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2009年03月07日

●擦り切れた御文

SBSH0148.jpg
「もうボロボロになっているので新しいものにしてもらえませんか」
経本やお勤めの本について 時々 このように言われることがあります
確かにもう使えないくらい痛んでいるのですが たとえばこの写真の御文のように
めくる部分が擦り切れていることが多いのです こちらなどは穴が開いてしまっています
お聞きしてみると 先代のおじいちゃんが 毎日 これを使って お勤めをされていたそうです
歴史・史料的価値はないとしても 先人の「手」が覗えるということを お話するようにしています

2009年01月06日

●「新春おきらく通信」

わたし個人の年賀通信を作りました
ここです
お目汚しにどうぞ

2008年10月07日

●本堂を描く

先日から上条小学校6年生のみなさんが 本堂を描きにいらしています
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2008年07月24日

●入善 養照寺暁天講座

ご縁があり 講題「松本白華と廃仏毀釈」でお話して参りました
富山藩合寺事件と白華の活躍 富山別院創設 そして大戦時の梵鐘の供出について話しました
近代の史実を題材とする法話は 初めての試みでしたが プリントした写真、図(富山藩地図 白華写真 桜谷長慶寺仏頭 別院創設碑 法蔵菩薩五劫思惟像 長野称名寺鐘楼堂)を使うことにより こうした内容の法話に 手ごたえを感じました
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2008年05月20日

●組同朋会・真仏土巻学習会

19日

まず廣瀬たかし 観経四帖諸講義 序分義1で予習
観経とは単なる個別の事件ではなく
あらゆる人々に対する普遍的な出来事であると善導は読んでいる
すんなり評論するつもりが 先生の文章に圧倒される

組同朋会で 観経王舎城の悲劇の前まで話す
どうも 上の事がうまく伝わらなかったような感触

そのまま 笹津へ法要をお勤めにいき

野々市 常讃寺へ
DVDで広陵兼純さんの節談説教を聴聞
偶然であるが 王舎城の悲劇についての説教だった
真宗の教えは観経があることによって
初めて具体的人間の生活に関わる教えであることが明らかになった
私のための お念仏であることが明らかになったと話されていた

安田理深 真仏土巻聴記を題材にして行信論について話し合う
その中で 信巻の三一問答の道筋が確認できた

常讃寺での充実した時間を過ごすと
教えを研鑽できる場というのが 私にはなかなかない というふうに考えてしまう 

2008年04月27日

●5月の予定

4月
28 組委員会
29 困民丸会議
30 教区御遠忌本部会議

5月
1 五一会
7 困民丸会議
9 組解放運動研修会
10 玉永寺子ども会
11 ハンセン病市民学会(多磨全生園)
12 第二回廃仏毀釈公開講座(東別院) 講師 阿満利麿
13 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議
15~16 北陸連区解放運動研修会(福井)
17 沖縄フェスティバル(東別院)
18 報光寺祠堂経法話
19 真仏土巻学習会(野々市 常讃寺)
23~25 教区御遠忌法要
27~28 ハンセン懇集会部会反省会(京都)

2008年03月21日

●来週までの予定

ほぼ 連日 打ち合わせが続いてきました
そして いよいよ玉永寺行事とともに
別院法要企画が本格的に始まります

22日 再開 玉永寺同朋の会 テキスト「おつとめのほん」 正信偈 天親章から

24日 公開講座 富山別院と廃仏毀釈
    太田浩史氏の講義に先立って 実行委員一人一人が研究報告を行う
    わたしは「富山別院創設記念碑について」 この取り組みの趣旨について話す

25日 第11組共学研修会 富山別院御遠忌テーマについて話す
    困民丸会議 ホームレス生活保護申請について

26日 沖縄フェス 公開講座 ひめゆり祈念館 語り部 宮城喜久子氏

27日 別院法要本部会議
    得度研修 釈尊伝

28日 玉永寺お講 釈尊伝
    第11組新・旧委員の引継会

そして 今週中に「ハンセン病に学ぶ集い」にむけて 別院本堂にパネルを展示します

2008年02月12日

●ご消息

11日は田伏公民館にて
今日は小出ということで玉永寺を会場に「ご消息」のお講が勤まりました
13日は北馬場 中馬場 14日は佐之竹へ参ります

正信偈お勤め ご消息拝読 法話の後
椅子 机での懇親会 やっぱりこのほうが楽です
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ホームレス炊き出しのテレビを見た方がいらっしゃって
話題になりました

2008年01月29日

●2月の予定

3日 路上生活者支援ネット炊き出し 午前11時から午後3時まで
    富山駅北口近く牛島公園(差し入れには行けそう)

5日 10組門徒会研修 帰敬式について 教務所
   「新・あつい壁」上映実行委員会・ハンセンネット

7日 金泰九氏「ハンセン病に学ぶ集い」実行委員会

11日~14日 ご消息 講

14日 教区御遠忌公開講座実行委員会 テーマ 富山の廃仏毀釈
    安田理深真仏土巻聴記読書会 野々市 常讃寺

15日 沖縄フェス 金城幸子さん講演会 教務所

18日 組同朋会 テキスト阿弥陀経 上市 浄誓寺

19日 教区御遠忌教化推進部会 教務所

20日 13組門徒会研修 「真宗の教えと宗門の歩み」 朝日町 光栄寺

26日 11組共同学習会 教区御遠忌テーマについて

27日 解放運動協議会 教務所

28日 玉永寺初お講

2008年01月08日

●1月の予定

10日 共学研修会 教務所

11日 ホームレスについての情報交換 サンフォルテ

15日 公開講座 金城馨(関西沖縄文庫主宰) 教務所

16日 教区御遠忌教化推進部会 教務所

17日 解放運動推進協議会 教務所
    真仏土巻学習会 野々市 常讃寺

18日 組同朋会 テキスト阿弥陀経 上市 浄誓寺

20日 ハンセン懇ニュース原稿締め切り

22日 「新・あつい壁」上映実行委員会 教務所

28日 第十一組 組会


法要があり私は参加できないけれど
映画「ヒロシマナガサキ」上映会あります

日時     1月13日(日)
上映時間  11:00、13:00、15:00  3回上映
上映場所  フォルツァ総曲輪シネマホール
チケット   前売 1,000円  当日 1,200円  高校生以下無料
主催     映画「ヒロシマナガサキ」を観る会

2008年01月06日

●「子煩悩」

娘の卒業文集に載せる原稿です


題名 「子煩悩」

 先日、修学旅行のために車で娘を送りました。いつものように、なにげない会話を交わし、空港で別れたのですが、帰り道、旅立った我が子が心配でたまらなくなってしまいました。自分のなかに「子煩悩」な面があることを、改めて自覚しました。

 子煩悩という言葉は、主に父親に使われる形容詞です。「煩悩」は仏教用語で、身を煩わせ、心を悩ませると書きます。憎しみ、欲望、愚痴の心が三大煩悩ですから、子を煩悩と言うのはどうかと思いますが、元来、子をかわいがりすぎて周りが見えなくなっていると、父親を揶揄する言葉だったのでしょう。最近は子を大切にするという、よい意味としても使われます。

 これまでの子育てを振り返ると、さまざまな思い出がよみがえります。家族で共に喜び、悩み、悲しんできました。学校、社会、家庭を通して、我が子も徐々にひとりの大人として成長していきます。中学卒業はその過程であり、親子の関係は刻々と変化していきます。けれど、一生、親子であることには変わりありません。

 これからもうれしいこと、悲しいこと、様々なことが起こるでしょう。そのたびに、苦楽を共にしていきたい。この世に親子として生まれてきた縁を大切にして、「子煩悩」な親として明るく楽しくつきあっていきたい。

 卒業を期に、このように、考えています。

2007年12月01日

●雪つり

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2007年11月22日

●雪が降りました

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2007年10月25日

●世俗化

録画してあったNHKのマリワナ沖海戦についての番組を見る
ウィキ
日本軍の戦い方は酷いものだった
「精神」でなんとかなるとでも思ったんだろう
米軍の物量、技術の前に完敗 多くの若い命を散らした
あまりにひどい
「犬死」という言い方に実感が沸くくらいだった

続いてチベットの観光化についての番組を見た
仏教を大切にする遊牧民の世界に鉄道が引かれ
聖地の観光化による貨幣経済が人々を変えていく
すべてが金儲けの手段にされていく様は
私もそういう世界に生きているのだけれど
えげつない
能力主義・結果主義に直面する遊牧民の若者が
信仰の世界から そちら側へ巻き込まれるというか
立ち向かっていくというか 転落していくというか・・・

最近のドラマ
「外資系」というものが悪の根源とされて
(日本的)精神みたいなものを守れという構図が
できているように思う

その構図自体が正しいかどうかもよく分からないが
世俗化ってどうなんだろうか
なにを守り大切にしていくのか
自分の状況とあわせて このごろ よく考える

まとまらない話でした

2007年10月19日

●明日から玉永寺報恩講です

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荘厳を整え お迎えの準備 できました

天候には恵まれそうにありませんが

すばらしい二日間になるよう がんばります

2007年10月18日

●浄教寺報恩講・組推進員研修会

今日は今年初めて 寺院での報恩講に出仕しました

昼の休憩時間に上市で門徒さんの報恩講

日中は調声させていただきました めちゃめちゃ緊張しました

そのまま 浄誓寺での組推進員研修会 テキストは阿弥陀経

前回の六方段までの部分の復習として

釈尊の説く「極楽」とはなんなのか 「無記」「方便」ということを念頭に置き

かなり大胆に話し 引き続き「不退転」について説明しました

座談会では いろいろな話題が出ましたが

この 思い切って話した内容については ほとんど触れられることはありませんでした

みなさん 納得がいって 聞き惚れたのかもしれません・・・・    ┐(´ー`)┌オイオイ

2007年10月03日

●3日の日誌

午前 報恩講 滑川 水橋 舟橋

午後 報恩講 魚津方面

夜 高山大会趣旨文修整

●1日・2日の日誌

1日 午前 月参り 横越 報恩講 上市 富山

   午後 報恩講 水橋

       教務所と県庁へ 宗教法人法改正手続き完了報告

   夜   野々市 常讃寺 安田理深「真仏土巻聴記」読書会

2日 午前 月参り 横越

    午前・午後  善教寺 報恩講法話

    夜 教務所 法名合幅手続き
 
            ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議

2007年09月21日

●華の会

13組 若坊守学習会 テキストは勤行本和讃 今回は善導章

たまわりたる信 他力回向の信 金剛心 三信 といった展開でお話しました

自力回向は間違っているのか?

動物は往生できないのか?

悲しむ人にどのように声をかければいいのか?

笑って答えられないような質問が出ました

力の限り 応えてきました

2007年09月20日

●解放協議会定例学習会

午前 水橋方面 月参りと報恩講

法務局で法人規則変更手続き

午後 水橋方面 報恩講の後 上記の会に遅刻して参加

初回 テキストは部落差別問題学習テキスト「仏の名のもとに」

わきあいあいとした雰囲気で なかなか おもしろい学習会になりそうです

出版部から廃仏毀釈研究について 通信員に取材させるとの電話連絡あり

あと 25日・26日と「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」のメンバーで

多摩全生園を訪れるのですが

交流してくださる真宗報恩会と「首都圏市民の会」からの参加者名簿を メールでいただきました

いろんな意味で すごいです このメンバーは・・・

2007年09月14日

●安居・学習会

今日は午前 大沢野まで月参り

宗教法人改正手続きに法務局へ二回通って

午後から安富信哉さんの安居に出席

夜はサンフォルテで学習会 玉城シゲさんの講演録を読み合わせて

出ずっぱりの一日でした

2007年09月12日

●13組坊守会

昨日 お話してきました

廃仏毀釈 大経の三心 欲生心=回向心 信に死して願に生きよ

「しんらんさまはなつかしい」

宗祖伝とは偉人伝ではなく一人の人間が救われていく物語

そんなふうに展開しました

2007年09月06日

●通信作成・ネットワーク会議

昨日は寺報「玉永寺通信」作成に取り組み だいぶできあがりました

巻頭言を書きました こういう文章はひさしぶりに書いたので載せちゃいましょう

安養の浄土

 暑い夏が終わりましたが、みなさまお疲れは出ていませんでしょうか。
 夏休みのあいだ、毎朝、境内ではラジオ体操の音楽と子どもたちの掛け声が響いていました。
 インターネットのブログにこうした写真を載せますと「懐かしい」という言葉が返ってきます。故郷を思わせる情景なのでしょうね。
 ますます荒んでいくような社会世相や日常生活のなかで、本当に楽になれる、安らげる場所を見出すことは難しくなりました。
 しかし、子どもの頃の美しい記憶が思いだせるならば、そして故郷がいまも多くの子どもたちを育てていてくれるならば、がんばって生きていけるような気がしています。
 わたしは、それが「浄土」なのだと考えています。

夜は「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」の会合

多磨全生園訪問 玉城しげさん講演会 ハンセン病基本法署名運動 新・あつい壁上映会

たくさんのイベントについて 協議しました

これから忙しい時期で あまり手伝えないなと思うと 話に力が入らなかった

2007年09月03日

●公開講座実行委員会

太田浩史さんを迎えての富山藩合寺事件研究

徐々に 徐々に 形になりつつあります

松本白華「防忘漫録」が手に入ったのでめくりましたが

全部、合寺事件の記録であることに驚きました

やはり白華にとって この事件は重大だったんですね

このなかに 富山におくられてきた浦上キリシタンたちの記録があることが気になります

経過が複雑なので省略して書きますが

白華は報告陳情書のなかに

富山におくられていた浦上キリシタン代表者の抗議文を引用しています

迫害されてきたキリシタンたちは 廃仏毀釈にあっていた僧侶たちに

みずからの境遇を重ねて見たと 言えるのでしょうか?

次回は本願寺派の栗三直隆さんをお迎えすることになりました

2007年08月28日

●9月の予定

3日 教区御遠忌公開講座実行委員 (富山藩合寺令事件研究 「合寺令事件と松本白華」協議)

5日 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山 会議
 (多摩全生園訪問、玉城しげさん講演会 「新・あつい壁」鑑賞会など 協議)

6日 教区御遠忌「ハンセン病問題に学ぶ集い」実行委員会(チケット販売 趣旨 スタッフなど協議)

8日 玉永寺子ども会

11日 13組坊守会 講題「真宗のすくい」

18日 組同朋の会 テキスト 阿弥陀経

20日頃までに寺報「玉永寺通信」作成、発送

21日 13組若坊守会「華の会」 テキスト 和讃

25~26日 ふるさとネットワーク富山 多摩全生園訪問

27日 玉永寺同朋の会 テキスト 正信偈 天親章Ⅱ

28日 ハンセン懇集会部会会議 京都にて
(来春、高山教区での「全国ハンセン病問題全国集会」について協議)

2007年08月27日

●玉永寺同朋の会

今日は蒸し暑いです
雨降ってくれればいいのに

このごろ 参加者が少ないので
もしかしたら休止になるかなとまで覚悟していたのですが
7人の参加者 そして新しい方が1人来てくださいました!

お聞きすると 組同朋の会にきていらっしゃる方の娘さんでした
すごいなぁ 受け継がれるんだなぁと思いました
このご縁を大切にしないと

正信偈 天親章です
「本願力回向」「彰一心」を「たまわりたる信心」ということでお話しました
これまでは 学問をお話していたなと反省しています
正信偈の一句一句 そのものをそのままにいただいていこう
こういうスタンスでやってます

なんとか やってます なんとか

2007年08月23日

●「強制連行された東アジア出身者の遺骨に関する調査」に関する学習会に参加

上記の学習会に参加しました
参加者は15人ほど

なぜ遺骨調査・返還事業に取り組むことになったのか
今までどうもよく分からなかったのです

祖父が太平洋戦争にてパラオ島で戦死していることは何度か書いています
当然 私が生まれる 前に亡くなっているのですが
このごろ 祖父がどのようにして亡くなったのか
南方でどのような思いをもって死んでいったのか知りたいと思うようになりました
骨はなにも語らないけれども 遺族は遺骨から必死に何かを聞き取ろうとする
そういうことがこの運動の出発点にあるのかもしれないと思いました

堀江さんは黒三ダムでの朝鮮人労働者のお話
遺骨調査に取り組んでいる市民活動についての報告をしてくださいました
具体的に動いている人たちのお話をお聞きして
この事業の輪郭が だいぶはっきりしました

不二越訴訟に取り組んでいる「クローバーの会」のメンバーが
朗読劇「忘れない! 朝鮮女子勤労挺身隊」を演じてくださいました
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さて 偶然 今夜のNHK「グローズアップ現代」でもこの問題を取り上げていました
8月23日(木)放送
なぜ返されなかったのか
~遺骨をめぐる日韓外交史~
東京・目黒区の祐天寺に保管されている朝鮮半島出身の軍人・軍属の千体以上の遺骨。戦後62年の時を経て、韓国の遺族に返還するため、日韓の協議が続いている。実はこの遺骨は今から30年以上前に、一括で返還されるチャンスがあった。今年4月に韓国で開示された外交文書によると1975年、日本政府は韓国と北朝鮮に対し祐天寺の遺骨返還を提案。しかし韓国側は日朝の接近を警戒し拒否した事が記されていたのだ。番組では日本に残された朝鮮半島出身者の遺骨返還を巡る"知られざる日韓交渉史"を描くと同時に、民間人の遺骨を返還しようと動く日本の仏教界の試みを伝える。
スタジオゲスト : 小此木 政夫さん
    (慶應義塾大学教授)

なぜ今頃、遺骨返還なのかという疑問が解ける内容でした
そして、真宗大谷派と曹洞宗の取り組みが大きく紹介されていました

2007年08月20日

●小出老人クラブ

玉永寺を会場にして物故者法要を勤めました

法話「しんらんさまはなつかしい」

地元ですので 身内話で笑わせたりしてたら

枕が長すぎて 最後 時間が足りなくなりました

終了後 地域の介護支援専門員の方から介護保険についてのお話がありました

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このごろはやはりプロジェクターですね

軽そうな携帯型スクリーンがうらやましかったです

2007年08月19日

●「おつとめのほん」

日程等に配慮した時間 経典を読じゅ その間に焼香

引き続き「おつとめのほん」を使い同朋唱和で 阿弥陀経 正信偈 和讃 回向 

そして御文 法話

この法要式で固まってきました

今日の法要では 法要直後に阿弥陀経の内容について質問を受け

お斎でも この取り組みについての意見感想をお聞きすることができました

指摘されたのは せっかく阿弥陀経の現代語訳が載っているのに

阿弥陀経を唱和することで精一杯で じっくりと学ぶことができないということです

この点 なにか改善できないか 今後の課題です

2007年08月18日

●組同朋の会

テキストは阿弥陀経

相変わらずの暑い日でしたが20人ほどが参加されました

「執持名号」「一心不乱」「臨命終時」

阿弥陀経の根幹部分についてでありまして

かなりのプレッシャーがありました

まぁ アムロ・レイになったつもりで(謎) 語り切りました

座談では話の内容についての質問などは出ませんでしたが

なごやかな雰囲気で楽しく話し合うことができました

●組同朋の会

テキストは阿弥陀経

相変わらずの暑い日でしたが20人ほどが参加されました

「執持名号」「一心不乱」「臨命終時」

阿弥陀経の根幹部分についてでありまして

かなりのプレッシャーがありました

まぁ アムロ・レイになったつもりで(謎) 語り切りました

座談では話の内容についての質問などは出ませんでしたが

なごやかな雰囲気で楽しく話し合うことができました

2007年08月09日

●暁天講座・御遠忌会議

暁天講座は魚津市経田 勝福寺さまにて

歌う法話「しんらんさまはなつかしい」

男性の参詣が多く 少々戸惑いました


11時 長崎平和の鐘をつきました


午後から教区御遠忌教化推進部会

来年4月11日 新川文化ホールにて 第一部 ジャーナリスト 江川紹子氏講演

第二部として仏教讃歌の夕べ コーラスと二胡演奏にほぼ決定

5月23日 讃仰講演会 講師 九州短期大学 古田和弘氏

24日~25日の法要における法話講師陣は教区内から人選

だいぶ内容が固まりつつあります


夜はお通夜

いっしょうけんめい法話しました

2007年08月07日

●全戦没者を悼み平和を願うつどい2007

昨日 本願寺派高岡教区の催しに参加しました
たくさんの参加者がいらっしゃいました
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講師は藤場俊基さん いつものペースだなぁと思いつつ 拝聴しました
以下 講義ノートの一部抜粋 文責は流星

戦没者とはどういう方なのか。戦争で亡くなった。戦争で亡くなったというのはただ亡くなったのではない。殺された。戦没者は殺された人。8月6日 原爆で殺された。殺しに行かされて殺された。それを心に刻んでおかなければならない。戦争で死んだ、ということでは、その重さを和らげている。殺されたということを特に心に刻む。

法要を勤めるとはどういうことなのか。亡くなった方とのつながりを確かめる。導かれてきている。何もなければこない。親戚が集まることはない。法事。亡くなった方はなにもしていないが亡くなったという事だけで、たくさんの人を集める。お導き。数珠を持って仏様の前に座らせる。そこから先は住職の仕事。仏事の場。仏の仕事。仏法を伝える。法要の要。今日は、戦争で殺された人たちが我々を呼んだ。

後序には安楽住蓮の名が出てこない 法難は個人的な事件ではない 一部の人が裁かれたのではない 処罰した側の私憤である 感情にまかせて 筋が通らないにもかかわらず処罰された 安楽住連は口実に使われただけ 真宗が興り盛んになったために 迫害された 責任者をはっきりさせている 太上、今上。真実の教えが広まったために裁かれた。判決文ではない。弾劾。間違いを犯したのはどちらだ。

