●輪読会中止のお知らせ
5日 野々市町 常讃寺にて開催を予定していた
安田理深「真仏土巻聴記」輪読会は大雪のため中止します
次回は3月3日になります
5日 野々市町 常讃寺にて開催を予定していた
安田理深「真仏土巻聴記」輪読会は大雪のため中止します
次回は3月3日になります

修正会に備えて本堂前に溜まった雪山を崩す作業をしました
準備万端と言いたいところですが 明日から大雪の予報ですね
本日「玉永寺通信 第37号」を発送しました
今回は聖人750回御遠忌団体参拝の募集を掲載しました
ぜひ ご一緒に参拝しましょう!
ネット上には 一足早く WEB版をアプロードしました
ぜひ ご覧になって下さい
玉永寺に触れた記事が掲載されました
「光りいっぱい 満ちた花を あなたに捧げたい」が新聞に取り上げられました

21日 玉永寺報恩講の日程中に祖母の二十七回忌法要をお勤めします
それに際して 水橋九条の会で講演した原稿をもとにして 母が小冊子を出版しました
戦争でかけがえのない家族を失ったのは 私の母だけではありません
だからこそ 戦争がどのような悲劇を 普通の一家族にもたらしたのかを
こうして記録し 今 出版することに 意義があると思います
上のような貴重な写真も掲載しました
この小冊子を今回のご法要に際して ご門徒 ご縁のある方々に差し上げます
遠方の方への郵送については 検討中です
富山のタウン情報誌10月号に玉永寺に触れた記事が掲載されていました
完成し 印刷発送作業中です
ご門徒の方々には近日中に届きます
一足先にweb版をご覧ください↓
かなり重いファイルになりましたので
開くのに時間がかかるかもしれません
富山大空襲の悲惨な経験を風化させまいと富山市の寺で空襲の様子を描いた絵画展が開かれています。
昭和20年8月2日の富山大空襲では市街地の99.5パーセントが焼け野原となり、2700人以上が亡くなりました。
富山市の真宗大谷派東別院本堂で開かれている絵画展には当時13歳だった富山市の男性が空襲で亡くなった母と妹への供養と平和への願いから書きためた作品14枚が展示されています。
作品は空襲により赤く染まった夜空や逃げ回る市民の様子が水彩で生々しく描かれ焼夷弾で命を落としていった人たちの声が伝わってきます。
本堂では1日午前10時から富山大空襲で亡くなった人の大法要を行うことにしていてこの絵画展も1日の午前中まで開かれています。
KNBニュース←リンク先に動画あり
ハンセン病に対する差別や偏見をなくそうと活動している市民グループが、先週金曜日、ハンセン病の回復者らを招いて、戦争をテーマに富山市でシンポジウムを開きました。
今なぜ戦争とハンセン病なのかシンポジウムで伝えたかったことを取材しました。
山下道輔さんは「12歳なので病院の事情は把握できない、子どもは子ども舎に収容されるわけで、一般の大人の付き合いはなかった」
山下道輔さん(80)、太平洋戦争が始まる昭和16年、わずか12歳で両親の元から東京にある多磨全生園に強制隔離されました。
療養所では治療よりも食糧増産が優先されました。
山下さんは「副食関係の野菜物ですね、ジャガイモ、ニンジン、そういった畑で採れるいろんな形のものを作りました」(体はきつかった?)「2年ぐらいすると病気が進行してくる、当時は栄養も不足していたので反応がものすごく大きくて、まず最初に熱こぶが出てくる」
山下さんは、戦争のため病気の症状が悪化したと証言します。
このシンポジウムは、ハンセン病に対する国の対応の誤りを認めた平成13年の熊本地裁での判決を風化させまいと毎年富山市で開かれていて、今年は「戦争とハンセン病」がテーマです。
パネリストの1人で、ハンセン病問題を研究してる吉川由紀さんは、地上戦が行われた沖縄県では、軍によって強制隔離が行われ、患者の待遇も劣悪だったと話しました。
吉川さんは「病気を理由に家族と引き裂かれながら治療らしい治療も受けられずに強制労働に駆り立てられてけがをすれば手足を切断されて飢餓とマラリアの中で死んでいく、この弱い人弱い人に被害が押し付けられていった典型を愛楽園(療養所名)の沖縄から見ることができます」
シンポジウムを主催したハンセン病問題ふるさとネットワーク富山の藤野豊代表は、戦争と差別の歴史を考えてほしいと話します。
藤野さんは「今の日本の状況というのは段々と戦争をやってもいいんだという流れが出来てきているので、戦争が起こったらこういう人権侵害が起こるんだということを、今僕たちは伝えないといけないと思っている」
シンポジウムを前に富山別院を訪れ平和を願った山下さんのこの一言が、当時の様子を表しています。
山下さんは「何しろ戦時中になってくると国旗の汚点だっていうんですよね、患者は・・・」
過去を風化させないために、少しでも関心を持って、戦時中に何が行われていたのか、知ることが大切だと思いました。
シンポジウムについて月曜日の夕方6時16分以降、KNBのニュースで特集するそうです。
KNBニュース←動画あり
ハンセン病に対する差別や偏見をなくそうと活動している市民グループが、ハンセン病の回復者らを招いて戦争をテーマにこのあと午後6時半から富山市でシンポジウムを開きます。
12日のシンポジウムにパネリストとして参加するハンセン病回復者の山下道輔(80)さんは、昭和16年、東京の多磨全生園に隔離されました。
シンポジウムを前に富山別院を訪れた山下さんは、静かに平和を願っていました。
山下さんは「人間としての尊厳というものがそれまで全く無視されていた、その回復というか名誉回復というか、戦後になって自分も人間なんだということを叫び出した」
シンポジウムは、ハンセン病に対する国の対応の誤りを認めた平成13年の熊本地裁での判決を風化させまいと毎年開かれていて、今年は「戦争とハンセン病」がテーマです。
主催するハンセン病問題ふるさとネットワーク富山代表の藤野豊さんは、戦争と差別の歴史を考えてほしいと話します。
藤野さんは「テーマが戦争とハンセン病いうことで、全国的にも目を向けてもらえてると思うので富山から平和と人権の統一ということを全国に発信できればと思っている」
前坊守がお話します

ハンセン病問題に取り組んでいる市民団体が13日に県庁を訪れ、来月開かれるシンポジウムへの協力を求めました。
県庁を訪れたのは元患者への支援など、ハンセン病問題に取り組んでいる「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」の藤野豊代表などメンバー8人です。
一行は県健康課と県議会の会派を訪れ、来月12日に富山市民プラザで開かれるシンポジウム「戦争とハンセン病」への協力を依頼しました。
このシンポジウムは平成13年に熊本地裁で下されたハンセン病訴訟の勝訴判決を風化させまいと、「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」が毎年開いていて今年で8回目です。
KNBニュース(動画あり)
ハンセン病問題を社会に伝える活動を続けている市民グループが、6月12日に富山市の富山市民プラザでシンポジウムを開きます。主催者は問題の根本的解決に向けて、多くの人に参加してほしいと呼び掛けています。
シンポジウムを主催するハンセン病問題ふるさとネットワーク富山が13日、県庁で記者会見し、シンポジウムの目的などを説明しました。今回は2001年5月に熊本地裁が出した国の隔離政策に対する賠償命令の勝訴判決から8周年を記念し、「戦争とハンセン病」をテーマにします。
シンポジウムでは、戦時下の沖縄で日本軍が行った隔離政策などを調査している沖縄県の吉川由紀さんと、東京都のハンセン病回復者・山下道輔さんを招き意見交換します。ネットワーク富山の藤野豊代表は「ハンセン病の回復者が高齢化し、事実を伝えていくことが大きな課題。この機会にもっと理解を深めてほしい」と話しています。
チューリップテレビ(動画あり)
先日 境内から新たに五輪塔の一部が掘り出され 埋蔵文化センターの方に調査していただきました

