第二段 吉水入室

先月の座談会で、「真宗と神道の関係」「肉食妻帯」「家柄」といった、私たちと身近な問題が話し合われました。
 親鸞聖人はそうしたこと に、どのように答えていかれたのか、学んでいきたいと思います。
 寺は念仏の道場です。
 どうぞ、お誘い合わせ、おいでください。

1999年6月28日 月曜日

出席者は8名

配布物は先回と同様、意訳のプリントと、御絵伝のカラープリント。
解像度を落としたら、てきめんに、質が落ちてしまいました。反省。


親鸞さん、右から入って法然さんと出会う

建仁第三の暦春のころ 聖人二十九歳 隠遁のこころざしにひかれて、源空聖人の吉水の禅房に尋ねまいりたまいき。

是すなわち、世くだり人つたなくして、難行の小路まよいやすきによりて、易行の大道におもむかんとなり。

真宗紹隆の大祖聖人、ことに宗の淵源をつくし、教の理致をきわめて、これをのべ給うに、たちどころに他力摂生の旨趣を受得し、飽まで、凡夫直入の真心を決定し、ましましけり。
建仁三年春のころ 聖人は二十九歳にて あらためて隠遁の志に引かれて叡山から降り 法然上人の吉水の禅房をたずねられた。

これはすなわち、世が末法となり人は愚かであり、難行の狭い路は迷いやすいので、易行の大道に進もうとしてである。

真宗を受け継ぎ盛んにしてくださった法然上人は、とくに宗教の深さと細かさを尽くしきわめて、これをおっしゃってくださったので、たちまちに、弥陀の願力が摂めとってくださる往生の道をお受けして、あくまで、凡夫がただちに往生を遂げる真実の心を決定するにいたられたのである。

時間配分は先回と同じ。
1,問題提起。   

@なぜ、親鸞さんは叡山を降りられたのだろうか。先回の座談会にて参加者から出た意見
「比叡山などの学問としての仏教が述べられているが、我々が学ぶべきことは、当時の貧しい民衆が、どのような教えの中にいたのか、
そのなかで仏教がどのようにいきずいていたのかではないか。
そして、親鸞聖人はどういう、課題をもって真宗の教えを開かれたかを、学ぶべきではないのか。」
を取り上げた。
赤山明神のお話を紹介したり、吉水教団にはどのような人々が集まっていたのかを説明した。

A絵巻を説明。

2,座談会。

参加者から出され、話し合われた問題。

○浄土宗と浄土真宗の関係は、いま、どうなっているのであろうか。

○法然上人や親鸞聖人が、比叡山での修行の中で、念仏だけを選び取ったのはなぜであろうか。

○当時の民衆は、貧しさの中で、名号だけを本尊にしていたのではないか。
 真宗の本尊とは、何なんだろう。

○「念仏のこころ」とはどういうことだろう。

○親鸞聖人はいつ結婚したのであろうか。そこから、現在の門主との関係はどうなるのか。
血縁関係と留守職について。

3,感想

活発に意見が出る。
あらゆるものを受けていくのが佛教であるとする意見と、念仏一つを選んでいくのが門徒であるという意見に分かれることが多い。