戦争。我々は被害の状況を語るだけで責任者は誰かをはっきりさせていない。殺しに行かされて殺されたのなら、誰に? それをはっきりさせなければ、憲法も教育も変えられてしまう。

親鸞は 間違っているのはどちらかをはっきりさせる。そのためにはなにが真実か示そうとした。仏法とは何かをはっきりさせる。裁いた側にも仏教者がいるから。しかし真実はこういうものだといってしまうと「有の見」となる。説明できないという結論。しかし 偽者であるということは分かる。偽者は自分が本物だと主張している。自分が出会った仏教とはなにかを表現したら教行信証となった。

教行信証最後の華厳経からの引文 弾圧したものも摂取して捨てない 弾圧したものと一緒に救われる 殺したもの殺されたものが共に救われていく世界

極楽浄土が描き出されている 臨終に迎えに来る そういう世界として描かれている 説かれた歴史がある なぜ浄土真宗に死後の世界? それは人間が死後観を考えずにはいられないから 今気になっている 今の問題 二河白道 来い 行け 先に行った人がこい 行こう お前も行け 浄土の世界 物語 宗教は死後を描き出す

靖国神社の死後観 殺しに行って殺された 英霊 優れた魂 靖国の死後観との違い 英霊は私たちに「こい」と言っているか。ここはいいところだからこいといっているか。英霊となるような生き方をしなさいと子や孫にいう? 死後観は今の生き方に影響を与える。ただ念仏だけ、なにも心配しなくて良い。そういう生き方をしたいのか。真宗と靖国の違い。英霊は「私を最後にせよ。次はいらない」と言っているのではないか。こなくていい。自分の仲間を殺されたことを通して、弾圧したものと共に生きていく世界を後序が示す。

なぜ権力者は宗教を使うか 対外的、対内的に軍隊と警察が必要だから。危険がある。命を差し出せという仕事をさせるには価値を示さないとだれもやらない。納得させる。宗教。いのちより大事なものがある。教義や考え方。靖国は、英霊として、優れた死であるとする。殺されて苦しいこと、泣くことを止められる。感情の錬金術。アメリカは星条旗、自由と民主主義でその気にさせる。教育と宗教。護国思想。

なにが正しいかはやってもやっても分からない。有の見にとらわれる。人間が本物にこだわったとき、こういう間違いを犯す。それが化身土。
地獄に落ちることは怖くない。怖いのは浄土に落ちることだ。出ようとしない。菩薩の死。つかんでしまうと過ちを犯す。「がんばればなんとかなる。努力すれば必ず報われる。私は救われた、信心もらったから大丈夫」?? 信心いただいて大丈夫な人だけが入れる浄土は、そうでない人を阻害する浄土。いっしょに地獄へいってくれる人が見つかったらうれしい。

2007年08月06日

●暑中お見舞い申し上げます

夏ですね

このところの日誌を簡潔に


2日 共学研修会 講師は教学研究所 山内小夜子さん

明治からの大谷派における戦没者追弔についての史料を読み込みました

時代の動きがそのまま見える 非常に興味深い内容でした


3日 暁天講座 滑川 養照寺にて 「しんらんさまはなつかしい」

多摩全生園に伝わる歌を通して聖人の生涯を訪ねる 歌う法話でした


今朝は広島に原爆が投下された日

8時に平和の鐘をつきました

2007年08月01日

●子ども会 夏の学習会 一日目

私はお参りがあって 坊守に任せました

7人の参加があったとのことです

2007年07月29日

●水橋曲淵お講

昨日は10人ほどの女性の方々にお話させていただきました

「しんらんさまはなつかしい」歌う法話をしました

2007年07月28日

●8月の予定

1・2日 玉永寺子ども会 朝の学習会

2日 共学研修会 山内小夜子 「真宗と国家」 教務所

3日 暁天講座 「しんらんさまはなつかしい」 滑川 養照寺

6日 全戦没者を悼み平和を願うつどい2007 藤場俊基 西本願寺高岡会館

7日 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議 教務所

9日 暁天講座 「しんらんさまはなつかしい」 魚津 勝福寺
   教区御遠忌教化部門会議 教務所

13日 暁天講座 「しんらんさまはなつかしい」 滑川 正楽寺

15日 玉永寺暁天講座 舟橋村等通寺住職 水橋高校校長 高谷純夫氏「浄土真宗と立山信仰」

16日 玉永寺暁天講座 白山市仙龍寺住職 春秋賛氏 「碍は衆生に属す」

17日 安田理深真仏土巻聴記学習会 野々市 常讃寺

18日 組同朋の会 阿弥陀経 上市 浄誓寺

20日 小出老人クラブ 玉永寺

27日 玉永寺同朋の会 正信偈

28日 第11組会

30・31日 ハンセン病に関する懇談会 集会部会会議 高山

2007年07月26日

●地蔵菩薩

移動されるということで お勤めをしてきました

1970年ごろに建立されました

2007年07月15日

●玉永寺役員会

まず責任役員と門徒総代からなる責任役員会を開催

役員就任と寺院規則一部改正についての説明と書類作成をおこないました


引き続き 各地区の世話方からなる玉永寺役員会を開催

20名の出席がありました

玉永寺新責任役員就任と前住職本山参務就任の報告

2006年度玉永寺年中行事収支決算報告

2007年度玉永寺年中行事収支予算審議

今年度の一戸あたりの本山・玉永寺ご依頼額等

無事 承認をうることができました

その他 来春に京都方面へ旅行会を開催すること

災害保険加入について検討することが協議されました


終了後 懇親会 15人ほど参加してくださいました

滞りなく日程が進行し ホッとしとります

2007年07月13日

●きょうの出来事

今日は午後からJRで富山へ

駅の中田書店 ここは私と感性が合う 新書を5冊も買ってしまった

レジで金額にびっくり

市電で教務所へ

教区御遠忌教化部門会議 順調なる会議

終了後 フェアトレードのお店「ふぉるくろーれ」でカレー粉とチョコを購入

って 9月でお店を閉めるそうだ 残念

夜は ハンセン病ふるさとネットワークとやま会議

まぁ 反省するならサルでも だな

醒めて JRで帰宅

2007年07月12日

●暁天講座チラシ

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今日は教区御遠忌公開講座実行委員会

松本白華の生涯について調べたことを報告

9月までに文章化します

当面の課題「富山の廃仏毀釈は教団の近代化にいかなる影響を与えたか」

2007年07月11日

●華の会

13組 若坊守さんの会 現世利益和讃

神仏習合 新興宗教 靖国問題 神社祭祀 カルト問題。。。

座談会でも かなり いろいろな話題がでました

気がつけば かなり長いこと あちらには おじゃましとります

だんだん 阿吽の呼吸みたいなものを

感じるようになってきましたね

2007年07月09日

●無数の阿弥陀

あさって 華の会にて現世利益和讃についてお話しする

このあたりは河田光夫さんの「念仏者を守り、敬う神々」という線でいく

無碍光仏のひかりには
無数の阿弥陀ましまして
化仏おのおのことごとく
真実信心をまもるなり

無量寿仏に八万四千の相まします。一一の相に、おのおの八万四千の随形好あり。一一の好にまた八万四千の光明あり。一一の光明遍く十方世界を照らす。念仏の衆生を摂取して捨てたまわず。その光明・相好および化仏、具に説くべからず。(観経 真身観)

「無数の阿弥陀」というのは「化仏としての弥陀」
大切な方便法身のことであると説明しようと思う

●車座

昨日は 「おつとめのほん」を使った同朋法要をお勤めして法話

さてみなさんの感想はどうだろうかと

わくわくして食事の会場に入ってみれば

私とかみさんの席だけ 離れ小島でがっくり


僧侶を特別に上座にしてくださる意図の配置は

気を使ってくださっているのでしょう けれど

食事が座談とも思っているもので とてもさびしいです


これからは 打ち合わせの段階で

なるべく車座をお願いしようと思いました

2007年07月07日

●南組大谷婦人会大会

舟橋村等通寺が会場だったのですが 行ってみてびっくりしました

100人ぐらいの方々の参詣がありました

時間が足りなくなり 終盤 早口になりましたが

それなりに話せたように思えました

2007年07月06日

●明日の法話

今日は組教化委員会総会に出席してきました

明日は近隣の、いわゆる仏教婦人会へ一日 お話しに行きます

午前1時間半 午後一時間 今回はプレゼンなしにします

以下のような展開でいこうと思います

「真宗宗歌」 「しんらんさまはなつかしい」

神美智宏さんのお話 富山のハンセン病回復者の里帰りの状況

聖人の生涯 真宗報恩会の人々 真宗門徒の生き様

罪業深重 ジャータカ物語 われわれに願われていること

真宗のすくい

それにしても毎度の事ながら 法話の前日はストレスがたまります

●「念仏が聞こえた 光が見えた」 

昨日は午後から野々市

買い物して 慢喫で「養成ギブス」にて安田理深真仏土聴記読書会復習予習

しかし 今回の「光明無量」についての話が どうもすっと入ってこない

常讃寺での本番でも その状態は続いた


真宗の教えにおいて 「光」ってなんなんだろう

真仏土巻 涅槃経引文に「眼見」といっしょに「聞見」という言葉が出てくる

そういえば「聞光」なんて言葉もあったな

「光を聞く」ってどういうことなんだろうな

名号をきいて 光が見えたように感じる? 器官と感覚がずれている

まぁ マンガの演奏会のシーンを見て 音楽を聴いているような感覚があるようなもんか?

この場合は「見聞」だけどね 

迷っているとき「暗闇のなかにいるようです」 糸口が見えると「光が見えたような気がします」

そういう言葉の使い方をする 実際にはなにも見えていないのに

そういうことなんだろうか

なんかごちゃごちゃしてる すっきりせん

2007年07月04日

●交流集会合同会議

2日、3日に京都宗務所内にて開かれた、「真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会合同会議」の報告をします。

来年の交流集会は3月4日から6日まで、高山教区にて開催します。

今回の会議には高山教区の企画部会から3名、ハンセン懇集会部会から4名、本部から6名が出席しました。

日程、体制、受け入れ、広報、関係機関への協力要請などを協議し、概要を作成。

次回は8月30日、31日、高山にて会議を開く予定です。

今回の概要に加えて、集会テーマ、開催趣旨、分科会についても協議します。

そして、「高山4人計画」なるものが進行中です。

みなさん、注目してくださいネ。

2007年07月01日

●寺務

残った支援Tシャツを宅急便で返送

組係りのお寺に玉永寺暁天講座の講題と講師をお知らせに
ちなみに
8月15日 舟橋村等通寺住職 水橋高校校長 高谷純夫氏「浄土真宗と立山信仰」
8月16日 白山市仙龍寺住職           春秋賛氏 「碍は衆生に属す」
両日 朝 5時20分~6時30分 どちらもめちゃめちゃ楽しみな講題

今月15日の玉永寺役員会案内はがき作成

2007年06月30日

●新法要式

寺での法要で初めて「おつとめのほん」を使ってみました

伽陀 表白

大経昭和法要式の経文部分を偈文と流通分だけに←ここで焼香

阿弥陀経 念仏 正信偈 念仏 和讃 回向←「おつとめのほん」で同朋唱和

御文←ここも「おつとめのほん」に現代語訳あり

法話

若い方はのみこみが早いのか 初見の阿弥陀経でもけっこう声がでていました

そう 悪くない組み立てだったと思いました

いろいろ試してみたいのですがこの本 かなり重いので持ち運ぶのが大変です

そこが一番の問題点です

2007年06月29日

●いろいろ~

今日は解放運動の会議がありました

来年のハンセン病公開講座 少しずつ少しずつ 歩みだし始めてます

台湾楽生保留自救会支援Tシャツ 

富山でのシンポ、愚禿の会、三条での研修会で どうやら20枚うれました

ご協力をいただいたみなさまに 御礼申し上げます


録画していたこの番組見ました

母を亡くした生徒 親がいるひとがうらやましい

父と別れた生徒 親にはもう会いたくない

河瀬さんは「どちらも正しい」と話す

決して偉い人がいかにもそれらしく話すことが正しいのではなく
それぞれがそれぞれにそのとき感じていることこそが正しいと

私はこの番組をみて 「如来」ということを思いました

絶対的な真実に帰依するのではなく あくまで「如」、「如し」ということを大切にしていく

だから そのとき そのとき 正しいと思えることを 大切にしていきたい

と いうことで

みなさん!

この世の迷える衆生たちに オレは声を大にして言いたいよ!

迷ったり 悩んだり 愚痴言ったり 逃げたりすることもいいさー

そのときそのときの 自分の気持ちを大事にしていこうよ♪

2007年06月28日

●7月の日程

2・3日 ハンセン懇集会部会会議 京都

5日 安田理深真仏土聴記読書会 野々市 常讃寺

6日 組教化委員会

7日 南組仏教会 等通寺

11日 13組華の会 朝日

12日 教区御遠忌公開講座実行委員会 教務所

13日 教区御遠忌教化部会 教務所

14日 玉永寺子ども会

15日 玉永寺門徒役員会

18日 組同朋の会

19日 児童教化連盟会議 教務所

27日 玉永寺同朋の会

29日 東京大間窪小学校来寺


後半に長島愛生園へいこうかと思ってます 

●濃い三日間

25日

月参りと会場設営 昼から魚津で出棺から還骨まで
いつも豪快な山のばあちゃん
泣きながら息子さんのお骨を 素手でひろわれていた
胸が締め付けられた

6時半に帰って宗正元先生に久しぶりにお会いするも
すぐに帰られてしまった
せっかく玉永寺を会場にしてくださったのにお話が聞けなかったな

懇親会を楽しまれた愚禿鈔の会の面々も帰られ
残られた鳥越さんと話し込む

「化身土巻は法蔵菩薩の還相回向。18願の阿弥陀仏が、
あえて19、20の相をとって衆生の前に現れる」
曽我量深がそういうことを書いているそうな

らくりん独覚論なんかも展開された
夜遅くまで なかなか楽しい論議ができた

26日

パッソを駆って 月参り 魚津で中陰
トンネルだらけの北陸道をひた走り 三条教務所にたどり着く
加藤マーヒーさんと対面 以前 面識のあった方だとやっと気がつく
失礼しました にぶくてすいません

ハンセン懇関連の研修会に参加 講師は再び神美智宏さん
22日の富山でのシンポ講演をより深めるような内容だった
家族との関わりについて より深く語ってくださった
ハンセン病問題基本法には
壁の外の人々を取り込み 交流を深めたいという願いが込められていると思った

懇親会で神さんが話されたこと
私がいるもので22日とは違う話をしなければと思われたそうだ(笑
私たちへの信頼があるからあそこまで語ったとおっしゃった
差別に対する怒りが びんびんと伝わってきた

27日

三条教務所でハンセン懇会議
来年の研修会を富山で計画していることを話した

北陸道をひた走り 帰宅

夜 玉永寺同朋の会
「おつとめの本」の説明を中心に
8人の出席 新しい参加者はなかったが
再スタートとなりそうではある

2007年06月18日

●いろいろある

月参りで車のバンパーを摺ってしまって 凹んでいたら

携帯で 勝訴記念シンポジウム開会挨拶予定の方が固辞され

私にお鉢が回ってきたという連絡が入ってきた

22日まで また プレッシャーとおつきあいとなった

こう なんというか いろんなことが ふりかかってくる


来年のハンセン病問題講演会に 講師としてお呼びしたい方への依頼を

あおさんや大屋さんたちに託した

この こちらでは何も出来ず 結果を待つ身というのも また

とても辛いものだったりする

2007年06月17日

●常讃寺祠堂経法要

午前は廣瀬先生の「罪業深重」を軸にして話したんですが

まだまだ 未消化な内容でした

午後は「しんらんさまはなつかしい」の歌とプレゼン

こちらは完成度が高かったかな

とにかく 今の自分ができる精一杯のお話をさせていただきました


ショックだったのは 藤場さんが 

持参したVGAケーブルの二倍の長さで

あきらかに重さは半分以下のものをお持ちだったことです


まぁ 法話3連戦が終わりました

明日から ふたたび 粛々と 歩んでいきますヨ

2007年06月15日

●組同朋会・ネット会議

組同朋会はテキスト阿弥陀経 浄土の聖衆について

声聞と菩薩を対象的に説明しました

このあたりは、以前 藤場さんと十住毘婆沙論を読んでいたので

その蓄積があります 我ながら 慣れたもんです

「生きるということは 仏教においてどういう意味があるのか」

「解放運動は仏教とどのような関連があるのか」

座談会では このような重要な問題提起があり みなで話し合いました

なかなか すばらしい話し合いができました


夜はハンセン病問題ネットワーク富山 シンポジウム直前打ち合わせ

わたしは台湾楽生院支援のTシャツ販売とアピールをすることになりました

近々 台湾で動きがあるかもしれないと聞いています

来週まで資料を集めます

参加者のみなさんの前でTシャツ姿を披露するために

一週間での肉体改造に取り組みます??

2007年06月14日

●第11組同朋大会

今日は組の同朋大会 講師は今泉温資さん

会館補導をしていた頃にお会いして

最近 組の推進員養成講座の講師をしていただいた

失礼ながら 同志 という感じで

お顔を拝見させていただいただけでウレシイ

久しぶりにお話しを聞いて

ああ 今泉節だなぁと

いつものように 人柄の良さがにじみ出るようなお話しだった


お話しというのはホンマに個性がでるものであって

人柄の良さ 純朴さで聞かせる人

カリスマ的雰囲気をもつ人

鋭い切れ口で迫る人

まぁ この3タイプがあるように思う


で 私は カリスマっぽい人の話は 苦手    以上

2007年06月13日

●ぬか喜び

真仏土巻などは 無量光 無量寿の順番なのに
なぜ正信偈は「帰命無量寿如来 南無不可思議光」なのか
なぜ無量寿から始まるのか
考えていた

無量寿は「体」であり 無量光は「用」であるから
最初に「体」、帰依の対象として無量寿を出したという説明を読んで
そうかなと思っていた

華の会のお寺の控え室

和讃についてお話しするということで そのあたりの聖典をパラパラめくっていたら

ひらめいた!

讃阿弥陀仏偈がそうなってるじゃないか!

親鸞は曇鸞を踏襲して 正信偈を 無量寿 無量光 の順番にしたに違いない!

いやー おれってすごいなぁ! すごいの発見したなとよろこんで


帰って「教行信証を読み解く」をめくってみたら


そのことも しっかり書いてありました。。。

藤場さんは「讃阿弥陀仏偈に依る」ということでは 満足しないのね。。。


ちょっとガッカリ

2007年06月12日

●日記

月参りを終えて県立図書館へ 今回は合寺令に関する史料の原本を集める

思ったより かなりの収穫があった

ふと手を伸ばすと 思いがけないものにつきあたる

藤野先生のような歴史学をたしなむ人の 喜びのようなものに触れた気がした


遅い昼食はカレーの「デリー」

隣にどこかで見た人がいるとおもったら

いつも読んでる女性格闘家ブログに登場する かなり強い男性ファイターの方だった

声をかけたい衝動に駆られたが どういう反応が返ってくるかわからんので黙ってた


午後から別院で解放運動協議会

来年の別院法要に合わせた ハンセン病問題に関する講演会の企画

なんとか 認めていただきました!  ありがとうございました


振り返れば けっこう 充実した一日だったな

2007年06月11日

●焦り

今週は 重要な会議もあるのですが お話しする機会も続きます
ある程度 時間はあるのですが それでも しんどいです
実力がともなわない仕事をしているからか プレッシャーに弱いからか
気分転換をする余裕もない といってなにをしたらいいかもはっきりしない
とりあず ここに整理してみます


13日 華の会 若坊守さんの会 テキストは勤行本の阿弥陀経和讃
阿弥陀経の本文と対照しつつ 説明しようかと 以下ポイント
○「なづける」
○阿弥陀経には出てないのに光明摂取不捨
○万行<名号
○極めて信じ難し
○諸仏
○6首目は阿弥陀経和讃ではない

ポイントありすぎ どれかに絞るか?


15日 組同朋会 推進員の会 テキストは阿弥陀経 浄土の聖衆
○声聞 阿羅漢 浄土になんでいるの? 論註で説明するか?
○菩薩 関連で法蔵菩薩も説明する?
○阿毘跋致(不退転) 一生補処


17日 常讃寺祠堂経
午前 法要の意義 「真宗宗歌」を歌いましょう  共鳴・参画
午後 「しんらんさまはなつかしい」を歌いましょう
    聖人の生涯と真宗報恩会の人々

午前中の二席目になにを話すか検討中 法蔵菩薩の物語? 光明の摂取不捨?

2007年06月08日

●松任・野々市

7日午後から 白山市の博物館と図書館へ
松本白華について調べに行く

今日しかないということで
あいあう公開講座は欠席させていただきました

暁烏敏についての資料は棚一杯にあるのに
白華についてのものは さっぱり見つからない
本誓寺の寺史があったので それだけコピーしてきた

漢詩はたくさん残っているが、彼の思想をたどれるようなものは出版されていない
嶋地黙雷、石川舜台のような、明治の新鋭宗教家、あるいは政治家という感じではない
どうも 「文人」というイメージかもしれない

白華が合寺令の時に書いた報告書などを調べたい
「明治仏教全書」にのっているようだ
この本 どこで見つけられるだろう??

ネットカフェで休憩
「ジパング」は最新巻まで読み終えた
かわぐちかいじの他の本も手にとってみたが もう一つ
ふと このごろアニメが気になる「ナルト」を見てみたら
けっこう おもしろそうだった

常讃寺で安田理深「真仏土巻聴記」読書会
復習してないので なかなか本文についていけない
どうも あいまいな根拠の不思議発言を何度かしてしまった 反省
今後は養成ギブスでも 自習することにしよう

2007年06月05日

●歌う法話?

