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2007年06月21日

●シンポジウム挨拶草稿

ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山、副代表、真宗大谷派僧侶 石川と申します。開会にあたりまして 一言ご挨拶を申し上げます。

私どもネットワークは、2002年より毎年、ここ富山でハンセン病国家賠償請求訴訟 勝訴記念のシンポジウムを開催してまいりました。

昨年は、第2回ハンセン病市民学会総会・交流集会が富山を会場に開催され、全国から、二日間でのべ1300人以上の参加者がございましたが、今年はあらためて、ハンセン病訴訟勝訴6周年記念シンポジウムとして、私ども、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山主催により開催させていただくことでございます。

こうして 2002年から、医療従事者、市民活動に関わる方々、マスコミ関係者、そして東西両本願寺の関係者(門徒、僧侶)が 力をあわせて、シンポジウムや講演会を中心に活動してまいりました。今回もたくさんの方々が会場におみえになってくださいました。療養所のない富山で これだけ ハンセン病問題に関心をよせる人の輪が広まってきたのは、その成果だと思います。

いま思い起こしますと訴訟に勝訴し、はじめてのシンポジウム開催に関わらせていただいたときには、これでハンセン病問題は一気に解決していくように、どこかで考えておりました。療養所にいらっしゃる富山県出身の方々の里帰りが、すぐに実現するというような、高揚感を感じていました。残念ながら 今、現状はそうはなっていません 

最初のシンポジウムでパネリストをしていただいた、長島愛生園にいらっしゃるキム・テグさんの言葉が思い出されます。「もし私が里帰りするとすれば、多くの方々との連帯の中で生きていきたい、それによって自分はハンセン病であることを自己解放する。そういういきかたで、社会入りしたい」と。

キムさんのおっしゃったような里帰りが実現する富山になったでしょうか? 熊本での宿泊拒否事件もありました。胎児標本問題も明るみになりました。社会と私たちの心にある差別と偏見の壁の厚さを、実感した6年間でも ありました。

今回、私たちは判決勝訴の原点に立ち返り、判決の意義を改めて確認しようという趣旨で全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長として、ハンセン病問題の解決の先頭に立っておられる、こう みちひろさんをお招きしました。

 現在、全国のハンセン病療養所では入所者の高齢化と、それによる入所者数の減少が進み、国による統廃合の危機にさらされています。入所者の方々が安心して生活を続けられる環境をつくることが、緊急の課題となっています。そしてこの療養所の将来構想についての議論のなかで、ハンセン病問題基本法の制定要求運動が具体化されつつあります。

 今回のシンポジウムではこの将来構想問題を取り上げます。療養所のない富山で、いかにハンセン病問題に取り組むか こうさんのお話をお聞きし、参加してくださった皆様とともに学び、あらためて考えたい。それによって差別偏見の壁を、少しずつでも崩していきたいと思っています。

 なお私が着ておりますTシャツですが、さきほどあおさんからも説明がありましたように、台湾楽生保留自救会支援のために販売をしております。売り上げは、自救会へのカンパのほか、楽生院強制移転問題のアピール、署名活動の準備、支援のために台湾へ行ってもらう有志へのカンパなどに使わせていただきます。この冠バッチも同様の趣旨で販売しておりますので、ぜひご協力をお願い申し上げます。

 最後に、今回のシンポジウムでは富山県・富山市・高岡市をはじめ、多数の方々より後援、または協賛をいただきました。後援・協賛していただきました諸団体、関係各位の方々に、こころから御礼を申し上げ、ご挨拶にかえさせていただきます。ありがとうございました。

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