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2012年08月09日

●ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山主催 シンポジウム


11回目のシンポジウムを開催します。共同代表を務めさせていただいています。ぜひご参加ください。画像はクリックすると拡大します。

2010年06月26日

●ハンセン病訴訟勝訴9周年記念シンポジウム

18日 開催の前にKNBから藤田三四郎さんへのインタビューがありました

KNB←動画あり
ハンセン病に対する差別や偏見をなくそうと活動している市民グループが、ハンセン病の回復者らを招いて18日午後6時半から富山市でシンポジウムを開きます。
 18日のシンポジウムで講師を務めるのが、ハンセン病回復者の藤田三四郎さん(84)です。 昭和20年、藤田さんは、群馬県の国立ハンセン病療養所栗生楽泉園に隔離されました。 当時19歳でした。
 藤田さん「地獄と一緒ですよ、療養所といっても名ばかりだった、一番大事なことは負の遺産をのこすということ(ハンセン病という)名前は知っていても病気に対しての知識が足りないから、正しく理解してもらいたい」
 シンポジウムは、ハンセン病に対する国の対応の誤りを認めた平成13年の熊本地方裁判所での判決を記念し、毎年6月に富山で開かれていて、今年が9回目です。
 今回は、強制隔離という負の遺産を保存・継承する意義について考えます。
 主催するハンセン病問題ふるさとネットワーク富山の藤野豊代表は、富山県からも多くの人が強制隔離され、今も帰れないままでいることを忘れないでほしいと話します。
 藤野さん「熊本判決を忘れないと、そしてハンセン病が恐ろしい伝染病だという国の宣伝によって我々が地域から多くの方々を排除していった、だからそのことを忘れないで、いつでも富山の方が富山に帰ってこれる状況を作っていく、そういうことが一番必要だと思います、そのためにもハンセン病に対する偏見のない正しい認識を持ってもらいたいし、過去の人権侵害の事実はきっちり、記憶してもらいたいと思っています」
 今でも10人の方が故郷、富山に帰れないまま、全国の療養所で暮らしています。
 ハンセン病訴訟勝訴9周年記念シンポジウムは、18日午後6時半から富山市民プラザで始まります。

私はネットワーク副代表として開会挨拶をしました 今の私個人の思いを込めた内容です 掲載させていただきます

 私ども「ふるさとネットワーク富山」は2002年より毎年、ハンセン病国家賠償請求訴訟勝訴記念のシンポジウムを開催して来ました。医療従事者、市民活動に関わる方々、そして東西両本願寺の門徒、僧侶が力を合わせて開催し、9周年を迎えることになりました。こうして続けてこられたのは、いま会場にきていただいている皆様一人一人のおかげです。改めて御礼を申し上げます。
 この9年を振り返りますと、2006年、療養所のない富山がハンセン病市民学会交流集会の会場となり、全国から1000人以上の参加者を集めたこともございました。2008年には高岡、魚津の二会場で「新・あつい壁」の上映を致しました。同年にはハンセン病問題基本法の署名運動に取り組み、制定に至ったということもありました。
 しかし、ハンセン病問題はまだまだ終わっていません。風化などしておりません。先月、5月20日付けの読売新聞に「「ともに差別」、ハンセン病元患者遺族が国に賠償請求」というタイトルの記事が載りました。その記事を読み上げます。「ハンセン病の在宅治療を受けた亡母とともに、国の隔離政策による差別で苦痛を受けたとして、鳥取県内の男性が国と同県に慰謝料など1925万円の損害賠償を求める訴えを鳥取地裁に起こした。原告側の弁護士によると、元患者家族の受けた被害に対する国家賠償請求訴訟は全国で初めて。」というものです。
 元患者の家族の方々がこうむられた、特に結婚や就職に関する差別は極めて深刻なものでした。今も富山出身の元患者の方に里帰りをお勧めしても、ふるさとの家族に迷惑をかけるからと断られるばかりです。ハンセン病問題はここから遠くにある療養所の中だけの問題ではない。今、私たちのすぐそこにある、ここ富山にある差別問題なのだ、ということです。勝訴から9年という時間がたったからこそ、隔離政策の本質がますます露わになってきたのだと、わたしは思います。
 さて9周年を迎えて、シンポジウムのテーマを、私たちは「隔離の負の遺産を保存・継承する」と致しました。ここで言う「負の遺産」とは、重監房といった施設だけではありません。ハンセン病問題という課題そのものでもあります。この重いけれども大切な課題を次の世代へ、未来の人々へと引き継いでいく意義を、宮坂道夫さん、藤田三四郎さん、お二人の講師から、改めて皆様と共に学びたいと思います。 

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宮坂道夫さんの「負の遺産とはなにか」というお話から始まりました
栗生楽泉園にある重監房を保存する活動を通して ユネスコがアウシュビッツを世界遺産として位置づけていることを紹介されました。よいことだけを遺産とするのではなく 人間が犯してきた罪を見つめるために「負の遺産」を継承する意義を教えていただきました

藤田さんは入所者自治会会長として 現在の回復者の方々が抱えている課題について話されました いつもの軽妙な様子とは違う迫力を 講演を通して感じました

2010年06月09日

●ハンセン病シンポジウム18日に開催

KNBニュース←動画あり

 ハンセン病問題を風化させないための取り組みとして、市民団体が今月18日、富山市で9回目となるシンポジウムを開きます。
 このシンポジウムは市民団体「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」が、毎年開いているもので今年で9回目です。
 9日は藤野豊代表が、シンポジウムの概要を発表しました。
 今回は、「隔離の負の遺産を保存・継承する」をテーマに新潟大学医学部の宮坂道夫准教授と群馬県草津町にある、国立ハンセン病療養所、栗生楽泉園の入所者自治会長の藤田三四郎さんが講演します。
 講演では、強制隔離に抵抗した人を監禁した栗生楽泉園の重監房の再建と保存などについて話されます。
 藤野代表は「改めてハンセン病について考えてもらいたい」と話しました。
 シンポジウムは今月18日の午後6時30分から富山市民プラザで開かれます。

2009年05月28日

●ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山 シンポ チラシ

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2009年04月17日

●ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山 総会・公開講座

10日 富山西別院にて 総会の後
公開講座「基本法の理念『啓発』の具体化 療養所のない地域での活動を考える」
として パネルディスカッションが行われました
本派高岡教区寺族青年会から浄土真宗僧侶青年僧全国大会
富山医療生協から「医療と研修を考える医学生のつどい」
大谷派高山教区から「ハンセン病問題全国交流集会」の報告がありました
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2009年01月13日

●第21回浄青僧全国大会in高岡

この2月 本願寺派の全国大会が高岡で行われます
その際に多磨全生園 真宗報恩会で伝えられている
「しんらんさまはなつかしい」を式などに使い
合唱しようという取り組みをされます

http://www.ranshokai.jp/top.html
http://www.ranshokai.jp/taikai/outline.doc

2008年10月21日

●「新・あつい壁」上映

11月30日 1時より 新川文化センターにて 終了後 中山節夫監督のトークがあります
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2008年09月25日

●「ハンセン病はいま」

大谷派の機関紙「真宗」10月号に 私の文章が載りました
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解放推進協議会→解放運動推進協議会

テキストはこちら

2008年09月20日

●組同朋の会・浄青僧第2回研修会

18日 
上市 浄誓寺 組同朋の会 テキスト「観無量寿経ガイド」 禁母縁
なぜ釈尊は請われていないのに 韋提希の許に現われたのか
なぜビンバシャラ王のところには現われなかったのか
韋提希の号泣と激白の意味 それを非難できるか?

19日
西本願寺高岡会館 礼拝堂
高岡教区寺族青年会(鸞翔会) 浄青僧第2回研修会「ハンセン病と浄土真宗について」
多磨全生園 真宗報恩会 「しんらんさまは なつかしい」を紹介
長島愛生園 Mさんのことについて報告
皇室と真宗教団と隔離政策の密接な関わり キーワードは「仁慈」

1930(昭和5)4月 国際衛生会議(「国恥」としての政策が始まる)
        11月 貞明皇后 「御手許金」24万8千円を「下賜」
           大谷派全国社会事業大会 東京浅草別院 大谷派光明会設立可決
        12月 安達謙蔵内務大臣東西両本願寺訪問 ハンセン病予防救済協力要請
1931(昭和6)「らい予防法」「改正」(強制隔離始まる)
         らい予防協会 認可 (貞明皇后の御手許金により)
        大谷派光明会発会 総裁 大谷智子「裏方」 (香淳皇后妹)
1932(昭和7)智子総裁による長島愛生園「納骨堂」建設寄付金「下付」
         貞明皇后 大宮御所歌会「らい患者を慰めて」
         「つれづれの友となりてもなぐさめよ ゆくことかたき我にかはりて」
1934(昭和9)智子総裁を迎えて納骨堂竣工式
1935(昭和10)本願寺派裏方(貞明皇后妹)を迎えて「恵の鐘」鐘付式

パターナリズム 救済するもの・されるものの固定化
天皇信仰を中心とした日本近代化(富国強兵)に真宗教団が積極的貢献

2008年08月08日

●北京五輪における精神障害者・性感染症患者の入国禁止措置に反対する声明

14団体 593名の賛同がありました。
今後も、暫く賛同者を募り、24日の五輪閉会式までに、
再度、賛同者名簿を添えた形で声明文を送ります。

ハンセン病・精神障害・性感染症をめぐる差別の連鎖を断ち切るために!

 6月2日に北京五輪組織委員会が発表した「五輪期間における外国人出入国・中国滞在期間に関する法律指針」には、「五輪開催期間中の入国が禁止される」外国人として「精神病・ハンセン病・性病・開放性肺結核の伝染病に罹患している」者が一律に挙げられておりました。これは、通常、「外国人出入国管理法」の「細則」にもとづき、定住と1年以上の長期滞在の希望者に対してなされていた措置を、オリンピック観戦の一般観光客にも適用するというもので、私たちはこれを読み、驚きを禁じえませんでした。「細則」はもちろんのこと、オリンピック期間中を対象にしたこのような「指針」は医学的根拠を欠くばかりではなく、これらの病者・障害者に対する恐怖感を煽り、差別を助長するものだからです。
そこで、6月11日、私たちは、こうした措置を撤回するよう求める「要望書」を中国大使館に送付するとともに、日本オリンピック委員会にも北京五輪組織委員会に撤回を求める「要望書」を送りました。さらに、6月19日に日本ハンセン病学会に、23日に北京五輪組織委員会・国際オリンピック委員会・国際ハンセン病学会・世界保健機構(WHO)に、6月24日には厚生労働省にも、それぞれ同様の「要望書」を送付しました。さらに、全国にも撤回を求める声は広まり、ハンセン病市民学会をはじめ、日本障害フォーラム・富山「精神障害者」問題を考える会・日本財団・民主党なども撤回の要望をおこなってくださり、その結果、7月15日に開かれた外務省審議官級の『第4回日中人権対話』でも撤回を拒否していた中国の態度が大きく変わり、7月23日、中国国家品質監督検査検疫総局は、7月20日付でハンセン病患者についてのみ入国禁止を撤回することにしたと発表しました。
 私たちは、この発表を諒とはいたしますが、中国政府の発表には差別を助長するような指針を示したことへの謝罪の言葉がないこと、しかもハンセン病以外の病者・障害者へ入国禁止措置の撤回がないことの2点については到底、承服できかねます。しかし、世論はおおむね中国側の発表を歓迎し、その英断に感謝するという趣旨であり、この発表をもって問題は解決したかのごとき状況が生まれております。
 これに対して、私たちは、7月31日、あらためて中国大使館に精神障害者と性感染症患者への入国禁止措置を撤回するよう要望いたしました。今、私たちがハンセン病患者への入国禁止措置の撤回をもって抗議の声を収めるならば、それは精神障害者や性感染症患者への差別を容認したことになります。差別の連鎖を断ち切り、共なる解放に向けた連鎖をつくり上げるため、私たちは、中国政府による精神障害者・性感染症患者への一律の入国禁止措置が大きな誤りであり、「細則」を含めて即座に撤回するべきであることを、広く訴えます。
                                2008年8月8日
                    ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山

