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2007年07月06日

●「念仏が聞こえた 光が見えた」 

昨日は午後から野々市

買い物して 慢喫で「養成ギブス」にて安田理深真仏土聴記読書会復習予習

しかし 今回の「光明無量」についての話が どうもすっと入ってこない

常讃寺での本番でも その状態は続いた


真宗の教えにおいて 「光」ってなんなんだろう

真仏土巻 涅槃経引文に「眼見」といっしょに「聞見」という言葉が出てくる

そういえば「聞光」なんて言葉もあったな

「光を聞く」ってどういうことなんだろうな

名号をきいて 光が見えたように感じる? 器官と感覚がずれている

まぁ マンガの演奏会のシーンを見て 音楽を聴いているような感覚があるようなもんか?

この場合は「見聞」だけどね 

迷っているとき「暗闇のなかにいるようです」 糸口が見えると「光が見えたような気がします」

そういう言葉の使い方をする 実際にはなにも見えていないのに

そういうことなんだろうか

なんかごちゃごちゃしてる すっきりせん

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