大人二人で持てないくらいの重量があります
この寺の周辺から掘り出されているものと同じく鎌倉時代のものだということです

玉永寺は戦国時代に上杉氏、神保氏らの合戦の舞台となった小出城の隣にあり
戦死者を敵味方なく弔う供養寺として 時々の武将から守られてきたのかもしれません
水橋大町にある本派玉永寺にその由来を示す「玉永寺文書」が伝わっています
昨年訪れた善興寺御住職の活動がKNBで紹介されました
長く続いた戦争で傷ついたカンボジアの人たちを励まし、平和の音色を奏でてもらおうと、県内の男性らが昔懐かしい足踏みオルガンを贈る活動を行っています。
南砺市福野にある楽器店、竹田楽器の倉庫から14日、中古の足踏みオルガンおよそ30台がカンボジアに向けて運び出されました。
このオルガンを贈るのは高岡市中田にある善興寺の住職 飛鳥寛恵さんと竹田楽器を営む竹田時康さんです。
飛鳥さんは今から17年前の平成4年にカンボジアを訪れ、長く続いた戦争、そして内戦に伴い、地雷で足を失っている人の多さに驚いたといいます。
何か自分に出来ることはないかとまず行ったのが、手で動かせる三輪車を贈る事業でした。
それ以来、カンボジアとのかかわりが続いています。
一方、竹田さんは中古の足踏みオルガンを修理してアフリカ・マダガスカルの障害者施設に届ける活動が評価され、去年「とやま国際草の根交流賞」を受賞しています。
2人は砺波高校の同級生で、お互いの活動が結びつきました。
県内の小学校などからおよそ30台の足踏みオルガンが集まり、修理・清掃され、カンボジアへ送り出される日を迎えました。
さらに富山市にある機械部品の専門商社 三田商会の黒田昭社長が2人の活動を知り、創業60周年の今年、カンボジアのアンコール・クラウ村の子供達のために図書館や多目的ホールなどを寄贈することになりました。
アンコール・クラウ村では来月、施設の完成式が行われ、飛鳥さん達はこの施設にも2台の足踏みオルガンを贈ります。
富山県内で広がった支援の輪。
カンボジアで足踏みオルガンの音色が響き渡るのは、もうすぐです。
印刷作業に入りました
今年は同朋新聞1月号とともに郵送しますので
御門徒の皆様の手許に届くまでに 時間がかかりそうです
一足先に 以下のアドレスにweb版をUPしました
どうぞ ご覧ください
「ごはんいっぱい運動」ですが 14日に牛島公園で炊き出しがあるということで
昨日 村本さんにお米とお菓子をお渡ししてきました

お米の募集は これでいったん終わらせていただきます
提供してくださった御門徒の皆様に 心から御礼申し上げます
高岡教区の青井さんもお米を提供してくださるとのことです
単行本になってから読もうかなどと考えていたのですが
とうとう北陸中日新聞を購読し始めました
現在 親鸞が法然のところを訪れる場面辺りまで進んでいます
五木さんの世界観のなかで どのような親鸞が描かれるのでしょうか
9月から新連載小説「親鸞」 五木寛之・作
2008年7月12日掲載
朝刊の新たな連載小説として、9月1日から五木寛之・作、山口晃・画の「親鸞」が始まります。ご愛読いただいています宮城谷昌光・作、村上豊・画の「新三河物語」は8月末で完結します。親鸞は浄土真宗の開祖です。活気にみちた青年期から、激動の時代を生き抜いた、画期的な親鸞像を描きます。ご期待ください。
<作家の言葉>ひさびさの新聞連載なので、不安もあればプレッシャーもある。しかも主人公は親鸞だ。時代は激動の中世である。作者としては武者ぶるいを禁じえない。とことん判(わか)りやすく、明日がまちどおしいような面白い作品を書こうと思う。できればそこに、いくばくかの深さも欲しいと願うのだが、それは傲慢(ごうまん)というものだろうか。
【五木寛之氏(いつき・ひろゆき)】1932年、福岡県生まれ。戦後、朝鮮半島より引き揚げ、のち早稲田大学露文科に学ぶ。66年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、67年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、76年「青春の門 筑豊編」ほかで吉川英治賞を受賞。81年より休筆して龍谷大学に学ぶ。2002年菊池寛賞受賞。近著は「百寺巡礼」「私訳 歎異抄」など。
<画家の言葉>五木さんに「自由にやってください」とおっしゃっていただきましたので、そのように致したく存じます。本文とつかず離れず、描かずもがなの事は省き、読者の方の助けと楽しみとなるような絵を、二割三分の打率で描き出せたらと存じます。……低すぎますでしょうか?
【山口 晃氏(やまぐち・あきら)】1969年、東京生まれ。群馬県桐生市に育つ。96年、東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油絵)修士課程修了。2001年、第4回岡本太郎記念現代芸術大賞優秀賞。日本の伝統的手法と現代風俗とを融合した作品などが国内外で高く評価され、幅広い分野で制作活動を展開中。
ハンセン病知って 「新・あつい壁」上映
2008年11月18日 asahi.com
ハンセン病患者への差別と偏見を取り上げた映画「新・あつい壁」が30日、魚津市の新川文化ホール・小ホールで上映される。上映終了後、中山節夫監督のトークがある。
映画は50年以上前に熊本県で実際にあった殺人事件を題材にして、ハンセン病患者が死刑判決を受けた裁判を中心に、ルポライターが事件を追っていく内容。1969(昭和44)年に、患者を親に持つ子どもが差別に悩んで自殺する映画「あつい壁」を手がけた中山監督が、再びメガホンを取った。
全国ハンセン病療養所入所者協議会が、らい予防法廃止10周年とハンセン病国賠訴訟勝訴5周年を記念して制作。文化庁の日本映画上映支援事業として映画センター全国連絡会議が、全国35カ所で上映する1カ所。魚津市での上映は、すでに市民団体によって自主上映された富山市と高岡市に次いで県内で3カ所目。映画の準主役を演じる左時枝さんの出身地・朝日町に近いことも上映につながった。
映画のPRに魚津市や朝日町を訪れた同会議の竹内守議長は「ハンセン病患者への差別や偏見は今でも残っている。映画を見てハンセン病患者のことを少しでも知ってほしい」と話した。
上映時間は30日午後1時。聴覚障害者のために日本語字幕が付いている。前売り券一般・シニア900円(当日は千円)。
19日に炊き出しがあるとのことで 炊き出しと困民丸ハウス運営につかっていただきます
みなさま ご協力 ありがとうございます

ETV特集 「戦争は罪悪である~ある仏教者の名誉回復~」10月12日(日)午後10時00分~11時00分
日中戦争がはじまった1937(昭和12)年7月、大多数の宗教者が戦争に協力していく中で「戦争は罪悪。この戦争は侵略である」と説き、検挙された僧侶がいた。真宗大谷派の高僧・竹中彰元。警察の追及にも信念を曲げず、本山からも布教使資格のはく奪処分を受けて、1945年にこの世を去った。
長らく忘れられていた彰元の行動が再び脚光を浴びたのは70年近くが過ぎてから。300ページにおよぶ当時の取り調べの記録が寺でひそかに保管されていた。そこには、事件当時の関係者の証言と共に、彰元の信念も赤裸々に記録されていた。地元の人々や多くの宗教者たちの熱心な運動により、去年10月、本山はついに彰元の名誉回復に踏み切る決定を行う。彰元が検挙されて、実に70年ぶりのことだった。
本来「殺生」を禁じた仏教界はなぜ戦争に協力したのか。そして竹中彰元師はいかにして抵抗の信念を貫いたのか。発見された記録や関係者への取材をもとに描き、これまであまり取り上げられなかった「宗教者の戦争責任」について考える番組としたい。
9日 その前に
石川県立美術館「法隆寺の名宝と聖徳太子の文化財展」 に立ち寄りました
実物の玉虫厨子は大きく感じました 「捨身飼虎図」「施身聞偈図」を拝見
能登 松岡寺の「聖徳太子孝養像」がとても立派
太子信仰のルーツと北陸での広がりが分かる展示でした
輪読会は夜8時から 野々市町 常讃寺にて
十二光についての論考でしたが
「迷いがない人ほど 恐ろしいものはない」といった話が出ました
次回の読書会は 城端別院報恩講にて 藤場俊基さんの法話の後
11月11日~12日 夜9時半から一泊で行います
「ごはんいっぱい運動」を始めて まだ10日ほどですが
これまでにいただいたお米を困民丸ハウスに届けてきました

28日の炊き出し、あるいはハウスの運営に使ってもらいます
みなさまに感謝します 「いっぱい運動」は12月まで続けます
忙しさから ホームレス支援活動に なかなか関わることができません
そこで 私にできる運動を 私ひとりから始めてみようと思います
明日から報恩講がはじまりますが 一軒に一杯のお米をお願しいていきます


「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」で以下のような企画をしています
関心のある方は 御連絡ください
駿河療養所訪問について(案)
1.日 時 10月1日(水)~2日(木)
2.訪問先 国立駿河療養所・こうやま神山復生病院
3.内 容 入所者の方々や退所者の会、支援グループとの交流・フィールドワーク・施設見学など
4.交通手段 バス、またはワゴン車(参加者数により決定)
5.日 程
初日
07:00 高岡発(西本願寺高岡会館)
07:30 富山発(富山西別院)
(→塩尻→中央自動車道→御殿場)
14:30 駿河療養所到着
14:30 支援者の会・入所者との懇談
16:30 休憩
17:30 夕食・懇親・宿泊
2日目
09:00 神山復生病院見学
12:00 病院発
19:00 富山着
<要項>
会費は10,000円を予定。
宿泊は療養所内の面会宿泊所を予定。
初日の夕食宿泊、2日目の朝食は準備いたします。道中の食事飲食代は各自でご負担ください。
移動がワゴン車になった場合、参加者のなかでドライバーをお願いすることになりますので、予めご了承願います。
その他、詳細については参加者に、後日、個別に連絡。
先日の委員会で承認された補修工事が始まりました
白壁をトタンとコーティングで補修 雨よけをトタンに交換 虫の駆除 トイレの窓交換などです