賛同者(団体・あいうえお順)

射水市民病院問題から安楽死=尊厳死を考える連続学習会(富山) NPO京都人権啓発センター・ネットからすま (京都) NPO法人・文福(富山)  浄土真宗本願寺派西大寺仏教婦人会(富山) 女性の人権を考える「クローバーの会」 生・労働・運動ネット(富山) 全国「精神病」者集団 全国ハンセン病療養所入所者協議会 同朋運動を続ける会 特定非営利法人・精神障害者フォーラム(青森) 富山県平和運動センター 富山「精神障害者」問題を考える会(富山) ハンセン病問題の全面解決を目指して共に歩む会(鹿児島) 部落解放にとりくむ富山県連絡会議(富山)

(以上、14団体)

(賛同者 593名)

●北京五輪入国差別で声明(KNBニュース)

 北京オリンピックの組織委員会が、オリンピック期間中に精神障害者や性感染症患者の入国を拒否している問題で、県内の市民グループが8日、この措置に反対する声明を発表しました。
 この問題は、「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」の指摘で明らかになったもので、北京オリンピック期間中、ハンセン病患者や精神病、エイズなど性感染症患者の入国が禁止されていたことから、中国大使館などに撤回を求め、中国政府は先月20日、ハンセン病患者に限って入国を認めました。
 しかし、精神病と性感染症患者の入国が禁止されたままになっていることからふるさとネットワーク富山は8日、あらためて入国禁止措置を撤回するよう呼びかける声明を発表しました。
 藤野豊代表は、「まだ問題は解決していない」と話していて、当面、オリンピックの閉会まで趣旨に賛同する市民を募り、訴えていくことにしています。

http://www2.knb.ne.jp/news/20080808_16793.htm

↑動画あり(余計なことですが 私は欠席)

2008年08月05日

●北京五輪:精神障害者らの入国禁止 市民グループ、措置撤回求め要望 /富山

8月1日17時2分配信 毎日新聞

 ◇市民グループ、中国大使館に措置撤回求め要望
 市民グループ「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」(代表=藤野豊・富山国際大准教授)は31日、北京五輪開幕目前の中国政府が精神障害者や性感染症患者の入国を禁じている措置を撤回するよう、中国大使館に文書で要望した。要望書への賛同署名を8月7日まで募っている。
 当初、入国禁止の対象者にはハンセン病患者も含まれていたが、国際世論の反発から7月20日付でハンセン病のみ撤回された。だが、性感染症患者らそれ以外の対象者の入国禁止措置はそのまま継続されていた。
 同ネットワークでは「ハンセン病患者への入国禁止措置撤回で抗議の声を収めるなら、精神障害者や性感染症患者への差別を容認したことになる。即座に撤回を」と、それらの人々への措置撤回を改めて申し入れた。署名は名前と都道府県名、職業をメール(fwne7063@mb.infoweb.ne.jp)かファクス(050・3597・8671)で。【青山郁子】

2008年07月31日

●「北京五輪における精神障害者・性感染症患者の入国禁止措置に反対する声明」への賛同のお願い

 中国政府は、北京オリンピックに際するハンセン病・精神障害・性感染症・開放性肺結核の患者の入国禁止措置について、7月23日、ハンセン病患者に限って撤回することを発表しました。しかし、これで問題は解決しておりません。私たちは、このままでは精神障害者・性感染症患者への差別を容認することになると思い、別紙のような声明を用意いたしました。これは、中国大使館への新たな「要望書」を送付した後、8月8日に公表する予定でおります。しかし、これを富山という一地方の声にせず、全国の大勢の方々の声にしたいと思い、以下の要領で、賛同者を募ることにいたしました。どうか、「声明」の趣旨に賛同される方々は、その旨をお知らせください。今回の問題でハンセン病・精神障害者・性感染症患者への差別の連鎖を固定させることなく、それを打破し、解放に向けた連帯の連鎖をつくっていきたいと思います。

 賛同される方へ
  お名前(居住もしくは主たる活動拠点とされている都道府県・肩書き)をお知らせください。メールまたはファクスで下記にお願いします。恐縮ですが、北京オリンピック開会が迫っておりますので、締め切りは8月7日までとさせていただきます。
   お名前と都道府県・肩書きを8月8日に記者会見などで発表させていただきます。御住所・電話番号・メールアドレスなどは公表いたしません。

      ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山
      事務局 〒933-0878 富山県高岡市東上関446 浄土真宗高岡教区教務所
(担当 浜野 090-2030-1063 FAX0766-21-5152 nobu-h@p1.coralnet.or.jp)

○駐日中国大使への要望書

中華人民共和国駐日本国特命全権大使 崔天凱閣下

 時下猛暑の候、閣下におかれては日中友好のためご尽力下さり、心より感謝いたします。私たちは、富山県において、ハンセン病患者・回復者への差別解消と、回復者支援の運動をおこなっている市民団体です。私たちは、去る6月11日、6月2日付で貴国北京五輪組織委員会が発表された「五輪期間における外国人出入国・中国滞在期間に関する法律指針」に記されていた「精神病・ハンセン病・性病・開放性肺結核の伝染病に罹患している」外国人の五輪開催期間中の入国禁止規定について、その撤回を要請いたしました。この件に関しまして、7月20日付で貴国国家品質監督検査検疫総局が、ハンセン病患者についてのみ入国禁止を撤回することと決定されました。私たちはこの決定を諒とするものですが、なぜ、精神障害者や性感染症患者の入国禁止については撤回なさらないのでしょうか。
 このような措置は、医学的に必要でないばかりではなく、精神障害者、エイズなど性感染症患者への恐怖感を生み、差別・偏見を助長するものであります。こうした疾病の患者・回復者への差別・偏見をなくすことは、日本国内でも、また世界でも主要な世論となっております。どうか、貴国政府および北京五輪組織委員会に対し、精神障害者、性感染症患者に対する入国禁止措置を撤回するよう、閣下からもお伝えください。そして、こうした病者・障害者の方々も北京オリンピックを楽しく観戦できるよう、ご配慮いただきたく思います。
 私たちは、平和の祭典として、心より北京オリンピックの成功をお祈りしております。

                              2008年7月31日

                     ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山
     事務局 〒933-0878 富山県高岡市東上関446 浄土真宗高岡教区教務所
(担当 浜野 090-2030-1063 FAX0766-21-5152 nobu-h@p1.coralnet.or.jp)


○北京五輪における精神障害者・性感染症患者の入国禁止措置に反対する声明

ハンセン病・精神障害・性感染症をめぐる差別の連鎖を断ち切るために!

 6月2日に北京五輪組織委員会が発表した「五輪期間における外国人出入国・中国滞在期間に関する法律指針」には、「五輪開催期間中の入国が禁止される」外国人として「精神病・ハンセン病・性病・開放性肺結核の伝染病に罹患している」者が一律に挙げられておりました。これは、通常、「外国人出入国管理法」の「細則」にもとづき、定住と1年以上の長期滞在の希望者に対してなされていた措置を、オリンピック観戦の一般観光客にも適用するというもので、私たちはこれを読み、驚きを禁じえませんでした。「細則」はもちろんのこと、オリンピック期間中を対象にしたこのような「指針」は医学的根拠を欠くばかりではなく、これらの病者・障害者に対する恐怖感を煽り、差別を助長するものだからです。
 そこで、6月11日、私たちは、こうした措置を撤回するよう求める「要望書」を中国大使館に送付するとともに、日本オリンピック委員会にも北京五輪組織委員会に撤回を求める「要望書」を送りました。さらに、6月19日に日本ハンセン病学会に、23日に北京五輪組織委員会・国際オリンピック委員会・国際ハンセン病学会・世界保健機構(WHO)に、6月24日には厚生労働省にも、それぞれ同様の「要望書」を送付しました。さらに、全国にも撤回を求める声は広まり、ハンセン病市民学会をはじめ、日本障害フォーラム・富山「精神障害者」問題を考える会・日本財団・民主党なども撤回の要望をおこなってくださり、その結果、7月15日に開かれた外務省審議官級の『第4回日中人権対話』でも撤回を拒否していた中国の態度が大きく変わり、7月23日、中国国家品質監督検査検疫総局は、7月20日付でハンセン病患者についてのみ入国禁止を撤回することにしたと発表しました。
 私たちは、この発表を諒とはいたしますが、中国政府の発表には差別を助長するような指針を示したことへの謝罪の言葉がないこと、しかもハンセン病以外の病者・障害者へ入国禁止措置の撤回がないことの2点については到底、承服できかねます。しかし、世論はおおむね中国側の発表を歓迎し、その英断に感謝するという趣旨であり、この発表をもって問題は解決したかのごとき状況が生まれております。
 これに対して、私たちは、7月31日、あらためて中国大使館に精神障害者と性感染症患者への入国禁止措置を撤回するよう要望いたしました。今、私たちがハンセン病患者への入国禁止措置の撤回をもって抗議の声を収めるならば、それは精神障害者や性感染症患者への差別を容認したことになります。差別の連鎖を断ち切り、共なる解放に向けた連鎖をつくり上げるため、私たちは、中国政府による精神障害者・性感染症患者への一律の入国禁止措置が大きな誤りであり、「細則」を含めて即座に撤回するべきであることを、広く訴えます。

2008年8月8日
ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山

2008年07月30日

●ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山 会合

富山西別院にて シンポジウムの反省 秋の療養所訪問企画検討(候補 駿河)
北京五輪「入国禁止条項」問題への対応について協議
声明を出して賛同者を集め 中国政府宛に再び要望書を提出することなりました

2008年07月10日

●長島愛生園への旅

8日朝 雷と豪雨 後で聞いたら近所でも床下浸水があったそうです
友人の宮地さんと青井さんと共に 富山から3人で 車で長島に行きました

さっそく富山出身のMさんにご挨拶に参りました
お刺身にビールで歓待していただき感激!  話が弾みました

面会宿泊所 しんじゅ荘に移動しましたら
先回富山で講演していただいた金泰九さんが訪ねてくださいました
楽しく酒を酌み交わし 語り合いました

お二人とも 名称は変わりましたが「ハンセン病基本法」の成立のことが話題になりました
「開かれた療養所」とはどういう事なのか 園内で議論されています

9日はまずは まず歴史館 ~旧事務本館~へ
個人のハンセン病との関わりが取り上げられて 国の誤りと責任が明記されて
多磨の国立ハンセン病資料館と姿勢がかなり違うと思いました

Mさんのところへ昨日のご挨拶に行ったら 「わしが園内を案内してやる」とのこと
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収容桟橋です Mさんは ここに上陸した時の日付、時間、天候を明確に覚えています
完全に壊れていますが 入所者の方にとっては社会、家族との別れの桟橋
つらい思い出の場所なので 修復しようという話は出ないそうです
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収容所(回春寮)のなかにある「消毒風呂」です
クレゾールの嫌な臭いが忘れられないとおっしゃっていました
衣服も持ち物もすべて消毒するということで 取り上げられました
職員の部屋、炊事室、入所する場所が決まるまで過ごす部屋など教えてもらいました
Mさんも園名を使ってみた事があるそうです
しかしその名で母に手紙を書いたところ 「縁が切れてしまうようだ」と言われてやめたそうです
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納骨堂で一緒にお参りしました 宮地さんが熱心にお話を聞いています
最近は、故郷にお骨を納められるケースが増えているそうです
それはそれで うれしいことですが
Mさんが自由に故郷に帰れるようにな社会になることを願わずにいられません

