをさせていただきました。
愛生園の到着時から同行してくださったMさんが、ここでお礼のご挨拶を述べてくださいました。

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監房跡。壁のみが出ていて、全体は埋められています。
以前とは違って、説明のプレートがいたるところに設置してありました。

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収容桟橋 収容される方々がこの島に上陸された場所です。

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収容所(回春寮) 入所されて検査や手続きが行われた建物。

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収容所の中の消毒風呂です。


この後、邑久光明園へ移動し、宿泊する「かえで寮」で懇親会を開きました。

 この会に、光明園の吉田さんとともに、愛生園からMさんがわざわざ参加してくださいました。
 Mさんとはじめてお会いしたのは、国賠訴訟のすぐ後、上市のすし屋さんにて。翌年には「ハンセン病問題ふるさとネットワーク」の歓迎会にも出てくださったのですが、その次の年からは、「ネットワーク」との交流は避けておられました。個人ではお会いしてくださっていたようですが。
 懇親会でも色々と話してくださいました。またMさんの手記を読んで、団体との交流を避けられたお気持ちと、こうして再びお会いしてくださった心情の変化が分るような気がしました。
 藤野豊代表に「Mさんが私たちにお会いしてくださって、よかったですね。」と申しましたら、「そんなことはない。Mさんのような悲しみに遭わなくても、だれもがそのまま故郷の人々と交流できるようにしなければ。(趣意)」とおっしゃいました。しかり、しかり。。。

●子ども会

まず、ゲームをやったわけですが。。。
懸案の一年生たちなんですが、先回やったゲームをすんなりこなしてくれて感激したのですが、その後はやっぱりぐにゃぐにゃになってしまって参加してくれませんでした。なかなか難しいです。

ゲームの後、みんなで「仏典童話」のビデオを見ました。
昨日、新しい3巻を見てみたのですが、テンポが遅く、内容も難しいので小学生向きではありません。
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結局、第2巻の「約束」というところを見ました。
http://www.tomo-net.or.jp/sermon/douwa/d_j06.htmlなかなか、おもしろい展開で、こどもたちも真剣に見ていました。

2006年09月08日

●ばたばたしております。

今日は教区御遠忌教化部門会議 趣旨文についての最終会議でした。
最後の最後で「国家とは何なのか。」という一文を削るか残すかで合意に至らず、部長一任ということになってしまいました。
来週には結論をださないとあきません。頭が痛いです。

「さくらインターネット」(http://www.sakura.ad.jp/)でドメイン取得しました。
「gyokueiji.net」にしました。
これから http://gyokueiji.net がホームーページとなります。

レンタルサーバーにMovable Typeを導入して、ここのブログを作りました。
カスタマイズがかなり難しいです。ネット上の情報を集めてなんとかここまでたどり着きました。

手探りで初めてホームページを作ったときのような感じでした。
まだまだ、不安は残りますが、これからここを根城にがんばろうと思います。

2006年09月07日

●療養所訪問、Mさんと再会

5日、6日に長島愛生園、邑久光明園を訪れました。写真もありますし、いろいろなことを学びました。いずれHPのほうに整理して載せたいと思っています。

私にとって、今回の一番の出来事は、Mさんと再会できたことでした。そのことの意義をみなさんにお知らせしたく、もう一つのブログに、許可を得て「真宗」の記事を転載させていただきました。ぜひ、お読みください。

http://d.hatena.ne.jp/ryuuusei1/20060907/p1


●悪戦苦闘してます

VTP0001.JPG
新しいことに挑戦しているわけですが、もしかしたら私には無理な領域に踏み入ったかもしれません。

2006年09月03日

●息子と美川の会

昨夜は高二の息子といっしょに美川の会へ行ってきました。

http://sun.ap.teacup.com/pastime/6.html

「よくきたね。えらいね。」と声をかけてくださったのですが、事情は複雑で。

素直に、「いいお話をされているから一緒に行こうよ」ということではないんです。

彼も17歳になりました。

自分の進路、「寺」ということをどう考えて行けばいいのか、彼はこの夏、とてもとても悩みました。

いまも、深く悩んでいます。

以前、修練の班担をしていて、寺に入っていく若者の、言い知れぬ不安感とプレッシャーを聞いてきたのですが、それと同じようなことを息子が話したのは驚きでした。

いやはや、これは当然、当たり前のことなのですが、ガンと一発なぐられた感じ。

彼のために、父としてなにができるだろうかと考えた末に、美川の会に連れて行くことを思いつきました。

なんだかんだいって、同じ道を歩んでほしいという、ドロドロとしたものを私は心の底に抱えています。

でも、昨日のお話にもありましたが、他人に菩提心を起こさせるという事は、決してできることではありません。

彼の選択を見守ることが大事です。

でも、それでいいのだろうか。

寺とは違う形で、自らお念仏を学ぼうという人が集まる場所、お念仏が生きている場所を見せてやりたくなりました。

そういうわたしの思いを伝えたところ、息子は美川まで行くことを承知しました。

2006年09月01日

●テンシーズさん

午前いっぱい月参りして、昼は餃子の王将へ行きました。

美味しかった。なんとなく、自分の中では今、餃子がブームです。またいこ。

Vfsh0009午後から児童連盟研修会、講師は金沢のテンシーズの皆さん。

高岡、金沢、長浜からも受講者がみえられていました。

参加者は20人ちょっとかな。

http://munin.cool.ne.jp/tenseeds.html

ゲームはホンマに楽しいですね。

Vfsh0010最初は手を繋ぐのもためらっていたみんなが、年齢性別を越えてどんどん一つになっていくのがイイ。

来週、子ども会があるので、今日やったことができないかなとも思うんですが、あのおこちゃまな1年生たちがやってくれるかなぁ。

まぁ、こういうことが続けられるよう、今後も体力維持に励みます。