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2008年07月10日

●長島愛生園への旅

8日朝 雷と豪雨 後で聞いたら近所でも床下浸水があったそうです
友人の宮地さんと青井さんと共に 富山から3人で 車で長島に行きました

さっそく富山出身のMさんにご挨拶に参りました
お刺身にビールで歓待していただき感激!  話が弾みました

面会宿泊所 しんじゅ荘に移動しましたら
先回富山で講演していただいた金泰九さんが訪ねてくださいました
楽しく酒を酌み交わし 語り合いました

お二人とも 名称は変わりましたが「ハンセン病基本法」の成立のことが話題になりました
「開かれた療養所」とはどういう事なのか 園内で議論されています

9日はまずは まず歴史館 ~旧事務本館~へ
個人のハンセン病との関わりが取り上げられて 国の誤りと責任が明記されて
多磨の国立ハンセン病資料館と姿勢がかなり違うと思いました

Mさんのところへ昨日のご挨拶に行ったら 「わしが園内を案内してやる」とのこと
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収容桟橋です Mさんは ここに上陸した時の日付、時間、天候を明確に覚えています
完全に壊れていますが 入所者の方にとっては社会、家族との別れの桟橋
つらい思い出の場所なので 修復しようという話は出ないそうです
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収容所(回春寮)のなかにある「消毒風呂」です
クレゾールの嫌な臭いが忘れられないとおっしゃっていました
衣服も持ち物もすべて消毒するということで 取り上げられました
職員の部屋、炊事室、入所する場所が決まるまで過ごす部屋など教えてもらいました
Mさんも園名を使ってみた事があるそうです
しかしその名で母に手紙を書いたところ 「縁が切れてしまうようだ」と言われてやめたそうです
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納骨堂で一緒にお参りしました 宮地さんが熱心にお話を聞いています
最近は、故郷にお骨を納められるケースが増えているそうです
それはそれで うれしいことですが
Mさんが自由に故郷に帰れるようにな社会になることを願わずにいられません

他にも監房跡、恵の鐘、恩寵記念館などを案内していただきました
園内は何度か回っているのですが、富山出身の方から説明を受けると
なんだか話が身に沁みました

Mさんについては人を介して  いろいろ心配な情報が伝わってきていたのですが
実際に顔を合わせることは大事ですね  かなり物事がはっきりして安心しました

おさむさんが年賀状を交換している方にご挨拶し 光明園の納骨堂にお参りして 帰路に着きました

この企画を立ててくださった青井さんに感謝します→あおさんの記録もご覧ください

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