他にも監房跡、恵の鐘、恩寵記念館などを案内していただきました
園内は何度か回っているのですが、富山出身の方から説明を受けると
なんだか話が身に沁みました

Mさんについては人を介して  いろいろ心配な情報が伝わってきていたのですが
実際に顔を合わせることは大事ですね  かなり物事がはっきりして安心しました

おさむさんが年賀状を交換している方にご挨拶し 光明園の納骨堂にお参りして 帰路に着きました

この企画を立ててくださった青井さんに感謝します→あおさんの記録もご覧ください

2008年07月07日

●ハンセン病市民学会、北京五輪めぐって要望書

 中国が北京オリンピックの開催期間中、ハンセン病患者の入国を拒否している問題で、県内の市民団体を含むハンセン病市民学会は7日、厚生労働省に中国へ撤回を働きかけるよう求める要望書を提出しました。
 北京オリンピック組織委員会のインターネット公式サイトでは、大会の期間中に入国を拒否する外国人としてハンセン病患者を挙げています。
 この問題は、県内の市民団体、「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」の指摘で明らかになったもので、「ハンセン病市民学会」は7日、舛添要一厚生労働大臣宛てに、「治療中のハンセン病患者およびハンセン病回復者が安心して北京オリンピックを観戦に訪れられるように尽力されるよう要望する」という書面を提出しました。
 ハンセン病市民学会では今後、厚生労働省や中国側の対応を追跡調査していきたいとしています。
 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山では、これまでにも中国大使館や国際オリンピック委員会などに撤回を求める要請書を送っています。

KNBニュース←動画あり

2008年06月23日

●ハンセン病患者、北京五輪入国拒否

 中国が北京オリンピックの期間中、ハンセン病患者の入国を禁止している問題で、県内の市民団体が23日、国際オリンピック委員会や世界保健機関などに撤回を求める要望書を送りました。
 中国の北京オリンピック組織委員会のインターネット公式サイトでは、大会の期間中に入国を拒否する外国人としてハンセン病患者を挙げています。
 これを受けて県内の市民団体、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山では、23日、新たに国際オリンピック委員会や世界保健機関などに、この対応は医学的な根拠が無く、ハンセン病への差別や偏見を助長する恐れがあるとして、北京オリンピック組織委員会に対して撤回を働きかけるよう求める要望書をメールで送りました。
 ネットワーク富山の藤野豊代表は、「世界中に中国のハンセン病への差別や偏見を示しているものだ」と話しています。
 日本国内では、平成8年のらい予防法廃止以降、入国を認めています。

KNBニュース←動画もあります

2008年06月21日

●勝訴七周年記念シンポジウム

ハンセン病ふるさとネットワーク主催 恒例のシンポを本日開催しました
「新・あつい壁」上映の後 宮里さんと藤野さんのディスカッション
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全部聞くことができなくて残念でした

ハンセン病に対する差別や偏見をなくそうと21日、市民グループがハンセン病患者の家族を招いて富山市でシンポジウムを開きました。
 このシンポジウムは「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」が毎年、開いています。
 今年は「患者家族への差別問題」をテーマに富山市民プラザで開かれ、パネルディスカッションには両親がハンセン病のため強制隔離された経験を持つ宮崎県の宮里良子さんがゲストとして参加しました。
 宮里さんは両親のことをひたすら隠してきた経験について話し、ハンセン病患者の家族がどんな思いで生きてきたのか理解して、差別や偏見をなくしてほしいと訴えました。

KNBニュース←動画もあります

2008年05月26日

●7周年記念シンポジウム

前売りチケットを1300円で販売しています
みなさまぜひ ご参加ください!!
↓クリックすると拡大します

趣 意 書

2001年5月11日、熊本地裁は、ハンセン病患者・回復者に対する絶対隔離を規定した「らい予防法」は憲法違反であるとして、国に賠償を命じる判決を下しました。これをもってハンセン病患者・回復者の人権が回復されたかに思えました。しかし、判決から2年半が経過した2003年11月、熊本県のホテルが、菊池恵楓園に入所するハンセン病回復者の宿泊を拒否する事件が起こり、さらに、それに抗議した同園入所者自治会に対して差別的な手紙や電話が殺到し、私たちはあらためてハンセン病問題が未解決であることを痛感しました。
今、全国の国立・私立のハンセン病療養所には約2800名の方が入所していますが、その多くがふるさとに帰ることができず、家族や親族とも会えない状態におかれています。各療養所の納骨堂にはふるさとの墓に帰れないたくさんの遺骨が眠っています。富山県出身者の多くもふるさとに帰ることができません。今なおこうした状態が続くのは、国の誤った絶対隔離政策のもとで自治体が患者の摘発を進め、地域住民もこれに協力したからです。したがって、ハンセン病回復者への差別を一掃し、ふるさとに自由に帰られる社会をつくることは、国・自治体の責務でもあり、私たちひとりひとりの課題でもあります。
今、全国のハンセン病療養所では入所者の高齢化とそれによる減少が進み、国の統廃合政策により療養所の存続が危機にさらされています。これに対し、「ハンセン病問題基本法」を制定し、各療養所を地域に開かれた医療・福祉機関に発展させる将来構想の具体化が緊急の課題となっています。同時に、日本の旧植民地・占領地で隔離されたアジア・太平洋地域のハンセン病回復者への補償、そして患者同様の差別を受けてきた家族への補償にも目を向けなければなりません。
私たちは、来たる6月21日、熊本地裁判決の勝訴7周年を記念し、映画「新・あつい壁」上映とパネルデスカッションによるシンポジウムを開催いたします。「新・あつい壁」は、ひとりの青年が、ハンセン病患者であることを理由に憲法に保障された裁判を受ける権利さえ奪われ、無実を訴えつつ死刑に処せられるという実際にあった事件をテーマにしたものです。そこには患者家族の苦悩も描かれています。そして、デスカッションには、ハンセン病患者家族・遺族の会である「れんげ草の会」副会長の宮里良子さんをお招きし、映画を通して患者家族への差別被害について考える予定になっています。
どうぞ、多くの方が、このシンポジウムに参加され、ハンセン病問題の根本的解決と、県出身回復者の方々とふるさと富山を結ぶ絆が一層強くなることをを切望し、心よりお願い申し上げます。

2008年5月13日
ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山

2008年05月12日

●ハンセン病市民学会総会

10日からだったのですが 多磨全生園で開催された11日のみ 参加してきました
午前 分科会C「戦争とハンセン病」です

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コーディネーターは森川恭剛さん
金泰九さんから「在日」、そして当事者から見た15年戦争
国宗直子さんは戦争時のソロクト更正園の状況
吉川由紀さんは戦争時の沖縄愛楽園の状況
藤野豊さんは旧植民地、占領地についてハンセン病研究の現状
林博史さんは戦争史という点からハンセン病問題について話されました

日本における隔離政策が なぜ激烈になったのか
戦争との関連が非常に大きいこと
戦争責任、戦争を推進してきた日本の体勢に対する反省が十分でなかったたがために
隔離政策は長期にわたった
アジア諸国での療養所の状況を知り、反省することは
「民族浄化」の本質を知ることであり、アジアとの相互理解を深めることと思いました

午後は家族部会に参加しました
シンポジウム「ハンセン病病歴者とその家族 -その関係回復をさぐる」
コーディネーターは内藤雅義さん
父が入所者であったことを早くから告白していた林力さんの基調講演のあと
入所者・退所者・家族、何人もの方が
時には涙をこらえながら ご自分の状況、体験を話されました
今回は特に家族に焦点が当たっていたように思います
ある意味、療養所で「仲間」とともにいられた入所者とは違い
家族は孤独に差別、偏見にさらされてきた
家族が名乗り出られない状況は、地域社会が問題であるということ
そして、その状況を理解したうえで、何かを押し付けることなく
どうしたら関係を回復していけるだろうか 課題は残りました

2008年04月22日

●ハンセン病療養所、地域に開放へ 月内にも基本法案提出

http://www.asahi.com/national/update/0421/TKY200804210313.html

藤野豊氏のメールより

22日付『朝日新聞』朝刊では、ハンセン病問題基本法の今国会提出について自民・民主両党で合意したという報道がありましたが、すでに、自民党の津島雄二、民主党の藤井裕久両議員のトップ会談もなされています。そして、24日午後3時30分より、霞ヶ関ビルにある東海大学校友会館「富士の間」で、両氏がそれぞれ会長を務めるハンセン病問題のふたつの議員懇談会の合同総会が開催されます。ふたつの懇談会には、自民・民主両党だけではなく、共産・社民・公明などの各党議員も参加しています。
署名も80万を突破しました。いよいよ、基本法が具体化の段階に入りました。

2008年04月19日

●ハンセン病に学ぶつどい

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ハンセン病回復者の講演

 ハンセン病に対する差別や偏見をなくそうと、18日、富山市でハンセン病の回復者の講演が行われ、日本のハンセン病政策がもたらした問題について語られました。
 18日富山市の富山東別院本堂で講演したのはハンセン病回復者で、岡山のハンセン病療養施設にいる金泰九さん(81)です。
 金さんは12歳のときに日本に来て、その後、青年期に発病、26歳のときに岡山の施設に強制収容され、今もそこに入所しています。
 この講演会は真宗大谷派富山教区・富山別院がハンセン病に対する差別・偏見をなくそうと企画しました。
 講演に続いては金さんを交えて、パネルディスカッションも行われ、韓国のハンセン病回復者の現状などが報告されました。

KNBニュース←動画もありますので ぜひご覧ください)

毎日新聞

50人あまりの方々が集まってくださいました
パネルディスカッションの後半は富山出身の回復者の方々の里帰り・家族問題について話し合いました
この問題について課題を共有してくださる方が増えたと思います
参加者の皆さんに 心から御礼申し上げます

なお 今回関わってくださった富山のスタッフの方々に 八重樫信之さんのご好意で 写真集「絆」をプレゼントさせていただきました
八重樫さんに改めて御礼申し上げます

2008年04月17日

●いよいよ明日になりました

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天候はあいにく雨ということですが
さまざまな議論が展開されることを望みます
みなさん ぜひ おいでください

2008年04月09日

●「橋-QIAO-」の活動報告

昨夜 「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」
2008年度総会・公開講座を富山東別院本堂にて開催しました
会場には18日の講座にあわせてパネルが展示してあります
総会ののち藤野豊代表による「ハンセン病問題の現在」講演
続いて国方美佳氏(早稲田大学生)によるプレゼンがありました
「橋-QIAO-」の活動報告の様子です
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テレビも携帯もネットもない中国の快復村で生活し
道を作り 交流し 差別と偏見を正していく
こんなすばらしい活動があるんだなー びっくりしました

2008年03月24日

●富山県議会 請願可決

県議会における、ハンセン病問題基本法制定に向けての請願が可決されたようです。

2008年03月11日

●「人間回復のことば」

下にも説明がありますが今手にして、すばらしい本だと思いました
「障害」を持つ河上さんがなぜ玉城さんを富山に招こうと声を上げられたのか
河上さんを発起人として 心ある人々が力をあわせていく様子も
ドキュメント風に取り上げられています
そして去年6月の神美知宏さんの講演も収録されて
いま 気がついたのですが私の拙い挨拶と(どなたかがテープ起こししてくださったんだなぁ)
坊主頭で楽生園支援Tシャツ販売している写真まで載っているのでびっくりしています
それもふくめて? ぜひ お買い求めください
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●高山集会点描

コメントは後ほど













ごぼはんリンク

2008年03月10日

●療養所入所者協の代表ら、県庁訪問

ハンセン病:「基本法制定に支援を」 療養所入所者協の代表ら、県庁訪問 /富山
 ◇患者の窮状、実態への理解訴え

 全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長の神(こう)美知宏さん(73)=東京都東村山市=が7日、富山県庁を訪れ、椎葉茂樹・厚生部長と会談。全国13カ所の国立ハンセン病療養所の入所者が終生安心して生活できるよう「ハンセン病問題基本法」の制定に理解と支援を求めた。【青山郁子】

 国の強制隔離政策で療養所入所者は生涯退所させないとされ、症状が回復しても多くが療養所内で亡くなり、家族とのきずなも断たれているのが現状。近年は入所者減により療養所の医療、看護体制も縮小され、内科医がいない所もある。

 同協議会は、療養所を医療、老人福祉施設として地域に開放することなどを提案。現在の法律では入所者以外の人への医療行為を禁じているため、新たな法制定を求め、国や自治体などに働きかけている。

 この日、神さんは「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」代表の藤野豊・富山国際大准教授ら6人と来庁。「(患者を全員隔離する)無らい県運動は全国津々浦々で行われ、療養所のない県でも無関係ではない。解決には市民が実態を認識することが重要」と啓発活動に理解と協力を求めた。

