« 植木等さん | メイン | 4月の予定 »

2007年04月03日

●ここ10日間ほどの日記

25日 組同朋会 阿弥陀経 浄土荘厳について
悩んだ、ホンマに悩んだ。

その時に、仏、長老舎利弗に告げたまわく、「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、世界あり、名づけて極楽と曰う。その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまう。かの土を何のゆえぞ名づけて極楽とする。その国の衆生、もろもろの苦あることなし、但もろもろの楽を受く、かるがゆえに極楽と名づく。

まったく苦がない国。ほんまに極楽はええとこや。そんなところにいきたくない人がいるだろうか。
しかし、親鸞さんはそこへいきたいという心を、深く深くみつめた。
そこから教行信証、化身土巻がうまれた。
「三願転入」とはいうけれども、決して無量寿経が正しくて阿弥陀経がおかしいということではない。真門釈に無量寿経からの引文があるくらいだから、念仏にかかわる問題全体として三願回転入を親鸞は考えていたんだと思う。同じように他力ならよくて自力はよいのかといえば、他力を起こす事はできやしない。自分を根拠にしてなにかを求めて苦しんだり、他人を苦しめてしまうありかたを見通した話なんだと思う。
そこあたりをお話しすることは、わたしにはとても難しい。というか初めて真剣に20願の問題を考えるきっかけをもらって、教行信証のスゴサとでもいうものを、実感もしている。

26日 得度研修会
プロジェクターで聖人の生涯とハンセン病問題についての「しんらんさまはなつかしい」プレゼンをした。
ところが、9歳の参加者がいることを、なんと、まったく失念していた。
限られた時間、ハンセン病問題について説明したが、どのくらい伝わっただろうか。
それにしても、同じ年のこどもたちを目の前にして、和泉式部が出典とのことだが、親鸞が9歳で「あすありと」、無常の歌を詠んだという話しが現実感をもったりもした。

27日 玉永寺同朋会 正信偈
信を獲れば見て敬い大きに慶喜せん、 すなわち横に五悪趣を超截す。
一切善悪の凡夫人、 如来の弘誓願を聞信すれば、
仏、広大勝解の者と言えり。 この人を分陀利華と名づく。
弥陀仏の本願念仏は、 邪見驕慢の悪衆生、
信楽を受持すること、はなはだもって難し。 難中の難、これに過ぎたるはなし。

「難中の難、これに過ぎたるはなし」から、上の阿弥陀経の話と連動するが、化身土真門釈に注目した。そして「聞信」は真門釈での涅槃経の引文、信不具足と聞不具足を指しているんだと考え、やったなと思った。
しかし、参加者に、読み仮名をつけたとはいえ、涅槃経引文を配布したのはよくなかった。なじみのない経典の言葉にびっくりされたようだ。頭の中にとどめて、内容を話せばよかった。

28日 玉永寺お講
植木等さんと徹誠さんの話しをした。この話題は、「わかっちゃいるけどやめられない♪」と「煩悩成就の凡夫」の組み合わせなどが、おもしろい。
プロジェクターでみてもらおうと差別問題に関連したビデオを大谷派仏典童話のなかに探したが、「ウパーリの出家」がみつからない。よく考えたら本願寺派のアニメビデオに入っているんだった。借りにいく時間が無いので「消えない灯明」をみてもらった。仏典童話にこうした話しが入っていないのは不思議なことだな。

30日 冨田祭り
参加させてもらった。実はかくし芸なども考えていたのだが、やらなくてよかった(笑)
お二人とこどもたち、祝福する仲間たちの光景に、感動したことであった。
195305751_193.jpg

トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:
http://gyokueiji.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/751

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)