上市町 舘 本敬寺にて 「わたしたちの釈尊」(富山の廃仏毀釈)をお話しました
南組の住職方も聴聞されていました

富山市立上条小学校と品川区立大間窪小学校は、戦時中子供達が上条地区の寺院に集団疎開していたことが縁で平成9年に姉妹校となり毎年交互に訪問し、交流活動をしています。
上条の生徒が疎開についての三択問題を出しています

少しだけ 戦死した祖父のこと 子どもたちの世話をした祖母のこと
供出された鐘のことをお話しました

おもしろそうな企画なので参加する予定です
みなさんも いかがですか?
善徳寺、外国人が絵解き法話を披露 ←動画あり
南砺市の城端別院・善徳寺で今、伝統行事「虫干法会」が営まれています。
この法要では去年から聖徳太子の絵解き法話が行われていますが、25日、この絵解き法話に初めてロシア人留学生が挑戦しました。
「城端別院・善徳寺」では毎年夏の時期に「虫干法会」が営まれ、宝物の一部を公開する他、浄土真宗に関わりの深い蓮如上人や聖徳太子の絵解きが行われています。
名古屋大学大学院で日本宗教美術について研究しているロシア人留学生のベルトヴァ・アンナさん(24)です。
日本に来てまだ3ヶ月ですが、25日午後、門徒らを前に聖徳太子の絵解き法話を披露しました。
ベルトヴァ・アンナさんは「絵解きの途中は、太子様の慈悲にひかれてまして、素晴らしい感じになりました。無事に終わってありがたいです。」「ロシア清教徒の立場から見ると、不思議。浄土真宗は、日本の全国に広がっていて、特に大きな影響がある気がするし、本当に、誠に、心から信じる人が多い。ロシアでは、そういう事はないですね。」
善徳寺の600年の歴史の中で外国人が絵解き法話を披露したのは、初めてという事です。
ヴェルトヴァ・アンナさんの絵解き法話は、26日も午後3時頃に予定されています。
井波別院「瑞泉寺」で「太子伝観光祭」 ←動画あり
南砺市にある古刹、瑞泉寺で行われている伝統行事「太子伝会」にあわせて、24日夕方から、観光祭が始まりました。
真宗大谷派の井波別院「瑞泉寺」では、浄土真宗と関わりの深い聖徳太子の宝物の虫干しを兼ねた法要「太子伝会」が今月21日から始まっていて、聖徳太子2歳像のご開帳や、僧侶が絵解きで聖徳太子の生涯や遺徳を説明しています。
24日夕方からは「太子伝会」にあわせて「太子伝観光祭」が始まり、境内のステージでは、踊りや太鼓の演奏が披露されています。
祭りは26日までで、木遣りの町流しや氷の彫刻フェスティバルが中心街で行われます。
富山でのお待ち受け法要の写真が載って
どこかで見たことのある坊さんが写っていました

前住職の法話があります

それほど違和感はないです 使い勝手はこれから
滑川市安田 正楽寺の法要にご縁をいただきました
「私たちの釈尊」をお話しました
内容は 誕生から初転法輪 王舎城の悲劇 アジャセの救い 入滅
多磨全生園 真宗報恩会で伝えられている「しんらんさまはなつかしい」を紹介し
全生園の様子をプロジェクターで紹介
親鸞聖人の生涯を 同じくプロジェクターを使ってたずねる法話をしました
仏教讃歌の第一人者である前住職 飛鳥 寛栗さんに
「しんらんさまはなつかしい」を聞いていただきました
聞いたことがない歌 布教師の方が独自に作られた歌ではないかということでした
ハンセン病療養所で伝えられてきた まさに民衆のなかで伝承された歌
メロディが長調で明るい 素晴らしい喜びの歌ですとおっしゃってくださったのが印象的でした
昨日に続き、若院さんからお西の声明について いろいろなことを教えてもらいました
善興寺独自の勤行本 僧俗共に経典を読誦する取り組みに またまた感銘を受けました
学ぶことの多い二日間でした 貴重なご縁に感謝しています
6月11日11時1分配信 時事通信
全国13カ所の国立ハンセン病療養所を地域に開放することなどを盛り込んだ「ハンセン病問題解決促進法」(ハンセン病問題基本法)が11日、参院本会議で可決、成立した。来年4月から施行される。
同法は超党派議員による議員立法。十分な医療水準維持のため医師らの確保を国の責務とし、生活援助のため国が入所者らに支給している「給与金」も明文化した。また地域住民が療養所を一般の医療機関と同様に利用できるようにする。
同法施行に伴い、1996年に制定された「らい予防法廃止法」は廃止される。
全国13カ所の国立ハンセン病療養所にある医療施設の地域開放や公共施設の併設を可能にする「ハンセン病問題基本法案」が、超党派の議員により6日衆議院に提出され、可決される見通しとなった。同日参院に送られ、今国会で成立する予定だ。
入所者らは新法制定をハンセン病問題の「総決算」と位置づけ、80万人以上の署名を集めて要望していた。
法案は、基本理念で、元患者らの被害の原因を「国の隔離政策のため」と明記し、国は被害回復のために施策を行うとした。療養所の入所者らを社会から孤立させず、差別を受けないよう対策をとることも求める。
国立療養所の入所者数は約2700人とピーク時の4分の1。平均年齢は79.5歳で、年約200人が亡くなる。
空洞化を懸念する入所者らは、療養所ごとに将来のあり方を検討。敷地内の土地や施設を地域に開放することで、住民との交流や施設の活性化を図る。(立松真文)
http://www.asahi.com/politics/update/0606/TKY200806050296.html?ref=rss
初日のお昼は 本山のお斎をいただきます
まだ若干名 募集中です ごいっしょしませんか?


明日から始まる教区御遠忌法要のための準備手伝いに行ってきました
五色幕を吊っているところです いよいよ ですね
昨夜 富山東別院で御遠忌讃仰事業の一環として開催されました

1人芝居「赤いブクブクー」北島角子さん
慶良間で起きた集団自決を、生き残りの女性が娘に語って聞かせる芝居。
「赤いブクブクー」は、自決の際、切られた首から流れた血を表現したもの。
北島さんの芝居はあおさんのお寺で以前 見たことがあった。
聴衆はうなずき、涙を流していた。しかし、北島さん 歳を重ねられたなと思った。

夕食のおときを準備するスタッフ ソーキ汁が美味しかった 本当におつかれさまでした

もうフィナーレに近い場面 島尻ひさみさん 上里初枝さんを中心とする沖縄舞踊
舞いも音楽も衣装も これこそが芸術 素晴らしかった
私もカチャーシーを踊りたかったが ステップがわからんのでしり込み 手だけはやってましたけど・・・

エンディング 別院本堂が沖縄でした 楽しませていただきました スタッフの皆様に感謝
日本の社会保障が危機に瀕している。財源不足に加え、これまで制度の基盤となってきた「企業による福祉」や「家族の支え合い」が弱体化し、セーフティーネットの網からこぼれ落ちる人が激増している。リストラや非正規化によって健康保険の保険料が払えなくなり、医療を受けられずに死にいたった会社員。介護保険のサービス縮小によって一人暮らしが立ち行かなくなった高齢者。生活保護から抜け出そうと働き先を探すが、仕事がなく再び生活保護に頼らざるを得ないシングルマザー。
企業福祉からはじき出される非正規社員や、一人で暮らす高齢者・独身の男女、いわゆる「おひとりさま」の急増など、日本全体が大きな社会構造の変化に見舞われるなかで、社会保障を立て直すためにはどうすればいいのか。崩壊寸前の社会保障の現状を検証し、危機の原因と解決に向けた課題を探る。
録っておいた番組を見ました
厚生保険等の負担を減らすために 企業が正社員を減らす
それが国民健康保険への加入者を増やし しわ寄せが行っている
介護保険 生活保護が社会変化の実情にあっていない
自立を強制するようにして 自立を妨げている
日本の社会保障の立ち遅れが顕著になってきている
企業、政府の立場を代表するコメンテーターでさえも
現状の問題点を認め、改善を目指すと発言する
それほど現状は厳しいということですね
今日の研修会で「下から世界を見れば 本当に大切なものが見えてくる」
という趣旨のものがあったことを思い出しました

15日~16日 福井教区当番 すかっとランド九頭龍
テーマ「共生する世界を求めてー民族差別の歴史と問題」
講師は李清一(在日韓国基督教会館館長)
在日韓国・朝鮮人の歴史、現状、差別の実態と撤廃への取り組み、現在の課題について学びました
もう1人の講師は高橋法信(大阪教区) 地元である生野区での活動、体験などを伺いました
富山別院に帰ってきたら 明日の沖縄フェスティバルに向けて 仕込みの真っ最中でした

90人近くの方が参加してくださいました
阿満利麿さんの講演をはじめて聞きました
迫力に圧倒されました
御遠忌事業が終わってホッとするのではなく
限りない、終わることのない課題をいただいたことでした
あおさんの感想

