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2006年10月24日

●雲の下が明るい? その2

となると、私、凡夫は、一生、弥陀の光明を直に見る事はできないということになる。

ここで、ムラムラと腹が立つ。なんで、オレには見えないのか!

そして、不安になる。この雲の上には、ほんとうに弥陀の光明が存在するのか?
この、おぼろげで心細い世界にいたたまれなくなるのだ。
飛行機に乗って、雲の上まで行けたなら、どんなにすばらしいだろう!
というか、オレにはそれができるんじゃないだろうか!!

この展開になると、以下の本を思い出さざるを得ない。

世親を「浄土を見た菩薩」として、菩薩への信頼を促すらくりんさんの読み方だ。

やはり悔しい。世親は選ばれた人間。浄土が見えた人。オレは見えない人。。。

「光を見たい」という欲望に苛まれるオレに、「雲の下が明るい」という話が、できるんだろうか。

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コメント

弥陀の本願を煩悩にさえぎられて信じることができない人間が救われることを表現してるのかなと思いました。


らくりんさんのお寺での夏期講習のときのお話を思い出しました。

目の前にあってもそれと分からない人間が救われていく不思議。

飛行機に乗れば高度10000メートルまで上昇します。それでもう雲の上の世界は見れますが、流星さん的には納得いかれないと思うので、大気圏外に出る宇宙旅行など行ってみられてはいかがでしょうか?
確か民間で20〜40億円ぐらいで行けるはず!
もしかすると阿弥陀の世界が垣間見れるかもしれませんよ〜。

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