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2006年12月31日

●法蔵菩薩像調査

29日 太田さんと北陸石仏の会会長の尾田さんが来寺。
以前、ここに掲載した法蔵菩薩掛け軸の調査をされました。

尾田さんによると、明治20年ごろから、富山西部では真宗門徒により南無仏太子像(聖徳太子)の石仏が盛んに作られ、富山東部では法蔵菩薩五劫思惟像が作られたということです。

廃仏毀釈を経て、財政の逼迫によって本山が疲弊した時代、世が激変していた時代に、先人達はどういう思いで石仏を建立されたんでしょうね。尾田さんも気になっているご様子でした。同じように、この頃に、御門徒のご苦労によって東西の富山別院は建設されています。

この機会に、玉永寺にある、気になる掛け軸を何点か見ていただきました。
どれについても、興味深いお話が聞けたのですが、教如から下附された顕如上人像の確認ができました。裏書の「慶長二年」は東西分派前に教如が隠居していた期間です。富山における教如派の形成時期を知る史料として、もっとも早いとのことでした。

30日 お参り、修正会の準備、雪かき等、どうやら一段落つきました。
やっと自分の年賀状に取り組む余裕ができました。
今年は年賀状はやめて、web版の寺報を印刷して送付することにしました。
印刷、梱包、郵送で、倍の料金と手間がかかりました(汗

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