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2007年06月13日

●ぬか喜び

真仏土巻などは 無量光 無量寿の順番なのに
なぜ正信偈は「帰命無量寿如来 南無不可思議光」なのか
なぜ無量寿から始まるのか
考えていた

無量寿は「体」であり 無量光は「用」であるから
最初に「体」、帰依の対象として無量寿を出したという説明を読んで
そうかなと思っていた

華の会のお寺の控え室

和讃についてお話しするということで そのあたりの聖典をパラパラめくっていたら

ひらめいた!

讃阿弥陀仏偈がそうなってるじゃないか!

親鸞は曇鸞を踏襲して 正信偈を 無量寿 無量光 の順番にしたに違いない!

いやー おれってすごいなぁ! すごいの発見したなとよろこんで


帰って「教行信証を読み解く」をめくってみたら


そのことも しっかり書いてありました。。。

藤場さんは「讃阿弥陀仏偈に依る」ということでは 満足しないのね。。。


ちょっとガッカリ

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コメント

お疲れ様でした。
うーん・・・。
私もいいネタ発見した!
と思ったら似たようなこと
すでに本に載ってたりする・・
「智慧浅くして・・」です。

なんすか! 曇鸞和讃すか!

なんつードメスティックな会話じゃろ!

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