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2006年10月18日

●水橋米騒動

so-monさん、コメントありがとうございます。

本日はまず、出棺勤行からはじまりまして、葬儀。

午後から組同朋会。
ここで書いたようなことをお話しました。
「無碍の一道」については、それに対比されるような私たちのなにかにおびえ続ける日常が浮き彫りになるようで、座談会も病といった身近な問題を皆で悩みあうような展開になりました。
それにしても、総序の迫力にびびってしまい、「このテキストは来月で終わりにします」と言ってしまった自分が情けない。

帰って、一日早いけど、息子と幕張りと提灯台の設置。

そしてお通夜へ。
同じ地域なので、昨夜と同じ方がみえているのと、小学生が何人かいるので「四門出遊」を話してみる。と、昨夜同様、参詣者の方々の表情が気になってしょうがない。このあたりは新米なんだと思う。余裕がないのだ。様々な表情を、どかっと受け止められるようになりたいものだ。

かなり凹んで、疲れ果てて帰る。

自分を奮い立たせるようにして27日の同朋会の葉書を作成。

と、NHKの「その時歴史が動いた」で水橋の米騒動が、真正面から取り上げられていた。

『高岡新報』記者・井上江花の言葉
「我々は真に野花の一茎にだも如かざる微細な人間であるけれども、野花は野花だけに生涯の美があります」

なんだか誇らしい気持ちになる。このページの下のほう。米騒動のかあちゃんたちと、ちょっとは関わりがあるんだから、なんか、がんばらなくちゃという気持ちが、ほんのすこしだけ湧いてきた、、、、かもしれない。

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