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2006年11月18日

●愛国心・自利利他円満

新たに「教育の目標」として挙げられた第二条の五。

伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

仏道でいうところの「自利利他円満」です、これは。

自国を愛することと、他国を尊重することが両立し、常に両方とも円満ならば問題は無い。しかし利益が対立したときはどうなるのか。

「自利利他円満」は仏の世界のみに成り立つことであって、衆生にはありえないことであるというのは厳然とした事実である。我々は完全に同一に存在することはなく、必ず他者として存在しあうものである。

基本法というのは理念を掲げる法律である。その意味では、願いを文言とすることは大切なことだと思う。しかし、法案を支持する者は「自利利他円満」を追求していく覚悟があるのか? 「国益」「利敵行為」と連発する政治家たちは、自国の利益追求のための方便として、「他国を尊重し」を書き加えただけではないのか?

愛国心も仏法から言えば、執着心、煩悩である。「国」は人間の妄想が生み出した観念である。煩悩だからダメだとか、消してしまえとかということではない。人間は煩悩成就の凡夫であるというのが、真宗が見出した境地である。そして「浄土」は、あらゆる衆生を救わんがために、如来が考え出した観念の国である。そこには国家を相対化するという狙いもあることだろう。翻せば、浄土を絶対化することも大いに問題がある。第二十願の問題である。

要は、煩悩を煩悩と見据えること。
それができれば、それといかに付き合っていくかという難解な課題、貴重な視点がもてる。

以上、安田先生っぽく書いてみました。
こんな文調ですらすら書ける、自分が怖い。。。

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