 これに、椎葉部長は「富山県でも入所者が年1回里帰りしており、趣旨は理解した。県民に知ってもらうよう努めたい」と答えた。

 来年は療養所開設から100年にあたるといい、同ネットワークは国会に働きかけるための100万人署名活動も展開。藤野代表は「問題の解決には法制定しかない。市民と行政が一体となって運動を盛り上げて」と訴えている。

毎日新聞 2008年3月8日

http://mainichi.jp/area/toyama/news/20080308ddlk16040673000c.html

2008年03月09日

●人間回復へのことば

ハンセン病:富山での講演会の記録集を作成 /富山
 ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山(代表=藤野豊・富山国際大准教授)は、昨年富山市内で催した講演会の記録集を作成した。

 1件は元患者、玉城しげさんの「お話を聴く会」(11月)。玉城さんは「人間回復へのことば」と題して話した。もう1件は「ハンセン病国賠訴訟6周年記念講演」(6月)。全国ハンセン病療養所入所者協議会の神美知宏事務局長が「ハンセン病とたたかい続けて」のテーマで講演した。

 記録集には2人の講演録のほか、藤野代表の「胎児標本の真相」や、火葬問題についての緊急声明なども掲載。A4判68ページ。1部500円。

 問い合わせは同ネットワーク事務局(富山東別院=076・421・9770)。【青山郁子】

毎日新聞 2008年3月8日

http://mainichi.jp/area/toyama/news/20080308ddlk16040687000c.html

2008年03月06日

●高山大会

3日間で延べ1000人を軽く越える 大盛況でした
詳細は後ほど報告を
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2008年03月03日

●高山大会前日打ち合わせ

高山スタッフ 解放運動推進本部 ハンセン懇集会部会
三者による打ち合わせが高山別院で行われました

参加者は予定を大幅に越えて 350人になるとのことです

想定外 いろんな事が起きることでしょう

今からワクワクしています

●「新・あつい壁」上映会 中山監督講演会

昨日 高岡にて200名あまりの観客をあつめて上映
引き続き講演会を開催しました

すばらしい映画でした
ストーリーが 富山県出身の方に講演を断られた問題と そのまま重なりました

6月に富山でも上映する計画を進めています

レビューはここに書きました

2008年02月15日

●金城幸子さんの講演

KNBニュース

 かつてハンセン病を患った人の体験談を聞いて、人権について考えようと15日、富山市でハンセン病訴訟の原告として裁判を闘った女性が講演しました。

 この講演会は、ハンセン病を患ったことで療養所に隔離された元患者の話を聞くことで人権について考えようと真宗大谷派の僧侶たちが開きました。

 講演したのは沖縄県に住むハンセン病元患者の金城幸子さんです。

 金城さんは8歳のころにハンセン病を発病し沖縄県のハンセン病療養所・沖縄愛楽園に隔離されました。

 ハンセン病訴訟では沖縄原告団の副団長を務め現在は差別と偏見を受けた語り部として講演活動などを行っています。

 15日の講演で金城さんは、「平成13年の勝訴判決で私たちの人権は回復した。過去に受けた差別や偏見をいつまでも社会のせいにしないで私たちよりももっと苦しい立場の人のことを考える必要がある」と訴えました。

 また金城さんは国が進めている全国13のハンセン病療養所の再編統合計画について「何十年も隔離された入所者を国の都合で移転させるのは納得ができない」として計画反対への賛同を求めました。

数家キャスターと寺崎カメラマンがおいでになっていました
わたしもちらちら写っていますが
座った場所がそうだったのか、
どうも話している金城さんにずっと見据えられているような気がして
目をそらすことができませんでした
本を読むだけではわからない 大事なことを受け止めたような
「ハンセン病だった私は幸せ」という本の題名は「幸子」というお名前と関連しているような
人の幸せってなんだろう ということも 考えさせられました
お通夜の準備のため 質問の時間の前に 後ろ髪引かれる思いで 退席しました

2008年02月08日

●「ハンセン病に学ぶつどい」

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2008年02月06日

●ハンセンネット会議

高岡上映準備打ち合わせ

富山上映について協議 フォルツァ総曲輪とは条件が合わず
6月、あるいは7月に別の会場で 勝訴7周年記念シンポと連動し上映することになる

基本法制定に向けての県との交渉
3/7 高山集会から神美知宏氏を招き 県・県議会各政党・会派に基本法署名協力要請
記者会見 17:00KNB「金曜ジャーナル」出演

高山集会参加確認 現在13人

2008年01月28日

●法案確定

「ハンセン病問題基本法案」が確定し
いよいよ内閣法制局との調整に入るというニュースが
藤野豊さんから届きました

2008年01月25日

●高山集会ニュースレターより

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どうぞお早めに
高山集会の申込み〆切は、1月31日までです。まだお申込みになっていない方は、どうぞお早めにお申込みください。
さて、高山集会ニュースレターもいよいよ最終号です。現在の申込み状況や決定しつつある日程の詳細をお知らします。

ただ今の申込み状況
(ハンセン病療養所)
松丘保養園(青森県) 1名
栗生楽泉園(群馬県) 1名
多磨全生園(東京都) 2名
駿河療養所(静岡県) 2名
大島青松園(香川県) 5名
菊池恵楓園(熊本県) 8名
星塚敬愛園(鹿児島県)3名
  奄美和光園(鹿児島県)1名
(退所者の会)
東日本退所者の会 8名
さくらの会(東海)6名
いちょうの会(関西)10名
奄美退所者の会  3名
れんげ草の会 1名
(教区)
  奥羽教区 2名  東京教区 7名
金沢教区 8名  岡崎教区 5名
四国教区 5名  久留米教区8名
鹿児島教区2名
(その他)
  カトリック関係者数名
  韓国ソロクト 参加の意向表明あり
  台湾楽生院  参加呼びかけ中
まだまだたくさんの方が参加を予定しておられることと思います。お早めのお申込みをどうぞよろしくお願いします。


高山集会の日程の詳細も決まりつつあります。一日目の前夜集会、二日目の全体会と分科会、最終日の全体集会の内容をご紹介します。(※一部変更する場合もあります)

前夜集会(一日目午後 ホテルにて)
ハンセン病問題、真の解決に向けての集い
趣旨 ハンセン病問題が現在直面する課題について、確認と共有をはかるための集会。
内容 四つの課題をたてて、それぞれ当事者のお話をお聞きする。課題によっては大谷派関係者がインタビューや補足発言を行う。最後に、四提起を受けて、進行役のところでまとめをする。

課題提起
①将来構想問題
   小鹿美佐雄(駿河療養所)&弁護士
②海外の療養所問題
   ソロクト・台湾からの参加者
③胎児標本問題
   断種堕胎体験者&樋口曜(久留米教区)
④ふるさと・家族問題
   池田和恵(家族)&大屋徳夫(解推本部)
 ⑤大谷派の取り組みから
   ハンセン懇委員
進行&まとめ  訓覇浩(解推本部)

全体会(二日目午後 高山別院にて)
趣旨説明・ビデオ上映
記念講演 神 美知宏(全療協)
問題提起
 ①岐阜出身の入所者
 ②高山市関係者 高山市議会議長(予定)
 ③高山教区  細川宗徳(高山教区)
 ④ハンセン懇 上岸 了(山陽教区)
 総合司会   藤井満紀(大阪教区)

分科会(二日目午後 高山別院にて)
◆第一分科会(別院本堂)
はじめて出会うハンセン病問題
  ―ハンセン病問題ってなあに?―
パネリスト
  鈴木幹夫(長島愛生園)
  平野 昭(さくらの会)
  藤野 豊(富山国際大学)
  コーディネーター 旭野康裕(高山教区)
◆第二分科会(御坊会館)
ハンセン病療養所将来構想問題について
  ―真の「らい予防法」廃止に向けて―
パネリスト
  森 敏治(退所者の立場から)
  酒井美穂(市民運動の立場から)
  神 美知宏(全療協の立場から)
  療養所自治会関係者
  弁護士
  コーディネーター 訓覇浩(解推本部)
◆第三分科会(庫裡ホール)
真宗大谷派とハンセン病問題
  ―私たちが回復すべきもの―
パネリスト
  柴田良平(東日本退所者の会)
  四衢 亮(高山教区)
  玉光順正(山陽教区)
コーディネーター 酒井義一(東京教区)

全体集会(三日目午前 高山別院にて)
追悼法要「すべての亡き人をしのんで」
伽陀から始まる伝統的な法要です。表白が拝読されます。
分科会報告(3つの分科会の報告)
高山集会感話(参加者の声)
集会宣言採択
閉会式(挨拶・恩徳讃)

2008年01月23日

●ハンセンネット会合

昨夜 東別院にて開催

基本法制定に向けての県との交渉ですが2月29日までに県議会議長宛てに
「国立ハンセン病療養所と、『ハンセン病問題基本法』を制定し、国立ハンセン病療養所の地域への開放を求める要望書」を提出
3月4日から6日の高山集会から 7日に全神美知宏さん(全国ハンセン病療養所. 入所者協議会事務局長) を招き、県への署名活動協力を要請
以上の日程が ほぼ固まりました

「新・あつい壁」上映については

3月2日(日)午後2時から4時 高岡市生涯学習センター・ホール 中山節夫監督舞台挨拶
目標人数は300人 終了後中山監督講演会がほぼ決定

3月29日(土)から4月4日(金)午前11時から午後1時(計6回)
フォルツァ総曲輪シネマホールで上映 県出身女優 左時枝さんの舞台挨拶 調整中
200枚以上のチケット販売が必須とのことです

富山で二か所上映 チケット販売に苦慮しています

2008年01月22日

●教区公報「如大地」 提言


●ハンセン病問題に関するニュース

<ハンセン病>療養所地域開放を…基本法案、超党派で提出へ1月20日2時31分配信 毎日新聞

 全国13カ所の国立ハンセン病療養所を地域住民に開放し、福祉施設などの併設も可能にする「ハンセン病問題基本法案」が、超党派による議員立法で通常国会に提出されることになった。与野党でつくる「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」(藤井裕久会長、約110人)がこのほど、総会で方針を決めた。入所者減が続くハンセン病療養所の最大の課題である将来構想が大きく前進することになる。

 13施設の入所者は2890人(昨年5月現在、平均年齢79歳)とピーク時の4分の1まで減少。入所者減に伴い医師や職員の定数が削減され、療養所では医療の質の確保が大きな問題になっている。

 現在の療養所の設置根拠である「らい予防法の廃止に関する法律」(96年施行)では、施設を利用できるのは原則として入所者だけで、敷地内への他施設の併設も認められていない。10年後には全国の入所者は1000人程度になる見通しで、医療水準の低下や施設の統廃合を懸念する声が高まっていた。

 このため、全国ハンセン病療養所入所者協議会などが昨年8月、医療の質を確保するとともに、市民との共生で差別や偏見の解消にもつなげようと、地域への施設開放を可能にする基本法案の制定運動を開始。約22万人の賛同署名も集まった。

 懇談会は総会で、ハンセン病国賠訴訟の弁護団が基本法の試案を公表。21条からなり、施設の開放のほか元患者の名誉回復や、医師・看護師の確保を国に義務づけている。

 将来構想として、地域住民も療養所に入院・通院できるようにするほか、高齢者や障害者の入所施設や人権啓発センターを併設する案などが検討されることになる。新法制定で、現行法は廃止される見通し。

 国賠訴訟全国原告団協議会の谺(こだま)雄二会長(75)は「施設を開放すれば、病気への偏見で社会に出られない入所者を療養所ごと社会復帰させることになる」と話している。【江刺正嘉】

ハンセン病問題:岐阜で全国交流集会--3月4~6日、真宗大谷派 /京都 毎日新聞 2008年1月13日
 ハンセン病問題に宗派をあげて取り組む真宗大谷派(本山・東本願寺)が3月4~6日、岐阜県高山市の同派高山別院などで「全国交流集会」を開く。7回目の今回は療養所のない地域を会場に選んだ。「人間に帰ろう」をテーマに、同問題と一人一人とのかかわり合いを考える。

