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2007年05月01日

●想像を膨らませて観経を読んでみる

坊さんはGWとかありません。月参りと御法事の毎日です。
昭和法要式で何度か観無量寿経をお勤めして、いろいろ考えました。

お釈迦さまは何で、幽閉された頻婆娑羅王のところには訪れなかったんだろう??
韋提希のとこには、呼びもしないのにやってきたのにね・・・

二人の違いはなんなんだろうと想像してみるに、王のほうは我が子によって幽閉され死を迎えるという状況を、受け容れられていたからか。諦念していたというか。その死が「阿那含」、一種の悟りのように形容されているわけですから。

韋提希の方は、すんでのところで刃にかけられそうになってるし、夫の事も心配でたまらんかったでしょう。我が子に対して激しい恨みのようなものを抱いていたんではないでしょうか。お釈迦さまは心配だったんじゃないかな。それが爆発、「世尊、われむかし、なんの罪ありてかこの悪子を生ずる!」。彼女が現実を厭離し、浄土を願うという展開は、素直なこころの動きだと思うんです。

そこでお釈迦さまが浄土に生まれるための「三福」を説く。
その最初が「父母孝養」という言葉。それを聞いて韋提希は我が子のことをどのように考えただろう? 

「もし仏滅の後のもろもろの衆生等、濁悪不善にして五苦に逼められん。いかにしてか当に阿弥陀仏の極楽世界を見るべき。」という質問をする。彼女のどこかに、我が子はどうなるのだろうかという気持ちが湧いてきたのか?

お釈迦さまの法話の終盤、中品下生で再び「父母孝養」が説かれ、直後に極悪人が念仏によって救われていくことが明らかにされる。そして韋提希は無生忍という素晴らしい悟りを開いて、完。

夫を死に追いやり、自分をも殺そうとした子を許し、救いを願うことになる過程が、観無量寿経ではないかと。

以上は、私的な想像で、善導や親鸞の考え方に基づくものではありません。でも、信巻で子、アジャセの救いが唐突に出てくるのは、親鸞にもアジャセはどうなったのか、という思いがあったからじゃないかな、とまたまた、想像してみたり、してます。

しかし、本当に韋提希の立場になったとしたらと想像することは、私の限界を超えています。

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