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2007年05月29日

●宗教心の衰退・あらたな宗教体系の強制

 第四に、廃仏毀釈は、その内容からいえば、民衆の宗教生活を葬儀と祖霊祭祀にほぼ一元化し、それを総括するものとしての産土社と国家的諸大社の信仰をその上に置き、それ以外の宗教的諸次元を乱暴に圧殺しようとするものだった。ところが、葬儀と祖霊祭祀は、いかに重要とはいえ、民衆の宗教生活の一側面にすぎないのだから、廃仏毀釈にこめられていたこうした独断は、さまざまの矛盾や混乱を生むもとになった。そして、こうした単純化が強行されれば、人々の信仰心そのものの衰滅や道義心の衰退を引き起こす結果になりやすかった。ここに仏教が民衆教化の実績をふまえて、その存在価値を再浮上させてくる根拠があろうし、さらにもっと後までの見通しとしては、キリスト教や民衆宗教が活発に活動する分野が存在していたことも理解できよう。
 明治政府の指導者が確保したいのは、天皇を中心とするあたらしい民族国家への国民的忠誠心であり、国学者や神道家の祭政一致思想や復古神道的教説は、わりきっていえば、そのためのイデオロギー的手段として採用されたのであったから、国民的忠誠心を有効に確保してくれそうなどんなイデオロギーも、新政府と結びつきうる可能性があった。だから、国民の宗教生活に長い伝統を持つ仏教には、国民的忠誠心の確保という焦眉の課題についてのみずからの有効性を証明してみせることによって、その再生の道が拓けてくるはずであった。
(略)
 廃藩置県によって集権国家樹立の基礎を固めた明治政府は、四年以降、近代的国家体制樹立のための様々の政策を推進した。伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は、一見すれば祭政一致という古代的風貌をもっているが、そのじつ、あらたに樹立されるべき近代的国家体制の担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序にむけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企画の一部だった。そして、それは、復古という幻想を伴っていたとはいえ、民衆の精神生活の実態からみれば、なんらの復古でも伝統的なものでもなく、民衆の精神生活への尊大な無理解のうえに強行された、あらたな宗教体系の強制であった。
(略)
 ところが、廃藩置県をおえて集権国家としての体制をととのえた明治政府は、こうした民俗的なものへの抑圧をいっきょに強めていった。教部省と大教院による教化政策も、よりひろい視野からみれば、この開明的専制主義の一環であり、神仏各派は、その大合唱に加わることで、みずからの存在意義を政府に認めさせようとした。

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