まー、法話に仏教讃歌唱和を挟んだだけなんですけどね。

毎年、祠堂経にお話に行かせていただいているお寺でして、
午前の勤行の前に「真宗宗歌」、後に「しんらんさま」を
若坊守さんのエレクトーンで唱和していることは事前に知っていました。

午前は二つの歌詞について思うところをお話して、独唱、合唱。
午後は「しんらんさまはなつかしい」、真宗報恩会について説明しつつ、
独唱、録音したものを聴いていただき、合唱。

一緒に歌うのは、ちょっと参加してもらう要素ができていいです。
拍手がでました。まぁ、好評だったんじゃないかと思います。

あと、昨日はハンセン懇、集会部会の会議で京都日帰りでした。
来年の高山教区開催にむけて、動き出したといった感じです。
釈香立さんとお会いしました。
お話しを伺って、ほんとに大変そうでした。応援したいなと思いました。
帰りの電車でレビューブログにある「罪悪深重」を読みました。
それから大阪教区の寺院が発行している竹中智秀「『正信偈』を貫く本願の教え」も。
今日の法話部分は、廣瀬、竹中、両先生に、ほとんど感化された内容となりました。

「えらばず きらわず みすてず」、ですね。

2007年05月30日

●6月の予定

2日 高岡第8組同朋大会 常入寺 「不安に立つ」

4日 ハンセン懇 集会部会 京都

5日 善教寺祠堂経法要 岩瀬

7日 あいあう公開講座 園田久子 教務所
   安田理深「真仏土巻聴記」読書会 野々市 常讃寺 

9日 玉永寺子ども会

12日 解放運動協議会 教務所

13日 華の会(第13組若坊守会)

14日 組同朋大会 今泉温資 大浦西光寺

15日 組同朋会 テキスト 阿弥陀経 浄誓寺
  ネットワーク富山シンポ打ち合わせ 西別院

17日 常讃寺祠堂経法要 野々市

22日 勝訴6周年記念シンポジウム 市民プラザ

25日 同朋会運動推進会議 京都
     愚禿鈔の会 宗正元 玉永寺

26日 ハンセン病問題学習会 神美智宏 三条教務所
    組解放運動学習会 訓覇浩 カミール

27日 玉永寺同朋の会

2007年05月29日

●明治期の真宗・参加型法要

廃仏毀釈について手元にある資料をパラパラめくる。

 嶋地黙雷の存在の大きさを感じる。周防出身の同志たちと共に明治政府と深いパイプをもち、西本願寺を改革し、近代化した人物だ。「信教の自由」を憲法に盛り込んだとして、あらゆる資料に名前が出てくる。
 対して、大谷派の宗政の動向は一般資料ではなかなか見えてこない。松本白華ら、そのころの宗政に関わる人物達の出身、加賀藩は、維新では乗り遅れた存在だった、ということだ。明治28からの清沢満之らによる宗門改革運動になって、やっと大谷派の動きが目立ち始める。
 あるいはやがて、政府と一体となって敗戦を迎えた本願寺派だから、実証的な歴史研究が優れていて、対抗するような形で大谷派では近代教学としての精神主義があるのかな。

いずれにせよ、手元にあるもの、富山ではこれが限界。大谷大学図書館が近くにあればいいのになぁ。

午後から教務所で「住職総合研修」という、たいそうな名前の研修に参加。
帰敬式実践運動の上意下達だろうけれど、昨日で住職若葉マークが取れた?ばかりで、わざわざ封書でチラシまで送ってくださったので、正直嫌々参加しました。
講師は渡辺晃純さん。10年ぶりにお会いしました。懐かしかった。で、意外とおもしろかった。
たとえば、御自坊での法要式の取り組み。通常の読経はせずに、嘆仏偈と三誓偈の間に念仏和讃を挟むような形、昭和法要式の経文の代わりに偈文を置くような形で門徒さんと一緒にお勤めして、法話、そして正信偈の同朋唱和、というようなことをやっている。
私も、それこそ上意下達ではなく、参加型というのが真宗の儀式の形だと思うので、非常に参考になった。
帰って父に話してみた。「そりゃあいい」という反応なんだが、具体的なところまで話し合うと、やっぱりこれまでの形を変えることは難しいということになる。
しかし、住職になったからには、現在以上の参加型の法要に、なんとか取り組んでみたいと思っている。

2007年05月24日

●「富山合寺事件」についての議論

今日は、太田浩史さんをお迎えして、公開講座実行委員会の二回目。

さまざまな史料が集まり、議論が行われました。
たとえば、合寺事件は新しい国づくりを目指した功利主義的立場から行われたのか、それとも国学・儒学をバックとした宗教弾圧なのか。
富山藩の場合は、度重なる大火や財政の逼迫を抱え、革新派が四民平等・富国強兵をスローガンとし、封建体制で力を持っていた士族と僧侶を排斥しようとしたという見解の研究が多いようです。「廃仏」ではなく「廃僧」であるという書き方もありました。廃仏毀釈の要素がまったくないわけではありませんけれども。しかしながら、合寺を強制された側からみれば、どうしたって宗教弾圧なのです。
その意味で、士族廃止とは違って、富山合寺令が失敗したのはどういう要素からなのかを慎重にみていきたいと思いました。
これまで真宗教義のせいで弾圧がおこったのではないかという考え方をどこかでしていたのですが、そういうことではない気がしてきました。お念仏を門徒衆はどのようにして受けとめ、伝えてきたのか、ということかな。
ですから、合寺令のプレゼンの後で、親鸞聖人の生涯と、「しんらんさまはなつかしい」にあるように聖人を心の親として大切にされた真宗報恩会の方々を紹介したのは、間違ってなかったなと思いました。

そして私は、次回までに、合寺令で奔走した松任本誓寺の松本白華について調べることになりました。
合寺令、東別院設立に関わった松本氏とはどういう人物なのか、興味があります。

●小松仏青「連続講座」

終わりました。帰ってきました。

「合寺令」「しんらんさまはなつかしい」プレゼンしました。

「不安に立つ」プレゼンはせずに、ホワイトボードでやりました。
しかし、ここだけしっくりしませんでした。
プレゼン、やったほうがよかったかもしれません。

スタッフの方々のご尽力に頭が下がりました。

明日は、あおさんですね。おつかれさまです。

2007年05月22日

●合寺事件プレゼン

富山藩合寺事件

別院設立

富山藩とは

加賀藩の支藩

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明治3年
(1870年)

10月27日
合寺令発令

すべての寺院は
一派一寺に

ただちに合寺せよ

大谷派寺院
70ヶ寺

本願寺派寺院
185ヶ寺

合わせて

255ヶ寺を
1ヶ寺に

数百人にのぼる
武装兵士を配備

合寺をためらうもの

即時に逮捕

寺院は
取り壊され

仏具は
鋳つぶされた

真宗の合併所
「持専寺」

1200人あまり
240畳に雑居

町名を改名

寺町

梅沢町

海岸寺町

八人町

古寺町

常盤町

政府は黙認

北陸門徒に動揺

僧侶たち
本山
動き始める

明治4年
7月22日

廃藩置県

合寺事件
未解決のまま

明治5年
9月24日
合寺令解除

明治11年
解決

明治13年
総曲輪に
説教場設立

明治17年
別院に昇格

明治19年
「砂持ち奉仕」

神通川の土砂で

富山城の堀を
埋め立てる

参加
延べ7000人以上

明治21年
(1888)
仮本堂完成

明治32年
(1899)
富山大火

昭和20年
(1945)
富山大空襲

そして

現在にいたる

2007年05月16日

●いろいろ追記、など

 震災に遭われた方々とお話しして印象に残ったのは、風景が変わったことをよく話されたということです。慣れ親しんできた、岬や海岸線、山々が地震によって大きく変貌してしまった。変わらないのが当たり前と思っていたものが崩れるというのは、本当にショックなんだろうと思いました。

 仮設住宅は被災地から比較的近距離にあり、集落単位で、集落内の大谷派寺院の方々もそのまま入居されていました。ですから神戸の時のような精神的孤独、孤立という問題はそれほど起きないかもしれないと、車の中で辻内さんとお話ししました。しかし、高齢化と過疎化が切実である能登においては、自宅、生活の再建について、より懇ろに手を差し伸べなければならないと思いました。寺院に付いても同じことが言えます。

 「業」ついて。 「業」は仏教用語ですが、元来は行為のことです。それが、「私を私たらしめているもの」という意味合いを持って使われるようになりました。無我、縁起という考え方から、「業」は克服される対象であり、人を悩ませ苦しめているけれども、本当は存在しないということになります。
 しかし、生活実感にあまりに符号しているからでしょうか、輪廻と併せて広く使われ続けています。運命、負い目、コンプレックスというようなニュアンスもありますね。「業病」などという、悲しい言葉にまでなりました。

 私、個人としては、「業」という言葉を、他人に対しても自分に対しても、萎縮や恐れを巻き起こすような意味合いで使うことはやめるべきだと思っています。
 「業報に喘ぐ」という文章において、水平社宣言の起草者、西光万吉は、解放運動を実践していくことを、させずにはおかないような、意欲を巻き起こすような働きとして「業報」という言葉を使っています。そういう使い方がいいなと思っています。でも、もう使うのはやめようという意見もあるでしょう。

 時間ができたら西光の書いたものを、改めて読んでみたいな。転向も含めて左右から批判された方ですが。

 今日は午後から法話のピンチヒッターというか、リリーフに行ってきました。
 「しんらんさまはなつかしい」を聞いてもらうのに、外付けスピーカーを持ち歩かないといけないかなと思っていたのですが、携帯のスピーカーに会場のマイクを近づけるので十分であることに気がつきました。あはは。

●私、流星はこのように思います。

いわゆる「運動」といいますか、行動することを嫌い、
宗教は心の救いを説くものだという論調があります。

行動は縁が催すものですから、縁がなければ動く事はありません。
縁があれば動く。縁を左右する事はできません。
だから、行動を強制することは人にできるものではありません。
同じように「動いてはいけない」というのも、強制できないことです。

本当の救いを求め続けるのが宗教です。
それを行動しつつ求めることを否定することはできないと思うのです。
実際のところ、行動と心、身と心を切り離すことなんて、できはしないのですから。

私のはからいを越えて、さまざまな業縁がわたしにふりかかってきます。
いっしょうけんめい計らいながら、業報に喘ぎつつ、生き続けようと思っています。

2007年05月15日

●震災の地

14日 月参りをしつつ、志賀町で開催される北陸連区差別問題研修会に向かいました。
能登へ向かう目的はもう一つありました。
富来町の震災に遭われた、ある寺院をお見舞いにいくことです。

あおさんのブログに写真が載りました。
私が能登教務所に勤めていたとき、
顔なじみのご住職、そして坊守さんは当時、坊守会長をされていて
大きな行事をごいっしょさせて頂いた、お二人のお寺だったのです。

志賀町についてお電話したところ、金沢の娘さんの家につながりました。
久しぶりにお聞きする声でした。15日にお会いする約束をしました。

研修会のテーマは「業、宿業」です。講師は近藤祐昭さん。
仏教の「業」の思想は縁起的業報思想であり、ヒンズー教の業報思想とは本来異なっている。
しかし、大無量寿経の五悪段にはその深い影響が見られる。
それでも親鸞聖人は歎異抄13章にあるように、仏教の戒律によって罪悪感を持たされてきた人々を、罪悪感から解放した。一人ひとりの持っている生きることへの意欲や情熱、人間の尊厳を支えている願いとしての本願を明らかにしていった。歎異抄には、因果応報、自業自得、悪因苦果(悪果)といった考えは見られない。むしろそうした業報観を批判した。
大谷尊由に反論した西光万吉論文「業報に喘ぐ」。業報として社会的差別を諦めるのではなく、差別のない世界を限りなく目指すことを「大悲が私に為させてくれた」「水平運動を見る人よ、業報に喘ぎつつ白道を進む人間の姿を見よ。」

以上、レジメの印象に残った部分を抜き書きしておきます。

15日、研修会を終え、ボランティア活動の受け入れをされている長谷部さん(今月の同朋新聞に談話が載っている)と解放運動推進本部の辻内さんとともに被災地に向かいました。

寺の状況はあおさんの写真のままでした。お二人はお変わりになっていませんでしたが、金沢との往復にさすがに疲れていらっしゃいました。「震災のおかげでこんな懐かしい人と合えるなんて」とお互いに笑いながら、涙が出そうでした。本堂にお参りさせていただきました。ボランティアのおかげで掃除はできたということですが、お木像の代わりに置いてある三つ折本尊に手を合わせると、もうなんとも言いようもない気持ちになりました。

お別れして門前の町へ向かいますと、ブルーシートで瓦屋根を覆った家屋が、広い範囲にたくさんありました。解体中の家がたくさんありました。

門前町の仮設住宅を訪れました。輪島にもできているとの事です。
かつて、神戸で見た風景が、能登の海辺にありました。
5月に入って建設されたばかりで、引越しの第1陣が終わったところの事です。
散歩していらっしゃった方とお話しました。長谷部さんの親戚寺院のご門徒さんでした。
地震で陥没や断層ができて、風景が変わってしまったとおっしゃっていました。
すぐに近くにボランティアセンターがあり、ひっこし手伝いなど、個人ボランティアを受け付ける体制ができていました。
辻内さんの神戸からのボランティア、NGOなどについて、長谷部さんと打ち合わせしていました。

辻内さんを津幡駅まで送り、帰路に着きました。

2007年05月11日

●今の課題

○教区、組、玉永寺の行事を運営、企画、研修会で積極的に学び、今、自分にできる法話をする。

○安田理深「不安に立つ」というテーマについて、話せるところまで学ぶ。(23日まで)

○富山藩の廃仏毀釈について話ができるように、学び、整理をする。(23日まで)

○40代から50代に呼びかけるような同朋会のチラシを作成する。(25日まで)

以上

2007年05月08日

●GW終了、動き出す

日程の調整を続けてきたが、12、13日、草津でのハンセン病市民学会への参加はとうとうあきらめざるを得なくなった。キャンセル。残念。

午後から教務所へ出向き、来年の教区御遠忌にあわせて、ハンセン病問題に関する講演会ができないか事務方と調整。

「こりゃ無理か?」と思う場面もあったが、居合わせた玄雄氏、土肥氏とも話し合い、11日の組織拡充委員会に企画書を出すところまでこぎつけた。

夜は野々市まで車を走らせ、常讃寺で安田理深真仏土巻聴記読書会。

このところ、一人で安田先生の本を読み進めているのでなんかなんだか分かっているようなつもりでいたが、みんなで話し合うと、まったくそうじゃなかったことに気づかされた。話し合うってのはほんとに大事なことだ。

阿難は最後まで悟らなかった
しかし証は自己申告に過ぎない。
信仰体験をもつことの問題、第二十願。
なくてもかまわない。ただの実感なんだから

以上、これだけメポw

帰れば、次の日になっていた。風呂も入らず、寝た。

2007年05月01日

●想像を膨らませて観経を読んでみる

坊さんはGWとかありません。月参りと御法事の毎日です。
昭和法要式で何度か観無量寿経をお勤めして、いろいろ考えました。

お釈迦さまは何で、幽閉された頻婆娑羅王のところには訪れなかったんだろう??
韋提希のとこには、呼びもしないのにやってきたのにね・・・

二人の違いはなんなんだろうと想像してみるに、王のほうは我が子によって幽閉され死を迎えるという状況を、受け容れられていたからか。諦念していたというか。その死が「阿那含」、一種の悟りのように形容されているわけですから。

韋提希の方は、すんでのところで刃にかけられそうになってるし、夫の事も心配でたまらんかったでしょう。我が子に対して激しい恨みのようなものを抱いていたんではないでしょうか。お釈迦さまは心配だったんじゃないかな。それが爆発、「世尊、われむかし、なんの罪ありてかこの悪子を生ずる!」。彼女が現実を厭離し、浄土を願うという展開は、素直なこころの動きだと思うんです。

そこでお釈迦さまが浄土に生まれるための「三福」を説く。
その最初が「父母孝養」という言葉。それを聞いて韋提希は我が子のことをどのように考えただろう? 

「もし仏滅の後のもろもろの衆生等、濁悪不善にして五苦に逼められん。いかにしてか当に阿弥陀仏の極楽世界を見るべき。」という質問をする。彼女のどこかに、我が子はどうなるのだろうかという気持ちが湧いてきたのか?

お釈迦さまの法話の終盤、中品下生で再び「父母孝養」が説かれ、直後に極悪人が念仏によって救われていくことが明らかにされる。そして韋提希は無生忍という素晴らしい悟りを開いて、完。

夫を死に追いやり、自分をも殺そうとした子を許し、救いを願うことになる過程が、観無量寿経ではないかと。

以上は、私的な想像で、善導や親鸞の考え方に基づくものではありません。でも、信巻で子、アジャセの救いが唐突に出てくるのは、親鸞にもアジャセはどうなったのか、という思いがあったからじゃないかな、とまたまた、想像してみたり、してます。

しかし、本当に韋提希の立場になったとしたらと想像することは、私の限界を超えています。

2007年04月28日

●近況

昨日は組の解放運動研修会で柴田秀昭さんのお話を拝聴しました。
下の太字はノートを整理したものです。文責は流星にあります。
本山と富山11組のこれまでの取り組みを総括し、自分はどのように部落差別問題に関わるのか。
その迫力に圧倒されました。

夜は玉永寺同朋会。8人の出席。
七高僧のお話しをしました。
年配の方が少しずつ欠席される傾向にあるので、なんとか宣伝をしようと思っています。

五月二十六日、二十七日に祠堂経法要を勤めるので、チラシや米の袋などを準備しています。
だいぶできました。

多磨全生園での聞き取り調査の整理、
公開講座に向けて富山での廃仏毀釈についての年表作成。
そんなこともぼちぼちやってます。

安田理深の言葉。「やらねばならぬと思うならやめなさい。
あなた自身がやらずにおれないと思うならやりなさい。」

なぜ「同和学習会」が「解放運動推進学習会」と変わったのか。
「同和」という言葉が初めて使われたのは昭和16年6月「中央融和事業協会」が「同和奉公会」と名前を変える。同時に、「同和国民運動」という新聞が発刊される。それで「同和」という言葉が使われる。「同和」自体はもっと古くからある言葉。
「同胞融和」→「同和」。同化ということが強く意識されていた。当時の朝鮮の人々を同化する、海外侵略の施策の一環。
昭和44年以降。教団の部落差別が問題化し、何度も糾弾が行われる中で同和推進本部が設置され、取り組んできた。それを改称する。この言葉は教団だけが使ったのではなく、差別を受けていた部落解放同盟も積極的に使ってきた。そこから「同和」は被差別部落の問題だと使われてきた。あるいは融和事業、大正8年。それは「同情融和」。かわいそうな人を救っていく。そこから「同和」の名称は、そぐわないとした。

教団として差別意識を問題にしてから、部落差別だけではなく、性差別。身障者差別。アイヌ民族差別(人種差別)←明治時代の積極的な北海道開拓。侵略の歴史。在日朝鮮、台湾の問題。ハンセン病問題。どの問題も、問題を深めるのではなく表層的に並べるが如く、問うてきた。「解放推進」という言葉に引っかかる。課題の深まりとしては満足できない。

差別の問題は、どこまでいったら終わるのか。国民的課題とはされている。第11組で学習を始めたのは、御消息塗布事件。宛名書きが塗りつぶされていた。寛政九年。被差別部落の人々への職業差別。賤称。平成5年に発見される。教区で同和特別伝道がはじまる。第11組では平成十二年に半年かけて行われる。
一回目、なぜ同和問題を学ぶのか。
二回目、県内の実情。富山の同和地区について。
三回目、富山での塗布問題のご消息の経緯。
四回目、人権啓発センターへ。
終わっただけでいいのか。学習会を続けようという声が上がる。

昭和44年4月、大谷家が訓覇内局に対して開申事件をおこす。大谷家の戸主と管長、本願寺住職、代表役員。三位一体であったものを、法主の名前で管長を長男に譲る。
その後、大谷家側が選挙に勝つ。昭和44年7月。差別問題の表面化。二年前の難波別院結婚差別事件。昭和43年に表面化。新聞に載ったのが44年7月。8月に第一回糾弾。差別を受けた人が人間としての生きる権利を示す。人が人を差別する道筋を通して、差別する人される人の両者が自覚して、人間としての変革を目指す。人間変革を願いとする教育。直後に曽我量深の発言が問題となる。中道誌差別事件。

「同和はこわい」ということがささやかれるようになる。劣悪な環境を改善。同和対策特別措置法。時限立法。大谷派も協力。署名運動。藤本正樹、武内了温、朝野という先人がいながらも同盟の運動に乗っかっていく。真宗としての解放理論が必要なのに。

観念論と唯物論という議論がある。世界のすべての思想はこの議論の中にある。言い換えれば、観念論か実践論か。観念論か行動論か。わたしの立場は、同和問題に取り組むということは、人間の差別はどうして起こるのかを学ぶこと。それに対して、差別をなくしていくという行動論から「それは観念論だ」と批判される。真剣に生きるなら、ここにぶつかる。観念論といわれようと学んでいく。この議論について考えたことがないなら、自己と社会に生きることのまじめさを欠いている。観念論は精神を中心にものを考えていく。物質、現実に目を据えていくのが実行論、行動論、実践論。

教団内でも差別発言がある。訓覇元宗務総長の発言。推進員の会報。「この頃同和とか靖国が問題になっているそうだが、やっておる暇がない。自己とは何ぞや。これ人生の根本問題なり。このこと一つに余生をおくっていく」大問題になる。同朋会運動を提唱した訓覇氏がなぜこう発言したのか。歴史的は歩みがある。同朋会運動は信心の回復。信心が大事。真宗の念仏者として信心。なぜこういうことを言い出したのか。それは戦時教学があったから。真俗二諦論。自己と社会は車の両輪だ。王法を敬い、内には信心を抱く。戦時教学に身を置いた反省に立ち、真宗の真実信心を考えるのが同朋会の提唱とした。

しかし、この問題に対して、あれは信心派であり我々は社会派と称える人々が現れる。同朋会運動を進めてきた人たちが批判される。これからは社会的な問題を担える教学を。キリスト教、解放の神学に影響される。プロテスタントではなく、カトリックから起こる。ルーベン・アビト。第三世界は自然に恵まれるが、その大部分が貧困にあえいでいる。その原因を分析。マルコス政権での富の偏在、軍事独裁。教えと現実の狭間で、徹底した社会の分析、認識。現実を見る。そして抑圧されている人の側に立つ。実践する。立ち上がる。それをしなければ貧しい人々を助けることはできない。そこに「解放の神学」が成り立つ。アキノ政権の誕生。歴史に学ぶ。過去の出来事を過去の人が歩んだ道を見ていかなければならない。バチカンを揺るがす。マルキシズムと言われて元気がなくなるが、そこから「解放の真宗」ということが提唱される。

訓覇氏は戦時教学を越えようとした。純粋に真宗の信心に帰ろうとしていた。しかし、同朋会運動という言葉だけが残り、この中身はなにかということが問われなくなってきた。御遠忌、「いのちを大切に」? 