 主な日程は、4日=開会式と決起大会(いずれも高山グリーンホテル)▽5日=全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長の神美知宏さんの講演と分科会▽6日=集会宣言の採択--など。分科会は「初めて出会うハンセン病問題」「ハンセン病療養所の将来構想」「真宗大谷派とハンセン病問題」がテーマ。4、5日には交流会なども企画している。

 参加費は2泊5食付き2万4000円(宿泊無しは1万4000円、いずれも別途旅費が必要)。先着250人。所定の申込書に必要事項を書き、〒600-8505 下京区烏丸通七条上ル、同派解放運動推進本部(075・371・9247)へ。31日必着。【武井澄人】

2007年12月26日

●ハンセン病問題ふるさとネットワーク 会合

昨夜 行われました

3月2日(日)「新・あつい壁」上映の際に 中山監督の舞台挨拶と講演(ほぼ決定)

3月4日(火)から6日(木)の高山集会に引き続き 全療協事務局長 神美知宏さんと
各地の自治会の方々に富山に来ていただき 行政への基本法協力陳情

3月29日から4月4日に総曲輪フォルツァにて「新・あつい壁」一般上映
日程中に富山出身女優 左時枝さんの舞台挨拶

という 壮大な計画が練られました 実現したらスゴイですね

フォルツァ総曲輪では1月13日に「ヒロシマナガサキ」が上映されます

http://hiroshimanagasaki.typepad.jp/blog/2007/11/post_e567.html

http://www.zaziefilms.com/hiroshimanagasaki/#

2007年12月24日

●金城幸子さんの講演

村上絢子さんから金城さんの本を3冊いただきました

明日 ふるさとネットワークのメンバーと別院のスタッフで分けようと思います

ちょうど 来年2月 富山別院御遠忌の公開講座で
金城幸子さんが東別院にてお話してくださいます

2月15日(金) 14時~17時 聴講料500円です

2007年12月14日

●愛生園 光明園へ

13日 愛生園本堂にて 山陽教区とハンセン懇第4連絡会主催の
邑久光明園真宗法話会. 長島愛生園真宗同朋会 合同忘年会に参加しました

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各地の仲間が持ち寄った御馳走に舌鼓を打ちました
とても楽しい集いでした 愛生園の鈴木さんと じっくりお話しできました
タナッチさんが昨日 いらっしゃったとおっしゃっていました
みなさんに「しんらんさまはなつかしい」を御紹介してきました

中杉さんとともに Mさんのお宅へ
富山別院でのお話しは 残念ながら引き受けていただけませんでした
メッセージをお願いしました

夜は鈴木さんらと面会宿泊所にて懇親会 金泰九さんが来て下さいました

14日
第4連絡会の会議の後
長島愛生園の自治会へ高山集会への参加要請 反応は上々

金さん宅にお邪魔してミカンを御馳走に 韓国麺をお土産にいただきました
Mさんに御挨拶 「また遊びにおいで」「富山にも来てくださいよぉ」

邑久光明園へ高山集会に展示するパネル借用の打ち合わせ
岐阜県人会へ高山集会参加要請
29人いらしゃるとのことです
全員とはいかないけれども 参加を確約してくださいました

そんなこんなな二日間でした

2007年12月12日

●愛生園へ行きます

今日は富山市街へ報恩講
本日中に京都へ行き
明日早朝 車に相乗りして愛生園へ
土曜には法事があるので 14日になんとかして帰ってくる予定です

伊奈教勝さんの本を読んでいます

今日中に読み終えたいと思ってます
時機到来ってこと あるんですね
前は印象薄かったのに 今は一語一語がビンビン響いてきます

2007年12月08日

●「新・あつい壁」上映実行委員会・高山集会打ち合わせ

6日 東別院にて上映実行委員会

期日は3月2日 2時より
「新・あつい壁」上映会
会場 富山県高岡市生涯学習センター
部落解放にとりくむ富山県連絡会議・ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山の共催
映画上映という新しい課題に 意欲的に取り組むメンバーに敬服

7日 本山にて

パネル展見学
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高山集会打ち合わせ
日程・役割分担などの細かい詰め

期日は3月4日~6日
「第7回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」
会場 大谷派高山別院 高山グリーンホテル
テーマ 「人間に帰ろう」 ―高山で出会う私のハンセン病問題―
回復者・宗派関係者・一般市民が一堂に集う交流の場として、開催
今回は観光地高山での大規模な市民参加型交流会を目指す

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本山前のイチョウ並木

2007年11月17日

●玉城しげさんのお話を聴く会

残念ながら わたしは参加できなかったのですが
300人を集める盛会であったとのことです

http://www2.knb.ne.jp/news/20071116_13627.htm

19日月曜日 NHK『イブニングアクセス富山』午後6:10~7:00
松井アナウンサーの取材で取り上げられるとの事です

あおさんのレポート

2007年11月11日

●第7回 真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会のお知らせ(予告)

真宗大谷派ではハンセン病問題への取り組みをさまざまな形でおこなっています。これら一連の取り組みの基盤は、ハンセン病回復者と私たちの「出会い」と「交流」です。その定期的集大成として開催するのが全国交流集会です。今回は2008年3月4日~6日に、高山を舞台に開催します。
全国交流集会は今回で7回目を数えます。過去の集会において私たちは、それぞれに取り組むべき課題を整理し、表明をしてきました。課題を確認し、再出発するという質を持った大切な集会です。
 
テーマ:「人間に帰ろう」
―高山で出会う私のハンセン病問題―
     
開催趣旨
ハンセン病問題は、自分たちにとって都合の悪い人々を排除し隔離してきたという問題です。同時に、相手の人間性を無視した私自身が、実は人間であることを見失ってきたという問題です。
今私たちに願われていることは、具体的なひとりと出会いながら、私たちがあたたかな血のかよった人間に立ち帰っていくということではないでしょうか。
隔離された人間も、隔離した人間も、共に解放されなくては本当の解放とはいえません。立ち上がり、歩き出す時がやってきたのです、人間であることを回復する道へ・・・。
ハンセン病回復者と私たち、いま共なる歩みを、一人からはじめていきたいのです。

高山はバリアフリーの街

会場となる高山は10年ほど前から「バリアフリー観光」に取り組んできました。身体障がい者や高齢者にやさしい街は、「福祉観光都市」の先進地として全国からの視察が相次ぐほどだそうです。飛騨高山の古い町並みや朝市などを歩くと、車椅子対応トイレや車椅子のまま入れるお店などが目立ちます。ホテルのお風呂も随所に配慮がなされており、使いやすくなっています。
実は高山別院も、今回の高山集会にあわせて車椅子対応のトイレの設置、本堂への車椅子エレベータ設置などが決まりました。受け入れ態勢にも力が入っています。

高山の受け入れ体制

高山教区では、交流集会に向けた独自な取り組みがすでに始まっています。
たとえば、各組におけるハンセン病問題事前学習会の実施・メインホテルへの交渉・高山市役所や社会福祉協議会などへの協力要請・観光の準備などがそれです。また3月5日の昼食は、門徒会や坊守会などによる手作りの郷土料理が振舞われることになりました。別院では、ハンセン病と中村久子さんをテーマにした特別展示が計画されています。

高山集会の日程表(予定)

3月4日(火)
15時 受付・開会式
17時 入浴
18時 ウエルカムパーティー 郷土芸能ほか
5日(水) 9時 高山別院(朝の集い)
10時 高山観光ツアー
12時 手作り郷土料理(昼食)
13時 全体会 スピーチ
基調講演 全療協事務局長 神美知宏さん
15時 分科会(3会場) 周辺寺院にて
17時 交流会
6日(木) 9時 全体会(高山別院) スピーチ・集会宣言
11時 閉会
午後 観光オプショナルツアー

高山交流集会の参加受付は12月初旬より始まります。
隣県での療養所入所者・退所者の方々との交流会に、皆様もぜひご参加ください。
関心のある方は富山東別院(電話076-421-9770三枝)までお問い合わせください。

2007年11月07日

●玉城しげさんのお話を聴く会

日 時 2007年11gatu16日(金)18;00~20:30
場 所 サンシップ とやま 福祉ホール TEL076-432-6141
参加費 1000円(学生・障害のある人は500円・自己申告)

あおさんのサーバー移転にて 告知のURLが変わりました

http://www.gobosan.sakura.ne.jp/goboblog/2007/09/post-12.html

2007年11月06日

●金泰九さんの本が出ました

来年春、富山東別院においでいただく金泰九さんの著書が出版されましたのでご紹介します。

私もさっそくアマゾンで購入しました。これから読みます。

●玉城さん講演会情報

玉城さん講演会について

4日の街頭での署名活動と宣伝活動をチューリップテレビが取材され、
河上さんの思いを伝えてくださるそうです。
7日水曜日の18:16からの時間帯に放送
玉城さんを呼ぼうと最初の声を上げられた河上さんの思いに共鳴して、
講演会の参加者が増えることを期待しましょう。

2007年10月31日

●記者レクなど

県庁記者クラブにて「玉城しげさんのお話を聞く会」の記者レクの様子です
当日は玉城さんへマスコミからの取材が殺到するようです
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その後 政党回りをして東別院へ

「新・あつい壁」上映会の期日と会場を協議
来年3月初め 高岡での開催になりそうです

ネットワークが市民プラザの前にて11月4日朝8時から午後4時までの間
会の宣伝とハンセン病問題基本法制定の署名活動を行うので
展示するパネルの準備をしました
当日の街頭署名活動に参加できないのが残念です

2007年10月11日

●ハイビジョン特集 「忘れないで」~瀬戸内・ハンセン病療養所の島~

 屋島と小豆島に挟まれるように瀬戸内海に浮かぶ離島、大島。ハンセン病元患者の療養所の島だ。すでに2000人あまりの人がこの地で亡くなり、現在150人が静かに暮らしている。島には療養所の職員の子どもが通う小学校がある。子どもを持つことを許されなかった元患者たちと生徒たちとの不思議な交流が静かに続けられてきた。何十年も外と接触を断って生きてきた複雑な胸中を、子どもたちだけに話すという人も多い。しかし、それも今年で最後になる。学校がこの3月で休校になり、子どもたち3人が島から離れるのだ。
 子どもたちと入所者、最後の一年をカメラは記録し続けた。昻生くん(小6)陽七海ちゃん(小6)らは、入所者のために何ができるか、精一杯考えた。元患者たちも何を話しておくべきか必死に探った。10代で島に隔離され、一度宿した子どもを失った大西笑子さん(70)は中絶体験を陽七海ちゃんに語った。山本隆久さん(72)は、島の土を使って一緒に“大島の器”を作り昻生くんに渡した。その間にも10人以上の仲間たちが納骨堂に入った。自分たちの人生は何だったのか、島は誰からも忘れ去られてしまう。自分たちの思いを子ども達に託す元患者たち・・・。
 別れの時にそれぞれの胸に去来するものは何か。島いっぱいを彩る桜に始まり、美しい四季の移ろいの中で繰り広げられた子どもたちと入所者との最後の一年の物語。

