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2007年04月03日

●Ⅱ 純粋行としての信心 第二講 一心の成り立つ背景 その1

信は機を成就する
別序によって信巻は信を問題にすることが主題であることを示す。
そして、別序は化身土巻までを言及している。
真実信心によって獲られる証は信証一体。「自性唯心」ではなく「浄土の真証」。公開された証り。
信の問題は機の問題。信は機を成就する。そこに成就された機は宗教的人格。
真実信心には形がない。信を獲てもなにも変わったようには見えない。
機が成就することは、真に凡夫が凡夫に安んずることができることである。
凡夫をやめ浄土の真証があるのではなく、凡夫が凡夫に徹するところに仏に接する。
凡夫が凡夫以外である必要がない。こういうかたちで機が成就する。
信巻から化身土巻まで、機の問題の範囲である。

本願の三心の脚注
信の問題は、一心帰命を表明した世親と、一心の構造(二種深信)を明らかにした善導を通して明らかにしてある。
問答は浄土論の「一心」を「三心」という因位の願心によって掘り下げている。
因位の願心である三心は如来が如来自身を衆生として自覚した心である。(未完)