●北陸聞法道場を開催します
復活した北陸聞法道場二回目の夏を開催します。
城端別院での熱い三日間。ぜひご参加ください。
http://www.gobohan.com/goboblog/2011/06/2011-1.php
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復活した北陸聞法道場二回目の夏を開催します。
城端別院での熱い三日間。ぜひご参加ください。
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教区御遠忌讃仰事業「昆布ロードコンサート」実行委員の方々に同行させていたたきました。
6月14日 国立ハンセン病療養所 沖縄愛楽園を見学し、面会宿泊所を利用しました。
療養所であるということとともに、戦跡でもあるということが印象に残りました。

強制労働によって園内には900人が収容できる壕が掘られました。入所者の方から「ひどい労働で病状は悪化したが、自分もなにか役に立てるのだと思い、掘り続けた。」というお話を聞きました。この壕のおかげで被弾死は一人にとどまりましたが、戦火で医療施設が壊滅し、400人の方々が亡くなられたということです。

給水塔に残る弾痕です。愛楽園も空襲、艦砲射撃、機関銃による攻撃にさらされました。
15日 沖縄別院に参拝し、普天間を知念ウシさんに案内していただきました。

嘉数高台公園です。一見、普通の公園なのですが、沖縄米軍上陸に対抗したトーチカ跡や防空壕などが点在しています。ここの高台から学校や住宅に囲まれている普天間基地の状況を見ることができました。沖縄は全土が戦跡であり、いまも戦争がすぐそこにあるのだと実感しました。

糸数壕(アブチラガマ)に入る前に説明を受けています。沖縄の軍隊、住民が南方に逃れていく際に使われ、病院壕としてひめゆり学徒隊もここで従事しました。15年前に訪れたことがあるのですが、現在は地元の方にガイドをお願いできるような施設も整備されていました。
16日 ひめゆり資料館を訪れました。

ここは3度目の訪問です。リニューアルされていて、沖縄戦とひめゆり隊の経緯が、分かりやすく展示されていました。多くの少年兵も亡くなっています。そして、ひめゆりは沖縄戦の悲劇の象徴です。やはり涙が出ます。

この日は開教寺院の真教寺若院にご案内していただきました。最後に摩文仁の丘を訪ね、研修旅行は終わりました。多くの課題を頂いて帰ってきました。
(4か月前の事ですが、富山教区報「如大地」に掲載する文章です)
2月16日、私たちは視察旅行の一環として東京山谷での炊き出しに参加しました。当日は「東京教区同朋社会推進ネットワーク」と「いし・かわら・つぶて舎」の二つの団体の活動が行われました。
まず、浅草専勝寺本堂を会場として「同朋社会推進ネットワーク」主催による「グループホームふうせん」のスタッフKさんの講演を拝聴しました。Kさんは女性ですが、ご自身も元ホームレスでした。ヘルパーの資格を取り今はその代表として、高齢の女性たちを介護しつつ活動をされています。往時の厳しい生活と社会復帰の困難さについて話されました。その後、30人近くのスタッフとともに、私たちは駐車場で700人分の豚汁を作りました。
「同朋社会推進ネットワーク」は富山教区では社会教化小委員会に当たりますが、2006年の新潟県中越地震を契機として炊き出し用の大なべを購入し、さまざまなボランティア活動をされています。この冬は12月から2月にかけて三回、山谷での味噌汁、豚汁の炊き出しをされていました。3月からは東日本大震災の発生に伴い、宮城県、岩手県に何度も足を運び、炊き出しに活躍されています。
続いて真宗仏光寺派東京別院に移動し、「いし・かわら・つぶて舎」の打ち合わせに参加しました。「いし・かわら・つぶて舎」は1980年代に梶大介氏を中心に設立されました。当日は宗教、宗派を越えた10名あまりの方々が参加され、それぞれの主体性を重んじることをルールとする活動の一端に触れることができました。全国から集められた支援金から弁当とお茶を、12月から2月にかけて計11回、毎回約800食、配布しています。衣類や毛布の配布もされています。
正午から山谷の玉姫公園に移動し、私たちは集まった人々に弁当の配布をしました。整然と公園を一周していた700人余りの行列は、弁当、お茶、「ネットワーク」の豚汁を受け取られ、炊き出しは終わりました。
ホームレス支援に参加されている方々がそれぞれどのような思いを持っているのか、残念ながらお聞きする時間はありませんでした。しかし、目の前にある貧困、現実から目をそらすわけにはいかないというお気持ちが行動となっているのだろうと、強く感じました。
参考URL
東京教区同朋社会推進ネットワーク http://www1.ttcn.ne.jp/honmyouji/doubou-n
いし・かわら・つぶて舎 http://ishikawaratubute.blogspot.com/
6月13日の行事です。遅くなりましたが日誌に付けます。
法要の後、御遠忌団体参拝参加者の方から代表して感話をいただきました。
ぞの後、前住職がパラオ島の参拝を中心とした法話をしました。
午後は、団体参拝参加者の方々から一人ひとり感想を話していただき、
私の法話で二日間の法要を終えました。
おいでくださった方々に心から御礼申し上げます。ありがとうございました。

12日 法要の後、御遠忌団体参拝に参加されたお二人から感話をいただきました。
法話は平野正樹氏 ご自分の闘病生活から、念仏に生きる意味をお話くださいました。
以下に法話メモを掲載します。
ガンの宣告を受けた時、それまでの仏法は役に立たなかった。知識にしていた。学び直さなければならない。仏法を生きなくてはならないと思った。往生は生きている時の問題。本当の仏法は人を介して現れる。出会い。先生に出会った。しかし不養生に陥る。膵臓に腫瘍。
闘病生活が始まる。検査失敗。鬱陶しかった。助かりたければ手術をしなさいと言われる。闘病。安田理深「天命にやすんじて人事を尽くす。」という言葉が響いた。ガンは氷山の一角。三度目の宣告に、度胸がついた。私を教えが生きている。全てを失っても仏法が残る。全てと別れても仏とともにある。人には支えがいる。それが私には念仏。
人は何かを当てにして生きている。それは大事。しかしいつかは別れなくては。我々が一番当てにしているのは、我が身。健康。しかし、いつかはころぶ。立ち上がる力は仏法である。
お念仏して救われたという人はなかなかいない。それまでお念仏して救われるとは安らかに死ねるのだと思っていた。そうではなかった。苦しみのなかを平然と生きることだった。生きる姿勢が問われている。自分の人生は無駄と思っている人はいない。人間は無意味なことはできない。プロメテウスの刑罰のように。
自分の命に意味、価値を見出す。本当の意味で命を与えてくれるもの。たった一つあればいい。善導、経は鏡のごとし。教えを通じて、自分を知る。他人の事はよく見える。自分の事は棚上げ。気付かせてくれるのが鏡。私たちの心のなかに常に津波が起きている。争いはなぜ起こるか。両者が正しいと思うからである。
それが苦しみとなる。あの人のせいだと。しかし、原因は自分の心にある。阿闍世も提婆も自分の事だと分からなければ真宗は分からない。聖人は比叡山を降りて下へ下へと降りてそこに光明を見出された。下へ行けば明るくなる。闇を照らす光が本願である。