録画していた番組を 今頃見ました
死を見つめながら生きる老人たちと
未来を夢見ながら旅立つ子どもたちの
ふれあいとコントラストが美しい作品でした

教区への「提言」 かなり迷いながら書きましたが
出来はともかく こういうテーマにしてよかったなと思いました

2007年10月09日

●教区公報「如大地」 「提言」原稿

 故Gさんから「ハンセン病に関する懇談会委員」を引き継いで2年になります。講演を聞く不特定多数の一人であった私が、回復者の方々と直接語り合うご縁をいただいたのは、実に不思議なことでした。
 これまで学んできた真宗の教えを、見直させられることが何度もありました。
 長い隔離政策の下、感謝して心静かに過ごすことが「お国のため」であるという教化が療養所のなかで行われました。そうした教えのおかげで厳しい環境を生きることができたとおっしゃる方もいます。しかし、それは人間として生きることを剥奪する暴力(強制隔離、強制労働、強制堕胎)に抵抗することを、阻む働きをしました。
 また、慰安教化には「かわいそうな人を救ってあげる」という教化者意識が根底にあります。救う側にいるつもりの人は、救われる側にいるとみなしている人を、同情すべき哀れな人として目線の下に固定しました。救う側と救われる側という二つの立場は入れ代わることがありません。御同朋御同行精神の喪失は国家の暴力を追認し、人々に血の涙を流させました。
 それに対して、差別と偏見の只中から名告りを上げ、人間はだれもが生まれながらに尊いという信念の下に国に対する裁判を勝ち抜いた回復者の姿には圧倒されます。親鸞聖人が法然上人から受け継ぎ、その御生涯で確かめられた浄土真宗は、同じように、一人の「いのち」を大切にする教えであったと思います。富山藩合寺令による廃仏毀釈に抵抗した人々、米騒動に立ち上がった水橋、滑川、魚津の人々。郷土の真宗門徒たちのことが思われます。
 90年にもおよぶ隔離政策は、療養所と社会の関係を遮断し、この問題を見えにくくしています。富山のような療養所から離れている地域では、療養所の存在はおろか、ハンセン病でさえあまり知られていないのが実情です。あるいは、もうこの問題は終わっていると思っている方もいるでしょう。
 しかし、「私さえ黙っていれば家族に迷惑はかからない」と里帰りを断られる方が、今も療養所にいらっしゃるのです。昨年の6月、岡山県にある国立療養所、長島愛生園を訪れ、富山県出身の方に別院での講演をお願いしました。「真宗」2006年9月号「ハンセン病は今」に手記を掲載していらっしゃる方です。しかし、断られてしまいました。富山では回復者に対する偏見はなくなっていないのではないか、自分が話せば家族が世間から差別を受けるのではないか、という不安をお持ちになっているのだと思います。
 人の差別心がある限り、この問題は終わりません。ハンセン病問題の現状を多くの方々に知っていただき、課題を共有したいと思っています。


ハンセン病問題に関するイベント紹介

3月2日 2時より
「新・あつい壁」上映会
会場 富山県高岡市生涯学習センター
部落解放にとりくむ富山県連絡会議・ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山の共催です。

3月4日~6日
「第7回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」
会場 大谷派高山別院 高山グリーンホテル
テーマ 「人間に帰ろう」 ―高山で出会う私のハンセン病問題―
回復者・宗派関係者・一般市民が一堂に集う交流の場として、開催されています。今回は観光地高山での大規模な市民参加型交流会となります。

4月18日
「ハンセン病に学ぶつどい」
会場 富山東別院本堂
講師 金泰九さん(岡山県長島愛生園在住)
講題 「多くの人との連帯のなかで生きたい」
教区御遠忌事業の一環として開催します。講演とパネルディスカッションにより、富山での里帰りの現状や療養所将来構想問題などについて学びます。富山出身の回復者にも参加を呼びかけています。

5月10~11日
第4回ハンセン病市民学会
会場 東京都多磨全生園
学生、教育者、ジャーナリスト、研究者、宗教者など、さまざまな市民が集まる全国大会です。2日間で延べ1000人規模の参加があります。首都圏市民の会のS氏が中心となり、開催に向けて尽力しています。

6月
ハンセン病訴訟勝訴7周年記念シンポジウム
会場 富山市民プラザ
富山の本願寺派、大谷派、医療関係者、市民による、恒例のシンポジウムです。

2007年09月29日

●提言 (二稿)

「人と人との交わりのなかから人間の尊厳性が輝く」
(東本願寺 同和学習テキスト「仏の名のもとに」より)

 故Gさんの後を受けて「ハンセン病に関する懇談会委員」を引き継ぎ、2年になります。様々な回復者の方々との出会いがありました。それまでは講演を聞く不特定多数の一人であったのですが、直接語り合うご縁をいただいたのは、実に不思議なことでした。
 まったく知らなかった視点から、わたし自身が学んできた真宗の教えを見直させられることが、何度もありました。
 隔離政策の下、感謝して心静かに過ごすことが「お国のため」であるという慰安教化が療養所のなかで行われてきました。そうした教えのおかげで厳しい環境を生きることができたとおっしゃる方もいます。しかし、人間らしく生きることを剥奪する暴力(強制隔離、強制労働、強制堕胎)に対して抵抗することを阻み、多くの人々に悲劇をもたらし、血の涙を流させることになりました。現在も、「私さえ黙っていれば家族には迷惑はかからない」と療養所の中で生涯を終え、園内の納骨堂に入る方が何人もいらっしゃいます。故郷との絆を断ち切った隔離政策を、率先して支えた慰安教化がもたらした責任は、重大です。
 それに対して、差別と偏見の只中から名告りを上げ、人間はだれもが生まれながらに尊いという信念の下に国に対する裁判を勝ち抜いた回復者の姿には圧倒されます。親鸞聖人が法難、流罪の只中で出遇われた浄土真宗は、同じように、抑圧された人々を勇気づけてくれる教えではなかったのでしょうか。富山藩合寺令による廃仏毀釈に抵抗した人々、米騒動に立ち上がった水橋、滑川、魚津の人々。郷土の真宗門徒たちのことが思われます。
 ハンセン病問題に学ぶことは、私の信心を鏡に写すようなことだと思います。そして人間の絆を回復しようとする運動のなかで、私自身も様々な人々と交流し、つながりの大切さを実感し、そこからお互いの「いのち」の尊厳性に触れられるような気がしています。

 差異 つながり そして、いのち  ―孤独の闇から開かれた世界へー

ハンセン病問題に関するイベント紹介

3月4日~6日
「真宗大谷派第7回ハンセン病問題全国交流集会」
会場 高山別院 高山グリーンホテル
観光地高山での温かい交流会として計画されています。300人規模の参加者を目指しています。

4月18日
「ハンセン病に学ぶつどい」
会場 富山東別院
講師 金泰九さん(岡山県長島愛生園在住)
講演とパネルディスカッションにより、富山での里帰りの現状や療養所将来構想問題などについて学びます。富山出身の回復者にも参加を呼びかけています。

5月10~11日
第4回ハンセン病市民学会
会場 東京都多摩全生園
学生、教育者、ジャーナリスト、研究者、宗教者など、さまざまな市民が集まる全国大会です。延べ1000人規模の参加があります。首都圏市民の会のS氏(Z住職)が中心となり、開催に向けて尽力しています。

6月
ハンセン病訴訟勝訴7周年記念シンポジウム
会場 富山市民プラザ
富山の本願寺派、大谷派、医療関係者らによる、恒例のシンポジウムです。

2007年09月27日

●「しんらんさまはなつかしい」フルコーラス

2007年9月26日 和光堂にてフルコーラスです

http://www.gyokueiji.net/07-09-26_08-40-10.mp3

●多摩全生園へいってきました

25・26日と行ってきました

学んだこと 考えたこと 伝えたいこと多い 二日間だったのですが

仕事が混んでいるもので とりあえず写真だけ 貼っておきます

和光堂です 

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三回目の訪問ですが これまではいずれも春だったので 趣が違いました

こんもりとした感じ 「しんらんさまはなつかしい」をフルコーラス 録音してきました

森元美代治さんにハンセン病資料館と園内を案内していただきました

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真宗報恩会、首都圏市民の会の方々には 大変お世話になりました

ありがとうございました もうすこし詳細な報告を いずれUPいたします

2007年09月23日

●「母と子 悲しみの淵から」

5月に放映された NHKスペシャル にっぽん家族の肖像 第一集

長い間 PSXに録ったままにしてあったものを 今頃になって みました

http://www.nhk.or.jp/kazoku/01.html

頭をガーンと殴られたような気がしました

標本にされていた胎児の慰霊祭が 今年の春 各ハンセン病療養所で執り行われたという

情報は知っていました 知識はありました

しかし ただ 知っていただけであって

そこで どのような涙が流されたのか

どんなことが起こっていたのか

やはり私は まったくなにも 知らなかった

分かっていなかったということでありました

母娘、兄妹の対面の場面 涙が出ました

2007年09月18日

●玉城さん講演会(北日本新聞)

手前の坊主頭が私です

2007年09月08日

●村上絢子 「ハンセン病問題」は終わらない

朝日新聞社「論座」10月号掲載 拝読させていただきました

今年4月 ハンセン病資料館を学芸員の案内のもとに見学して
「高松宮記念舘」のプレートは気になったものの
展示内容にあまり問題点を見出せなかった
そこからして 自分には欠けているところがあるんだと
そして「胎児標本」問題についての考え方が
他の人とはどこかちがうということ

まだまだその人の苦しみに出会っていないのだと
読ませていただいて感じました 

2007年09月07日

●「ハンセン病に学ぶつどい」

昨日実行委員会が開かれ、以下のように企画の大枠が決定しました。

名称 「ハンセン病に学ぶつどい」

期日 2008年4月18日(金)

主催 「ハンセン病に学ぶつどい」実行委員会
    大谷派ハンセン病問題に関する懇談会

後援 真宗大谷派富山教区解放運動協議会
    ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山

会場 東別院本堂

講師 金泰九(キム・テグ)氏 
   2002年6月、富山での勝訴一周年記念シンポジウムにパネリストとして出席
  「私がもし(療養所を)出るんだったら、多くの人の連帯の中で生きたい」

1926年 10月  韓国慶尚南道陜川で生まれる。
1938年 1月  小学校を終え日本定住の父の下に来日。
1944年 3月  旧日本陸軍兵器学校入校。
1945年 9月  兵器学校卒業直前に日本敗戦により復員。
1947年 4月  大阪市立商科大学(現大阪市大)に入学
1949年 3月  ハンセン病告知により大学中退。
1952年 1月  強制収容により長島愛生園に入所される。
1999年 6月 「らい予防法違憲國賠訴訟」原告に加わる。

私の一言

 日本に来て69年、其の内55年間を国立療養所長島愛生園で暮らして来ましたし、いまも暮らしています。不運にも、夢多き青春時代にハンセン病になり無惨にも半世紀を越える間、隔離された療養生活を余儀なくされました。プロミンという特効薬が出現(日本では1947年)し、ハンセン病も完治する時代になりましたが日本に於けるハンセン病政策は、隔離法に基づくものでしかありませんでした。でも漸く、国は法の不当性に気付いてか1996年3月らい予防法は廃止されました。
 でも、そのとき私は70歳、社会復帰するには歳をとり過ぎていました。もっと早く法の廃止があったならその後の私の生き方は今とは違ったものであったろうと思います。
 法廃止の提案説明に先立って、ときの厚生大臣であった菅直人さんが国会で「予防法が存在していたために患者さん、そして家族のみなさんに多大なるご迷惑をおかけして申し訳ない」というような陳謝はしましたが、予防法の誤りに対する陳謝の言葉はありませんでした。もし、あのとき大臣が予防法の誤りを認め謝罪がなされていたなら、その後の「らい予防法違憲國賠訴訟」は起こらなかったのではなかったか、と私は思います。
 法廃止2年後の1998年7月熊本、鹿児島在のハンセン病元患者13名が熊本地裁に、予防法は憲法に違反したものだとして提訴しました。そして全国の在園療友の中からも原告が続出し私も1999年6月に原告に加わりました。忘れもしませんが2001年5月11日熊本地裁に於いて原告全面勝訴の判決が下されました。それからご存知の通り国は控訴を断念しましたので熊本地裁の一審判決は確定しました。そして、国は予防法の誤りを認め患者に謝罪しました。この事によって予防法により失われていた私たちの名誉回復、尊厳回復が幾分なされ得たと私は思います。また、ハンセン病になったために、そして長く囲われた生活のために持つ自己嫌悪や劣等意識から漸く私は解放されました。どんな状況の中にあっても自らを解放して生きられる社会こそ良い社会だと思います。


内容
・富山での里帰りの現状
・ハンセン病基本法と療養所将来構想問題
・ソロクト、台湾など旧植民地の補償問題

日程

  午後2時    開会
     2時15分 講演
     3時30分 パネルディスカッション・フリートーク
     5時    閉会

会費 500円

○富山出身のMさんとの交渉は12月末まで 音声だけの参加などの方法も探る
 不参加の場合は、音声、文章でのメッセージを求める
○Mさん参加の場合、歳入不足になるため解放運動協議会員からカンパを募る
○パネルディスカッションにはハンセン懇委員から一名参加
○プロジェクターの活用も考える