差別の中身を考えなくてはならない。人間そのものが、差別の本質なのだ。仏教は「自我」を問題としてきた。自我を破って無に帰す。究極の境地。自我とは六識。眼、鼻、耳、舌、身、意。そして第七未那識がある。本能。自己がかわいい。自我愛。本能的な領域から差別をする。人間がある限り差別あり。ならほっとけばいいのか。無くならないものだが、それを問い続けるのが念仏者の姿勢。柳澤大臣。状況認識が欠けていた。訓覇氏も。常に今どういう状況なのかを学習する。それが智慧。

なぜ11組が取り組まなければならないのか。それは状況の認識のため。それが欠ければ差別する自分が問いにならない。菩薩道における初歓喜地とは「未証の自覚」である。
三願転入。努力精進するなかで自分の力量に限界があることを知る。南无阿弥陀仏という念仏をただ信じる道。その道を称える身を選択した時、半自力半他力。念仏の中に自分の思いを持ち込む。ナムアミダブツを己の善根として現世利益を願う。どうかわたしの病気が治りますように。家族が幸せになりますように。感謝感謝。それは念仏でない。20願の問題。真実と虚仮の狭間に身を置くのが20願の問題である。念仏しながら、それを善根とし続ける自分を問い続ける。狭間に身を置く勇気。未証の自覚。真の念仏者たらんという高い志を持ちつつ、なれない自分を問題とし続ける。内に捉える。内観。問題を内に見るのが仏教。

原点を。人間にとって差別とは何かを学ぶ。

そんなこんなな毎日です。

2007年04月17日

●組同朋会・御通夜

15日 組同朋会 テキストは阿弥陀経
先回の浄土荘厳をもう一度、おさらい。
なぜ、夢のような国をお釈迦さまは説いたのか。
ただ念仏を称えることによって、あらゆる人々が極楽へいけるという仕組みが大事だった。
祇園精舎に集まった、打ちひしがれた孤独な人々のために。

16日から京都へ、同朋会運動推進会議に行く予定が、
納棺と御通夜のため、欠席する事となった。
いつもなら父に任せられるのだが、今回は用事が入っていた。

勤行はつれあいと、村の御住職と共に。
二人とも女性なので、声の高さを低めに。
いい感じなのでどんどん低くしていったら、最後、声が出なくなってしまった。

今回はじっくりと、時間をかけて法話をした。

先日、曹洞宗の方のお葬式にお参りしたところ、お勤めが長い事は知っていたが、
丁寧に、時間をかけて法話をされたことに驚いた。
法話を重視するのは真宗の特長だと思っていたところが、井の中の蛙、そうでもなかった。

日程も大事だが、それに追われてばかりではあかんと思った。
ということで、仏事の際にはじっくりと、法話をこころがけることにしました。

葬式は父に任せられるということで、明日から京都へ。育成員研修会の班担。

2007年04月15日

●信教の自由・パラオ島・子ども会

14日

○教区御遠忌公開講座実行委員会

太田浩史さんを招いて、今後の作業について打ち合わせ。
富山での廃仏毀釈をきっかけにして、明治の仏教徒が危機意識をもち、
国家神道に抗する「信教の自由」を明治憲法に刻んだという流れ。
越中米騒動が寺内内閣を倒し、政党政治を生み出したという視点と類似する。
明治期の再建エネルギーには廃仏毀釈に対する危機感があったという民衆史的視点を、
本山は欠いている。
これを年表を整理作成することによって明確にする。


○ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山公開講座

藤野豊さんと同行したカメラマンが、パラオ島を取材したニュース映像を見る。
孤島に送られた元患者の方と出会い、収容所跡をみつけたというスクープ。
そしてパラオ島は祖父が戦死した場所。
映像で島の様子や人々の姿をみると、一度行ってみたいという思いが強くなる。

15日 玉永寺子ども会送迎会
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3人の卒業生。6年間よく来てくれたね。どうもありがとう。
お寺で遊んだ思い出を大切にしてほしい。
プロジェクターで仏典童話を鑑賞して終了。

2007年04月13日

●東京 靖国神社、防衛省

富山からの参加者と千鳥が淵で合流。靖国神社へ。

軍国主義称賛の神社ではないという口実に使われる、鎮霊社と元宮。
じつに小さな社。あるのかないのか分からないくらい、片すみに。

一般神道との整合性を保つために、お守り、絵馬などが片手間に陳列してある。
軍人の魂を招くという「招魂斎庭」。職員の駐車場になっている。
東京裁判不当性の材料として取り上げられるようになったパール判事の碑が、新しく建てられている。
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遊就館。それほどのもんでもないっす。
哀れな消耗戦へと日本を導き、多くの若者の命を散らした指導者の責任についての視点が
完全に抜け落ちている。

12日 防衛省へ。「市ヶ谷ツアー」に参加。

日本とアメリカの国旗。この下あたりにかつての大本営地下壕があるという。
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市ヶ谷記念館に移設された講堂。東京裁判会場の復元。
かつての「玉座」の位置が、えらく懇ろに説明される。
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靖国神社同様、パール判事に関する陳列。その意図明白。
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以上。楽しい、学ぶこと多い、4日間でした。

●東京 秋葉原、山谷

多磨での日程を終えて、東京駅のフォーム、長年BBSでお付き合いしてきたお留守居役様と初対面。

上野で祝杯をあげ、アメ横の雑踏を抜けて、秋葉原へ。

オーディオおたく(?)でもあるお留守居役様に案内していただき、超高額な機器の世界、パソコンとオタクの街と化してしまった秋葉原の変遷について現地研修w
じつーーーに面白かったです。感謝感激。
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秋葉原で再び祝杯をあげ、握手、お別れしました。

電車と徒歩、「あしたのジョー」泪橋、山谷のドヤ街へ向かう。

先回の西成に続き、簡易宿泊所は二度目の利用。一泊2500円。
シーツは清潔。冷蔵庫、テレビはあるが部屋自体が清潔かといえばそうでもない。
問題は部屋の鍵が渡されないこと。
内側からロックはできるが、貴重品を部屋に置いて外出するわけに行かない。
脱衣所は内側からロックできて、とりあえず風呂に入って寝る。

11日 早朝に目がさめて外出してみる。
おじさんたちがたむろして、暖をとっているのか道で焚き火をしたりしている。
コインロッカーがたくさんある。それで鍵の問題解決。この街の仕組みを少し学ぶ。

玉姫公園。ジョーがのり子とデートした場所。
すごい賑わいで、雑誌、雑貨、DVD、古着などが露天で売られている。
おでん屋台で一杯やってるよ。みんな。
二箇所、職業安定所前を通りかかる。すごい活気だった。
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白髭橋を渡り、隅田川沿いを歩く。仕事に出たみんなが生活している場所なんだろう。
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2007年04月09日

●TypeKeyでのコメントをお願いします

4日ほど留守にします。

このところ、スパムコメントが激しく、TypeKeyでのコメント投稿を試します。

コメントのために手続きは必要になりますが、どうぞ趣旨をご理解ください。

2007年04月07日

●人の脆さ

今日は組共同学習会に参加。座談会の司会をしました。
テキストは「法語に学ぶ宗祖親鸞聖人」。
講師は辻俊明さん。出席者は30名あまり。
講義形式だと、講話録であるこのテキストは使いにくい。
解説の解説になってしまうので、辻さんも大変そうだった。
それでも曽我量深、安田理深の話しを直に聞かれているというのは大きいなと思った。

「忙しいということを生きがいにするような、情けないことはやめなさい」
辻さんが安田先生から聞いとか。

ふと、もう10年ぐらい前になるか。
駐在教導を辞めて寺に帰った直後に盲腸で入院した時のことを思い出した。
病院で安住できなかった。休むことが不安でたまらなかった。
とにかく、無性に家に帰りたかった。
無理に帰って、結局、家で寝ていた。

父がくも膜下出血で朦朧としていたとき、しきりに腕時計と手帳を求めていた情景も思い出した。

人間、ほんまに脆くて、弱い。

2007年04月05日

●教区御遠忌教化部門会議

来年春の取り組み準備。順調です。だいぶ、具体的になってきました。

企画内容など、公に発表できるまで、もう少しです。

教区児童連盟、あいあう会といった、最近発足したセクションが新しい企画を積極的に出しています。

教化委員会の方は、ずっと言われていることですが、硬直化しているのかも。
なかなか乗り気になってもらえません。
新しいものを生み出す力が、失われているのか。

2007年04月04日

●4月の予定

5日 教化推進部会 教務所

6日 組共同学習会 上市

9・10日 ハンセン病に関する懇談会部会 多磨全生園

11・12日 教区靖国問題研修会 東京

13日 教学推進部会実行委員会 教務所
     ハンセン病問題ネットワーク富山 公開講座

14日 玉永寺子ども会歓送迎会

15日 組同朋の会 上市

16日 同朋会運動推進会議 京都

17~19日 育成員研修会 班担 京都

20日 華の会(13組若坊守学習会)

27日 組同和研修会 上市
     玉永寺同朋の会

2007年04月03日

●ここ10日間ほどの日記

25日 組同朋会 阿弥陀経 浄土荘厳について
悩んだ、ホンマに悩んだ。

その時に、仏、長老舎利弗に告げたまわく、「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、世界あり、名づけて極楽と曰う。その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまう。かの土を何のゆえぞ名づけて極楽とする。その国の衆生、もろもろの苦あることなし、但もろもろの楽を受く、かるがゆえに極楽と名づく。

まったく苦がない国。ほんまに極楽はええとこや。そんなところにいきたくない人がいるだろうか。
しかし、親鸞さんはそこへいきたいという心を、深く深くみつめた。
そこから教行信証、化身土巻がうまれた。
「三願転入」とはいうけれども、決して無量寿経が正しくて阿弥陀経がおかしいということではない。真門釈に無量寿経からの引文があるくらいだから、念仏にかかわる問題全体として三願回転入を親鸞は考えていたんだと思う。同じように他力ならよくて自力はよいのかといえば、他力を起こす事はできやしない。自分を根拠にしてなにかを求めて苦しんだり、他人を苦しめてしまうありかたを見通した話なんだと思う。
そこあたりをお話しすることは、わたしにはとても難しい。というか初めて真剣に20願の問題を考えるきっかけをもらって、教行信証のスゴサとでもいうものを、実感もしている。

26日 得度研修会
プロジェクターで聖人の生涯とハンセン病問題についての「しんらんさまはなつかしい」プレゼンをした。
ところが、9歳の参加者がいることを、なんと、まったく失念していた。
限られた時間、ハンセン病問題について説明したが、どのくらい伝わっただろうか。
それにしても、同じ年のこどもたちを目の前にして、和泉式部が出典とのことだが、親鸞が9歳で「あすありと」、無常の歌を詠んだという話しが現実感をもったりもした。

27日 玉永寺同朋会 正信偈
信を獲れば見て敬い大きに慶喜せん、 すなわち横に五悪趣を超截す。
一切善悪の凡夫人、 如来の弘誓願を聞信すれば、
仏、広大勝解の者と言えり。 この人を分陀利華と名づく。
弥陀仏の本願念仏は、 邪見驕慢の悪衆生、
信楽を受持すること、はなはだもって難し。 難中の難、これに過ぎたるはなし。

「難中の難、これに過ぎたるはなし」から、上の阿弥陀経の話と連動するが、化身土真門釈に注目した。そして「聞信」は真門釈での涅槃経の引文、信不具足と聞不具足を指しているんだと考え、やったなと思った。
しかし、参加者に、読み仮名をつけたとはいえ、涅槃経引文を配布したのはよくなかった。なじみのない経典の言葉にびっくりされたようだ。頭の中にとどめて、内容を話せばよかった。

28日 玉永寺お講
植木等さんと徹誠さんの話しをした。この話題は、「わかっちゃいるけどやめられない♪」と「煩悩成就の凡夫」の組み合わせなどが、おもしろい。
プロジェクターでみてもらおうと差別問題に関連したビデオを大谷派仏典童話のなかに探したが、「ウパーリの出家」がみつからない。よく考えたら本願寺派のアニメビデオに入っているんだった。借りにいく時間が無いので「消えない灯明」をみてもらった。仏典童話にこうした話しが入っていないのは不思議なことだな。

30日 冨田祭り
参加させてもらった。実はかくし芸なども考えていたのだが、やらなくてよかった(笑)
お二人とこどもたち、祝福する仲間たちの光景に、感動したことであった。
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2007年03月26日

●能登沖の地震

すこしずつ能登の友人と電話がつながってきました。

輪島、門前はまだ通じないので心配です。

穴水、七尾で鐘楼堂などに被害が出ています。

輪島、門前から穴水、七尾、そして富山方面へと揺れが伝わっているのかもしれない。

2007年03月09日

●「太陽」をオススメします

再びレビューを書きました。

この映画、実におもしろいです。

富山在住の方々、フォルツァ総曲輪で16日まで上映しています。

オススメします。

●PCソフトの買い時

いま、メインで使っているのはVAIOのPCG-VX7というノート、WindowsXPです。
あと家にあるのは、母と若衆がつかうXPデスクトップ。程ほどのスペック。
そして、Windows2000デスクトップ。これはネットゲームをするために組んだのですが、スペックダウンして現在はDVD焼き専門です。

VAIOノートはもう5年近く使っています。VXというシリーズは重いし、スペックも中途半端であまり売れなかったのですが、わたしのようにたまに持ち歩くものにはちょうどよい感じで、できるものならサポートが終わるまで使いたいと思っています。

ただ、問題は所有しているOfficeのバージョンが2000なんです。
2007が出たので、そろそろ2005を購入しておかないと手に入らなくなるんじゃないかと心配になってきました。

老いたからでしょう。最新の機器がほしいという意欲は、薄れてしまいました。
しかし、最後尾でまわりの状況についていこうとするだけでも、いろいろあるもんですね。

2007年02月28日

●初お講

あまり天候はよくなかったのですが、30人近くの方々がおいでくださいました。頭が下がります。

「仏弟子」をテーマとし、目連、舎利弗、阿難のエピソード、プロジェクターで仏典童話「パンタカ二人」を放映。
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釈尊に教えられた言葉を称えながら一心不乱に床を磨く弟の姿。
それに手をあわせた兄の心についてお話しました。
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2007年02月23日

●中教院・本部会議

月参りを終えて、会議準備に天正寺のアプレシオに入りました。
手元にある廃仏毀釈の資料にもう一度目を通し、おさらいしました。

ネットで富山中教院についてのページを見つけました→ここ
「明治15年、同所には神道の一派である神宮教が経営する神宮教会所が置かれました。」
あの仏教を誹謗する碑文の由来は、ここらのようです。

午後から教区御遠忌本部会議。

業者の選定についての論義がありました。

教化推進部会からの報告をしました。
かなりびびっていたのですが、無事、報告、終わりました。

肩の荷が、とりあえず、下りました。
いよいよ、公開講座実行委員会の活動が始まります。

2007年02月21日

●読書会・めいっこ・育成員研修会打ち合わせ

19日夜 野々市へ 安田理深「真仏土巻聴記」読書会
なぜか曽我量深の著書「伝承と己証」について、らくりんさんの熱い講義となる。
「曇鸞がはじめて十七願、十八願の関係を発見した」とか。
これは曽我先生の本、読んでみようかしら。
歯が立つか分らんけどね。

金沢まったり亭にて一泊。

20日 めいっことひな壇。
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きみも藤原紀香、予備軍なのか。

京都へ 育成員研修会打ち合わせ
何年ぶりかで井上円さんに会う。
この研修会にもなじんできてしまったというか、最初のころのようにぶつかる感じでなくなってきた。
あんまりいいことじゃないなと思う。

今回も待ち合わせに漫喫を使ったが、五条はネットゲーム有料、DVDソフトたいしたのなし、PSソフトなしということで、コミックを読むしかやることがない。
そう考えると、座っているだけで料金が加算されていくのがもったいない気がしてしまった。
入るまでは夢の場所であったのが、入ってみれば灰色な現実の一部になってしまうのが、さびしい娑婆だ、の。

ここ二週間ほど、日程が混んでしまい、かなり疲れました。
そして、その分、かみさんにおおきな負担をかけることになってしまいました。
外の仕事入れるなとの苦情、来ました。申し訳ないことです。
3月は出ることがそれほどないし、寺のこと中心に行きたいと思っています。

2007年02月19日

●ばたばた茶

午前、朝日町蛭谷の公民館へ行ってきました。

あの「ばたばた茶」で有名なところです。

50人ぐらいのおじいちゃん、おばあちゃんが車座になって、長い茶せんで茶碗をかき混ぜている様子は壮観でした。
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私も四服ほど、いただきました。
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味は、ウーロン茶がいちばん近いです。
一口ふくむと苦味がきますが、すぐに引いていきます。
泡を立てるのはなぜなんでしょうねえ。
口当たりがよくなるのかな。

プロジェクターで「聖人のご生涯」プレゼンをしました。
口々によかったとはおっしゃってくださいましたが。。。

思いが伝わったか、伝わっていないかは、計りようがないのかな。
お念仏の伝わる力を信じるしかないのかな、とか考えつつ帰ってきました。

今夜は野々市へ安田理深・真仏土聴記学習会。
金沢一泊して、マタ、京都へ行きます。

2007年02月17日

●同朋会運動推進会議

昨日、京都日帰りで、

言いたいこと言って来ました。

はじまるまで一時間ほど、

漫喫、初体験しました。

サラリーマンとか、同年輩の人が多くてびっくりしました。

を読みました。

ぼーっとした、趣のある作品でした。

2007年02月15日

●研修二日目・中教院

アフタフさんの指導、二日目。
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かなりの出入りはあったのですが、常時10人ぐらいでワークを楽しみました。
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電気製品を演じるというゲーム。

子ども心にもどる事はできない。
けれど、子どもを教えるというより、「遊びあう」ということの大切さを学びました。

研修の合間に、富山市街にぽつんとある、中教院を見てきました。
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地方の神官だけでなく、僧侶にも神道的天皇崇拝を宣布させるために明治5年につくられた施設でした。
現在は小さな社があるだけですが、仏教を誹謗する碑が建てられていました。
碑文がどこかにテキスト化されていないか、探しています。

2007年02月14日

●北陸連区児童教化日曜学校指導者研修会

ながーい名前の研修会の初日から帰ってきました。
一次会、懇親会の途中で退出。

アフタフ・バーバンさんとは長いつきあい。この研修会にはずっと参加してきました。
そこには、たんに子ども会ゲームのネタを求めるということだけではなくて、
アフタフさんのコンセプトに共感することが大だったからです。

遊びというのは、ほんらい、無駄であり、無意味である。
そこを、啓発とか、人間形成とか道徳とか、
それはそれなりに世間体として「意味がある」といわざるを得ないこともあるのですが、

でも、役に立つとか、価値があるという物指しでは計れない世界を
ボクラは生きているんだと、知らなくては。
それを伝えるのが寺の役目でもあるとも考えています。
まさに園林遊戯地門。

アフタフにはそうしたものが根底にあるから魅力なんです。

明日も、がんばって、行きますよ。未来の子どもたちのために。

2007年02月13日

●ご消息・準備・小組会

朝から母から昨日のプレゼン、ダメ出し。
ハンセン病問題に関する、十分な説明がなかったという。
はやく言ってくれよ!
それはもう、出かける直前に、なんでいうのよ(怒

北馬場公民館にて「聖人のご生涯」プレゼン。
20人程度の方々に。
このプレゼン、一時間では、そこまで説明する事は無理。
かなり端折った内容になってしまったかもと焦る。

急いで機材移動し、今度は民家にて、10人ほどの方々に二回目のプレゼン。
多磨の写真を省略して。
終わってみれば、また気を使いすぎた、省略すべきでなかったと、今度は後悔。
臨機対応というのは、実に、むずいことだ。
機材設置で時間と労力を使い、会場の方々とゆっくりとしたコミュニケーションができないことも問題。

午後から、明日の連区児童研修会準備に教務所へ。
もう、午前の慌しさにぐったりしていた、が打ち合わせなどを行う。

夕方から近隣寺院の懇親会へ。
やはりどうも、馴れ合いの世界ではある。
しかし、先輩方が「このままではいけない」という慙愧を語られた。
それには、ほほーっと思った。
ここでも、ここでこそ、やらなあかんことがあるんだろうなと。

諸先輩方の二次会への誘いを
このところの痛い経験から
はなはだ失礼ながら丁重にお断りして
自宅に帰りました。
今考えますと、大正解でした。

なんともはやの、一日でした。

2007年02月12日

●小出ご消息

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玉永寺を会場とした、地域の小さなお講
「聖人のご生涯」プレゼンしました
受けは上々、かな

春を思わせるような和やかな光の中
みんなでおはぎをいただいて
ホッとするひと時をすごしました

明日は近所の公民館へ
同じプレゼンをしようと思っています

2007年02月10日

●ナムナム大集会

9日正午より、阿弥陀堂でお勤め。満堂。
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大谷ホールまで行進。
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ここまで、僧侶が先導する形だった。ちょっと、どうかなと思った。

ホールも満席。
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タテタカコさんのライブがとてもよかった。アンコールの「卑怯者」が特に。
「法難」をメインにした自主的集会に、大谷派からこれだけの参加者がいることに、正直、安心した。
6月には東西本願寺、浄土宗の有志が改めて「法難」をテーマにしたイベントを開くという。講師は阿満利麿さん。
高田教区の御流罪800年法要も5月にあり、富山教区でも公開講座で廃仏毀釈を取り上げ、阿満さんを迎えることになる。
うまく連動できたらいいな、とか思ったりしてます。


2007年02月09日

●京都→大阪

7日 ハンセン懇集会部会会議
 再来年の交流集会の会場と開催時期検討 ほぼ方向が固まる
 「ハンセン懇ニュース」の原稿が変えられていた問題が提起される。

終了後、委員と会食、楽しかったー
さらにそのあと、ごじんさんと一杯やる。
前お会いしたときより、元気な感じがしました。

8日 なんとなく東九条へ散歩
東福寺からJRで一気に大阪城へ
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周辺の屋台でたこ焼きとチジミを食べた。旨かった。さすが大阪だと思った。

大阪歴史博物館へ
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石山本願寺のミニチュア。本願寺に触れた史料が本当に少ないのが残念だった。

ピース大阪
大阪では8回にわたる空襲で1万人以上の一般市民が亡くなっている。
グラマン機銃掃射での住民虐殺もあった。
日米双方とも、ここまでやらなくてはいけなかったのか???