親鸞聖人750 回御遠忌に向けて真宗本廟(東本願寺)に参拝し、
御影堂修復現場を視察します。また、聖人とともに法難に遭い、
刑に処せられた住蓮・安楽ゆかりの寺を訪ねます。
みなさまぜひ、ご参加ください。
1.期日 2008 年6月14 日(土)・15 日(日)の1泊2日
2.宿泊 ホテル東山閣(京都市東山区)
3.参加費 4万円(変更あり)
4.申し込み 4月下旬までに玉永寺または地区委員まで
5.集合場所 玉永寺・立山インター
6.持参品 念珠、常備薬など
日程
14 日
玉永寺――立山IC――東本願寺(昼食・修復視察・帰敬式・本山納骨)――ホテル東山閣
15 日
ホテル東山閣――法然院拝・住蓮山安楽寺参拝――南禅寺周辺散策――昼食(順正)
―井筒八橋おたべ工場――玉永寺(都合により日程が変更されることがあります)
○ 本山須弥壇収骨を希望される方は、先にご連絡してください。
○ 参拝団は30 名で締め切る予定です。お申し込みはお早めに。
○集合時間、解散時間は、後程ご連絡します。

3人卒業 1人転出 3人入会
今年から卒業生には仏典童話
入会の子には祖父江文宏さんの「ててて」を贈ることにしました
今年も 毎月の子ども会 始まります

第1部 江川紹子さんの記念講演の様子です
昨日のダライ・ラマ記者会見に立ち会った話
チベット、ミャンマーの事件に日本人がそれほど反応を示していないこと
オウム真理教事件に既成教団が 全体的にはあまり関わろうとしなかったことから
私たちはもっと他者の事柄、社会的問題に関心を持つべき
イラク情勢にふれ、違いを超えて分かり合う世界を見つけようと話されました
映画『靖国 YASUKUNI』上映中止についても触れられ
ジャーナリズム、表現の自由の危機についても話されました
第2部は富山教区混声合唱団と二胡奏者ジャン・ショウイェンさんのコンサートでした
新川文化ホールがほぼ満席 850人の来場がありました
無事に終わってほっとしています

湯浅成幸さんの講演
今回も80人は参加がありました
聖人の御流罪の意義の他
薩摩藩のかくれ念仏と廃仏毀釈 憲法9条についてのお話が興味深かったです
湯浅さんは同朋会館でなんどかお会いしていて
ご高齢になられましたが お元気そうで
お会いできて 本当に久しぶりにお話が聞けて うれしかったです

30人あまりの方々が
参詣してくださいました
東本願寺出版部の「おしゃかさまのおはなし」を使って
読み聞かせ法話のようなものに挑戦しました
ひめゆり学徒隊の生存者が命の大切さ語る
第二次世界大戦末期の昭和20年、日本で唯一の地上戦となった沖縄で、負傷兵の看護などにあたった「ひめゆり学徒隊」の生存者が、26日、富山市で当時の悲惨な戦争体験を通して命の大切さを語りました。
富山東別院で当時の体験を語ったのは、16歳という若さで負傷兵の看護などにあたったひめゆり学徒隊の生存者で宮城喜久子さん(79歳)です。
主催者の(ひとり)石川玄雄さんによりますと「5月に行う沖縄フェスティバルに先立って、事前に沖縄の歴史を知ってもらおう」とこの講演を企画したということです。
沖縄フェスティバルは真宗大谷派富山教区・富山別院の御遠忌の記念行事として5月17日(土)に富山東別院で行われます。 (KNBニュース 一部補足)

以下は講義ノートの一部 文責は流星
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土地に行ったらしっかり感じることがある。
観光地というイメージだけでなく、本土とわれわれが様々な温度差をもっている。
それがなにかを知り、生かしてほしい。
わたしは16歳でひめゆり学徒隊 沖縄戦はこれまでどこにもなかった戦争 小さな島で3ヶ月戦った17万という住民が引きずり込まれた もうこれまでもなかったし、これからないような戦争 戦場のなかでは逃げることもできない 日本の国のために勝つまでがんばれと 教育によって追い詰められた 二十万の人が死んでから自分たちの愚かさに気づく 楽しい学園生活 国際通りは ひめゆりの通学路だった 静かな通りは観光地になってしまった
雑踏の中を通りながら、本屋や首里城へ遊びに行ったことが思い浮かぶ それは10代でみな亡くなったから 心の傷 わたしが16歳ですべてを失った まだまだ引きずっている亡くなった211名の学友 辛くて悲しくて ひめゆりの塔にも行かなかった いまは悲しいのではない 悔しい 時代の流れ わたしは戦争のなかで育ったのが みなさんとの違い 友達はどんなに悔しい思いで死んでいったか 悲しいのではなく悔しい 戦争勝つまでがんばろう 陸軍病院へ行けと夜中近くに言われる これまで受けた教育では日本は神の国で、絶対に負けることはない 日本軍を友軍と呼んでいた 信頼していた ほとんどが死ぬとは夢にも思わなかった
227名の死をわたしは戦場のなかで遭遇した そこで戦争を知った
人間生きることは当たり前だと思っていた 生きられることがどんなに大事なのか 幸せなのか 大事な人を失ってはじめて気がついた。35年間教師をしたが、ひめゆりのことを話さなかった。悲しさだけに取り付かれていた。40年たって わたしの周りで戦争はなくなったか。二十万という人々が亡くなった。人間、金も物もいらない。収容所からテント小屋へ。これからは少しは人間らしく生活できると思った。砲弾の音も聞かずに生きられると思った、そして朝鮮戦争が起こった。沖縄の基地から。戦争と無縁で生きられると思ったときだった。三ヶ月間、血まみれで逃げ惑っていたことが思い浮かんだ。
皮肉にも戦争のおかげで日本は再生した。そして、ベトナム戦争、10年。核爆弾を搭載できる爆撃機が沖縄から出撃。小学校教師をしていた。朝鮮半島の人が、沖縄の人が憎いと言っていることが新聞に載った。なぜまた戦争をするのかという質問に答えられなかった。
27年間沖縄は軍政下にあった。本土復帰。日本の教科書を使っていた。民主主義、平和憲法。国民全体の総意の国へ。希望があった。5月15日。本土の51%の基地が無くなるという夢を見ていた。しかし自衛隊が来て、基地も存続。75%へと増える一方。40年過ぎた。戦争の映像を見ると、あのときのことが思い浮かぶ。トラウマ。ひめゆりの塔の第1外科壕から出された。うめき声、叫び声。友達を壕に残したこと。33年忌にやっとそこまで行けた。しかし足が震えた。姉を残した友達。お姉さんごめんなさい。40年ぶりに中に入り、遺骨、遺品を拾った。整理されていると思っていたが、遺骨がたくさんあった。山になっていた。別世界に行ったような感じ。沖縄戦のことを、本土の人は知らない。事実を知らない。戦争の風化に気がついた。思い知らされた。
ひめゆり資料館を作ろう。観光地になっている。間違った証言を払拭する。しっかりと伝えて、平和、亡くなった人たちへの供養。ひめゆりの心を忘れないで
25名の証言者が 今は15名。戦争がいかに愚かか。人間の努力によって平和を築く。日本の国が平和なら平和?
13歳で入学。先生志望。寮生活。友達がいっしょ。英語は使えなくなる。16才、勉強なし。基地を作る。アメリカのことは知るな。アメリカの力は分からない。竹槍。アメリカは全部知っていた。国策。世の中を見つめる目が必要。
4回の大空襲 3月23日 炸裂弾。それから3ヶ月。病院へ行け。看護の手伝いをする。その前、両親に戦場動員の許可をもらいにいく。父も教師だった。がんばって来いとは言わなかった。お前を16歳まで育てたのは、そんなことをさせるためではない。女は戦争に行かなくてもいい。山へ逃げろ。私は「非国民と言われるよ。」と答えた。立派な日本人になれという教育を受けた。方言、歌をやめた。今も方言が使えない。母が泣いてしがみついた。3月23日戦場へ行った。半分以上が亡くなった。そういう教師。いかなる教師であるべきか。他の女子学徒隊は卒業者のみ戦場へいった。ひめゆりだけは在校生。それを誇りと思っていたが、18名の教師がついていた。そのために、悲劇が起こったのかもしれない。それが悔しい。恩師であるが、二度と教師に過ちを犯してほしくない。
陸軍病院に空襲。壕に入れない。なぜ病院に爆弾が落ちるのか。教師も分からない。これが戦争。ルール無視。
先生は「心配するな。爆弾が落ちない後方で看護するのだ。」と言っていたが、そうではなかった。
砲弾の中の卒業式。この世界のなかで稀なこと。戦場での卒業式。悔しかった。「別れの歌」、鎮魂歌。
4月1日 米軍上陸 70代の男性まで負傷者を運ばされた。すべての学校からも動員。21の学校。戦場の学徒隊。学生は通信兵をした。有線。工業高校の生徒。100名、14、5歳。80名が亡くなった。上級生は爆弾を背負って戦車に体当たり、訓練を受けていた。火薬を体に巻く。生徒に手榴弾を渡し、敵の後方から使え、最後の一つで自決せよ。生徒、住民に手榴弾を渡す。軍と関係がないはずがない。
血まみれな人を見て呆然とした。戦場だ甘ったれるな。座り込んだり、震えたりしてはいけない。どんどん負傷者が増えていく。3000名。病院がいっぱい。糸数壕へ1000名移す。ガーゼで水を与える。血と膿の悪臭。空き缶で小便を取る。
何もいわない人。喉に穴が開いていた。蛆が這い上がっていた。蛆が傷口を食べる音が聞こえる。うめき声が聞こえる。やせこけた兵隊とコロコロ太った蛆。
有事法制によって戦争に行かされる。法律によって行かされた。国家総動員法。
血まみれの手足を運ぶ。病院の回りにできた穴に投げ込む。最初は泣いた。泣きもしなくなった。そうしないと任務が出来ない。人間の感覚が無くなる。すべて人間ではなくなる。青酸カリのミルクが配られる。軍人だけではない、住民も追い詰められて死んでいく。ピンポン玉のおにぎり。病気になり、眼が見えなくなった子がいた。今は物があふれている。そのときはどうすることも出来なかった。それが戦場。何も出来ない。
4ヶ月前に書いた手紙。普通の女の子。そういう子が戦場へ行き、死んだ。
井戸をアメリカ軍は狙い撃ちした。血のにおいのする水を飲んだ。
第一外科。8人友人たちが血まみれ。教頭先生が蝋燭をともす。6月18日 学徒隊を解散します。出て行けといわれる。連れて行けなかった。
国際法は通じない。学生にガス弾。火炎放射器。6月20日、解散命令。もう一度お母さんに会いたい。6月21日、日本兵が投降して、日本人に殺された。ピンを抜けなかった。「金城さん手榴弾置いて」友達が声をかけた。他の人々が手榴弾で死んでいた。アメリカ兵が手当てをしていた。
収容所 7ヶ月ぶりに母に会う。「生きていた。」死んだ方がよかったと思っていたが、母に謝った。
人間の基本はいのちである。生きられる幸せに気づいてほしい。平和でないと生きられない。平和を作る。大事なときには、その言葉を思い出してほしい。沖縄フェス。いのちについてしっかり考えてほしい。いのちがどんなに大事か。戦争がいかに愚かなことか。
午後から組の研修会で教区御遠忌テーマについて話しました
「差異 つながり そして、いのち ー孤独の闇から響きあう世界へー」
前半は御遠忌事業の宣伝 そして、「いのち」をめぐる社会状況について
後半は釈尊伝を中心に つながりを大切にしたのが仏教であると話しました