2007年08月31日

●第7回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会実行委員会

上記の会議が高山別院を会場にして30、31日と開催されきました

来年3月4日~6日の200人規模交流集会の下見と打ち合わせです

今回、初めて地元スタッフ、解放推進本部、ハンセン懇集会部会の三者

ほぼ全員が顔を合わせました

来年の参加者は300人になるとの話もあり

高山スタッフの熱の入れようには目を見張ります

テーマ、趣旨文、日程などについて意見を出し合いました

決定までは至りませんでしたが ほぼ道筋はついたようです

療養所のない高山での開催

同じ条件である富山のことが連想され

話し合っていると自分自身が抱えている課題が頭に浮かんできて

どうも 気分が沈んでしまいがちでした

まぁ 結果的に

自分自身のこれからの取り組みの方向を考えるということでも ありました

じわじわ動きますよ これから

2007年08月08日

●「ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山」の企画

昨夜 役員会において 以下の企画が話し合われました

9月25日~26日 多摩全生園訪問
 ハンセン病首都圏市民の会 、真宗報恩会との交流
 代表藤野豊によるハンセン病資料館の批判的見学

11月16日 玉城しげさんのお話を聴く会 サンシップとやま

12月初旬 「新あつい壁」上映会


ちょっとがんばりすぎのような気がします。。。

2007年08月06日

●長島愛生園訪問 報告書

 みなさま 暑中お見舞い申し上げます。明晩の会議、参加す
る予定です。よろしくお願いします。
 勝手ながら、30日に長島愛生園へ行きましたことのご報告
をさせていただきます。

 大伴さんと私、そして大谷派解放推進本部の大屋さんの三名
で、まず金泰九さんにお会いしました。来年の東別院法要企画
として講演をお願いし、快諾していただけました。期日は4月
18日(金)に決定。
 初めてのシンポジウムからもう6年は経つのでしょうか。あ
れから、様々な事件が起こり、この問題についての状況は変わ
りました。改めて金さんがどのようなことを考えていらっしゃ
るのか、ソロクトの問題、基本法制定運動も含めて、講演とパ
ネルディスカッションを別院で開催する予定です。ネットワー
クのみなさまにも御後援のほど、よろしくお願い申し上げます

 続いて、Mさんと合流し、5人で面会宿泊所「しんじ
ゅ荘」で懇親会を催しました。Mさんにも講演をお願いしま
した。金さんも勧めてくださいました。しかし、とうとう良い
返事はいただけませんでした。体調のこともおっしゃいました
が、「これまで弟の家族に迷惑をかけてきた、だから地元で自
分のことを話したくない」とのことでした。
 これまで、Mさんと関わりをもってきた大谷派の有志も「
本当の意味での里帰り」を勧めてきたのですが、そこからの前
進はありませんでした。しかし、昨年のお連れ合いの葬儀に続
いて、9月に弟さんが訪ねてこられるということで、心境の変
化を感じました。以下のURLはMさんの手記です。

http://d.hatena.ne.jp/ryuuusei1/20060907

 私にも逡巡がありますが、ネットワークを含め、多くの人々
との連帯の下に、Mさんがいつでも故郷に帰えられるように
なることを目指す運動をしたいと思っています。
 今後とも、よろしくお願い申し上げます。

2007年07月31日

●長島愛生園へいってきました

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30・31日と一泊

来年4月に開催する富山別院御遠忌企画

「ハンセン病問題に学ぶ集い」の講師依頼をしてまいりました

2007年06月23日

●6周年記念シンポジウム

終わりました

参加者は150人ぐらい

Tシャツは10枚ちょっと売れました

もっと売れると思ったんですが。。。


終了後 神美知宏さんに

本当の里帰りが可能になる条件をお聞きしました

「家族への説得」と答えられました

2007年06月21日

●シンポジウム挨拶草稿

ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山、副代表、真宗大谷派僧侶 石川と申します。開会にあたりまして 一言ご挨拶を申し上げます。

私どもネットワークは、2002年より毎年、ここ富山でハンセン病国家賠償請求訴訟 勝訴記念のシンポジウムを開催してまいりました。

昨年は、第2回ハンセン病市民学会総会・交流集会が富山を会場に開催され、全国から、二日間でのべ1300人以上の参加者がございましたが、今年はあらためて、ハンセン病訴訟勝訴6周年記念シンポジウムとして、私ども、ハンセン病問題ふるさとネットワーク富山主催により開催させていただくことでございます。

こうして 2002年から、医療従事者、市民活動に関わる方々、マスコミ関係者、そして東西両本願寺の関係者(門徒、僧侶)が 力をあわせて、シンポジウムや講演会を中心に活動してまいりました。今回もたくさんの方々が会場におみえになってくださいました。療養所のない富山で これだけ ハンセン病問題に関心をよせる人の輪が広まってきたのは、その成果だと思います。

いま思い起こしますと訴訟に勝訴し、はじめてのシンポジウム開催に関わらせていただいたときには、これでハンセン病問題は一気に解決していくように、どこかで考えておりました。療養所にいらっしゃる富山県出身の方々の里帰りが、すぐに実現するというような、高揚感を感じていました。残念ながら 今、現状はそうはなっていません 

最初のシンポジウムでパネリストをしていただいた、長島愛生園にいらっしゃるキム・テグさんの言葉が思い出されます。「もし私が里帰りするとすれば、多くの方々との連帯の中で生きていきたい、それによって自分はハンセン病であることを自己解放する。そういういきかたで、社会入りしたい」と。

キムさんのおっしゃったような里帰りが実現する富山になったでしょうか? 熊本での宿泊拒否事件もありました。胎児標本問題も明るみになりました。社会と私たちの心にある差別と偏見の壁の厚さを、実感した6年間でも ありました。

今回、私たちは判決勝訴の原点に立ち返り、判決の意義を改めて確認しようという趣旨で全国ハンセン病療養所入所者協議会事務局長として、ハンセン病問題の解決の先頭に立っておられる、こう みちひろさんをお招きしました。

 現在、全国のハンセン病療養所では入所者の高齢化と、それによる入所者数の減少が進み、国による統廃合の危機にさらされています。入所者の方々が安心して生活を続けられる環境をつくることが、緊急の課題となっています。そしてこの療養所の将来構想についての議論のなかで、ハンセン病問題基本法の制定要求運動が具体化されつつあります。

 今回のシンポジウムではこの将来構想問題を取り上げます。療養所のない富山で、いかにハンセン病問題に取り組むか こうさんのお話をお聞きし、参加してくださった皆様とともに学び、あらためて考えたい。それによって差別偏見の壁を、少しずつでも崩していきたいと思っています。

 なお私が着ておりますTシャツですが、さきほどあおさんからも説明がありましたように、台湾楽生保留自救会支援のために販売をしております。売り上げは、自救会へのカンパのほか、楽生院強制移転問題のアピール、署名活動の準備、支援のために台湾へ行ってもらう有志へのカンパなどに使わせていただきます。この冠バッチも同様の趣旨で販売しておりますので、ぜひご協力をお願い申し上げます。

 最後に、今回のシンポジウムでは富山県・富山市・高岡市をはじめ、多数の方々より後援、または協賛をいただきました。後援・協賛していただきました諸団体、関係各位の方々に、こころから御礼を申し上げ、ご挨拶にかえさせていただきます。ありがとうございました。

2007年05月25日

●勝訴6周年記念シンポ

先日、打ち合わせがあったのですが、市民学会参加者とそうでないものとのズレを感じました。
参加者にはハンセン病基本法制定などに関する意気込みがあります。
ですからシンポにもそれを前面に出そうということなのですが、療養所のない富山では空回りしたり、啓蒙で終わってしまわないだろうかと思いました。
いろいろな問題点を含みつつ、このシンポにはなんとか自分を奮い立たせるようにして関わっています。
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2007年04月13日

●東京 多磨全生園

9日、電車とバスを乗り継いで多磨全生園へ

真宗報恩会の花祭りに参加。大谷派各種団体が参加し50人ほどの参詣。
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全生園、散った桜もじつに美しい。昨年満開だった和光堂前しだれ桜は、まだ五分咲きだった。
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座談会、ビデオ学習、懇親会で終了。

10日 納骨堂前、標本にされた子どもたちを悼む碑が建てられていた。
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リニューアルした国立ハンセン病資料館へ。

栗生楽泉園、重監房のミニチュア。実物大の房も再現されており、なかに入ってみることもできる。
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全国の貴重な資料が収集、展示してあり、素晴らしい施設になっている。
学芸員と「語り部」の方が、詳しいお話もしてくださる。一度、訪れられることをみなさんにオススメしたい。

午後から、聞き取り調査。釋香立さんと組んで、入所者の方のお宅を訪問。
これは初体験。緊張。療養所での半生を、ただ、ただ、拝聴した。

2007年03月10日

●文福さんの学習会に参加

連続学習会★「人権・差別・共に生きる」って何だろう
「みんなで知ろうよ ハンセン病、昔、今、未来を」
日 時:3月10日(土) 14:00~16:30
場 所:サンシップとやま 701号室
講 師:富山国際大学助教授 藤野豊氏
参加費:500円

遅刻しましたが、上記のNPO法人 文福さんの研修会に参加してきました。

正直、新しい本を出された藤野さんの最新のお考えを聞きたいと思い、参加したのですが。

意見交換、質疑応答の時間の方がおもしろかったです(汗

「人権」という概念に対抗するようにして使われる「公共の福祉」。
憲法13条「幸福追求権」によって削がれていくマイノリティの人権。
日本国憲法自体を問い直す視点からの発言に聞き入りました。

あたりまえですが、坊さんの研修会とは内容が一味も二味も違いました。
とても、刺激を受けて帰ってきました。懇親会も参加したかったな。

2007年01月22日

●しんらんさまはなつかしい.gif

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2007年01月21日

●大成功

釈香立さん、コメントありがとうございます。

あくまで、主観です。が、上々の出来だったと感じております。

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一時間、休憩なしということでして、これくらいのプレゼン内容でそれだけ話せるか心配だったのですが、すこし、超過するくらい話せました。そして、聴衆の方々の集中力も、それだけの時間、しっかり持続したように見受けられました。
画像と映像をはじめて使いました。言葉や文字では表現できないことがあるのだと、実感しました。
この表現方法の威力、大でした。

終わったあと、懇親会でじっくりとみなさんとお話してきました。楽しかった♪
やったなー、という達成感。ホンマ、いいことできたなぁ。
呼んでくださった皆様に感謝です。今夜は、とても幸せ♡ ♡ ♡

2007年01月20日

●いよいよ明日になりました

プロジェクターを使っての、そしてハンセン病問題について語る、初めての体験です。
かなりプレッシャーを感じています。

近所の新年会で一時間程度の話をしてほしいという依頼を受けたのは、昨年末でした。
これまでも、いろいろな方面の方を呼んでいるということで、内容は仏教以外でもよい。
ちなみに近所のお坊さんは、海外旅行の話をされたということでした。

そのあと、富山のネットワークの会合のときに、これまでシンポジウムという形で、多くの聴衆を集める形のイベントはやってきたが、これからは公民館などの小さな場所でハンセン病に関する会合をしたらどうだろうかという提案がありました。
その時、ならばこの機会にやってみようかなと思ったのです。

これまでの自分自身の歩みを振り返ってみたい、まとめてみたいということもありました。
その意味で、お話の準備をする際に、ブログに掲載してきた文章や画像が、大変、役に立ちました。
助かりました。記録をつけることの大事さを、骨身にしみて感じました。

こういう機会は最初で最後かもしれない。30人ぐらいの、田舎の小さなお楽しみ会です。
できることなら、やってみる。楽しんできます。

2007年01月19日

●「ハンセン病療養所を訪ねて」プレゼン内容

皆様、コメントありがとうございます。
とりあえず、けっこう楽しんでやっております。

今回、プレゼンで使うソフトはこれ
持参するのは、ノートパソコン、プロジェクター、スクリーン、USBスピーカー、電源コード。
「画像」はブログに載せているものを使いました。