蓮如上人の碑?
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ひっそりとあった。気がついたおじいさんたちが合掌していた。

水上バスで観光。
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ビニールシートのお宅が目立った。長居公園から移動してきた人もいるんだろうか。

鶴橋でmaroさんと合流。たまたま入った店だったのだが、串焼きかなり美味しかった。
思い出話やらネットの裏話やら、けっこう、いろんなことを話した。実に面白かった。

さらにエロ坊主さんが到着。
ハンドルネームや、ゲリラ的(?)文体によるわたしの中のイメージとはかなり違って、イケメンで冷静な感じの方だった。

鶴橋にいったのはマッコリが飲みたかったからだった。でも、入った店には置いてなかった。残念。

7日も8日も菩提心を自覚せずに「救い」ということが問題となりうるのか、みたいな話題があった。
回心コンプレックスの一種、救われたいという気持ちを自分で起こさないとアカンみたいな話っておかしいと思うんだよね。他力回向、気持ちってのは起きるもの。さらに「念仏で救われたい」とおもわなあかんってのはさらに袋小路に入ってしまうんじゃなかろうか。
らくりんさんの講義メモ。
阿難は自分が素晴らしい問いをもったことを自覚していない。
突然としか言いようがない出来事。
法蔵菩薩が彼にそんな問いを起こさせた、としか言いようがないんだよね。

そして、大阪駅周辺の夜は、寒かった。。。

2007年02月06日

●公開講座実行委員会

公開講座のテーマは「富山藩の廃仏毀釈」。
一回目は太田浩史さん 地方史の視点から。
二回目は阿満利麿さん 政治史、思想史の視点から。
会場は、東別院が改修中なので、西別院か市民プラザを選択。
本願寺派の方々への呼びかけるか、もっと広い対象を求めるか、悩むところです。
そして、遺物の写真、伝承の収集に取り組みます。

講座の内容について、いわゆる団塊世代の先輩と議論をしました。
一緒くたにして申しわけありませんが、
まぁ、なかなかネチッコイですよ、この先輩方は。
もう、くたくたになってしまいました。
こちらの問題点を明らかにしてくれるのはいいんだけれど、
こちらの言い分をなかなか聞こうとしてもらえなくて困りました。

6日はハンセン懇の会議。
8日はナムナム大集会。
ということで、京都で2泊の予定です。
7日はオフ会できたらいいなと思っています。

2007年02月03日

●西別院の公開講座を聴講


講師は↑の本の作者。

滝沢修さんという方は、私はまったく存じ上げないのですが、
両親は即座に分かりましたから、有名な俳優さんだったんですね。
ときには手振り身振りを交えながら、沖縄戦、原爆、特攻、玉音放送など、朗読劇のようなスタイルでした。
「軍事大国となってしまった現状と9条の乖離をどうするのか?」「ポツダム宣言は軍部のみが受け入れたのであって政府は受け入れたといえないのではないか?」「吉田茂からアメリカ依存の方向を維持してきたが、別の道はあるのか?」
といった質問が出ていました。
本派さんの研修会は、やはり、大谷派とは微妙に違う感じで興味深かったです。
講義メモは↓

●「激動昭和と平和運動」講義ノート

日本は戦争に勝つことを目的としていたのではない、同盟国のドイツの勝利により東アジアの石油資源をおさえる。孤立無援のアメリカは戦う意識はなくなる。そこで有利な講和条約を結ぼうとしていた。
それに反対していたのは山本五十六。ハーバードで学び、アメリカの実力を知っていた。アメリカによる通商条約の破棄、石油全面禁止、資産凍結に対抗して短期決戦を目指した。真珠湾作戦。アメリカ太平洋艦隊の主力を壊滅。チャーチルがルーズベルトに電話。「本当です、これで我々は同じ船に乗ったのです。」
全体主義、お国ために個人は犠牲になる。民主主義と相容れない。ドイツ、イタリア、日本。世界中が全体主義になることをおそれたのがルーズベルト。アメリカは、真珠湾攻撃のせいで一致団結し、枢軸国との戦争へ。同時多発テロ、ブッシュの下で結束したのと同じ。ルーズベルトは真珠湾攻撃を知っていたのに、それをハワイに知らせなかった。国民を憤慨させたという説がある。8月2日 富山大空襲 2700人以上が犠牲に。民間人に対する無差別虐殺。アメリカが負けていればアメリカが裁かれるはず。
1940年 滝沢は巣鴨に。治安維持法。天皇制、私有財産制批判者、だけでなく、政府の政策を批判するだけで。特別高等警察。現在の共謀罪に似ている。犯罪は実行されて成立。話し合っただけで罪に問われる。思想の処罰。検閲。「夜明け前」 昭和9年。その主人公に。「もうすぐ夜明けだよ。」その意味は、「もうすぐ日本に革命が起こるということだろう?」「ファウスト」「こういう芝居をすることにより、共産主義による革命を目指すのか?」共産主義思想を宣伝するためにしたと書け。拒否。釈放されず。
本土の戦争準備を整えるために、沖縄戦。住民を戦争にまきこむ。集団自決の強要。虐殺行為。戦陣訓。捕虜になることを禁じることを根拠として、投降する住民を銃殺。生きて虜囚の辱めを受けず。兵隊に玉砕を強要した。民間人にも強要。愛国心の強要。手榴弾で自決せよ。手榴弾を民間人に配る。身内での殺し合い。逃走。スパイ容疑で殺す。アメリカ人が手当てをして驚く。沖縄には日の丸、君が代、自衛隊への拒絶感。
カミカゼ。特攻隊の遺書。現在のアルカイダのような狂信的なところはない。家族や日本の将来を憂う。これで安心して死んでいける。心の優しい人になってください。私は自由主義、民主主義に憧れていました。今は栄えていても滅びます。私は機械です。機械である自分にはなにも言う権利はないが、立派な国にしてほしい。お国のために名誉ある死を遂げたのではない。国の誤った方針により。感謝と哀悼。死ねば平等? 赤紙一枚で戦場に引っ張られた人々と、引っ張った指導者が靖国で同じ扱いでいいのか? 沖縄での特攻10回。大きな成果なし。
軍部は本土決戦を主張。ソ連を仲介とした終戦へ。しかし、ヤルタ会談で北方領土をよこせ、攻めるのがソ連の意思。ドイツ攻撃後に日ソ、条約廃棄。無駄な努力をしているうちに時間を空費した。1945 ドイツ降伏。トルーマン、チャーチル、スターリン。ポツダム会談。7・26宣言。無条件降伏か壊滅か。返事をしない。軍部は拒絶を主張。鈴木貫太郎。79歳。黙殺。原爆投下7・24命令。原爆を落とす必要は無かった。反対者はいた。トルーマンは黙殺にほっとした。総犠牲者40万人に近づく。
世界で唯一の核被爆国。核武装は言えるはずがない。狭い国は核武装しても安全ではない。ソ連軍が進撃。8・9 10時半。閣内意見不統一。総辞職? 御前会議 責任内閣制にもかかわらず昭和天皇の決断を仰ぐ。天皇制を守るの一条件で宣言受諾。8・14御前会議。受諾。父は泣いた。国家再建。天皇自ら宣言を認めたから。アメリカは天皇を間接統治に利用。天皇の戦争犯罪問題は未解決。日本が真の平和国家になれなかった一因。しかし、昭和天皇の決断により、流血の惨事は避けられた。
アメリカに押し付けられた憲法。安倍が改正に意欲的なのは、岸信介の悲願だから。改正には野党の議員を引き抜いてでも、改憲したい。参院選。それが終われば、7・22、国民の過半数を維持すれば、憲法改正。あなたは憲法の内容を知っているか。ほとんど知らない。52% すこし知っている43% よく知っている4%。激動昭和、現代史を知らない。もっと、授業を。
海外での武力行使は認めない。9条は憲法の核心。核時代に戦争をしてはだめ。経済交流すべき。あくまでも武力に頼らない。人類の英知。テロ紛争の原因は貧困。そこに眼を向けるべき。真の国際貢献。女性の政治参加は戦後憲法のおかげ、労働組合、ストライキ権。治安維持法の廃止。押し付けではなく、われわれが久しく求めていた。自由民権運動、大正デモクラシー。民主主義を求めた血と涙が、やっと我々のものになった。アメリカに押し付けられたのではない。全体主義だった日本は、やっと自由と平和の国になった。平和と言論の自由がある。昔なら、父のように捕まえられる。今なら間に合う。62年前のよかったという叫びを。
護憲的な改憲論。自衛隊を縛る。しかし、そのままでは利用される。9条が現実とギャップがあるとしても守るべき。戦争協力を求められても、平和憲法があるから、アメリカの指導で作ったからと集団的自衛権を断れる。日本の安全と関係ない戦争に引き出される。それがないとアメリカは日本を守らないか? 日本の基地をアメリカは手放さない。一緒に戦わなくても極東基地は手放せない。日本独自で核武装? 核実験する場所がない。落ちれば生きていけない。基地を貸す、後方支援で十分。吉田内閣が、アメリカ軍事力を受け入れた、その方針は続いている。独自で軍事力を持つべきではない。基地の負担は続ける。賢明な道。

2007年02月02日

●プレゼン報告

直前まで会場に入れなかったので、大急ぎでプロジェクターを設置。

時計を見ながら、DVD映像もカットして、話し終わりました。

質疑応答の時間も無く、感想は聞けなかったのですが、

どうだろう、伝わったような感触はあるんですけどね。

教学からではなく、ハンセン病問題から、テーマを話すという試みでした。

2007年01月31日

●マン喫にいってみたいかもしれない

先日の住職修習は講師が京都の谷さんでした。
久しぶりにお会いしました。
昨年5月に私自身が修習を受けたときは、
同朋会運動の理念だけというか
カッコのいい部分ばかりの講義でした。
それが、谷さんは大谷派教団の非違の歴史、
聖人の教えに背いてきた歴史を踏まえ、
そこから現在の我々の姿を照らすという内容でした。
新住職対象の研修会でこういう形の話し合いができるのは、
大谷派ならではないかな、と思いました。

同部屋が長浜の一色さんでした。
能登からの付き合いですが、相変わらず、誠実で、優しい方で
4日間一緒にいると、こちらが煩悩だらけだと思い知らされて困ります(笑

29日には共学がありまして、ひさびさに出席しました。
とうとう最長老と成り果てまして、
座談会で口を挟んでしまうので、
今後もイベント要員でがんばります。
新年会、いささか深酒をしてしまいました。

昨夜、NHKでマンガ喫茶のドキュメンタリーをやっていました。
わたしの今だ、知らない世界なので興味深深でした。
マンガ、ゲーム、DVD、インターネット、、、なんでもありなんですね。
あそこをうまく利用すれば、また違うことが見えてくるのかなー
はまって、生活、くずれちゃったりしたらこまるなー
恐れと期待まぜこぜで、今だ、外から眺めています。

一月も終わりだ。

2007年01月30日

●2月の予定

2日 10組門徒会講話「教区御遠忌テーマについて」 教務所
6日 教区御遠忌公開講座実行委員会 教務所
7日 ハンセン懇集会部会会議 京都
9日 ナムナム大集会 京都
   ハンセン病ふるさとネットワーク会議 教務所
12・13日 ご消息 玉永寺などで
14・15日 北陸連区児童連盟研修会 教務所
16日 同朋会運動推進会議 京都
18日 組同朋会 上市
19日 安田理深真仏土巻聴記学習会 野々市 常讃寺
20日 育成員研修会事前打ち合わせ 京都
23日 教区御遠忌本部会議 教務所
28日 初お講 玉永寺
   

2007年01月28日

●訂正

京都から帰ってきました。

↓に「遺骨が届いた」と書きましたが、遺骨は帰ってこなかったということです。

訂正いたします。

2007年01月25日

●祖父からの手紙

「硫黄島からの手紙」には、憲兵が飼い犬を撃ち殺すシーンがありました。
私の父は飼っていた子犬を、縁の下で隠していたそうですが、
毛皮を使うという名目で「供出」させられたそうです。
現在の父の犬の可愛がりようはちょっとびっくりするところがあります。
トラウマになっているんでしょうか。

その時、戦争とはなんと酷いものかと思ったそうです。
身内ですが、そんな父の感覚は信頼できると考えております。

祖父が祖母宛てに最後に送った手紙もファイル化しました。
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日付は昭和19年1月11日です。
パラオ島の大きな戦闘(ペリリューの戦い)は昭和19年末に終わっています。
祖父の命日は昭和20年8月23日。
遺骨は二人で行動を共にしていた戦友の方が届けてくださったとか。
最期の様子は、つらくて詳しく聞けなかったそうです。
20代半ばの祖父は、パラオ島でどのような最期を迎えたのか。
この頃、知りたいなと思うようになりました。

明日から住職修習の班担にて、これから発って今夜から道場に泊まります。
先回は、もう5年ぐらい前でしょうか。亡くなられた能登の濤先生が講師でした。

そうだ、京都のアパのニュースが報道されていますが、父のためにネットで28日から4泊を予約していました。現在、電話で対応待ちです。ビックリしましたね。

2007年01月24日

●戦時中の手紙

釈さん、コメントありがとうございます。花は今日も綺麗です。

もう一つのブログに書きましたように「硫黄島からの手紙」を見てきました。

帰って母に話しましたら、いろいろ古いものを見せてくれました。
そのなかの一枚が下の手紙です。
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玉永寺での疎開から東京へ戻った一人の生徒さんが、私の祖母に宛てて書いたものです。
日付は6月22日です。
3月に硫黄島が占領されて、東京への空襲が始っていました。

富山大空襲が8月2日、敗戦が8月15日。
祖父がパラオ島で亡くなったのが8月23日。

2007年01月23日

●花をいただきました

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田伏「田のし会」にいらっしゃっていた方が、
「初めてハンセン病問題についていろいろ聞かせてもらった」と
栽培している花を届けてくださいました。
ありがたいことです。記念に画像を貼っておきます。

2007年01月18日

●組 同朋の会

maroさん、コメントありがとうございました。

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プロジェクターは間に合わなかったので、コンバーターでPCのモニターをテレビに映し、高橋メソッドを試してみました。

結果は、可もなく不可もなくといったところでしょうか。

自己満足なところもありますが、事前にはっきりと道筋を立てなければならないので、そのぶんすっきりとした話ができたと思いました。

かつて、能登の上野先生が「本堂に入って、その空気を読んで、そこでどういう話をするか決める」とおっしゃっていたのが思い出されます。聴衆の表情やその場の雰囲気に相応した話をすることが理想なのだと思います。

しかし、なかなかできることではありません。私なんぞは、事前に準備をしない言い訳にしていました。

高橋メソッドであらすじを立てて、さらにその場にあわせるように話をするという形ができないかなと思っています。

次回は、近所のお楽しみ会で「ハンセン病療養所を訪ねて」と題してお話します。プロジェクターが届きました。高橋メソッドにビデオと画像を加えて組み立ててみようと思っています。

できるかなぁ??

2007年01月14日

●パワーポイント

中学生の娘が、宿題でパワーポイントを使わなければならないというので、驚いた。

いまどきは、ワードの次にプレゼンテーションソフトを学ぶようなことになっているようだ。

確かに、ノートパソコンにプロジェクターをつないでパワーポイントで見せる講義が多くなっている。

まだ、法話で使っているのは見たことがないけれど。

オレもパワーポイントもやらんとあかんのかなぁ。

外部出力のあるノートも必要なのかなぁ。

office2000は持っているので、娘はそれで作っていったが、学校のバーションは2003だということだ。

officeはすでに2007が出ている。

バージョンアプしといたほうがいいのかなぁ。

Vistaとかも出るらしいなぁ。

テレビは4年後までにはデジタル化しないとだし。。。

なんだか、あわただしい、ことですな。

2007年01月10日

●能登へ

9日、月参りを終え、そのまま能登へ向かう。

氷見の阿尾から山を越えて田鶴浜を目指すが、途中で石動山の看板が眼に入り寄道。
山の奥深く、いかにも修験道の風情にたどり着いたが、資料館は3月まで閉館。
そこからふたたび山越えを図るが、断崖絶壁、枯れ木を踏み分け、なんとか下界にたどりつく。

能登自動車道は使わず、懐かしい海岸線を、のと鉄道と競争しつつ、穴水へひた走り、
ふたたび山を越えて、目的地の輪島に到着。

能登「青草びとの会」に参加。
能登の者でもないし、専修学院卒でもないのだが、以前、ここで駐在教導をしていたときに関わりを持っていた。
10年ぶりに参加する。メンバーも大半が次の世代に移行してしまっていた。

でも能登はやっぱり懐かしい。「青草びとの会」、妙な愛着がある。
部外者ではあるが、富山でもこの会は開けないものだろうか?