100人を越える方々が集まってくださいました 大盛況!
研究報告
1、富山東別院創建記念碑について 石川正穂
2、林太仲は仏敵か? 永崎 暁
3、合寺事件の歴史的意義 長 真寿
4、浦上キリシタン配流事件
弾圧者<加害者>としての真宗寺院
安川 潤
5、廃仏毀釈と女性 見義悦子
5人の研究報告は廃仏毀釈を多元的に捉えることになり 内容を深めるものになりました
そして太田浩史さんから 廃仏毀釈にいたる歴史的背景についての講義がありましたが
太田さん 私たちに ちょっと圧倒されたかな?
これからテープ起こしなど 第二回(5月12日)に向けての作業に入ります
いよいよ明日となりました どうぞぜひご参加ください
太田氏の講義の前に5人の実行委員が それぞれの研究について話します
私も以下のようなことを話そうと思っています
http://www.gyokueiji.net/namu/2008/03/post_32.html
みなさん ぜひいらしてください
新しいメンバーを迎え 12人の方が集まってくださいました
正信偈 天親章の1回目
本尊、そして「横超」ということを中心にお話して
和気あいあいとおしゃべり、座談を行いました
毎月第4土曜 午後2時~4時
なかなか 楽しい会になりそうです

尾田さんの本が桂書房から出版されました
このブログのことも取り上げられています
『富山の石仏たち』


「廃仏毀釈を知っていますか?」。富山市内で、道行く人にこのような質問を投げかけても、ほとんどの人は首をかしげるだろう。富山空襲の記憶すら風化しつつある今日、それは致し方のないことかもしれない。
しかし、仏教徒が人口の大半を占めるこの地は、今から138年前、もっとも激しい仏教弾圧が行われた場所であった。なかでも、大多数の門徒を擁した真宗寺院に対する迫害は、ひときわ蛾烈を極めた。
明治3(1870)年閏10月27日、富山藩は突如として「藩内すべての寺を、一宗一寺に合併する」との合寺令を発布した。封建時代の安逸をむさぽってきた寺院と仏教徒にとっては、まさに晴天の霹靂であった。収奪された法具や梵鐘は、門徒らの目前で鋳潰され、藩の軍備拡張のため、砲弾や銃弾に改鋳されていった。
この時期、廃仏毀釈は、菊間藩や薩摩藩など各藩でも散発的に行われたが、ここまで徹底した激しいやり方は、全国に例がない。
総曲輪に建っている東西本願寺別院は、そうした過酷な試練にさらされた人々が、地道な努力の末に、ついに信教の自由を勝ち取った抵抗のモニュメントなのである。
16日(土)11時~15時 駅裏の牛島公園にて
困民丸(路上生活者支援ネット)による二回目の炊き出しを行います
どんなことをやっているのか、どんな人が集まっているのか
どんな運動になるのか ぜひ おいでになってみてください
協立病院ちかく高園町に生活支援、自立支援のための家を借りました
まず、少人数の方と同居し、生活保護、就労の方途を探ります
つきましては、生活用品・家財道具・炊事用具・衣類・布団類等を募集しています
大都市のような大人数がいるわけではありませんが
この厳寒の中 駅地下道から病院へ搬送されている人がいます
富山ではこれまでまとまった支援運動が皆無でした
0からの出発 手探りでやっています
富山のホームレスを支援する有志が 初めて炊き出しをすることになりました
活動名称は 「困民丸 -路上生活者支援ネットー」
2月3日(日)午前11時から午後3時まで
富山駅北口近く牛島公園で行います
チラシを作成しホームレスの方々に宣伝します
民医連から参加あり KNBよりさっそく取材申し込み ありました
当日に向けて支援の協力者を募ります
様子を見にでも 来ていただければ 幸いです
そして 申し訳ありませんが、当日、ご法要があり、私は欠席させていただきます
いつも すいません…

