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2008年12月10日

●見玉尼と「おさらえの御文」

昨日 華の会(第13組若坊守学習会)にて「白骨の御文」についてお話しました
その時 関連して「見玉の御文」を紹介しましたら
出席者から高桑駐在教導から聞いたということで
面白い話がでたので いま 電話で確認したところです
「文明五 八月二十二日」に「見玉の御文」が書かれ
見玉尼を看取った多屋内方たちに向けて
「文明第五 十二月八日」に「おさらえの御文」(二帖目第一通)が書かれる
その次の年から現在に至るまで
御正忌報恩講において十一月二十九日のお朝事に
「おさらえの御文」が拝読されることになったという話です
出典は今のところ不明ですが 非常に興味深い内容ですね

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コメント

そうなんですか。
「お浚え」の御文がいつ頃から拝読されるようになったのか、知りたかったのです。
その内容について、女性として聞き辛い文言が含まれているので、教区の報恩講のときに拝読をやめてほしいとお願いしているのですが、儀式だからとか、勝手にこの御文だけ読まないのは変だとか、いろいろ言われています。

なるほど
書いた内容は伝聞の伝聞ですから 信憑性がありません
駐在さんに もう一度出典を聞いてみます

しかし、女性でも救われるというのは、善人でもと言われた悪人正機説とはま逆だと思われますが。

確かに、悪人正機とは意味合いが違うと思います。

 帖外御文(真宗聖教全書五 拾遺部下)に見玉尼の往生についてのお文がありますね。ただ、書いた日付がついていません。見玉がなくなったのがこの帖外御文によると、文明3年8月14日とあります。

しかし、おさらえの御文との関係を知りたいですね。


高岡教区の太田浩史さんに確認しました
恵忍「御文来意鈔」(ヨコノ書店)に載っている話ということです

ヨコノ書店に注文しました。ありがとうございます。
 でも、太田浩史さんは生き字引のようなかたですね。まだ、そんなにたくさん聞かせていただいたことはないのですが、「同行」紙を読ませていただいたりすると、何か歴史に深みが出てくるような感じがします。
 おもしろかったのはダライ・ラマを見れば蓮如がみえる、とおっしゃったことです。

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