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2007年03月16日

●小松教区連続講座プロローグ(完成版)

1980年に出版された「不安に立つ」という対談で、安田先生は以下のように話しておられます。

歴史的、社会的現実というものが大事じゃないのかな。

それをどこまでも思想的に内面化していく。

この生々しい現実というものの問題がはっきりしてくれば、日本だの本願寺だのではない、人類が救われるんだ。

こういうことを普遍概念としていくというのが、教学でしょう。(略)

それ以外に、われわれの身をおくところはないじゃないか。

全世界の重圧を引きうけにゃならん。

このいちばん浅薄な、腐ったような現実の中に身をおかにゃならんでしょう。

教理や理論ではなくてね、悩みぬかなければならんわね。

そういうところに立たんと、教学も出てこないのじゃないのかね。

このお言葉を、多磨全生園(国立ハンセン病療養所 東京)の真宗報恩会で歌い継がれている「しんらんさまはなつかしい」という唄を通して、掘り下げてみたいと思っています。

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