同朋会やお講などに使うために 新たに机4とパイプ椅子10を購入しました
椅子を使う形態を これからいろいろ試してみます
太田浩史氏を迎え 別院にて開催
2月中旬までに廃仏毀釈に関する写真を使ったチラシ作成
3月中には 冊子作成のために委員それぞれの担当の文章を完成させ
冊子出版は 二回の公開講座の内容も加えて
別院法要までに出版を目標とする
冊子につける年表を太田氏 コラムを私が担当 次回は2月14日1時半より
有志5人で、21日夜、富山駅周辺で何人かのホームレスの方と話しをしてきました。
18日から毎日、訪れていたMさんに紹介してもらうような形でした。
大寒でした。防寒対策をしていったつもりですが、
話をしているとどんどん体温を奪われ、凍えていきます。
温かい住まいと食事、そして医療を切実に求めていらっしゃいます。
北陸にはこの問題に取り組む動きがこれまでなかったことから、
広く市民に問題について認識をもっていただく取り組みも必要でしょう。
そして立ち遅れている行政に働きかけることも必要でしょう。
23日夜に5人でもう一度会合を持ち、今後の活動について話し合う事にしています。
午後 東別院で解放運動協議会の輪読会
先立って「強制連行された東アジア出身者の遺骨に関する調査」の現況
65.4%の寺院から報告書提出 委員が各組の報告書回収にあたる
あわせてその内容について現地学習会を企画する
来月 東別院での金城幸子講演会
3月 高岡での「新・あつい壁」上映会 高山でのハンセン病問題全国交流集会
4月 東別院 金泰九講演会 以上について告知
「仏の名のもとに」を輪読
先日の金城馨さんの話や藤場さんの新刊の内容が重なって読める
夜 野々市 常讃寺へ 出席者は7名
教行信証真仏土巻をコロタイプなどの写真版で輪読
最後まで読み終えたので次回からはもう一度読み直す
今後は論・論註に進むかもしれない
引き続き 安田理深「真仏土巻聴記」を輪読
次回は2月14日・3月17日
藤場さんの新刊の内容について質問
問 教巻の阿難は未覚者なのか?
答 自分自身が見たものが分からないのは「未覚」
問 法難・選択集書写記録は「文類」であるという古田武彦の論を支持するか?
答 賛成 法難記述だけではなく、選択集記録も、間もなく書いたものを
そのまま挿入している可能性が高い
記念講演
4月11日(金) 新川文化ホール
講師 江川紹子 氏(ジャーナリスト)
講題 「差異 つながり ・・・そして いのち -混迷する現代社会を想うー」
公開講座
富山東別院本堂
内容 廃仏毀釈について
3月24日(月)太田浩史 氏
5月12日(月)阿満利麿 氏・太田浩史 氏
日程、チラシ、チケットなどについて協議
(東別院講義室 講師は金城馨氏 文責は流星)
マイノリティである私たちはマジョリティに迎合 それは不幸なことであり 沖縄とヤマトの関係だけでなく 朝鮮人 外国人労働者 日本社会のなかでマイノリティがマジョリティの価値観に迎合していく
日本の差別のなかで 沖縄人がどのような位置になるのか 相対化する 日本のなかでの差別 それを受けてそれにどう向かったのか 差別に加担したのか 差別を受けた人間が差別をしないわけではない 差別されたがゆえに差別してこなかったか そうではないと思わざるをえない
1900年ごろ ヤマトへ移住 出稼ぎ 経済的疲弊 仕送りのため 東京は学問 大阪は稼ぎに 長男は出ない 次男三男が出て行く
大阪が近代一番進んでいた 紡績 大正区 近代紡績 大阪紡績+三重紡績=東洋紡 大日本紡績 大正区 周辺 造船 木材の貯木地 担ぐ仕事 肉体労働 労働者が集まる たびんちゅ 本来なら戻るはずが帰れない 定住しはじめる 五世代 明治中期から
「職工募集 ただし 朝鮮人琉球人お断り」 アパートにも但し書き
働くところを探す 沖縄人ということで仕事に就けない アパートも貸してもらえない 抗議するグループと しないグループ
差別されない方法 琉球人ではないとする 沖縄を隠す 名前を変える 金城→いわしろ いわき 比嘉→ひよし 差別からの逃れる しかし差別はなくならない
差別する人がいるから差別はある 差別する人がいなくなれば 差別はなくなる 名前を変える→差別する側に立つ 差別が大きくなる 立場を明確にし 闘うしかない
沖縄人集落 北恩加島 1950代に立ち退き そこで沖縄人が沖縄人として生きることの芽生え 自治? 自分の生きる権利を表現した ユイマール
差別という問題が 沖縄人が集住した理由 差別があるがゆえに生活する場所を 生活に適さないとしても選んだ 自治があった 宝塚 尼崎 川に近い場所 低湿地帯
1924 関西沖縄県人会 差別的な問題を是正させる 労働運動 水平社宣言1922年の影響 沖縄人のコミュニティが運動の担い手に 弱体化
新たな県人会 沖縄的生活習慣の改善 髪形 農業の仕方など 同化 迎合を目指す
1975 がじゅまる会 エイサー 1972沖縄復帰したが差別は変わらなかった 差別をはねかえす 文化としての誇りを取り戻す エイサー祭り 33回 やまとんちゅうーは見に来ないが 充実感はある 先人たちの歴史をたどる 日本の中の差別を潜り抜けてきた歴史
先人たちは動揺した また差別は起こるのではないかと 「隠せ 恥さらし」
青年会として 部落解放同盟から学び 職場での差別を是正 先輩と違う生き方を始める
そこで勘違いがおこった 沖縄の誇りを取り戻す 強くこぶしを上げる しかし 先輩たちは誇りをもたない表現しない人たちであったのか 多くの沖縄の芸能人たちの芝居は沖縄そのものを表現していた 新しい音楽を生み出していた 新しい音楽ジャンルを 大阪から新しい沖縄音楽が生まれた 北恩加島では隠さなかった 外では隠した 外でのくやしさを内でより表現していたかもしれない
表に出した我々は沖縄の文化を守れるだろうか 外の人々は沖縄が分からないから 理解しないから それに触れることに理解すれば差別はなくなる? 隠して守ったものを 広げることで薄め 壊している? 先祖供養であるエイサーはエイサーでなくなっている
思い違いを常にしている 目的は正しいのに結果が間違う 差別をしない取り組み その結果が 違うかもしれない 平和を守るといって戦争する 差別をなくすということがどういうことか考えていない
1903 内国勧業博覧会 人類館事件 学術人類館
琉球処分から24年 日本への同化 風俗改良運動 公民化政策→日本人への同化
「台湾、アイヌといっしょに扱うな 我々は一等国民である 日本人である」
目的は自分の民族が優秀であることの証明 自分たちが野蛮を文明化する 植民地支配の正当化
100年前 あの時代は人権感覚がなかった 今はあるのか?
間違いを正さないと また過ちを犯す 正しいと思ったままである
自分の中にも人類館はある 仲間はずれの恐怖 沖縄を隠す 沖縄人が違うことに気づく 歌 食べ物 風習 違っているから馬鹿にされる 日本人になりたい 親の生き方が嫌になる 沖縄人を差別する人間になった
差別問題研究会のゼミ、サークル 定時制高校 沖縄復帰運動 同じ日本なのにおかしい後輩を名乗らせる それは大きな間違いだった 人を傷つける 正しいと思う行為が暴力となる 正しいと思ったら相手に言える 正しいは暴力である
差別はなぜあるのか 日本という国がどういう形をしているか
近代以降の国家 文明開化 それ以前は未開だというのは勘違い 本質が見えていない
やるべきことは間違いを減らしていくこと 正しいことを主張することではない
われわれは過去に引きずられる 過去に引きずられやすい 過去へのエネルギーが強い ならば先人たちがたどったものを過去と見ず 未来として見よう 先人たちの声を未来に聞く
理解ができると思い込んでいる 理解が差別を生む 理解という言葉を使って差別する 理解したい 知らないのは差別だと
分からないことを受け止める 違いを認め合う 理解する
多文化共生 マジョリティがマイノリティを理解する?
日本人に理解してもらおうというなら 同化と迎合しかでてこない
分からないことを分からないこととして受け止める 謙虚に 理解は傲慢
私を含めて5人がサンフォルテに集まりました
自己紹介と情報交換 そしてそれぞれの思いを話しました
ワーカーズコープ、ブレカリアート、家庭内難民・・・
初耳な単語が飛び交い 大いに刺激を受けました
さまざまなスタンスをもつ方々との出会いはありがたいです
凝り固まった日常生活で鬱積していたものが 発散されます
21日に駅で聞き取り調査を行うことになりました

白い線は雪

おもいっきり 降りはじめました
「玉永寺通信」等の入った封筒を
全門徒さん宛てに発送し終わりました
元旦に到着してくれますように
正規版は今、印刷中、発送準備中です
Web版ができたので、下記URLにUPしました
http://www.gyokueiji.net/080101.pdf
部品を交換したのと、紙を薄めにしたのが功を奏しました
今のところ 色あせなし 紙詰まりなし
ノントラブルで印刷進行中です
先日はトナーが紙に乗らない印刷トラブルに悩んだエプソンLP9000Cですが
そのとき 両面印刷のパーツが破損していることに気がつきました