二日間にわたって、らくりんさんの講義を拝聴。
そして、お世話になった濤先生が一昨年、亡くなられたことを、初めて知る。

10日の昼で日程は終了。
ふと、二人の先生のお寺を訪ねることにする。

輪島から海岸線を珠洲へと向かい、濤先生のお寺へ。
法名になってしまった先生に手を合わせる。
お世話になった。涙が出そうになる。

珠洲から自動車道を乗り継いで、田鶴浜の上野先生のお寺へ。
先生の法名に手を合わせる。思い出が蘇る。
5年前に亡くなっておられるのに、なかなか足を運ぶことができなかった。
やっとお礼を申し上げにこれるようになりました。

帰り道、夕日に照らされた能登の情景は、別世界のように美しかった。

再び山を、今度はすんなりと越え、氷見から水橋へと帰宅。

2007年01月07日

●やっと楽になりました。

今日はYouTubeとかで中川翔子の動画を見ていました。

デビューからの彼女の活躍を集中的に見たわけですが、
あらためて、ただのアイドルではないなと。
実に魅力的なキャラですな。

あとネプリーグの秋葉カンペーさんのコーナーにはまってしまいました。
堀内健、やはり、只者ではない。

YouTubeもこれから規制が厳しくなるそうで。
しょうがないですけど、少々残念。

2007年01月04日

●四日の年始客

今年初めての月参りを終えて帰ってきたら、近所のじいさんが本堂に入っていく。

ちょうどウチが留守になっていて、慌てて座敷のファンヒーターを付け、私ひとりで出迎える。

このじいさん、玉永寺にたびたびお見えになるが、いつも顔見知りのお手次ぎ寺院の悪口を延々と述べられる。

一昨年だったか、そのしつこいことにこちらが切れてしまい、ケンカ口論したことだ。

お茶をお出しして、ただ相槌を入れつつ、相変わらずの話を聞いていた。

ふと、「本堂でおまいりをしてほしい」と頼まれる。

思わず、「なんでですか?」というおかしなことを聞いたりしたが、まぁおっしゃるとおりにした。

「ありがとうございました」と、そのまま自転車でお帰りになられた。

やれやれと休んでいたら、ふたたびお見えになり、「お布施を渡すのを忘れた」と。

ちょうど帰ってきた母と、外て30分ほど歓談して帰られた。

なにを話していたのか母に聞いたが、「なにを言いたいのか半分も分からなかった」とのことだった。


じっさい、世の中にはいろんな想定外の人がいる。

「他者を尊重する」なんてカッコのいいことが、いつでも言えるわけでもない現実。

私の差別心を想定して蓮如さんは「仏法は、知りそうもなきものが知るぞ」と、諭してくださったのか。

なんてね。

2007年01月03日

●正月さんがにち

元旦は年始のお客さまをお迎えし、午後から村の新年会。

近所の方とお話して、子ども会を続けていることを評価していただいているなと感じました。

二日は早朝に枕経。富山市中心部に点在するご門徒宅へ年始の挨拶まわり。

以前は、寺の鏡餅を割って配り、各家でお勤めもしたそうです。

くたくたになって帰ってみれば、弟夫妻甥っ子姪っ子で居間の人口密度がいっぱいいっぱい。

酸欠状態でボーっとしているうちに、慌しくみんな帰っていく。

今日はやっとのんびりできるかと思ったのですが、そうはいかんのですか。

母とかみさんに叱られつつ、掃除してました。

勘弁してください。もう、動きたくないんです。どうしてくれましょう。

午後から納棺です。

2007年01月01日

●初日の出

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あけおめ、ことよろ、です。

今朝はメチャメチャ寒い。参詣客の出足が遅く、てもちぶさたです。

大晦日、光ってた人は、私的に、武田奈也、所英夫、DJオズマ、そして今井美樹夫妻でした。

除夜の鐘、若衆に任せて、引っ込んでました。子ども会のみんなが来てくれて、感謝でした。

2006年12月31日

●1月の予定

1日 修正会 表坪新年会
2日 富山市街地年頭
9日・10日 能登青草の会 輪島
15日 安田理深真仏土巻聴記学習会 野々市
18日 組同朋会 テキスト 阿弥陀経 上市
19日 解放運動協議会 富山
21日 田伏お楽しみ会 講題「ハンセン病療養所を訪ねて」
25日 ハンセン懇交流集会部会会議 京都
26~28日 住職修習 班担 京都
29日 共学研修会 富山

ということで、来年も、よろしくお願い申し上げます。

2006年12月30日

●御遠忌会議・もちつき

熱海から帰る道すがら、じわじわと私を苦しめ悩ましていたのは、次の日の会議のことでした。

25日 富山教区御遠忌教化推進部門会議。
いよいよ来年から始まる公開講座と、再来年春の記念講演、講師決定日です。

ここにいたる過程にはいろいろあったのですが、それは省略して。

公開講座は、テーマ 廃仏毀釈と富山別院。
太田浩史さん(となみ民藝協会会長)、阿満利麿さん(元明治学院大学国際学部教授)のお二人を軸に。
東別院改修中にて、会場は富山西別院。

記念講演はジャーナリスト、江川紹子さん。会場は新川文化ホールにほぼ決定です。
今後、まだ修正、ありえます。

記念講演に関しては、かなり冒険的な講師も候補にしていたのですが、最後の最後でビビリました。
その意味で、守りに入った選択をしました。でも、これでよかったと思っています。

この事業もありますから、来年、再来年は今年に輪をかけて忙しくなります。さらに頭が薄くなりそう。
しかし、村上さんがおっしゃるとおり、今は私にとってそういう時期なんだと思います。
ここのところ息切れしていましたが、これから一つ一つ、楽しんでやっていきたいと思っています。

26日からは仏事と並行して、寺報作成と年末の寺務に追われました。

28日 もちつきをしました。といっても「もちっこ」君(電動もちつき機)がやってくれるんですが。
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ご本尊に供える鏡餅を、ウチの若衆+1が、鋭意、作成中です。

夕食はつきたての餅を、ゴマ、きなこ、大根おろしでいただきました。美味でした。

2006年12月29日

●熱海・東京

23日 水橋→魚津→越後湯沢→東京→熱海と乗り継いで、駅から歩いて会場へ。
事前には連絡会と聞いていたのが、退所者の方々との交流会であったのにビックリ。
内容は、↓の報告書草案を読んでいただけると幸いです。

石山さんとは同室でした。懇親会では、並里さん、森元さんと深く話せてうれしかったです。須賀さんが酒井さんの弟だと初めて知ったり。釈香立さんとも初めてお話しました。思いがけなく、シズオさん御一家ともお会いすることができました。

24日 石山さんも森元さんもクリスチャンです。ミサでお忙しいところを参加して下さっていました。クリスマスは信仰を持つ方々にとって、大切な日です。キリスト者でもないのにクリスマスを祝う方には、年中、愛と平和を大切にする生活をしていただきたいものです。こんな日に死刑執行するなんて。。。

 交流会を終えて、一人になり、とても心細くなりました。あおさんは米原経由で行っちゃったし。ちなみに、水橋と熱海は本州を挟んで対称の位置になるようで、東京経由でもほとんど同じJR料金になります。

 少し時間があったので「ゆりかもめ」とかいうのに乗ろうと思い、新橋まで行ったのですが、人の波が嫌になって、やめました。
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 田舎者には東京の空は、確かに、小さく見えます。

 東京駅で降りて、皇居へ向かい、ふらふらと、夕暮れのなか、国会議事堂まで歩きました。「おまいら、教育基本法 成立させちゃったなー」と、叫んだりは、、、、、しませんでした。

 地下鉄、有楽町で乗り換えたらビックイシューをおじさんが売っていたので買いました。表紙がシャア・アズナブルでした。

 東京→越後湯沢→黒部→水橋と乗り継いで帰りました。熱海のお土産は、アジの開きでした。

2006年12月26日

●玉永寺通信 第30号

突貫工事でなんとか作り終えました。

玉永寺通信 第30号

上記のアドレスはWeb版です。リアル版は現在印刷中。

コンパクトフラッシュの中の大事な画像データを、操作ミスで消してしまったときには焦りました。

このブログで使ったものを代用することで、なんとか事なきを得ました。ブログやっててよかった。

プリンターの方は感光体交換をはじめて体験してみたりしました。

一部にかすれが出ていたのですが、トナーを入れなおしたり、黒だけで何度か印刷したりして、うまく色が出るようになりました。

カラーレーザーはやっとうまく扱えるようになりました。先回より、両面印刷をはじめたので、安定して早く仕上がりそうです。

問題は、トナーが足りるかです。。。

2006年12月25日

●毎日が必死です

熱海、東京の話、そして今日あった重要な会議のことも書きたいのですが、

正月に出すはずの寺報を、一刻も早く作らなければならない。

しかも、今、ファイル操作を誤り、大切な画像を全部消してしまい、ぼーぜんとしています。

ブログに残っているものを使うことができるので、なんとかなるでしょうけれど。

しかも、明日も、あさっても、仏事がない日はない。

これはかなり、ヤバイ状況になってます。

2006年12月22日

●部落問題講演会・真仏土巻学習会

21日 午前は報恩講 月参り
午後 教区御遠忌教化部門打ち合わせ いよいよ来年から実施年度。この事業にずーーっと悩まされることだろう。

引き続き、部落問題講演会 講師 石川県同和教育研究協議会 事務局長の細木さん
厳しい背景を背負った生徒と向き合うなかで、生徒と共に歩ける教師になりたいという思いから、教育実践を同和教育から学ぶ。とても、感動的で学ぶところの多いお話だった。来年、金沢で2万人規模の同和教育大会を開催されるということだ。
あと、「被害者非難」という概念についても学んだ。

久しぶりに、フェアトレードの店「ふぉるくろーれ」によってチョコ、カレー粉、ゆずこしょうを購入。

野々市へと車を走らせ、常讃寺にて安田理深真仏土巻聴記学習会。
今回は、テキストの内容よりも、それに付随する話題と言うか、このごろ自分の課題になっていることをらくりんさんに尋ねるようなことだった。これも、とても勉強になった。
よく学んだ日だった。

さて、明日から一泊で、ハンセン懇第2連絡会。会場は熱海。講師は「おうえんポリクリニック」の並里さん。
静岡なんて行ったことが無い。熱海まで電車を乗り継いで5時間。行きも帰りも富山、越後湯沢間しか指定席は取れなかった。もしかしたら三時間たちっぱなしかぁ? がんばれ! 耐えろ! オレの体力!

2006年12月20日

●金沢・組推進員同朋会

18日 午前、鯰温泉で報恩講。
こちらの温泉と料理は最高です。近所なら毎日、行くのに。。。

午後から金沢教務所へ。
連区での解放運動推進本部との懇談会。

懇親会。ゼミ友だちの訓覇氏と、藤野豊さんの新刊の話題で盛り上がる。泊。

19日 金沢フォーラスでおみやげのケーキを買う。
21世紀美術館へ。
それなりにおもしろかった。

富山へもどり月参りをして、推進員同朋会へ。
テキストは、今回から九州のある寺院が発行したという「おつとめのほん」。
これに載っている阿弥陀経のお勤めと内容についてお話することになった。

経典についてお話するなんて、未踏の世界。
不安はあるけど、がんばってみよう。

ということで、だいぶ端折ったけど、これで日記の穴埋めは、終わったことにしておこう。

●柳原銀行・七箇条制誡

14日は同朋会運動推進会議のため、京都へ。
どうも、不完全燃焼な内容だった。
懇親会。一泊。

15日、なんとなく京都駅から東へと散策。
ふと、「柳原銀行」の案内板が目にとまる。
そういえば、保存運動に寄付したんだよな。
いっぺん見とくか。
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枳殻邸建築のために、運送に使われていた高瀬川の流れが変えられ、この地域に産業をもたらしたなど、崇仁地区の歴史が興味深かった。

自転車屋、畳屋、靴屋、ミシン屋といった、懐かしい町並みを眺めながら京都国立博物館へ。
久しぶりに仏像、仏画といった常設展を楽しむ。

特集陳列「 高僧の書 -日本仏教の祖師たち-」。教行信証坂東本はもちろん出されていたが、「法然上人七ヶ条制法」があったのには驚いた。やわらかい法然上人の署名。名だたる先輩たちに続き、「僧綽空」。素人目に、教行信証の字と似ているなぁと思った。法難の渦中にいた吉水教団と親鸞が、この署名をした状況が目に浮かんでくるようなきがした。

三十三間堂によって、富山へ。

ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山の会合。来年度の事業計画。

懇親会。女性室の見義さんと女性差別について議論。帰宅。

●住職は しんどい

がんばってやってきたんですが。

報恩講も山を越えたんですが、一番しんどい時期を終えた頃から、じわじわときてしまいまして。

これまでは、父を支える、助ける立場であった。
それが、「私がやらなくてはならない」と変わったというのは、結構しんどいもんですね。

27日まで入っている報恩講の日程表をみると、かなり鬱な気持ちになるようになってしまいました。

寺務も溜まってきた。寺報も。。。

ちょと舐めてましたね。「住職」ってのを。

これから、小杉と高岡へ報恩講に参ります。

このまま、止まっているのもなんです。

徐々に、再開し、抜けている日記も書いていきたい、とは、思ってます。

2006年12月16日

●ブログ、ちょっと休んでます

9日 さようならとかんしゃの集い 東城月忌
10日 魚津
11日 華の会 朝日町
14日 同朋会運動推進会議 京都
15日 ふるさとネットワーク富山 会議

どの行事も、とても内容の濃いものであったのですが、ご葬儀もありまして、ここでご報告する余裕がありません。

落ち着いたら、と思っているのですが、いったいいつ落ち着くのかしらという感じでして。

年末に寺報を出すので、毎日の記録は残した方がよいのですが、とりあえず、運休させていただいております。

とりあえず、元気に、いっぱいいっぱいで、がんばっております。

2006年12月03日

●しんどい(改

昨日、ここに愚痴を書いたんですが。

やっぱり、消してしまうことにしました(笑

こういうこと、けっこう何度もやってるオレです。

エロさん、コメント、ありがとうございました。

13日、大阪でお会いできるといいな。

2006年11月29日

●ゆずこしょう VS かんずり

ウチのような三世代同居ですと、和食中心ですので、どうしても内容が味気ない。

でも、健康にはこれがいいんです。確かに。

それで、このごろ香辛料を多用しています。

善光寺の大辛一味を味噌汁に常用してます。少々きついですけど。

あと、娘の修学旅行七味とか、父が買ってきた粉山椒などがあります。


練り系ですと、このところは、大分のゆずこしょうを愛用してきました。

煮物、焼肉、焼き魚と、実に楽しませてもらいました。

納豆をこれで食べることを知ったのは、すごい体験でした。

いま、最後のゆずこしょうを、純米吟醸の肴、納豆で終えたところです。

ありがとう、ゆずこしょう。とりあえず、さよなら。


続いて、いま、新潟かんずり瓶のふたを開けました。

以前、かんずりも使っていたことがあったのですが、どういう使い道があるのかあまり冒険したことが、ありませんでした。

ためしに、納豆に使ってみましたが、塩分が少ないためか、多めに入れても、もう一つですな。

納豆+ゆずこしょうには及びません。

ふと、このまま舐めてみましたら。

いけます、これは!


さあ、明日からは、かんずりと共に食事を楽しむ生活が始まります、な。

●12月の予定

とりあえず明日は午前タイヤ交換して午後は報恩講、魚津経田へ。

1日 富山方面
2日 五百石 岩瀬法要
3日 神田法要 道源寺
4日 上滝
5日 小出 立剋寺法要
6日 富山・婦中
7日 水橋法要
8日 定期健診
9日 さようならとかんしゃの集い 東城月忌
10日 魚津
11日 華の会 朝日町
14日 同朋会運動推進会議 京都
15日 ふるさとネットワーク富山 会議
16日 富山
18日 連区「同和」会議 金沢
19日 組同朋の会
21日 教区御遠忌会議 真仏土聴記読書会 野々市
23・24日 東日本出所者の会 熱海
25日 教区御遠忌教化部門会議
27日 ハンセン懇 集会部会会議 京都


あとは報恩講散発 寺報作成郵送 修正会準備

2006年11月28日

●ごまんさん

9時半よりお勤め。

父と私のダブルヘッダーで法話。

11時半からお斎。

右端が富山の「いとこ煮」。金沢と違ってカボチャは入りません。

IMG_0777.jpgIMG_0781.jpg

20人あまりのお参りで、アットホームな感じでした。

でも、聖人の恩徳を讃える気持ちは、本山にも負けないつもりです。

今年は同朋会にも呼びかけなかったから人数は少なかったけど、増やすようにしたらいいかな。

やっぱり、蓮如さんのフレーズがうかんでくるよ。

一宗の繁昌と申すは、人の多くあつまり、威の大なる事にてはなく候う。一人なりとも、人の、信を取るが、一宗の繁昌に候う。しかれば、「専修正行の繁昌は、遺弟の念力より成ず」と、あそばされおかれ候う。

念力、念力。

これは来年の課題。

2006年11月25日

●山のご馳走

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本日から三日間、魚津の山村、東城へ通います。

今日は晴天に恵まれ、山は紅葉。

実に美しかった。

写真は、お昼に出してくださった食事です。

胡桃の入った押し寿司、煮しめ、奥で湯気が上がっているのが「いとこ煮」。

あと、映ってませんが、秋ウドの酢もの。

どれもとても美味しかった。合掌。

2006年11月24日

●テレビにさよなら

私の部屋にずっーーと存在してきた87年製25型テレビ。

もうスピーカーが壊れてしまっています。

PC用の外部スピーカーをつないでなんとか長らえてまいりました。

それが、親孝行な弟が両親に32型液晶テレビを贈りまして、両親が使っていた93年製21型をゆずってもらえることになりました。

25から21へとサイズダウンはしたのですが、ものすごく綺麗に見えます。

20年近く使ってきたのですから、ブラウン管もかなりおかしくなっていたんでしょうね。

長らく使ってきたテレビを、電気屋さんに引き取ってもらうことになりました。

80年代の電化製品をいまだに使っていたのもなんですが、87年の25型というのはさぞかし高価な商品だったんだろうなとか言っていましたら、どうやら私たちの結婚式のビデオを見るために購入したテレビらしいのです。

そういうことを聞きますと、使い倒したテレビにお別れとお礼を、言いたくなったりしました。

2006年11月23日

●行脚

かみさんとほんこはん、まわってます。

昨年までは父とまわっていたのですが、私が住職となったということで形態が変化し、報恩講と平行して仏事の日程が入れられ、そちらに父が参っています。

両親の健康状態などいろんな要因が絡んでくるので、このあと玉永寺の行事がどのようになっていくのかは不透明であるのですが、この、私たち二人がご門徒さん宅を一軒一軒まわるという形が、どのように御門徒さんの間に受け入れられていくのか、ちょっとおもしろくなってきました。

今夜はオールドパーに大分のお菓子「ざびえる」。そして録画したアニメ「NANA」を楽しみました。

極めてレディースな展開に釘付け。

すんごいなぁ、これ!

今夜はこれらでストレスを発散しております。

2006年11月20日

●明日は華の会

so-shuさんのお寺に伺います。

テキストは。善導大師の三回目。

一回目は、善導の観経の読み方が古今楷定、ぶっとんだ読み方であったと。

二回目は、バナナパワーで二河白道を紹介したけれども、掛け軸を忘れてしまった。

今回は、善導最終回として、もう一度観経のストーリーを押さえようと思っています。

その過程で、観経における差別発言「是旃陀羅」を説明し、善導の解釈も紹介します。

そして、善導、親鸞の女性差別に関連する問題も触れざるをえないでしょう。

「与韋提等獲三忍。観経、善導、親鸞は女性の救済を語りました。」と、すんなりとは、言えない。

若坊守さんたちの意見を拝聴して、話し合ってみたいです。

極力、情報を間違えたり操作したりしないように。

2006年11月19日

●教育基本法改正案 第二条

(教育の目標) 第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

 これまでは「教育の方針」として、まさに理念だけを述べていた部分を膨らませて、5つも「目標」を掲げている。目標を立てる人は立てるだけだが、立てられる人はたまったものではない。自分ができていないことを、他人に強制するのは無責任である。そして無責任であることに無自覚ということである。
 人を律することのできる法、法律を決める立場にいる。政治家たちはそういう権力をもっている。それをそのまま、力をもたない人を律するために使うという構図はいただけない。
 仏教も最初は戒律を定めた。その狙いは諸説あるが、仏道を極めるための障害となるものを排除することであったと思う。それが、とかく戒律を守ることが目的になって、仏道を求めることが二の次になりがちになる。戒律を守れる環境にない人々を排除するに至っては、なんのために戒律を守っているのやら、訳の分からんことになる。教育の目標を掲げることについても、同じようなことが起きるであろうことは容易に予想される。
 戒律に捉われない浄土の教えは、とかく堕落した仏教と非難される。が、そうではない。要は、日常生活のなかでもゆらぐことのない教えを求めたということである。末法という時代における仏道を追求したということである。
 いまごろ破戒と非難する人は時代錯誤である。破戒、無戒しかない現実である。その現実に耐えられない善人が恐怖し、反対者を蹴散らして、ただ戒律だけを立てようとしている。彼(女)らには、子どもたちの悲鳴がどのように聞こえているのだろうか?
 

2006年11月18日

●愛国心・自利利他円満

新たに「教育の目標」として挙げられた第二条の五。

伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

仏道でいうところの「自利利他円満」です、これは。

自国を愛することと、他国を尊重することが両立し、常に両方とも円満ならば問題は無い。しかし利益が対立したときはどうなるのか。

「自利利他円満」は仏の世界のみに成り立つことであって、衆生にはありえないことであるというのは厳然とした事実である。我々は完全に同一に存在することはなく、必ず他者として存在しあうものである。

基本法というのは理念を掲げる法律である。その意味では、願いを文言とすることは大切なことだと思う。しかし、法案を支持する者は「自利利他円満」を追求していく覚悟があるのか? 「国益」「利敵行為」と連発する政治家たちは、自国の利益追求のための方便として、「他国を尊重し」を書き加えただけではないのか?

愛国心も仏法から言えば、執着心、煩悩である。「国」は人間の妄想が生み出した観念である。煩悩だからダメだとか、消してしまえとかということではない。人間は煩悩成就の凡夫であるというのが、真宗が見出した境地である。そして「浄土」は、あらゆる衆生を救わんがために、如来が考え出した観念の国である。そこには国家を相対化するという狙いもあることだろう。翻せば、浄土を絶対化することも大いに問題がある。第二十願の問題である。

要は、煩悩を煩悩と見据えること。
それができれば、それといかに付き合っていくかという難解な課題、貴重な視点がもてる。

以上、安田先生っぽく書いてみました。
こんな文調ですらすら書ける、自分が怖い。。。

2006年11月17日

●明日の予習

むーん。予定通りにはいきませんでした。

計画のうち、御正忌のチラシづくり、部屋の掃除、報告書作成はできませんでした。

まぁ、ぼちぼちこなしていきます。

あしたは、午前は法事。午後が組同朋会。慌しく、テキスト「宗祖親鸞聖人」最終回です。

結局、の総序に触れた部分と、前巻の阿弥陀経についての論及を踏まえさせていただき、最終法語が恩徳讃。感動のフィナーレを迎えます?

