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2006年10月25日

●雲の下が明るい? その3

七尾さん、シノさん、コメントありがとうございます。

ガンダムの世界ですと、木星まで行って帰ってくるのが、かなりの荒行になっていまして。
無事に地球圏まで帰ってこれた人は、だいたいニュータイプという、「時が見える人」になってます。。。

まぁ、このへんの話題は、置いといて(汗

教行信証をめくりめくりしているうちに気になってきたのは、信巻の三一問答の前の展開です。

『論の註』に曰わく、「かの如来の名を称し、かの如来の光明智相のごとく、かの名義のごとく、実のごとく修行し相応せんと欲うがゆえに」といえりと。「称彼如来名」とは、いわく無碍光如来の名を称するなり。「如彼如来光明智相」とは、仏の光明はこれ智慧の相なり。この光明、十方世界を照らすに障碍あることなし。よく十方衆生の無明の黒闇を除く。日月珠光のただ室穴の中の闇を破するがごときにはあらざるなり。「如彼名義欲如実修行相応」とは、かの無碍光如来の名号よく衆生の一切の無明を破す、よく衆生の一切の志願を満てたまう、しかるに称名憶念あれども、無明なお存して所願を満てざるはいかんとならば、実のごとく修行せざると、名義と相応せざるに由るなり。(p213)

から始まって、

また云わく、我またかの摂取の中にあれども、煩悩眼を障えて見たてまつるにあたわずといえども、大悲惓となくして常に我が身を照らしたまう、と。已上(p222)

で、つづいて御自釈で終わるとこです。

あと、「貪愛・瞋憎の雲霧、常に真実信心の天に覆えり」とありますが、これって二河白道じゃないでしょうか? 「貪愛・瞋憎」が一致しているもんネ。んで、二河白道はp219あたりから引用されれてるし。

大はずれかもしれません。先回は証巻から攻めましたが、今回は信巻あたりからぶち当たって、木っ端微塵。

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