紙詰まりのときに 開く部分です この黒い器具の裏側にあるパーツです

取替え終了後のものです 4つあるゴムのうち 内側の2つが破損し ずれていました
両面印刷でこのごろ 紙詰まりするようになっていたのですが
おそらく これが原因だと思われます
エプソンのコールセンターの対応は非常に迅速で丁寧で
ファックスでのやり取りの後 すぐにパーツを代引きで配送してくれました
無事 自分で交換することができました
友人の万次さんからのお尋ねがありました
いくつかあたっていますが 北陸三県で心当たりの運動・団体があれば
教えていただけると幸いです
ホームレスの全国支援ネットから富山のホームレスの状況に関してニュースが流れてきます。
http://www.toyama.hokkoku.co.jp/_today/T20071009201.htm
石川県の金沢駅でも似たような騒動がおこってましたが。大学や社協や、救護施設などのルートを使っても、北陸(石川、富山、福井)のホームレス支援団体の存在が確認されておりません。もし個人でも動いておられたら、バックアップさせていただくことも可能なのですが。
北陸の状況はまったく掴めておりません。支援団体が存在しないか、あるいは弱いために、このような行政とのいたちごっこが繰り返されているものだと思われますが。
排除だけでは何も解決しないと私たちは考えてます。流星さんは、ハンセン病問題で例えば看護師さんのグループともお知り合いがあると思われますが、このコメントをご覧のみなさまも何かお知りでしたら、何かお知らせ下さい。対応に向けてアクションを起こせるのですが。個人メルアドにてご連絡いただいても結構です。
月参りに回っていて
政府からの補助金が厳しくなり
おばあちゃんが喜んでたデイサービスの回数を
減らされたという話を聞いたばかりだった
NHKスペシャルを見て
おとしよりを助けたいという善意が
ないがしろにされ 翻弄されている現状を 知る
印刷、梱包が終わりました
御門徒のみなさまには 随時 発送いたします
個人情報などに配慮したWEB版を下記のアドレスに公開します
どうぞ ご覧ください
本日午後より
教区御遠忌教化推進部会 公開講座実行委員会のメンバーが大田浩史さんと共に
廃仏毀釈・富山藩合寺令の研究について
松寺永福寺を会場として 北国新聞・富山新聞の記者より 取材を受けました
記事にしてくださるそうです
記者の方は地方の仏教関係に詳しいようで 松本白華も知っていらしたので驚きました
さて どういう 展開になりますやら
富山教区解放運動推進協議会 靖国問題学習会(公開講座)
「強制連行された東アジア出身者の遺骨に関する調査」に関する学習会
<第1回> 朝鮮人戦時動員と富山 人としてどう向き合うか!?
期日:8月 23日(木)
会場:東別院会館 1階 研修ホール
講師:堀江 節子 氏 (桂書房)
「彼らは、勝手に来ただけで、強制連行ではなかった」と、当時を知る人々はよく言われます。1939年の 「強制連行」以前、自らの意思で渡航し、曲がりなりにも仕事を選ぶことができたとはいえ、それは日本の植民地化による生活苦からきたものです。そして、アジア・太平洋戦争の侵攻によって、本人の意思を無視した強権的な連行へと変わります。強制連行を前後した時代、富山にもたくきんの朝鮮人労働者がいました。その現実に迫りたいと思います。
14:00 開会
14:15 ビデオ鑑質
14:45 講義1
15:30 休憩
15:45 講義2
16:30 質疑応答
17:00 終了
<第2回> 非人道的な日本政府の在日韓国・朝鮮人への政策!!
期日:9月 11日(火)
会場:東別院会館 1階 研修ホール
講師:宋 勇 氏(Song Yong 在日大韓民国民団富山県地方本部)
私の祖父や父は、農地を奪われて、やむなく日本に稼ぎにきました。ようやく生活の見通しが立つと、祖母と母がやってきました。祖父,祖母は、日本語がほとんど話せません。当時、周りの日本人から軽蔑されながら、強く生きてきました。
日本の敗戦で―度帰国しましたが、向こうは生活できる状況でなかったそうです。いつかは故郷に帰ろうと思いつつも、祖国は南北に分断され、全国が廃土と化した朝鮮戦争。
常に南北祖国の興亡を注視しながら、自分たちの生活を考えてきた在日の私たち。しかし、いつも日木政府の我々に対する政策は、あまりに冷たすぎました。そして、現在も同じです。
14:00開会 16:30終了
*日程は、変更する場合がありますのでご了承ください。
ご存知のように、H19年新潟県中越沖地震にて多大なる損害が発生しております。
皆様には能登半島地震、2004年新潟県中越地震のときより、各教区の有志の方を中心にボランティア・支援物資集めにご協力いただきました。今回も、同様に災害救援物資・人的支援をご縁あるご門徒・ご同行皆様にお呼びかけいただきたく、お願い申し上げます。
〓〓〓お願いしたいもの〓〓〓
タオル、ぞうきん、シーツ、タオルケット、下着、靴下、衣類、乾燥食品、など
【未使用】【新品同様】【腐りにくい】 ならば何でもOK
〓〓〓集荷場所〓〓〓
【富山教務所の玄関横ロビー】
今回、皆様よりの物資は、まとまり次第、三条教区の仏教青年会を通し被災された方々・町内会への支援となります。
〓〓〓7/17~ 教務所へ学習会などにいかれる方へ 〓〓〓
とりあえず。何か。お願いします。m(_ _)m
===三条教区仏青の方からの情報===
「該当地区で倒壊したところが3・4ケ寺ある模様。 宗門としては今日・明日中に、本山より支援隊が派遣される予定。」
「2004年新潟県中越地震の宗門?の救援本部だった
寺院(巨谷さん)が倒壊したとのこと」
===参考URL===
高岡教区 仏教青年塾
http://members.goo.ne.jp/home/stakaoka-bussei
何卒、皆様のご協力宜しくお願いいたします。
また、縁ある方にこの内容を転送お願います。
北陸連区 仏青・青少年交流会(仮称) 連絡係 (富山教区) 神保さん
29日 太田さんと北陸石仏の会会長の尾田さんが来寺。
以前、ここに掲載した法蔵菩薩掛け軸の調査をされました。
尾田さんによると、明治20年ごろから、富山西部では真宗門徒により南無仏太子像(聖徳太子)の石仏が盛んに作られ、富山東部では法蔵菩薩五劫思惟像が作られたということです。
廃仏毀釈を経て、財政の逼迫によって本山が疲弊した時代、世が激変していた時代に、先人達はどういう思いで石仏を建立されたんでしょうね。尾田さんも気になっているご様子でした。同じように、この頃に、御門徒のご苦労によって東西の富山別院は建設されています。
この機会に、玉永寺にある、気になる掛け軸を何点か見ていただきました。
どれについても、興味深いお話が聞けたのですが、教如から下附された顕如上人像の確認ができました。裏書の「慶長二年」は東西分派前に教如が隠居していた期間です。富山における教如派の形成時期を知る史料として、もっとも早いとのことでした。
30日 お参り、修正会の準備、雪かき等、どうやら一段落つきました。
やっと自分の年賀状に取り組む余裕ができました。
今年は年賀状はやめて、web版の寺報を印刷して送付することにしました。
印刷、梱包、郵送で、倍の料金と手間がかかりました(汗
このところの教育をめぐる問題ですが、現場の教師ばかりが悪者にされて、行政府はそれをとっちめる正義の味方になっているような構図に、されているように、わたしには見えています。
法律と現場が乖離して起こった問題なのですから、両者が共に責任を認めて、共に取り組んでいく形になってほしい。
その只中で、社会の今後を左右する重要な法律が変えられようとしている。
ジャーナリストいわじぃさんのブログ
基本法は、教育への権力の介入を規制することを目的とする法律です。
この時期に、行政府の拘束力を強めていく方向に流れる立法府を、危惧します。
開催日時 2006年10月26日(午後8時~10時ごろ)
開催場所 石川県 (野々市町 常讃寺 門徒会館)
4年間、有志で『十住毘婆沙論』の学習会をほそぼそと開催してきましたが、「易行品」まで終わりましたので、あらたに安田理深先生の『真仏土巻聴記』Ⅰ・Ⅱ (文栄堂)の輪読会を始めることになりました。
「親鸞の教行信証を読み解く」(明石書店)の著者、らくりんさんと共に、なかなか一人では読み込めないテキストを輪読し、雑談を楽しむ会です。毎月一回のペースで、固定したメンバーは、富山1、高岡1、金沢1、能登2といった感じです。細々とですが、熱い心意気でもって続いています。
新しいテキストに取り組むこの機会に、ご一緒に学びませんか?
参加者をお待ちしております。
Web版は↓です。
http://www.gyokueiji.net/0609.pdf
取り掛かったのは18日あたりだったでしょうか。イヤ、もっと前だったかな。
これまでのブログの記録があるので、記事は比較的スムーズに作れました。
玉永寺報恩講の講師に、祠堂経のときの東條さんに続いて、法友の埴山さんをお願いできたのは、とてもうれしかったです。
今回のホームページの移転とドメイン獲得も、「通信」の発行に間に合わせたということがあります。
Web版にはありませんが、帰敬式を受けられた方のお名前を掲載しているので、本山に問い合わせたのですが、これが大変でした。こんどまとめて出すやら、部署がどうやら、コンピュータの具合がどうやらで、印刷寸前で4日ぐらい待たされ、やっと昨日の晩、ファックスで届けてくれました。これで記事は完成。
今回は両面印刷を前提に記事を作り、はじめてこの機能を使ってみました。紙送りもスムーズで、汚れも出ず、非常に綺麗にできていたので、喜んでいたのですが。
トナーを交換したら、4本の白線(印刷抜け)ができてしまい、苦しみました。
これまた、はじめてリサイクルトナーを使ったせい? 感光体ユニットがもう寿命? ほかに何か原因あり?
こういうときに、保守管理を業者に頼んでいないことを後悔しますね。出版印刷の仕事をされている野田さんに電話で相談し、トナーを入れなおして、クリーニングを繰り返しました。
もうだめかなーアマゾンで新品感光体ユニットを注文する寸前に、印刷してみたら、直りました!