「宗祖親鸞聖人」のあとは、阿弥陀経をテキストにすることが決まっています。ですから、総序の阿弥陀経に関連する部分を押さえて、うまくつなげていけそうだと思っています。

安田理深先生の総序聴記は、本文に入る前の二講までしか読めませんでした。しかし、別序(問答)、後序(現実との接点)との対比して普遍的な問題を踏まえるのが総序だという指摘が興味深く、それだけでも、ここから入っていけるかもしれないという、とっかかりのようなものを感じることができました。

●寒くなりましたね

それでも平年並みではないでしょうか。
来週になるとまた、暖かくなるようです。

正座が続き、かなり、足、膝にダメージが溜まってきました。

今日は午後から時間があるので、図書館に本を返却、理髪店で散髪、病院へ薬を取りに、日常品の購入、御正忌のチラシづくり、部屋の片付け掃除、報告書ふたつ作成、組同朋会の予習、健康診断の予約、、、えーっと忘れている事はないかな。。。

2006年11月14日

●火鉢断念

昨日、腰をいためて母と交替したかみさんが復活し、一日、いっしょに回りました。

やはり、すんなりとは行きません。

ミス、トラブルと、いろいろ、あります。

そこをなんとか、日々、精進しております。


火鉢。

けっこう楽しんでいたんですが、これまたいろいろ考えるところあり、

残念ながらファンヒーターに戻しました。

まぁ、ひとりじゃなくて家族と共に生活していますから、

それなりに、気を使いますわね。いろいろと。


そんな毎日ですから、かなりストレスも溜まります。

ブランデーと和菓子でしのいでます。

が、どこかに呑みにいきたいものです。

とりあえず、今夜はNHK「ドキュメント72時間」の「横浜中華街の青春」を楽しみました。

なかなか爽やかな番組でありました。

2006年11月13日

●カタイNHKをまとめて見る

連日、休みなく、ほんこはんというのは精神的に疲れるものでありまして。

18日に組同朋会で教行信証総序についてお話しするのですから、安田先生の本などを読めばいいのですが、じっくり取り組む元気がありません。

それで、ここのところは、火鉢をつつきながら、これまでレコーダーに録りためていたTV番組を、ぼーっと見、終りました。

「つんどく」みたいほったらかしにしてたのは、だいたいカタイNHKの番組です。

NHKスペシャル
「調査報告・劣化ウラン弾 ~米軍関係者の告発~」
「日中は歴史にどう向きあえばいいのか」
「東京カワイイ★ウォーズ」
「硫黄島 玉砕戦 ~生還者 61年目の証言~」

ETV特集
「戦争へのまなざし ~映画作家・黒木和雄の世界~」

知るを楽しむ
「アフガニスタン・命の水を求めて ある日本人医師の苦闘 中村哲」

今は、感想を書く気力が湧きません。記録だけしときます。

2006年11月12日

●お遍路さん

きのうの女子世界バレーはすごかった。
ひさびさに強い日本チームを見せてもらった。
しかし、今日イタリアに勝っても決勝進出はほとんど無理らしい。
ざんねんなことだ。

そのウラでやっていたNHK「ウォーカーズ 迷子の大人たち」を録画して見た。
宗派は違うけど寺の継承問題からはじまり、お遍路さんの紹介もあって、なかなかおもしろい内容だった。

NHKでは「趣味悠々」でもお遍路さんを取り上げていて、チラッとみたことがある。
私も一度、できることなら、あの世界を体験したいものだと思っている。

真宗でも、江戸時代に二十四輩の寺を巡礼することが盛んだったと、なにかの本で読んだことがある。
越後七不思議とか、おそらく、お遍路さんに似た習俗はあったことだろうと思う。

いま、連日かみさんといっしょに「ほんこはん」で門徒さんの御宅を一軒一軒まわっているけど。
これが、「同行二人」と、考えられなくも、ない??

毎日毎日、親鸞聖人とご一緒です。
なむあみだぶつ なむあみだぶつ。。。

なんだか、違う世界にいるような気もする(笑

2006年11月06日

●報恩講をまわりつつ

昨日、個人的な相談を受けました。

以前、たった一回ですが、カウンセリングについての講習を受けたことが役に立ち、どぎまぎせずに対応することができました。


「なるべく日曜に報恩講をしてほしい」という要望を受けました。

集落ごとに回る日はどうしても各戸のご都合まで考慮することはできていないないのですが、できるだけ対応したいものです。


年配になると、足腰の衰えから行動範囲が狭くなるというお話をお聞きしました。

そうした方々との話し相手という機会を与えられた者として、何ができるだろうか、ということも課題です。

2006年11月05日

●秋なすび

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みなさまいかがお過ごしでしょうか。

ボクは報恩感謝の日々を重ねております。

写真はお昼に出してくださった、茄子のお漬物です。

スーパーで売ってるんじゃないですよ、天然モノですよ!

ビックリですね。

かみさんと一緒にいただきました。めちゃめちゃ旨かったです。

ん?

まいっか。

2006年11月03日

●如信上人・火鉢・集い企画

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魚津のあるご門徒宅の脇掛。如信上人が飾られていました。

火鉢のほうは今朝まで種火を残しておくことはできたのですが、それに新しい炭を足していくのに失敗して、結局消してしまいました。
何事も経験ですね。明日はうまくいきますように。

今年の「さようならと感謝の集い」の日程は12月9日(土)に決定しました。
ステージを何にするか迷って、各方面に当たらせていただきましたが、手品をされるご門徒さんにお願いすることになりました。関係各位の方々、おさがわせいたしました。

2006年11月01日

●ボクを悩ませるもの

とりあえず二つあるんです。

1、塩味のお茶

昆布茶、梅茶、しいたけ茶の類です。

とにかくダメです。飲めません。

この時期、お参りに行くと、「たまにこういうものいいでしょ」と出してくださるお宅があるんですよね。

若いころは、根性で飲み干していたのですが。

ほんの一口飲んで、あと残してみたり、

「ちょっとお腹をこわしているんで」と訳の分からんことを言ってみたり。

今日、しいたけ茶を出してくださったお宅があったのですが、初めて「わたし、これダメなんです」と言うことができました。

でも、好意で出してくださったものを断るのはものすごく、申し訳ないことです。

ここをご覧になっている方がいらっしゃいましたら、そこのところ、勘弁してください。

お願い申し上げます。 m( )m


2、通常の服装

家族からは「あんたは坊さんのカッコしてるのが一番似合うわ」と言われます。

そう言われて、かなり複雑なんですが。

実際のところ、フォーマルなカッコは嫌いです。でも、カジュアルがまた、似合わないんだ、これが。。。

それは置いといても、市販のもので体型に合うサイズが見つからない。

ユニクロや無印で合わせても、袖丈が長すぎる。胴回りがきつすぎる。脇が痛くなる。

袖丈はSサイズ、胴回りがXLなのです。

筋トレしてるって事もありますが、基本的に、体型が、アナクロなんです。 orz

ホンマにどうしたらいいのやら、悩んでます。

ジャージで会議とか出ようかな。。。

●京都日帰り

昨日の話。

近鉄の無印でシャツを買う。

無印食堂で米麺を注文。

女性ばかりの店内。

「戦争とジェンダー」レイプ、慰安婦の章を読む。

かなりしんどかった。

スープはレモン風味。デザートは杏仁豆腐。

待たされたが、とても美味。


大谷婦人会館で同朋会運動推進会議。

意見聴集なんだろう?

妙な諮問会議。

終了後、自費懇親会。

総長はタイガースファンだということを知った。

終電に接続できるサンダーバードにぎりぎりで飛び乗って、帰ってきた。

体重計に乗ってみたら、昨日より-1㌔!

一日、身も細る思いをしたわけだ。

くたくた。

2006年10月29日

●光徳寺報恩講

午前は水橋で法要

午後から光徳寺報恩講、引き続き1時間ほど法話。

親鸞聖人の一生をたどりました。

よく話せたなと、我ながら、充実感あり。

夜は子どもたちと回転寿司。

混んでいて1時間あまり待ったけど、その間、会話ができて、お腹が空いて、楽しかった。

しかし、こんな時間まで起きているということは、ペースが乱れつつあるんだと思う。

このところテンションがやたら高かったのが災いしている。

これからしばらく年末まで、押さえていきますので、ヨロシクお願いします。

2006年10月23日

●亀

門徒さんが飼っている陸ガメ。

現在10cmぐらいだが、いずれ40cmには成長するそうだ。

そんな巨大な亀が、お勤めをしている後ろで、のっしのっしと歩いている様子を想像すると、

正直、少々、怖い気がする。

2006年10月21日

●報恩講、終わったです

今日は60名ほどの参詣。

お話は稲垣さん。どこを切っても仏教、みたいなお話。

今年度、玉永寺報恩講、終了。

ここからまた、歩み出すのだ!


2006年10月20日

●報恩講初日

参詣は30人ほど。

埴山さんのお話、よかった~。

「末代無智」の御文。「たとい罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくいましますべし。」罪悪深重の自覚と弥陀の救いは前後ではない。「かならず」という言葉で結ばれている。同時だということ。自覚が救い。
そして、「報恩感謝」とは、自らの罪悪を受け止めてもらえることへの感謝。。。
いつも読んでいるこの御文がなかなかいただけなかった。それが、「そうか、こういうことか!」目から鱗でした。

「いつつの不思議をとくなかに 仏法不思議にしくぞなき 仏法不思議ということは 弥陀の弘誓になづけたり」
自然、運命、出会いといった「不思議」を、われわれは不思議とは受け止められずに、悩み苦しみ、怯えている。不思議を不思議として受け止めるのが仏法不思議。。。

いつまでもお話を聞いていたいような一日でした。

2006年10月19日

●報恩講前日

昨日、張った幕

昨日、発送した同朋会案内
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荘厳も終わりました
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みなさまの参詣をお待ち申し上げております。

↓張り出した、11月からの日程表。がんばります。

続きを読む "報恩講前日"

2006年10月18日

●水橋米騒動

so-monさん、コメントありがとうございます。

本日はまず、出棺勤行からはじまりまして、葬儀。

午後から組同朋会。
ここで書いたようなことをお話しました。
「無碍の一道」については、それに対比されるような私たちのなにかにおびえ続ける日常が浮き彫りになるようで、座談会も病といった身近な問題を皆で悩みあうような展開になりました。
それにしても、総序の迫力にびびってしまい、「このテキストは来月で終わりにします」と言ってしまった自分が情けない。

帰って、一日早いけど、息子と幕張りと提灯台の設置。

そしてお通夜へ。
同じ地域なので、昨夜と同じ方がみえているのと、小学生が何人かいるので「四門出遊」を話してみる。と、昨夜同様、参詣者の方々の表情が気になってしょうがない。このあたりは新米なんだと思う。余裕がないのだ。様々な表情を、どかっと受け止められるようになりたいものだ。

かなり凹んで、疲れ果てて帰る。

自分を奮い立たせるようにして27日の同朋会の葉書を作成。

と、NHKの「その時歴史が動いた」で水橋の米騒動が、真正面から取り上げられていた。

『高岡新報』記者・井上江花の言葉
「我々は真に野花の一茎にだも如かざる微細な人間であるけれども、野花は野花だけに生涯の美があります」

なんだか誇らしい気持ちになる。このページの下のほう。米騒動のかあちゃんたちと、ちょっとは関わりがあるんだから、なんか、がんばらなくちゃという気持ちが、ほんのすこしだけ湧いてきた、、、、かもしれない。

2006年10月16日

●驚異! 日本海食堂!

今日は午前と午後と富山中心方面でのほんこはん
ウチは、移動も含めて一軒一時間のペースですわ>あおさん
(って、よく見たら、月参りのお話だった。ダメだ>俺)

夕方から報恩講の準備


御絵伝を荘厳



今年は祠堂で花瓶を新調させていただきました。ありがとうございました。

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高札も立てました おとうさん 字が上手だね いつもありがとう(汗

かみさんも疲れているので、今日は近所の日本海食堂へ、何十年ぶりにいってみました
なぜかmixにファンサイトがあるので妙だなと思っていたのですが、行ってみてびっくり!

続きを読む "驚異! 日本海食堂!"

2006年10月15日

●育成員研修会

10月11から13日。講師は楠さん。フリーが竹橋さん。班担は、山陽の池田さん。大窪さん。三重の池田さん。教研の藤原さん、鶴見さん。そして私。特別研修生が班に入るということで、教研から立野先生と加来さんもいらっしゃっていました。

「宗祖親鸞聖人」の第七章「民衆に帰る」。特に法語1の唯信鈔文意についての話し合いが印象に残りました。職業差別、社会差別としての「下類」という言葉に、「われら」を見出していく展開ですね。

そして、「法語に学ぶ」というということについて、竹橋さんと意見が違うということをここで書きました。現実と離れてはどうしようもないけれど、「法語に学ぶ」ということを、もう一度、考えたい。いずれにせよ、私たちは言葉でしか教えに会えないのではない。亡くなられた竹中先生をはじめ、その教えに生きようとしている人たち、諸仏との出会いの大切さを思います。

楠さんは修練で何度かご一緒させていただいた先生で、今回も学ぶところが多かったです。教研のスタッフとも顔なじみになってきて、面白い話し合いができるようになりました。

昨年、初めて班担をしたときとは違って、特別研修生が研修の一環として参加していました。全体としてだいぶ雰囲気が違いました。担当した二人も、とても雄弁で刺激を受けました。新鮮な感覚に触れることができるというのが、育成員研修会の人気の秘密かもしれないな。

しかし、この研修会にも特別研修にも、富山からは参加者がいないのが残念。次回は4月中旬。

玉永寺報恩講が近づいてきて、準備に追われています。毎日、門徒さんのお宅をまわって「ほんこはん」、報恩感謝の日々です。さらにその前の18日に組同朋会があって、いよいよ「宗祖親鸞聖人」の最終章に入るのですが、法語になんと、教行信証総序が置かれているのに、びびっています。えらいもんが、最後の最後に控えていたとは!えらいこっちゃ!!!

2006年10月02日

●母の小言

photo_n02.jpg
「豚足みたいなものは載せるな」とか

「上品なお寺らしいホームページがあるから見ろ」とか

連日、悩まされています。

無線LAN、切ってやろうかと思いますよ。

2006年09月29日

●10月の予定など

IMG_0650.JPG

昨日、上条小学校の6年生のみなさんがスケッチにおいでました。

9月も終わろうとしています。後半にきつい風邪を引いてしまい、治っていません。
10日1日から門徒・寺院報恩講が始まります。
ほとんど休みなく、びっちり組まれたスケジュールをながめて、溜息をついてます。
年末まで、なんとか無事に、乗り切りたいものです。


2日~3日 ハンセン病に関する懇談会交流部会打ち合わせ 京都

5日 美川の会?

11日~13日 育成員研修会 班担 京都

14日 玉永寺子ども会

18日 組同朋会

20日~21日 玉永寺報恩講

26日 安田理深『真仏土巻聴記』輪読会 野々市 常讃寺

27日 玉永寺同朋会

28日~29日 光徳寺報恩講法話

31日 同朋会運動推進会議 京都

2006年09月22日

●会議、会議、会議、

21日、京都にて同朋会運動推進会議

今回は、結構、静かにしていた。

懇親会があった。とてもとても微妙なノリだった。

父の年齢が、私と同じという宗務役員がいた。

「タイタニック」のヒロインのように、恋人の分まで人生を楽しんでほしいと思った<意味不明

22日、朝、京都を発ち、富山駅で下車。

教区御遠忌教化部門会

苦労して作ってきた趣旨文を、教区報恩講の講師が「使えない」と言ってきたとか。

「趣旨文」を「テーマの願い」に変更するなど善後策を検討。

そうこうしてる間に、あまりに自己の言い分を通そうとする人に、私、キレました!

引き続き、情宣部門会議

なんとか、最後まで座ってました。ふっと、眠気がしたりしました。


「今、あなたをストレスが襲ってる」。。。

2006年09月18日

●念仏者は無碍の一道なり

こういうのを「年寄りの冷や水」というのでしょうか?

ここのところのハードスケジュールで風邪を引いてしまい、しかしながら寝込むわけにも行かず、申し訳ない喉の状態で葬儀、法事、月参りをしております。

しかも、来月の報恩講に間に合わせるために「玉永寺通信」を一刻も早く作成し、発送しなければならないということで、朦朧としながら、もう、たいへんなことに、老体に鞭打ってます。つらい。。。

明後日の共学研修会も、葬儀が入って出席できません。

さて、そんなおおわらわのうちに今日は午後から組同朋会、テキスト「宗祖親鸞聖人」第八章 大悲に生きるの最終項、「無碍の一道」です。

歎異抄第七章ということで、事前に↓をなんどか読みました。

若い頃ならば、高らかに念仏者は何事にも動揺することなく、一途な道を歩むのだと論じたことでしょうが、それなりに苦くて悲しい経験、挫折を重ねてきたことをお話しすることになると思います。

2006年09月10日

●これから再び、旅立ちます

本日 水橋→金沢

11日 金沢→京都→杉本→浅香文化人権センター

12日 浅香→リバティおおさか→砺波or高岡→水橋

いってきます。

2006年09月08日

●ばたばたしております。

今日は教区御遠忌教化部門会議 趣旨文についての最終会議でした。
最後の最後で「国家とは何なのか。」という一文を削るか残すかで合意に至らず、部長一任ということになってしまいました。
来週には結論をださないとあきません。頭が痛いです。

「さくらインターネット」(http://www.sakura.ad.jp/)でドメイン取得しました。
「gyokueiji.net」にしました。
これから http://gyokueiji.net がホームーページとなります。

レンタルサーバーにMovable Typeを導入して、ここのブログを作りました。
カスタマイズがかなり難しいです。ネット上の情報を集めてなんとかここまでたどり着きました。

手探りで初めてホームページを作ったときのような感じでした。
まだまだ、不安は残りますが、これからここを根城にがんばろうと思います。

2006年09月03日

●息子と美川の会

昨夜は高二の息子といっしょに美川の会へ行ってきました。

http://sun.ap.teacup.com/pastime/6.html

「よくきたね。えらいね。」と声をかけてくださったのですが、事情は複雑で。

素直に、「いいお話をされているから一緒に行こうよ」ということではないんです。

彼も17歳になりました。

自分の進路、「寺」ということをどう考えて行けばいいのか、彼はこの夏、とてもとても悩みました。

いまも、深く悩んでいます。

以前、修練の班担をしていて、寺に入っていく若者の、言い知れぬ不安感とプレッシャーを聞いてきたのですが、それと同じようなことを息子が話したのは驚きでした。

いやはや、これは当然、当たり前のことなのですが、ガンと一発なぐられた感じ。

彼のために、父としてなにができるだろうかと考えた末に、美川の会に連れて行くことを思いつきました。

なんだかんだいって、同じ道を歩んでほしいという、ドロドロとしたものを私は心の底に抱えています。

でも、昨日のお話にもありましたが、他人に菩提心を起こさせるという事は、決してできることではありません。

彼の選択を見守ることが大事です。

でも、それでいいのだろうか。

寺とは違う形で、自らお念仏を学ぼうという人が集まる場所、お念仏が生きている場所を見せてやりたくなりました。

そういうわたしの思いを伝えたところ、息子は美川まで行くことを承知しました。

2006年08月29日

●金沢での青春の日々を

富山で月参り2軒。

県立図書館で本を5冊選び、貸し出す。

今回はなかなかのラインナップだ。

昼食、デリーでAセット。

富山松竹でジョニー・デップ「リバティーン」を観る。

金沢へとドライブ。

金大近くのジャスコで久しぶりにジーンズを購入。

さっそく穿いてしまう。これで学生時代に還ったという設定か(笑)

なつかしの第七餃子でホワイト、ライス小、豚汁。味が変わったような気がする。

学生時代に住んでいた東山のアパートを探すが、見つからず。あのころからボロかったし、消失したんだろう。

Vfsh0004東別院から近江町、金沢城へと歩いてみる。ほろ苦い青春の日々に思いを馳せる。

かつてキャンパスがあった金沢城は鍵がかかっていて入れなかった。あの頃の大学移転反対デモがむなしい。

授業費値上げ反対デモ、文化祭での団交などが懐かしい。もう20年以上昔の話だ。。。

東別院で菱木政晴氏「仏性と人権」を拝聴。Vfsh0005 これまた久しぶりに菱木さんの熱気をいただいた。

そして富山へ帰って、ビールを呑んでいる。

気がつけば、息子が大学生になる日も、もう、差し迫っていたり。

●組会、野菜

代行でなんども行ってはいたのですが、住職になって初めてということで少々緊張してました。

とくに何事もありませんでした。いつもの組会でした。

一番幻滅するというか、力が抜ける場所でもあります。

それでも「現場」なんで、がんばらんとあかんとこなんだが。。。

懇親会、お酌コンパニオンさんとダイエット談義に花が咲きました。

ストレッチ、筋トレなどの運動はしているが、サプリメントは使っていないと話すと、

「最近の野菜はビタミン含有量が減っているので、マルチビタミンを摂る必要がある。現に私には大変な効果がある」と力説され、たじたじでした。

農家の御門徒さんから野菜は頂くし、ウチの母も野菜作りが趣味なので、いまは毎日、茄子が食卓にあったりしますが。

それでもビタミン足りないのかなー? こんど試してみるか?

