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2007年12月10日

●華の会準備

明日は「華の会」第13組若坊守会にお話しに参ります
大谷派勤行集に収録されている和讃を読んでいて 今回は正像末和讃
<第三十一首>
無碍光のみことには 未来の有情利せんとて
大勢至菩薩に 智慧の念仏さずけしむ

<第三十二首>
濁世の有情をあわれみて 勢至念仏すすめしむ
信心のひとを摂取して 浄土に帰入せしめけり

<第三十三首>
釈迦弥陀の慈悲よりぞ 願作仏心はえしめたる
信心の智慧にいりてこそ 仏恩報ずる身とはなれ

<第三十四首>
智慧の念仏うることは 法蔵願力のなせるなり
信心の智慧なかりせば いかでか涅槃をさとらまし

<第三十五首>
無明長夜の燈炬なり 智眼くらしとかなしむな
生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ

<第三十六首>
願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず
仏智無辺にましませば 散乱放逸もすてられず

やや迷いがあるのですが 勢至菩薩を法然上人と重ねて読もうかと考えています
末法の時代に師に会えた喜び
しかし師は 崇拝の対象というよりも
念仏の道を教えてくれた人 如来よりたまわりたる信心をともに喜んでくれた人
このあたりを 「たまわりたる信心」の話 恵信尼消息三 歎異抄第二章 恩徳讃などで
彩ってみようかと思います

報恩講で恩徳讃を なんどもなんどもお勤めしています
以前は なんのことやら分からずに称えていたのですが
生きていることの歓びであり 生まれた意義 人生との和解の発露です
恩徳なんてすぐに忘れてしまうとか せせこましいこと言わんでもいい
称えることをためらう 必要なんてないんだな

このごろ そんなふうに 思うようになりました

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