念入りにクリーニングをしたのがよかったんだと思います。
と、いうことで、現在順調に印刷中。感無量。引き続き発送に取り掛かれると思います。世話方がいらっしゃる地域の方には、後ほど配布していただきます。どうぞ、よろしくお願いします。
あわただしく、落ち着くことができないのですが、昨日の「無碍の一道」について話した組同朋会について、いろいろ考えています。
諸行無常・諸法無我の仏教において、実体的な極楽浄土を説くことには、大きな役割があると私は思っています。
浄土教は実践を念頭に置いた仏教であるがゆえに、知性的論理に留まったり、知性の立場から感性を見下したりしてはならない。しかしながら、感性に流されて知性を失ってはならない。
だから、教説に智慧と慈悲が混在しているようにみえるのだと思います。まぁ、こんな二元論で考えていることにも問題はあることでしょうが。
その意味で、第七章「念仏者は無碍の一道なり」の一節だけを見てお話したのは、いろいろな問題を孕んでしまったのだと考えました。様々な宗教的権威などをひれ伏せさせるのが念仏だという話だけでよいのか。ならそれだけの念仏とはなんなのかということを、取り上げなければ。
歎異抄に、深い配慮の上に、続けて第八章が置かれている理由が、身に染みて分かりました。
「念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々」
第七章と第八章は、表と裏のようだなと。
テキスト「宗祖親鸞聖人」にはありませんが、来月は第八章に力いっぱい触れてからはじめたいと思いました。
昨日、午前は大沢野まで月参り
午後は教区御遠忌情宣部会 スケジュールがきつきつ
富山を発ち 第七餃子でホワイト食べて
野々市 常讃寺での十住毘婆沙読書会
易行品 教行信証引文まで読み終わりまして、これで終了。
4年半、龍樹の菩薩論のスゴサに触れることができました。
一人ではこういう本に真向かうことはできません。
読書会のメンバーたちに、僧伽に感謝です。
さて、来月からですが、とりあえず、安田理深「教行信証 真仏土巻聴記 Ⅰ」(文栄堂)にチャレンジすることになりました。
http://sun.ap.teacup.com/pastime/152.html
個人的には、らくりんさんから安田理深の楽しみ方を吸引することを狙っていますw
関心のあるかたはメールをください。
共に学びましょう!
12日 リニューアルした大阪人権博物館へ
こんな特別展やってました。「破戒」の直筆原稿など、貴重な資料が展示してありました。
「カミングアウト」という視点からも、この小説は偉大な作品であると、あらためて思いました。
性暴力についてのブースに「サバイバーアート」の作品が何点か置いてありました。DV・性暴力・虐待・差別をいきぬいた被害者の作品という概念です。命の大切さが繊細に表現されて、見ているものにもその思いが伝わるようで、とてもインパクトを受けました。
それこそ、メモリアルな展示物が多くなったような印象でした。また、ゆっくり見に行きたいです。
ここの特別展示はとてもおもしろいものをやっていますね。「島崎藤村」「つくられる日本国民」「血筋と家柄」「障害者でええやんか!」「学歴社会と職業観」「HIV・AIDSとともに生きて」。これまでの展示記録本をなど、かなり本を買ってしまいました。
帰りは鶴橋で焼肉を食べてきました。肉も旨かったけど、韓国どぶろく「マッコリ」を初めて呑んだらこれがイケタ! お土産にしました。
んで、高岡の方々とお別れして、自宅に帰って、鶴橋で買った豚足と格闘して、本日が終わろうとしております。
10日の午後、富山を発ち、金沢のまったり、しろうさ夫妻宅で一泊。
11日京都へ。研修部で「育成員研修会事前打ち合わせ」。それなりに真剣な討議を。
京都駅→大阪環状線→阪和線と乗り継いで、杉本町駅から徒歩で大阪市立大学のキャンパスを抜けて浅香人権文化センター到着。
高岡教区主催の「「同和」問題交流研修会」に途中参加。
趣旨文より
大阪の浅香地区は、周辺住民と連帯して「まちが変わる」をスローガンに「にんげんの街」「水と緑の街」「住民自治の街」「教育と文化の街」の創造を目指し活動をしているところです。さらに今後の部落解放運動の目指すべき方向として、アイヌ民族や沖縄の人たち、そして海外のマイノリティーとの交流を行うなど、さまざまな形で試行されております。
大学と地下鉄車庫によって交通を閉ざされたときの浅香の様子。車庫跡地の開発が地域全体との交流と展開し、解放運動のひとつの形として注目されることになる。
5日、6日に長島愛生園、邑久光明園を訪れました。写真もありますし、いろいろなことを学びました。いずれHPのほうに整理して載せたいと思っています。
私にとって、今回の一番の出来事は、Mさんと再会できたことでした。そのことの意義をみなさんにお知らせしたく、もう一つのブログに、許可を得て「真宗」の記事を転載させていただきました。ぜひ、お読みください。
http://d.hatena.ne.jp/ryuuusei1/20060907/p1
新しいことに挑戦しているわけですが、もしかしたら私には無理な領域に踏み入ったかもしれません。
午前いっぱい月参りして、昼は餃子の王将へ行きました。
美味しかった。なんとなく、自分の中では今、餃子がブームです。またいこ。
高岡、金沢、長浜からも受講者がみえられていました。
参加者は20人ちょっとかな。
http://munin.cool.ne.jp/tenseeds.html
ゲームはホンマに楽しいですね。
最初は手を繋ぐのもためらっていたみんなが、年齢性別を越えてどんどん一つになっていくのがイイ。
来週、子ども会があるので、今日やったことができないかなとも思うんですが、あのおこちゃまな1年生たちがやってくれるかなぁ。
まぁ、こういうことが続けられるよう、今後も体力維持に励みます。
三時間以上かけて、また、だいぶ変わりました。
夜は朝日町 棚山のバーベキューに参加してきました。http://d.hatena.ne.jp/jyoukouji/20060831
肉をつつきながらお念仏の話をするのが楽しかった。
以下は9月の予定です。研修会などご一緒しませんか? 関心のある方はメールください。kokorookiraku@yahoo.co.jp
1日 児童連盟研修会(教務所) 講師は金沢のピーシーズ? 室内ゲーム
2日 美川の会 http://sun.ap.teacup.com/pastime/6.html
4日 声明作法講習会(教務所)
5日・6日 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山 研修旅行 邑久光明園 長島愛生園http://www.hosp.go.jp/~komyo/index.html http://www.hosp.go.jp/~aiseien/
8日 教区御遠忌教化部門会議(教務所)
9日 玉永寺子ども会
11日・12日 育成員研修会打ち合わせ(京都)
高岡教区「同和」問題交流会(浅香人権文化センター リバティ大阪)
13日 解放運動推進協議会学習会(教務所) 講師 玉光順正 テーマ「差別」と「靖国」
14日 教区御遠忌情宣部門会議(教務所)
十住毘婆沙論学習会(野々市)http://sun.ap.teacup.com/pastime/2.html
15日 組声明作法講習会(滑川?)
18日 組同朋の会(上市)
20日 共学研修会(教務所) 竹中智秀氏
21日 同朋会運動推進会議(京都)
25日 華の会(朝日町)
27日 玉永寺同朋の会
祝開設!
今後の展開が楽しみ。
玉永寺HPのトップにリンクを張ってくださったのですが、ちょっとほったらかしになっているので修正しないといけませんね。
http://d.hatena.ne.jp/jyoukouji/
さて、ウチのこどもたちの夏休みも、いよいよ終わりつつあります。
大きな衝突もありました。
そこから話し合える事もあったし、まだ十分コミュニケートできていないこともあるし。
葛藤のなかで一人の人間が成長する姿を見守るのは、なかなか難しいね。
とりあえず、ボクのオツムはますますその薄さ加減を増してくれています。
父親としてなにができるのか、なにをしなくていいのか、いっぱいいっぱいですわ。
関係ないですが、今朝、学生時代にもどって、フラフラと友だちの下宿へ遊びに行ったり、来てくれたり、いっしょに鍋を囲んだりしている夢を見ました。
この歳になって、いまだにあの頃の夢をみるなんて。
目が醒めたら、幸せな気分でした。
さて、まぁ、今夜は暑い夏の終わりとして、リアルでみんなでなにか食べに行こうかなと思ったりしてます。
http://www.fitweb.or.jp/~sksr930/
「忘れない不二越女子勤労挺身隊」朗読劇
クローバの会の皆さん
高橋さん。わかりやすく話されました。
なんだか、気さくそうな方でした。
いろいろ考えさせられました。
熱い夜。共学研修会のメンバーが飲みに行ってるんで、うらやましいなぁと思いながらとぼとぼ帰ったら。
シノさんとさとmixさんから楽しそうな電話がかかって来て。
いま、泣きながら、とても寂しく、テレビを相手に、飲んでます。
しくしくしくしく。。。
一茶だよね。
昨日、こんな本を読んで
| 戦下のレシピ―太平洋戦争下の食を知る 著者:斎藤 美奈子 |
今日「突入せよ!「あさま山荘」事件」のレビューを書いたら、とつぜん、恐怖心にとりつかれてしまいました。
冷戦時代は、生まれたときからそういう政治状況だったからでしょうか、核が怖いとは思いませんでした。
チェルノブイリとかをみても、TVの向こう側の話だと思っていました。
東アジアでは中国、インド、パキスタンも核をもっているんですが、そういうこともあまり実感としていなかった。
なんつうか、この瞬間になにもかもが一瞬にして消えてしまうことになる可能性って、0じゃないんだよね。
ダイエットが、コレステロールがどうこう言ってる場合じゃないなぁ。
みなさんは、怖くないですか?
「核の恐怖」ってこういうことなんだなと、今頃になって実感している、かなりのんきな私です。