2006年08月28日

●玉永寺同朋の会

Vfsh0003 今朝の裏の笹山との格闘の傷跡。

軍手とサムエでは甘かった。

次回はもっと防御を固めなければ。

昨夜の同朋会は私を含めて6名の出席。

座談会が成り立つ、ぎりぎりの人数です。

    如来、世に出興したまうゆえは、    弥陀本願海を説かんとなり。
    五濁悪時の群生海、    如来如実の言を信ずべし。

http://web2.incl.ne.jp/fujiba/goma/mido_mappo.htm

を、参考に、カリスマや現人神として釈尊を崇拝するのではなく、弥陀の教えを示してくださった諸仏の一人として釈尊を大切にするのだといったお話をしました。

「いままでで一番分かりやすかった」という感想が多かった。じゃぁ、これまでは難しかったのね。。。

改めて「法蔵菩薩の物語は、釈尊が語られたことであって、実際にあったことではないのですね」という質問が出ました。

「うーん、確かにそうです」と答えました。そのあと、また父がいろいろ難しいことを話してましたが、わたしの答えはそれでよかったのかな。

2006年08月05日

●暑かったー

Vfsh0012 午前は小杉へ月参り。Vfsh0013_1

お土産に、向かいの豆腐屋さんの茶碗豆腐をいただきました。

近所でもこうしたお店は珍しくなりました。

お話してみると、こちらはハンセン病問題ふるさとネットワークでご一緒しているお西のお寺さんのご門徒さんでした。

午後からは魚津の山村へ6軒月参り。

意地でクーラーを使わずに運転しています。

しかし、暑かった。しんどかった。

帰ってからどっと疲れが出てしまいました。

mixiの日記を読むと、みなさん夏を楽しんでいらっしゃるようで、なんだかとてもうらやましいです。

2006年08月04日

●朝の学習会 二日目など

Vfsh0008 今日は11人ほど来てくれました。Vfsh0011_2

楽しかった。

パッソ、ちょっとしか乗ってませんが、なかなか名車な予感だけしてます。

2006年08月03日

●朝の学習会 一日目、など

Vfsh0006 朝のラジオ体操のあと、8人ぐらい来てくれました。

こどもは可愛いです。

あと、パッソがきました。いずれ写真を。

母の文章を、戦中生まれの女たちによる『九条の会』の方々が再び掲載してくださいました。

http://home.cilas.net/yunami/9jo/senjika.html

感謝です。

Vfsh0001 庭の睡蓮。

2006年07月29日

●教区暁天講座 玉永寺委員会

Vfsh0078 朝5時に起床して、別院へ向かい、暁天講座を聴聞。

富山教区で唯一の節談説教師、茂利さん。

法難での師弟の別れがクライマックスになっていた。

こういうのが、よくあるパターンなのかな。

↑は別院の富山大空襲についての展示。

Vfsh0081 午後から玉永寺委員会。

門徒総代、各地区の世話方に集まっていただき、

昨年度玉永寺年中行事収支決算報告、今年度予算審議等。

ある意味、玉永寺新住職としての難関の一つみたいなものでした。

緊張しました。

おかげさまで、無事に終了し、懇親会。

残酒整理して、いま、いい気持ちで、明日へ続く。 

2006年07月28日

●御文のスゴサ

昨夜は玉永寺同朋の会。

前回、出席者が4人ということで、こりゃどうしたもんかと頭を抱えていたのですが。

今回は12名ということでほっと一息。

テキストは正信偈

本願の名号は正定の業なり。    至心信楽の願を因とす。等覚を成り、大涅槃を証することは、    必至滅度の願成就なり。

たとい我、仏を得んに、十方衆生、心を至し信楽して我が国に生まれんと欲うて、乃至十念せん。もし生まれずは、正覚を取らじ。唯五逆と正法を誹謗せんをば除く。

第十八願と第十一願の説明が中心だったのですが、やはり経文にはなじみがないというか拒否反応があって。

それで、やっぱりこれですわ。

末代無智の、在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に、仏たすけたまえともうさん衆生をば、たとい罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくいましますべし。これすなわち第十八の念仏往生の誓願のこころなり。

蓮如さんはやっぱりすごいと思いました。

至心信楽欲生とか、摂め取って捨てない第十八願の精神を、ほんまに分かりやすく、自分の言葉にしてるんだもん。

蓮如さんのスゴサをまざまざと感じた夜でした。

まいりました。

2006年07月27日

●ラジオ体操と京都での会議

Vfsh0064 昨日はラジオ体操初日でした。

ちなみに今日はどしゃぶり。

それから電車に飛び乗って京都へ。

「同朋会運動推進会議」二回目の会合。

一日、宗務総長の隣に座ってました。

Photo終了後、友人らとビアガーデンへ。

彼から「あんただけ反対派」と言われました。

とりあえず、アイスバインを初めて食べました。

↑他人の画像で恐縮です。

豚足でした。

2006年07月22日

●小学生100人

Img_0468地元の上条小学校と、友好校の東京都品川区の大間窪小学校の生徒たち、およそ100人が玉永寺を訪れてくれました。 http://www1.cts.ne.jp/~omakubo/joujou1.htm

母が幼いころに見た疎開児童たちの様子や戦争の話をしました。

石原都政の愛国心教育の一環?なんてことも警戒したのですが、母の実体験は子どもたちの心に響いたのではないかなと思いました。身内びいきかもしれませんがネ。。。

代表して挨拶してくださった生徒さんが、「戦争は絶対にやってはいけないと思いました」と話してくださいました。

なんか、ほっとしました。

2006年07月21日

●会議のはしご

Vtp0001_6 まず教区法要教化部門会議

趣旨文について出た、主な意見。

  • 個人主義への警鐘が、人の大切さを全体主義へと導く流れに同調するきらいもある
  • 「異なる」という表現が多いが、いのちとは何かという問いかけも含めてほしい
  • 呼びかけでいいのだろうか。法要に臨む態度表明にしたらどうだろか。

という感じでした。あとは、さらに正副組長会の意見を聞いて、共同で修正、修正で発表という運び。これで趣旨文はわたしの元を離れて、公のものへと変わっていきます。ある意味、楽になりました。

記念講演講師候補 1、高遠菜穂子 2、大江健三郎 3、中山千夏

連続公開講座 テーマは廃仏毀釈 富山藩の合寺令 講師は太田浩史さんと阿満利麿さんのコラボレーション

 てな感じで進んでます。

夕食をはさんで、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議

9月5・6日に邑久光明園と長島愛生園を訪れることになりました。

そして来年のシンポジウムに向けて、映画「新・あつい壁」について話し合ったのですが、事前に大事な資料が送られていたことに気がつかなくて、私一人、話し合いに入れなく蚊帳の外。とてもさびしかったTT

前の会議で全精力を使い果たした感じ。テンションが変になっていて、困りました。

会議のはしごはやるもんじゃないです。

帰って、赤ワインとチーズ。ホッとしました。

2006年07月20日

●今日の試練とクルマのこと

今日は教区御遠忌教化部門会議。趣旨文についての意見を拝聴します。こちらでの意見をいただいて、すこし手を入れ、教務所へメールしました。なにか、プレッシャーがすごい。しんどいです。

夜は、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議です。

さて、愛車が動かなくなり、検討した結果、買い換えることにしました。

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WRXじゃなくて、普通の生活四駆に乗ってました。能登教務所で働いていたときに購入してから、はや10年。いろんなことがあった。苦楽をともにしてきました。長い間、ありがとう。

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今度はこいつと付き合うことになります。1ℓの四駆にしました。スペックダウンですが、石油高騰の折ですから、この選択は悪くなかったと思ってます。↑の色にしました。♪ぱっそぷちぷちぷちとよたー♪ウチにやってくる日が楽しみです。

2006年07月14日

●暑かったね

Negimiso250_1富山は34℃越えたくらいだった。

意地で車のクーラー使わなかったけど、これ以上になったら耐えられんかもしれん。

大沢野まで月参りに行って、昼はまた、くるまやへ行った。

71807570おととい食ったばっかりのねぎ味噌。さすがに脂がきつかった。

汗かいて、トイレに行って、鏡を見たら、黒髪のお茶の水博士がいた。うーん、説明しずらい。。。

市内、最大級のブックオフで↓二巻まで立ち読み。

DEATH NOTE (1) Book DEATH NOTE (1)

著者:大場 つぐみ,小畑 健
販売元:集英社
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先に映画を見たせいかもしれんが、もう一つ、オレの趣向に合わなかった。残念。

教務所、人生講座、佐野明弘氏 「深信自身」みたいな感じの話。

趣旨文のヒントをいただく。感謝。

明日から再び趣旨文に挑む、のだ。

今夜は、休む。。。

2006年07月12日

●ラーメン一杯のしあわせ

昼、ひさしぶりに「くるまやラーメン」でネギ味噌を食べました。Negimiso250めんまトッピングで。いつものように白ねぎにしてもらえばよかった。辛みネギはちょときつかった。

しかし、実に旨かった! これをすすりながら、店にあるコミックを適当に楽しみました。

ほんとうに幸せな瞬間でした。このささやかな幸せを守るために、ボクは戦争に反対しようと思いました、けっこうマジメに(笑

ああ、ブックオフで「デスノート」を立ち読みしようと思ったのですが、一冊もありませんでした。スゴイ人気なんですね。マンガ喫茶とかにいけば読めるのかな。いまだに怖くて入ったことがありません。

話は変わりますが、らくりんさんが念仏を他の人にすすめる例として「旨いラーメンは他の人にすすめたくなるでしょう」というのが、何かおかしいと感じた理由がはっきりしました。ラーメンというのは麺、スープ、具と、さまざまな要素から成り立っており、万人が共通して旨いと感じるものは、なかなかない食物ですよね。

宮城先生が使ったように、キャンディーの甘さのような、比較的単純な味覚ならば、念仏を他の人にすすめる喩えに当てはまるのだと気づきました。まぁ、どうでもいい話ですが。

TVドラマも新しいものがはじまる時期で。これまでは「医龍」がよかったですね。でも、ちょとまじめすぎたかナ。最終的に一番おもしろかったのは「ギャルサー」だったりしました。今期は「結婚できない男」ぐらいですか。二回目を見たら阿部寛がけっこう楽しませてくれました。でも、飽きるかも知れないな。

娘が「ダンドリ」を録画しているので見てみたら、まぁ熱血恋愛物語ですね。「自分の一番やりたいことをやれ」みたいなことをやっていて、ふと、このところ聞いている祖父江省念さんの節談を思い、あの人ぐらいに真宗の魅力を他の人に伝えることができたらなーと思いました。さすがに節談はできないけれど、自分なりのスタイルをもてたらいいなー、ホンマに。

2006年07月08日

●子ども会

Img_0439今日は朝から子ども会でして、ゲームをやったのですが、もうこの二人の一年坊主にふりまわされて、朝から体力の大部分を奪われてしまいました。

かわいいんだが、キミら、はやく大人になってくれよ、 たのむから。。。

2006年07月07日

●スティッチとデスノート

Vfsh0062今夜は久しぶりに子どもたちと食事に行きました。ピッツェリアでピザとパスタとかを堪能しました。

そのあとキャラクターとか売ってる店で、スティッチを見てたんですが、こいつは宇宙生物らしいですな。娘のお気に入りなんですが、ボクにはこのキャラの可愛さがさっぱりわかりません。ちょっとウチの犬に似てるな。。。

そのあと、やはり子どもたちのリクエストで大都会、レイトショーで「デスノート」を見ました。もう「連れて行った」じゃないですね。連れてってもらった。

二人とも、もう「子ども」じゃないですね。でも大人でもないし。なんて呼べばいいのやら。

●濃ーい、一日だった

目覚めたのは5時か。やはり、フランスが一枚上手だった。ポルトガルも散った。3位決定と決勝戦は録画してみることにしよう。もうワールドカップも終わりだ。

月参り。ご門徒さんからいつものオロナミンCをいただいたが、疲労感がおさまらないので、ウコンの力をぐびっとやって教務所へ。ウミヤマブシさんご紹介の「南御堂」4月号を手に入れる。なるほどなるほど。参考にさせていただきます。

11時の会議。組拡からの、なぜ解放運動協議会が靖国問題を学ぶのかという問いを受けての会議。再協議して、問いに応える事前研修を増設し、研修名称を「靖国問題への取り組み」から「非戦・平和への取り組み」として対応。これで通るのか?

休むまもなく、天ぷらうどんをすすりつつ、午後から富山教区・別院法要趣旨文など協議。一回でできるはずもなく、出た意見を受けて20日に再提出する運びに。まだまだ苦難の日々は続くなぁ。公開講演会の会場、講師なども徐々に具体的に。意中の人になるとうれしいんだがナ。

終了後、野々市へ向かう。自動車道を森本で降りて、新しいやまぎわ環状線?を走ってみる。なんだかスゴイ道で金沢大の麓を抜けて小松までいける。野々市バーミヤンでチャーハンと餃子を試して仮眠。

常讃寺にて十住毘婆沙論学習会。6人で盛況だった。易行品の教行信証引文部分。見慣れている部分だからか、今回は新しい発見はなかったが、雑談が楽しかった。

らくりんさんから祖父江省念さんの「口伝の親鸞」を借りて、帰り道、節談説教を楽しむ。語られる聖人のご苦労に、マジで涙がでるw このときばかりは、車が古くてアナクロなカセットデッキがついていることがうれしかったりした。

2006年07月05日

●終わった、のかな?

今朝は4時前に目が醒めて、北朝鮮のミサイルに震えながら、サッカー観戦。いい試合だった。堪能した。

趣旨文を教務所へメールで送る。どうなることやら。まぁ考えてもしかたないぜ!

小杉までつきまゐり。午後から13組若坊守の会 華の会 正信偈善導章 大権の聖人⇔実業の凡夫 観想念仏⇔称名念仏を軸にして、観経をたどりながら古今楷定を確認するというアカデミックなことをやった 反応はもうひとつだった 情報が多すぎて飽和状態という感じだった ダメだよオレ 反省。。。

疲れ果てて帰宅 ↓子ども会葉書の日付が違っているとの電話あり さらにガックリ。

まぁ、とにかく、これで仕事的にキツイ日程は、とりあえず終わったのかな? 明日の趣旨文会議と野々市学習会は、肉体的にヘビーだけどな!

とりあえず、だらだらしたいぜ! とにかく、オレのロナウドとフィーゴのために、早く寝るか!

2006年07月03日

●かえってきました

Vfsh0055画像には、意味はありません。 。。

 今回は、大阪教区の「巽 僧伽の会」奉仕団とごいっしょさせていただきました。だんじり祭りで有名な生野区の、4(5?)つの寺院の若手僧侶たちの聞法会の取り組みでした。苦労されているようですが、がんばっていらっしゃいます。素敵な共同教化の取り組みを、とてもうらやましいと思いました。

 阿弥陀堂でお朝事の法話をしました。もう、5回目ぐらいだろうか。初めて、自分をネタにしない話をしました。以下はメモ。

 聖人のご生涯は、異なる者との出会いの一生でした。
 叡山での修行時代、女性から女人禁制について尋ねられたとという話が伝えられています。「伝教ほむの智者 なんぞ一切衆生悉有仏性の経文をみたまわざるや」。結界を肯定するあなたは、本当に仏教徒と言えるのかという、痛烈な問いかけでした。そして、越後、関東で出合った「いなかの人々」から、悪人として排除されているわれらを救わずして、あなたの説くものは本当の仏教といえるのかという問いかけがあったことでしょう。

親鸞聖人は仏教から阻害されていた人々と真向かいになり、つながりを持っていくなかで、すべてのいのちを輝かせる道として、本願念仏の教えを確認されていかれたのでしょう。

 まぁ、こんな感じで、しっかりしていない部分もありましたが、それなりにいけました。よかった。安心しました。
 ごじんさんが、がんばっていました。海坊主さんにも会えました。

 軽い満足感を抱いて、帰りのサンダーバードで、けっこう贅沢な干ホタテとビールを味わいました。

 今日は、教区御遠忌の草稿を作りました。明後日は華の会。子ども会の案内葉書も作らないとな。

2006年06月30日

●今日の日記

ご縁がある本願寺派寺院の坊守さんの葬儀におまいりして来た。

親戚寺院がみな七条袈裟をつけていらっしゃるのに驚いた。

おなじ真宗でも、やはりお西さんとはいろいろ違いがある。そのあたりが新鮮だった。

Vfsh0065車内でクーラーを使うのが、なにかイヤなので、けんちん汁さんのマネをして、ファンだけ購入した。 効果はまぁまぁだが、回すと光ったりして、おもちゃみたいでけっこう楽しい。クーラーシートも売っていたが、高いし、ソケットがもう一ついるので検討課題とした。

どうでもいいことだが、「医龍」で好演していた小池徹平くんが、ウェンツの相棒だと、今になって知った。いろいろ才能あるんだなー。「医龍」最終回、録画してあるけど、まだ見てない。

明日、早朝、京都へ向かう。どんな出会いになるか、楽しみだ。

しかし、七月第一週は日程、内容的にかなりしんどいことになるのは見えているが、

まぁ、あんまり考えないことにしよう。とりあえず、今夜、サッカーみる余裕はないな。。。

あと、メールの返事を出さなきゃいけないんだけど、帰ってからにさせてください。もうしわけないかくそうりだいじん。

2006年06月29日

●7月の日程

1~2日 同朋会館教導(京都)

4日 組教化委員会

5日 華の会 テキスト正信偈 善導章

6日 教区御遠忌教化部会 趣旨文作り

    十住毘婆沙論の会(野々市)

8日 玉永寺子ども会

12日 児童教化連盟総会

13日 あいあう会(公開?)

14日 人生講座 佐野明弘氏

18日 組同朋の会 テキスト「宗祖親鸞聖人」 善鸞義絶

20日 教区御遠忌教化推進部会 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山会議

26日 同朋会運動推進会議(京都)

27日 玉永寺同朋の会

29日 玉永寺委員会

30日 教区暁天講座 藤場芳子氏

●きのうの一日

懐かしい人のブログにコメントを着けたら、わざわざ電話をくださった。お話しできたのは10年ぶりではないか。

懐かしい。能登での悲喜こもごもな、いろんな思い出がよみがる。そして、たくさん、元気をいただいた。

午後から子ども講座。アフタフバーバンさんから屋外リクリエーションを学ぶ。いつもの北島さんではない方だった。来月の子ども会。ゲームをやる気力、体力がオレに残ってるだろうか?

夜。ハンセン病ふるさとネットワーク富山の反省会と打ち上げ。市民学会集会が、いちおう大盛況だったので、ほっとした雰囲気。あおさんと酒を酌み交わす。日頃の勉強の成果(?)を藤野先生に報告。本願寺派高岡仏教青年会が出された冊子について、お西の方々を賞賛。民医連の会長さんが、大学の先輩であることがわかって盛り上がる。

よかった。凹んでいたのが、懐かしい人からの電話のおかげで、元気が出た一日だった。

2006年06月28日

●梅雨空に、どよ~ん

きのうの同朋会。むーん、出席者2名。家族とあわせて5名。座談会にならんかった。さすがに凹んでます。

サッカーは後半、フランスの2点目からみた。ジダンが元気だった。

下のスイスGKの名前、よくわからん。

寝冷えしてかなり喉が痛かったが、すこし回復してきたかな。

ああ、ネット上で、思いがけない、思い出がいろいろある方を見かけて、ご挨拶した。

かなり重大な文章を書かなければならない。7月6日締め切り。かなりヤバイ気がする。

どうも全体的に、下降線、だったりする。

2006年06月22日

●スコッチのアテ

まー とつぜん、献血に行ったんですが、肘をすりむいてたら、血小板がなんたらで拒否されました。

午後から会議があったんですが、様子ながめてたら、他の人の企画がとおってしまいました。

あしたは、得体の知れない会議に京都まで行きます。

すごく不安で、なんだか眠れそうにないので、スコッチちびちびやってます。

まず、残ってた白山の豆腐味噌漬け。

続いて、ようかん系の和菓子。

そして、最後は暴君ハバネロとかつまんでます。

もう、なんでもありですね。ボクのスタンスみたいなものです。まぁ、どうにでもなれです。

2006年06月21日

●さらば、「如大地」編集会議

23日で上映が終わってしまうということで、「ホテル・ルワンダ」を見てきました。

レビューはもうひとつのブログに書きました。ほんとうに素晴らしい映画でした。ぜひ、ぜひ、多くの方に見ていただきたいと思います。

引き続き、最後の教区公報編集会議と、お別れ会に出席してきました。

3期、9年間、この会議に携わってきました。みなでわいわい記事をつくるのは、とても楽しかった。

最後に多磨全生園訪問の記事を、シノさんをはじめ、参加者のコメントを集める形式で作り上げることができてよかった。

最後にいい仕事ができました。満足。満足。

2006年06月19日

●ウコンの力 二本目

昨日、祠堂経が終わりました。天候に恵まれて、二日目も60人ほどの参詣がありました。終了後、お世話してくださったご門徒さん方と一献かたむけて、ワールドカップを見て寝ました。

起きて、後片付けをして、月参りに行きましたが、倦怠感がすごい。住職修習翌日以来の、二本目の「ウコンの力」を飲んで、なんとか動いています。

今日は午後から組同朋会、夜は教区御遠忌の会議。明日、玉永寺同朋会の葉書を出せたら、そこで一息つけるかな。後片付けがまだまだありますけど。。。

↓が富山松竹で24日まで上映中ということで、見に行けることを自分へのごほうびと考えて、がんばります。

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション DVD ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション

販売元:ジェネオン エンタテインメント
発売日:2006/08/25
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2006年06月17日

●祠堂経一日目

Img_0428梅雨入りしたのですが、天候に恵まれました。
どういう塩梅か、80人あまりの参詣。満堂御礼。
そのぶん、あしたは少ないのかもしれない。。。

今年はじめて聞法友だち、朝日町、藤條法彰さんに来ていただきました。
いやー、すごい好評でした。終わりのご挨拶のあと、拍手がまき起こりました。

2006年06月16日

●あいあう公開講座

戦後史とジェンダー Book 戦後史とジェンダー

著者:加納 実紀代
販売元:インパクト出版会
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今日は↑の本を書いた方の研修会に参加してきました。祠堂経の前日なんですけどね。

このところジェンダー関係の本を読み始めていまして、内容はだいたい理解できたつもりなんですが、やはりまだまだ学ばなければならんなと思いました。内容は、祠堂経がおわったら、まとめてみるつもりです。やらないかもしれないけれど。

質問をしたのですが、しどろもどろになってしまった。概念だけで学んできたから、どうしても問題の捉え方が一面的になっている。反省。それに対して加納さんは、整然とご自分の論を展開してくださいました。

2006年06月12日

●母とヨン様

母の日に、弟がポータブルDVDプレイヤーを母に贈った。
あと、「冬のソナタ」を一式。父にはチャングム一式。BSを焼いたやつ。
オレは花一輪。。。

「あっちの人も、機微に訴えるものつくるんだねぇ。」などと、今頃になって感心したりしている。
かあさん、遅いんだよ。
まぁ、オレは冬ソナもチャングムも、途中で飽きちゃったけどネ。

そういえば寺のHPに載せていた母の文章を、女たちの『9条の会』さんが掲載してくださった。
「母の一生(悲しみをこえて)」 

そういえばワールドカップがはじまっている(オイオイ)。
今夜は研修会後の懇親会があるのだが、日本戦なんだよな。
ヨーロッパが強いな。ああいうの見ると、アジア人も負けちゃいられないという気持ちになる。
韓国も素直に応援できたらいいんだが、どういう展開になるのやら予想もつかない。
WBCでもいろいろあったよな。李スンヨプ、巨人でがんばってるけど。

さて、どうなるのやら。