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2006年09月26日

●正信偈と証巻 Ⅱ

なんだか、証巻から正信偈を読み解くという、ミョウな視点を持ってしまいまして。

ところが、「煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり。」の確かな典拠である論註の部分に、「よく一念喜愛の心を発すれば」に当たると思われる言葉が見当たりません。なんでないの?

いろいろ考えてみたんですが、往相回向の結び、「清浄願心」がそれに当たるとしか思えないんです。

そう考えると「如来、世に出興したまうゆえは、弥陀本願海を説かんとなり。五濁悪時の群生海、如来如実の言を信ずべし。よく一念喜愛の心を発すれば、」という展開は、釈迦如来の教法が行者に届く、二河白道の展開と同じだと考えたくなりました。

これまでは「不断煩悩得涅槃」は「煩悩即涅槃」と同じで、相反する概念を「即」でつなげて行く中国仏教の特徴として説明してきましたが、以上のように考えてしまいますと、そうもいきませんね。

今回は、正信偈該当部分前後の文脈の流れを確かめるような形でレジメを作ってみるか、というところまで考えといて、とりあえず、今夜は、おやすみなさい。

追伸:明日の同朋会が終わるまで、他の事、考える余裕がないんだわ。つれなくてゴメンね。>まったりさん

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