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ハンセン病の歴史

1873年(明治6年)
ハンセン(ノルウェー)
「らい菌」を発見

1931年(昭和6年)
「癩(らい)予防法」制定

患者の絶対隔離
強力に実行

1943年(昭和18年)
特効薬プロミンが開発

それでも
強制隔離は続けられた

1996年(平成8年)
らい予防法廃止

2001年(平成13年)
「らい予防法」国賠訴訟
判決

政府
控訴を断念

原告勝訴

それからわたしは

ハンセン病療養所を
訪ねることになりました

「ハンセン病療養所を訪ねて」

2002年3月19日・20日
邑久光明園
長島愛生園

岡山県瀬戸内市邑久町

真宗法話会の方々と交流

2002年6月21日
富山

シンポジウム開催

その後、毎年6月に開催

2005年9月14・15日
草津愛泉園

群馬県吾妻郡草津町

2006年4月13・14日
多磨全生園

東京都東村山市

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真宗報恩会

「しんらんさまはなつかしい」

かぜもないのに ほろほろと
だいちのうえに かえりゆく

はなをみつめて なみだした
しんらんさまは なつかしい

よはのあらしに はなはちる
ひともむじょうの かぜにちる

はかないうきよに なみだした
しんらんさまは なつかしい

とうさまかあさま うしのうて
ひとりるてんの さびしさに

こころのみおやを さがします
しんらんさまは なつかしい

じひのなみだに めがさめて
くおんのみおやを ふしおがみ

ほとけのいのち たたえます
しんらんさまは なつかしい

やみにさまよう われらをば
みむねにしつかと いだきしめ

ひかりにかえれと しめします
しんらんさまは なつかしい

まずしきものの てをとりて
われもさびしき ぼんぶぞと

だいちのうえに ひれふした
しんらんさまは なつかしい

あらしいばらじ ふみこえて
ただしんじつの びゃくどうを

あゆみつづけし わがちちの
しんらんさまは なつかしい

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2006年5月14・15日
富山

ハンセン病市民学会総会

1400人参加

2006年9月5日
邑久光明園

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2006年9月10日
長島愛生園

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最後に市民学会総会しょまさん出演ニュース映像DVDを映して、まとめ。

注意点
プレゼン中はパソコンがプレイヤーと化していますから、
話す原稿や参考資料は、プリントアウトして持参しなければいけません。

2006年12月28日

●第3回真宗大谷派交流会 報告書草案

2006年12月23日から二日間にわたり、ハンセン懇第2連絡会の主催で、熱海温泉、旅館「立花」にて第三回真宗大谷派交流会を開催しました。東日本退所者の会からは18名、大谷派からは21名の参加がありました。

23日の日程は、並里まさ子さん(おうえんポリクリニック院長)の「クリニックの開設から一年半」というお話から始まりました。
並里さんは全生園医療過誤裁判の経過のなかで、日本のハンセン病医療・医学の構造的問題が見えてきたと話されました。国が絶対隔離政策の下で一般医療機関での治療を閉ざしてきた結果、療養所の内外においてハンセン病に関する知識を持つ人材が少なくなり、治療にあたるべき現場の医者にもこの状況に真摯に取り組む熱意が見られないことがあるとのことです。
退所者の方々が一般住民と共に診療を受けている埼玉県所沢市の病院の現況についても述べられました。国に頼ることなく、自ら回復者のための医療問題に取り組んでいらっしゃるご様子をお聞きしました。
引き続き、石山春平さん(東日本退所者の会会長)と旦保立子さん(ハンセン懇委員・宗議会議員)からの発題があり、そして、参加者一人ひとりが交流会に参加した思いを話しました。

二日目は「私たちのこれからの課題」「はじめの一歩を歩き出そう」と題して、参加者が抱えている具体的な問題を語り合いました。
打ち解けた雰囲気のなかで、大谷派の参加者は、運動がなかなか広がりをもたない悩みや、どのような具体的活動したらよいのか分からないという迷いを話しました。回復者の参加者は「救済の客体から解放の主体へ」というスローガンに触れ、自ら名告りをあげることの難しさ、あるいは名告り続けることのことの難しさを話しました。
しかし、和やかに話し合う言葉の中に、課題を乗り越えるための、お互いに対する信頼が語られていました。交流会を続けることで、「絆」とまで言えるような関係ができはじめている、と感じたことでした。

2006年11月07日

●北日本放送でハンセン病問題の特集

藤野豊さんからの情報です。

北日本放送で10日(金)の夕方ニュース「リアルタイム」でハンセン病問題を特集する予定です。18:10以降だと思います。内容は、12日のシンポジウムに富山からも参加しようというもので、なぜ、「胎児標本」がつくられたかということがメインになると思います。ただし、県内で重大事件が起きると放送は延期になるかもしれません。

なお、先生の著作が2冊、10月に版行されています。

読まなくちゃ。

2006年10月03日

●「ハンセン懇」交流集会部会・「合同慰霊祭」

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次回の交流集会のための打ち合わせ。

交流集会部会担当者のほかに、邑久光明園の吉田さん、長島愛生園の鈴木さん、東日本退所者の会から石山さん、関西退所者の会から山中さん、光明園窓口担当者の勝間さん、愛生園窓口担当者の杉中さんを招聘し、2日から2日間にわたって開催。

京都、療養所、療養所のない場所、3パターンでの開催について、メリット、デメリットを整理する作業などを行いました。

亡き妻にありがとう -開かれた道ーに関わられた杉中さんに、あの記事の周辺について聞く事ができたりもしました。

2日の夜は宿を駅前に取りました。
学生時代に何度か行ったテントのラーメン屋台を思い出して、ふらっと出てみました。
バスの運行が終わったあとのスペースでやっていたんですよ。
近くのコンビニの店員さんに尋ねたところ、「そんなことがあったんですか」。。。
もう20年以上も昔のことだからなー。

3日は光明園と愛生園で胎児標本にされた子ども達の「慰霊式」が行われるということで、出席者は半分になりました。
これまで、園主催の式典のあり方についての議論がありました。それが、現実となり、いくつかの療養所で執り行われつつあります。なにか、物事がはっきりしない感じがします。

http://news.tbs.co.jp/part_news/part_news3393952.html

ハンセン病の強制堕胎、岡山で慰霊祭


 ハンセン病の患者らが強制堕胎を強いられ、全国の国立療養所にホルマリン漬けの胎児の標本として残されている問題を以前、お伝えしました。このうち、全国で最も多くの胎児の標本が残っていた岡山県内の療養所で3日、合同慰霊祭が執り行われました。
 合同慰霊祭がとり行われた岡山県の邑久光明園では3日、参列しました入所者の代表者は、「厚生労働省が謝罪しても堕胎させられた母親には簡単に納得できるものではない」ということを非常に厳しい口調で語っていました。

 かつて、絶対隔離の島だった岡山県の長島。入所者の平均年齢は79歳。出席した入所者も介護士の付き添いが必要です。邑久光明園には全国の療養所に残されていた胎児115体のうちの49体がありました。

 慰霊祭で厚生労働省は、国策で胎児の命を奪ったことに謝罪しました。
 「厚労省を代表して心からお詫び申し上げます」(厚生労働省の代表)

 49体の胎児標本のうち21体はカルテなどもなく、両親が特定できませんでした。入所者は法律に基づかない男性への断種、女性への堕胎を国が黙認したことに強い批判の声を上げました。

 国立療養所の標本室。強制堕胎させられた胎児たち。60数年にもわたって放置されてきました。昭和16年8月28日、堕胎させられた日です。ガラス容器の中の胎児。表情は天使のようにも見えます。
 「廊下の外に放り投げてあったんです。子どもを・・・。まだ泣きよったからな・・・」(堕胎させられた松下ヨシエさん)

 母親の胸のわだかまりは消えません。自ら堕胎手術に当たったという元看護婦が健在でした。今年99歳になります。
 「まだ子どもに意識も何にも別にないし、同じ病気になったら、かわいそうだから・・・かえって私は亡くなったほうがいいと思いました」(堕胎手術をした元看護婦)

 高まる軍靴の響き。祖国浄化がうたわれました。ハンセン病は国の恥。根絶やしにする国策がとられました。
 「殺すと言ったらいかんかもしれんけど、見殺しやね」(池田シヅエさん)

 邑久光明園に暮らす池田シヅエさん(84)。昭和16年、妊娠7カ月。女の子を堕胎させられました。胎児は4日、火葬されます。池田さんは我が子を一度も抱くこともありませんでした。

 3日の慰霊祭は、決して胎児問題の終わりではないというのが入所者たちの共通した認識です。研究対象にもならず、なぜ命を奪われ、そして長年にわたって放置されてきたのか、検証を続けてほしいという思いです。

 こうした国の過ちを繰り返さないためにも、こうした事実を我々も報道していくことが大切です。(03日18:08)

2006年09月09日

●長島愛生園・邑久光明園訪問 二日目


 6日、光明園の納骨堂にお参りしました。


 真宗会館(?)です。ここを初めて訪れたのは4年ほど前かな?
 この場所で「ままかり」をいただきつつ、真宗門徒の方々と懇親会をしたのがとても懐かしかった。



 光明園の監房跡です。こちらは復元をしてあります。
 写真では分りませんが、他の建物とは離れた場所にあります。


 壁の落書きが、いくつも残されて保存されていました。


 勝訴記念の碑ですね。園内にはこのようなモニュメントがたくさん、新たに作られていました。


 最後に、園長の牧野正直さんから胎児標本問題への対応を中心に、かなり踏み込んだお話を聞きました。
 私は改めて「なぜ退治標本は作られたのか」と質問しました。医学的利用価値もない。医者たちには命を殺めているという倫理的自覚がなかった。ただ、後に使えるかもしれないとでも思って作ったとしか考えられない(趣意)というお答えでした。
 理由もなく、赤ん坊は標本にされたのか。。。
 頭が痺れてくるような気分になりました。

●長島愛生園・邑久光明園訪問 一日目

2006年9月5日、「ハンセン病ふるさとネットワーク富山」の有志20名あまりで、まず長島愛生園に向かいました。



かつては「事務本館」として園の運営を指揮していた建物が、宇佐美治さんが集めてこられた資料を展示する歴史館として生まれ変わっていました。長島事件で割れた「恵みの鐘」 の二代目、療養所での生活に使われたさまざまな道具、違憲訴訟のタスキなど興味深い資料が綺麗に陳列されていました。


特別に見せていただいたのですが、上の肖像画は正宗白鳥に近い人物が光田健輔氏を描いたものだそうです。後ろに胎児標本が描かれているのではないかという話があります。(小箱さんの提言を受けて、画像を削除いたしました)



愛生園の納骨堂です。お勤めをさせていただきました。
愛生園の到着時から同行してくださったMさんが、ここでお礼のご挨拶を述べてくださいました。

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監房跡。壁のみが出ていて、全体は埋められています。
以前とは違って、説明のプレートがいたるところに設置してありました。

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収容桟橋 収容される方々がこの島に上陸された場所です。

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収容所(回春寮) 入所されて検査や手続きが行われた建物。

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収容所の中の消毒風呂です。


この後、邑久光明園へ移動し、宿泊する「かえで寮」で懇親会を開きました。

 この会に、光明園の吉田さんとともに、愛生園からMさんがわざわざ参加してくださいました。
 Mさんとはじめてお会いしたのは、国賠訴訟のすぐ後、上市のすし屋さんにて。翌年には「ハンセン病問題ふるさとネットワーク」の歓迎会にも出てくださったのですが、その次の年からは、「ネットワーク」との交流は避けておられました。個人ではお会いしてくださっていたようですが。
 懇親会でも色々と話してくださいました。またMさんの手記を読んで、団体との交流を避けられたお気持ちと、こうして再びお会いしてくださった心情の変化が分るような気がしました。
 藤野豊代表に「Mさんが私たちにお会いしてくださって、よかったですね。」と申しましたら、「そんなことはない。Mさんのような悲しみに遭わなくても、だれもがそのまま故郷の人々と交流できるようにしなければ。(趣意)」とおっしゃいました。しかり、しかり。。。